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イザルの来襲 *
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イザルはわかりやすく苛立っていた。それは、不躾な弟に振り回されたことでも、この世で最も嫌いな城へ訪れたからでもない。シグムントの迂闊さに、たいそう腹を立てていたのだ。
その白い素肌は、イザルだけのものだと信じていた。口約束をせずとも、シグムントは当たり前に理解をしているとばかり思っていたのだ。それなのに、よりにもよってこの世で一番嫌いなルシアンに肌を許した事実が、どうしようもなく許せなかったのである。
シグムントのことだ、流されてしまったが故の不本意な展開であろうことは、イザルとて容易に想像することができた。それでも、それを許せるかというのは、また別の話である。
灰銀の瞳に鋭さが宿ってしまうのは仕方がない。何せ、イザルは見つけてしまったのだから。シグムントの左胸につけた噛み跡の上から、重ねるようにつけられたルシアンのマーキングを。
「こんの男ったらし野郎‼︎ 一体いつから尻軽になりやがったてめぇ‼︎」
「ひょわっ」
「そのおさげ野郎も誑し込みやがったら、もろともぶち犯すから覚悟しとけやシグムントォ‼︎」
「なんで俺の尻も狙われなきゃいけねえんだわ‼︎」
ルシアンの頭を本の角で殴打したイザルが、万年筆の突き刺さった頭から血を流して吠える。血まみれの男二人が獣じみた喧嘩をするだけでも恐ろしいのに、シグムントは怯えながらも身に覚えのない言われように目を丸くした。
とばっちりを食らったメイディアも実に哀れだが、シグムントからしたら尻軽と呼ばれるようなことを進んで働いた覚えもない。戸惑った顔は一瞬で、すぐにむっと唇を尖らせる。
怒り狂うイザルを前に果敢に立ち上がる姿を前に、今度はメイディアが悲壮な顔をして止めに入った。
「ちょ、あんたは大人しくしてろって」
「イザル、ルシアン‼︎ もう喧嘩はやめるんだ、じじいをめぐって小競り合いを起こすなど、誠にみっともないぞ‼︎」
「ああぁめんどくさぁ……」
ふんす! と意気込むシグムントは、情けない格好ながらも実に堂々としていた。鷹揚な物言いの中に含まれる、珍しく真剣みを帯びた窘めに、イザルもルシアンも思わず殴り合う手を止めた。
先に理性を取り戻したのは、やはりルシアンが早かった。すぐにイザルから離れると、静かに呼吸を整えながらシグムントを見つめる。
そんな弟の様子を前にしたイザルの気持ちを代弁するのなら、可愛いこぶってんじゃねえぞクソが。であろう。
「いいか二人とも、俺はじじいだ。分け合うこともできまいよ。このシグムントの体はたった一つしかないのだからな」
「下に転がってる褐色のにいちゃんどうすりゃいいの」
「イェネドだ。疲れているんだろう、今はそっとしておいてやりなさい」
メイディアによって、イェネドが回収される。このままだとシグムントがつまずいて転ぶと思われたらしい。真剣な空気の中、なんとも気の抜けたやり取りはその場の空気をわずかに緩ませる。
渋い顔をしたイザルが、勢いよくルシアンへと指を刺しがなる。
「こいつが俺に許可なくお前を連れ去ったんだろうが‼︎」
「シグムントを連れ出したのは理由があってだ。しかし、不躾だったのは認めよう」
「認めようじゃねえんだよ、謝れっつってんだよくそが‼︎」
「シグムントにならいくらでも謝ろう。お前へは拒否する」
「わかった、わかったから一旦落ち着きなさい」
わかりやすくこめかみに青筋を浮かべるイザルと、静かに苛立ちを滲ませるルシアン。遊撃隊の副隊長を務めるだけあり、ルシアンの方が冷静さでは
勝っているようだ。
根本的な仲の悪さが治らなければ、きっと二人の関係は進展すらしないだろう。シグムントはおぼつかない足取りで二人の前へと歩み出ると、まずはイザルの手を取った。
「イザル、お前の目の前から俺が消えてしまったから、びっくりしてしまったんだろう。大丈夫、お前のシグムントはこうしてピンピンしておるよ」
「……噛みつかれたんじゃねえのか、そこ」
「何、戯れていただけだ。なあルシアン、お前もこちらにきて仲直りをしよう? お前も俺にとっては、可愛らしい子であることには変わりない」
「……イザルと仲直りするのは承伏しかねる」
シグムントからの可愛い子という扱いは甘んじて受け入れるらしい。ルシアンの不機嫌な声を前に、イザルもメイディアもわかりやすく引き攣り笑みを浮かべている。
イザルの手を握っていた片方を離し、シグムントがルシアンへと向き直る。その背後ではイザルがしっかりと中指を立てているのだが、きっと気がつきもしないのだろう。シグムントの手がルシアンの手を握り、小さな体を通して二人の兄弟は繋がった。
大人げない男二人が織りなす最悪な空気の不味さなんぞ、シグムントからしてみれば取るに足らない。単純に鈍感ここに極まれり、が正解であるのだが、間違いなくこの場を掌握しているのはシグムントであった。
「歩み寄りとは怖いものよな、わかるぞルシアン。だから、こうしてシグムントが側にいる。大丈夫だ。小競り合いがあって、国も発展していくのと何も変わらん」
「シグムント……」
「待て、こいつの言葉に響く部分なんてあったか」
切そうな表情を浮かべるルシアンを前に、イザルは渋い顔をしてメイディアを見た。言うなれば、「お前の上司大丈夫か」だ。
メイディアは、今だけはイザルに完全に味方していた。シグムントのよくわからない例えにせつなげな声を漏らす、こんな色ぼけな状態のルシアンなんぞ、初めて目にしたのだ。
助けを求めるようなイザルの視線に逆らうように、メイディアはむくりと起き上がる。
本来であればこの場を取りなすために連れていくべきは、上司であるルシアンが妥当だろう。無論、イザルも期待するような視線をメイディアへと向けている。しかし、面倒ごとなど進んで被る愚かは、今まで一度も演じたことはない。それはもちろん今後もそのつもりである。
メイディアの手は、床で突っ伏しているイェネドを選んでいた。要するに、ルシアンの副官としての職務を放棄したのだ。
「お、おい」
「終わった頃にまた来る」
伸びているイェネドを引きずってメイディアが出て行った扉は、無常にもバタンと閉まってしまった。
呆気に取られるイザルを置いて、ルシアンは善意に少しの欲を混じらせるようにしてシグムントへと言い寄った。
「シグムントこそ、嫌なら嫌だというべきだ。君の体は君のものだ、どこにもイザルの所有権など発生はしない」
ルシアンの情のこもった指先が、唇の柔らかさを確かめるようにシグムントへと触れる。しかし、それを許してやれるほどイザルは優しい兄ではない。
「発生するんだよバーカ」
「ぅわ、っ」
シグムントの体を、乱暴に引き寄せる。ルシアンに見せつけるように薄い肩口へがじりと噛み付くと、イザルはその手をシグムントの胸元へと這わせた。ルシアンの着せた服の下で行われる、子供じみた牽制。
胸の粒に硬い指先が触れた時、シグムントの唇からは堪えきれぬあえかな吐息が漏れた。
「ひ、ぅっ」
「俺がこいつを拾った。俺が最初にこいつに触れた。こいつには俺しかいねえし、俺しかこいつの体は暴けねえんだ。引っ込んでろ」
「イザル、貴様……」
「こいつの体の中には俺の魔力が宿ってる。身も心も俺のもんだってこと、見せつけてやってもいいんだぜ。今、ここで」
触れたシグムントの体には、確かにイザルの魔力が息づいている。何よりもわかりやすい明確な証に、イザルの征服欲はじわりと満たされる。力強い腕が軽々と華奢な体を抱き上げると、ルシアンの執務机へとシグムントを座らせる。そのまま、イザルは背後に回るかのようにして、シグムントの細い両足を手で開く。
「い、嫌だイザル、環境の改善を要求する‼︎」
「うるせえ黙ってろ。これはてめえへのお仕置きも含まってるんだからよ」
「イザル、同意がないのは暴力と同じだぞ」
「てめえが俺に、知ったような口聞くんじゃねえよ」
吐き捨てるように宣ったイザルは、見せつけるようにシグムントへと深く口付けた。銀灰色の瞳が見開き、ひくりと跳ねる体が抵抗を見せようとするのを舌使いで黙らせる。
「ん、んぅ、うっ……!」
「イザル、お前……‼︎」
ルシアンを制するように、イザルは指先を一本立てて見せた。その間も、大きな手のひらはシグムントの小さな顎を固定するように口内を舐る。イザルの指先は、そのままルシアンの視線を運ぶように、艶かしい太ももに挟まれた体の中心を指差した。
成人男性にしては小ぶりで、色素の薄い男性器。本来ならば秘めるべき場所の弾力を、五指を絡めるようにしてルシアンへと教えこむ。
「ひゃ、んく……ちゅ、ふ……っ」
「っ……‼︎」
ルシアンの脳は、今にも焼き切れてしまいそうだった。
柔らかそうな唇がイザルの舌に蹂躙されるのも、時折漏れる子猫のような切ない声も、そして、情欲を掻き立てるようにイザルの手に包まれるシグムントの男性器も。そのどれもが、ルシアンから正常な判断を奪い取るに適していた。
ルシアンのもつ、常識人の仮面に亀裂が入る。喉の渇きを覚えるのは、シグムントに触れる瓜二つのイザルに、図らずも己を重ねてしまったからだ。
「ん、んぅ、ふ……、ッ、ぅ、やぇ、っ」
「やめてじゃねえだろう、お前が可愛くなるところを、こいつが見てえんだってよ」
「シ、グムント……、っ」
「こいつが、どうやって可愛くなるのか教えてやるよ」
イザルの銀灰の瞳が愉悦に染まる。俺の方がお前よりも上だと、シグムントを通して見せつけて来るのだ。醜い男の矜持に弄ばれる華奢な体は、無骨な指先によって高められていく。
「そ、そこゃめ、み、見るなルシアン……っ」
「見ていいぜルシアン。なんならもっと、近づいてこいよ」
「イザル、っなんで、っ」
シグムントの痴態を前に、息を荒げる目の前の弟を煽る。
黒い瞳は、イザルの手によって蹂躙されるシグムントの性器へと視線をとらわれる。
静かな室内にはルシアンの荒い呼吸音と、粘着質な水音が静かに響いていた。
室内が薄暗くなった気さえした。ルシアンの思考は余計なものを排除し、溶かされて行くシグムントを一心に目に焼き付ける。
痙攣する薄い腹。無骨な指の隙間から溢れる先走りと、性感から赤みを増す薄い皮膚。濡れそぼった薄桃色の先端が指の隙間から顔を出した時、放たれた白濁がルシアンの机の上へと散らされた。
「ぁ、あっんん、っ」
「イッたなシグムント」
「は、んぅ……、う、……」
シグムントは、美しかった。どんなに痴態を晒そうとも、艶かしくルシアンの目を楽しませた。
涙で潤んだ瞳が、切なさの残る表情が。尖り気味の耳朶を喰み囁くイザルへと向けられる。細い腕が首に周り、縋るように身を寄せるのを受け入れたイザルの腕が、見せつけるようにシグムントの背中に回る。
大きな手のひらが小さな尻の肉を覆うように掴むと、イザルは笑みを浮かべてルシアンを見た。
「ルシアン、近くで見てやれ。そっちの方が捗るだろう」
「こんなこと、……こんなことを、なんで許すシグムント……‼︎」
「野暮なことを言うんじゃねえよ、なあ……」
懊悩とした表情で、ルシアンは声を荒げた。目の前で悪魔の囁きをしてくるイザルを睨みつける。
触れることができたらどれだけいいだろう。それを許さないのはお前なのに。黒い瞳は、口に出せないルシアンの気持ちを雄弁に語っていた。
精液で濡れたイザルの指先が、ゆっくりと小さな蕾へ挿入される。ルシアンの瞳は、赤い媚肉を見せるシグムントの慎ましやかな孔に釘付けであった。
男らしい喉仏が上下する。無意識ながら誘われるように一歩踏み出せば、震えるシグムントの手がルシアンへと伸ばされた。
「る、ルシア、ン……、っ」
その声には、懇願も混じっていたように思う。耳がそう認識したのは自己都合かもわからない。それでもルシアンは、今だけはその都合のいい解釈に身を任せることにした。
腹の奥に燻る欲を、シグムントは気がついているのだろうか。喉に植え付けられる圧倒的な渇きを潤すように、ルシアンの喉は上下する。
「お前の博愛は、こんなとこにも出ちまうのか」
「シグムント、っ俺は……」
イザルに弄ばれる体を晒し、それでもシグムントはルシアンへと手を伸ばした。たとえこれが不本意でも構わなかった。
求められたことに思わず、瞳の奥が熱くなった。シグムントはルシアンを決して置いてけぼりにはしないとわかって、大人としての理性が音を立てて崩れてしまった。
イザルの目つきが忌々しそうに歪み、ルシアンへと向けられる。普段なら文句の一つでも出るはずなのに、今はそれでも構わなかった。
「さ、びしいのは……い、けな、い……」
「こいよルシアン。ただし、弁えろよ」
シグムントと揃いの銀灰の瞳で、イザルがルシアンを牽制する。
熱で茹だった思考を引きずりながら、ルシアンはシグムントの足の間に招かれた。細い指先が、そっと手に絡む。引き寄せられるままに身を寄せると、イザルと共に抱きしめられた。
「お前は……んとに」
「二度も触れることを……許してくれるのか……」
「あ?」
「い、イザル、睨むな……」
兄弟二人して、甘い香りのするシグムントの腕の中。大柄な男二人が前屈みという無理な体勢ではあったが、シグムントはなぜだか安堵している様子であった。
「お、俺は、俺を通じて、二人に仲直りをしてもらいたい……、兄弟は、睦まじくなくてはいけないだろう……?」
「俺はこいつと仲良しなんかごめんだぜ」
「彼のスタンスがこのままでは、きっと無理だな」
「で、でも、今は、俺が抱き締めていれば喧嘩はしないだろ?」
二人が喧嘩するのは、平等じゃないからだとシグムントは思っていた。こうも兄弟揃って、同じ分だけの触れ合いを求めるのだ。一周回って仲良くも見えてしまうのだが、きっとこのことを口にすればまた振り出しに戻ることは容易に想像できる。
この二人は面倒臭い。シグムントのおおらかな優しさと、慈愛。それをどちらかに傾けてしまえば、途端にどちらかが悲しくなって意地悪をするのだ。
だからシグムントは、ルシアンの手を受け入れた。本当は、人前で弄られることが恥ずかしくて嫌だったのだが、イザルの手を拒まずに受け入れれば、多少の我儘は許される。それがわかっていたから、ルシアンに手を伸ばしたのだ。
面倒臭い、矜持ばかりが高い兄弟だからこそ。二人の歩み寄りの第一歩はシグムントの我儘を許したということにするのが、いっとう収まりがいいはずだ。欲深い雄二人は、ただ可愛くねだられただけ。そう思わせておけば、二人は違和感を感じることなく兄弟の時間を作ることができるのだ。
シグムントの策略は、実に巧妙であった。魔王として国を統治してきたからこそできる、柔軟で打算的な処世術。
「さ、わって、……二人とも、お、俺を、受け入れて、ほし……」
「お前、そういうのは……」
「ああ、ああ、もちろんだ……‼︎」
本当は、二人きりの時に言って欲しかった言葉ではあった。それでも、矜持だけは山の如く高い男達は、シグムントの甘やかな言葉に身も心も堕とされてしまった。
イザルがルシアンへと目配せをする。その視線一つで何が言いたいかを理解したルシアンは、小さく頷くとシグムントを抱き上げた。三人の足元に、陣が浮かび上がる。転移先はルシアンの寝室、イザルが初めて入る、弟の部屋である。
その白い素肌は、イザルだけのものだと信じていた。口約束をせずとも、シグムントは当たり前に理解をしているとばかり思っていたのだ。それなのに、よりにもよってこの世で一番嫌いなルシアンに肌を許した事実が、どうしようもなく許せなかったのである。
シグムントのことだ、流されてしまったが故の不本意な展開であろうことは、イザルとて容易に想像することができた。それでも、それを許せるかというのは、また別の話である。
灰銀の瞳に鋭さが宿ってしまうのは仕方がない。何せ、イザルは見つけてしまったのだから。シグムントの左胸につけた噛み跡の上から、重ねるようにつけられたルシアンのマーキングを。
「こんの男ったらし野郎‼︎ 一体いつから尻軽になりやがったてめぇ‼︎」
「ひょわっ」
「そのおさげ野郎も誑し込みやがったら、もろともぶち犯すから覚悟しとけやシグムントォ‼︎」
「なんで俺の尻も狙われなきゃいけねえんだわ‼︎」
ルシアンの頭を本の角で殴打したイザルが、万年筆の突き刺さった頭から血を流して吠える。血まみれの男二人が獣じみた喧嘩をするだけでも恐ろしいのに、シグムントは怯えながらも身に覚えのない言われように目を丸くした。
とばっちりを食らったメイディアも実に哀れだが、シグムントからしたら尻軽と呼ばれるようなことを進んで働いた覚えもない。戸惑った顔は一瞬で、すぐにむっと唇を尖らせる。
怒り狂うイザルを前に果敢に立ち上がる姿を前に、今度はメイディアが悲壮な顔をして止めに入った。
「ちょ、あんたは大人しくしてろって」
「イザル、ルシアン‼︎ もう喧嘩はやめるんだ、じじいをめぐって小競り合いを起こすなど、誠にみっともないぞ‼︎」
「ああぁめんどくさぁ……」
ふんす! と意気込むシグムントは、情けない格好ながらも実に堂々としていた。鷹揚な物言いの中に含まれる、珍しく真剣みを帯びた窘めに、イザルもルシアンも思わず殴り合う手を止めた。
先に理性を取り戻したのは、やはりルシアンが早かった。すぐにイザルから離れると、静かに呼吸を整えながらシグムントを見つめる。
そんな弟の様子を前にしたイザルの気持ちを代弁するのなら、可愛いこぶってんじゃねえぞクソが。であろう。
「いいか二人とも、俺はじじいだ。分け合うこともできまいよ。このシグムントの体はたった一つしかないのだからな」
「下に転がってる褐色のにいちゃんどうすりゃいいの」
「イェネドだ。疲れているんだろう、今はそっとしておいてやりなさい」
メイディアによって、イェネドが回収される。このままだとシグムントがつまずいて転ぶと思われたらしい。真剣な空気の中、なんとも気の抜けたやり取りはその場の空気をわずかに緩ませる。
渋い顔をしたイザルが、勢いよくルシアンへと指を刺しがなる。
「こいつが俺に許可なくお前を連れ去ったんだろうが‼︎」
「シグムントを連れ出したのは理由があってだ。しかし、不躾だったのは認めよう」
「認めようじゃねえんだよ、謝れっつってんだよくそが‼︎」
「シグムントにならいくらでも謝ろう。お前へは拒否する」
「わかった、わかったから一旦落ち着きなさい」
わかりやすくこめかみに青筋を浮かべるイザルと、静かに苛立ちを滲ませるルシアン。遊撃隊の副隊長を務めるだけあり、ルシアンの方が冷静さでは
勝っているようだ。
根本的な仲の悪さが治らなければ、きっと二人の関係は進展すらしないだろう。シグムントはおぼつかない足取りで二人の前へと歩み出ると、まずはイザルの手を取った。
「イザル、お前の目の前から俺が消えてしまったから、びっくりしてしまったんだろう。大丈夫、お前のシグムントはこうしてピンピンしておるよ」
「……噛みつかれたんじゃねえのか、そこ」
「何、戯れていただけだ。なあルシアン、お前もこちらにきて仲直りをしよう? お前も俺にとっては、可愛らしい子であることには変わりない」
「……イザルと仲直りするのは承伏しかねる」
シグムントからの可愛い子という扱いは甘んじて受け入れるらしい。ルシアンの不機嫌な声を前に、イザルもメイディアもわかりやすく引き攣り笑みを浮かべている。
イザルの手を握っていた片方を離し、シグムントがルシアンへと向き直る。その背後ではイザルがしっかりと中指を立てているのだが、きっと気がつきもしないのだろう。シグムントの手がルシアンの手を握り、小さな体を通して二人の兄弟は繋がった。
大人げない男二人が織りなす最悪な空気の不味さなんぞ、シグムントからしてみれば取るに足らない。単純に鈍感ここに極まれり、が正解であるのだが、間違いなくこの場を掌握しているのはシグムントであった。
「歩み寄りとは怖いものよな、わかるぞルシアン。だから、こうしてシグムントが側にいる。大丈夫だ。小競り合いがあって、国も発展していくのと何も変わらん」
「シグムント……」
「待て、こいつの言葉に響く部分なんてあったか」
切そうな表情を浮かべるルシアンを前に、イザルは渋い顔をしてメイディアを見た。言うなれば、「お前の上司大丈夫か」だ。
メイディアは、今だけはイザルに完全に味方していた。シグムントのよくわからない例えにせつなげな声を漏らす、こんな色ぼけな状態のルシアンなんぞ、初めて目にしたのだ。
助けを求めるようなイザルの視線に逆らうように、メイディアはむくりと起き上がる。
本来であればこの場を取りなすために連れていくべきは、上司であるルシアンが妥当だろう。無論、イザルも期待するような視線をメイディアへと向けている。しかし、面倒ごとなど進んで被る愚かは、今まで一度も演じたことはない。それはもちろん今後もそのつもりである。
メイディアの手は、床で突っ伏しているイェネドを選んでいた。要するに、ルシアンの副官としての職務を放棄したのだ。
「お、おい」
「終わった頃にまた来る」
伸びているイェネドを引きずってメイディアが出て行った扉は、無常にもバタンと閉まってしまった。
呆気に取られるイザルを置いて、ルシアンは善意に少しの欲を混じらせるようにしてシグムントへと言い寄った。
「シグムントこそ、嫌なら嫌だというべきだ。君の体は君のものだ、どこにもイザルの所有権など発生はしない」
ルシアンの情のこもった指先が、唇の柔らかさを確かめるようにシグムントへと触れる。しかし、それを許してやれるほどイザルは優しい兄ではない。
「発生するんだよバーカ」
「ぅわ、っ」
シグムントの体を、乱暴に引き寄せる。ルシアンに見せつけるように薄い肩口へがじりと噛み付くと、イザルはその手をシグムントの胸元へと這わせた。ルシアンの着せた服の下で行われる、子供じみた牽制。
胸の粒に硬い指先が触れた時、シグムントの唇からは堪えきれぬあえかな吐息が漏れた。
「ひ、ぅっ」
「俺がこいつを拾った。俺が最初にこいつに触れた。こいつには俺しかいねえし、俺しかこいつの体は暴けねえんだ。引っ込んでろ」
「イザル、貴様……」
「こいつの体の中には俺の魔力が宿ってる。身も心も俺のもんだってこと、見せつけてやってもいいんだぜ。今、ここで」
触れたシグムントの体には、確かにイザルの魔力が息づいている。何よりもわかりやすい明確な証に、イザルの征服欲はじわりと満たされる。力強い腕が軽々と華奢な体を抱き上げると、ルシアンの執務机へとシグムントを座らせる。そのまま、イザルは背後に回るかのようにして、シグムントの細い両足を手で開く。
「い、嫌だイザル、環境の改善を要求する‼︎」
「うるせえ黙ってろ。これはてめえへのお仕置きも含まってるんだからよ」
「イザル、同意がないのは暴力と同じだぞ」
「てめえが俺に、知ったような口聞くんじゃねえよ」
吐き捨てるように宣ったイザルは、見せつけるようにシグムントへと深く口付けた。銀灰色の瞳が見開き、ひくりと跳ねる体が抵抗を見せようとするのを舌使いで黙らせる。
「ん、んぅ、うっ……!」
「イザル、お前……‼︎」
ルシアンを制するように、イザルは指先を一本立てて見せた。その間も、大きな手のひらはシグムントの小さな顎を固定するように口内を舐る。イザルの指先は、そのままルシアンの視線を運ぶように、艶かしい太ももに挟まれた体の中心を指差した。
成人男性にしては小ぶりで、色素の薄い男性器。本来ならば秘めるべき場所の弾力を、五指を絡めるようにしてルシアンへと教えこむ。
「ひゃ、んく……ちゅ、ふ……っ」
「っ……‼︎」
ルシアンの脳は、今にも焼き切れてしまいそうだった。
柔らかそうな唇がイザルの舌に蹂躙されるのも、時折漏れる子猫のような切ない声も、そして、情欲を掻き立てるようにイザルの手に包まれるシグムントの男性器も。そのどれもが、ルシアンから正常な判断を奪い取るに適していた。
ルシアンのもつ、常識人の仮面に亀裂が入る。喉の渇きを覚えるのは、シグムントに触れる瓜二つのイザルに、図らずも己を重ねてしまったからだ。
「ん、んぅ、ふ……、ッ、ぅ、やぇ、っ」
「やめてじゃねえだろう、お前が可愛くなるところを、こいつが見てえんだってよ」
「シ、グムント……、っ」
「こいつが、どうやって可愛くなるのか教えてやるよ」
イザルの銀灰の瞳が愉悦に染まる。俺の方がお前よりも上だと、シグムントを通して見せつけて来るのだ。醜い男の矜持に弄ばれる華奢な体は、無骨な指先によって高められていく。
「そ、そこゃめ、み、見るなルシアン……っ」
「見ていいぜルシアン。なんならもっと、近づいてこいよ」
「イザル、っなんで、っ」
シグムントの痴態を前に、息を荒げる目の前の弟を煽る。
黒い瞳は、イザルの手によって蹂躙されるシグムントの性器へと視線をとらわれる。
静かな室内にはルシアンの荒い呼吸音と、粘着質な水音が静かに響いていた。
室内が薄暗くなった気さえした。ルシアンの思考は余計なものを排除し、溶かされて行くシグムントを一心に目に焼き付ける。
痙攣する薄い腹。無骨な指の隙間から溢れる先走りと、性感から赤みを増す薄い皮膚。濡れそぼった薄桃色の先端が指の隙間から顔を出した時、放たれた白濁がルシアンの机の上へと散らされた。
「ぁ、あっんん、っ」
「イッたなシグムント」
「は、んぅ……、う、……」
シグムントは、美しかった。どんなに痴態を晒そうとも、艶かしくルシアンの目を楽しませた。
涙で潤んだ瞳が、切なさの残る表情が。尖り気味の耳朶を喰み囁くイザルへと向けられる。細い腕が首に周り、縋るように身を寄せるのを受け入れたイザルの腕が、見せつけるようにシグムントの背中に回る。
大きな手のひらが小さな尻の肉を覆うように掴むと、イザルは笑みを浮かべてルシアンを見た。
「ルシアン、近くで見てやれ。そっちの方が捗るだろう」
「こんなこと、……こんなことを、なんで許すシグムント……‼︎」
「野暮なことを言うんじゃねえよ、なあ……」
懊悩とした表情で、ルシアンは声を荒げた。目の前で悪魔の囁きをしてくるイザルを睨みつける。
触れることができたらどれだけいいだろう。それを許さないのはお前なのに。黒い瞳は、口に出せないルシアンの気持ちを雄弁に語っていた。
精液で濡れたイザルの指先が、ゆっくりと小さな蕾へ挿入される。ルシアンの瞳は、赤い媚肉を見せるシグムントの慎ましやかな孔に釘付けであった。
男らしい喉仏が上下する。無意識ながら誘われるように一歩踏み出せば、震えるシグムントの手がルシアンへと伸ばされた。
「る、ルシア、ン……、っ」
その声には、懇願も混じっていたように思う。耳がそう認識したのは自己都合かもわからない。それでもルシアンは、今だけはその都合のいい解釈に身を任せることにした。
腹の奥に燻る欲を、シグムントは気がついているのだろうか。喉に植え付けられる圧倒的な渇きを潤すように、ルシアンの喉は上下する。
「お前の博愛は、こんなとこにも出ちまうのか」
「シグムント、っ俺は……」
イザルに弄ばれる体を晒し、それでもシグムントはルシアンへと手を伸ばした。たとえこれが不本意でも構わなかった。
求められたことに思わず、瞳の奥が熱くなった。シグムントはルシアンを決して置いてけぼりにはしないとわかって、大人としての理性が音を立てて崩れてしまった。
イザルの目つきが忌々しそうに歪み、ルシアンへと向けられる。普段なら文句の一つでも出るはずなのに、今はそれでも構わなかった。
「さ、びしいのは……い、けな、い……」
「こいよルシアン。ただし、弁えろよ」
シグムントと揃いの銀灰の瞳で、イザルがルシアンを牽制する。
熱で茹だった思考を引きずりながら、ルシアンはシグムントの足の間に招かれた。細い指先が、そっと手に絡む。引き寄せられるままに身を寄せると、イザルと共に抱きしめられた。
「お前は……んとに」
「二度も触れることを……許してくれるのか……」
「あ?」
「い、イザル、睨むな……」
兄弟二人して、甘い香りのするシグムントの腕の中。大柄な男二人が前屈みという無理な体勢ではあったが、シグムントはなぜだか安堵している様子であった。
「お、俺は、俺を通じて、二人に仲直りをしてもらいたい……、兄弟は、睦まじくなくてはいけないだろう……?」
「俺はこいつと仲良しなんかごめんだぜ」
「彼のスタンスがこのままでは、きっと無理だな」
「で、でも、今は、俺が抱き締めていれば喧嘩はしないだろ?」
二人が喧嘩するのは、平等じゃないからだとシグムントは思っていた。こうも兄弟揃って、同じ分だけの触れ合いを求めるのだ。一周回って仲良くも見えてしまうのだが、きっとこのことを口にすればまた振り出しに戻ることは容易に想像できる。
この二人は面倒臭い。シグムントのおおらかな優しさと、慈愛。それをどちらかに傾けてしまえば、途端にどちらかが悲しくなって意地悪をするのだ。
だからシグムントは、ルシアンの手を受け入れた。本当は、人前で弄られることが恥ずかしくて嫌だったのだが、イザルの手を拒まずに受け入れれば、多少の我儘は許される。それがわかっていたから、ルシアンに手を伸ばしたのだ。
面倒臭い、矜持ばかりが高い兄弟だからこそ。二人の歩み寄りの第一歩はシグムントの我儘を許したということにするのが、いっとう収まりがいいはずだ。欲深い雄二人は、ただ可愛くねだられただけ。そう思わせておけば、二人は違和感を感じることなく兄弟の時間を作ることができるのだ。
シグムントの策略は、実に巧妙であった。魔王として国を統治してきたからこそできる、柔軟で打算的な処世術。
「さ、わって、……二人とも、お、俺を、受け入れて、ほし……」
「お前、そういうのは……」
「ああ、ああ、もちろんだ……‼︎」
本当は、二人きりの時に言って欲しかった言葉ではあった。それでも、矜持だけは山の如く高い男達は、シグムントの甘やかな言葉に身も心も堕とされてしまった。
イザルがルシアンへと目配せをする。その視線一つで何が言いたいかを理解したルシアンは、小さく頷くとシグムントを抱き上げた。三人の足元に、陣が浮かび上がる。転移先はルシアンの寝室、イザルが初めて入る、弟の部屋である。
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