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ネーヨの秘密 

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 ククルストックへと帰還するにあたり、シグムントはやらねばならないことがあった。

「うん、お前たち眷属にならないか。そうすればでたり入ったり、自由自在だしなあ!」
「まずは鼻水を拭え」

 あれから、地下神殿を出た一行は、アルベルに再び睡眠薬を足してから作戦会議をすることとなった。ふくふくと笑うシグムントの背後では、神殿で拾った他人のインベントリをイザルがあさっている。

「ソレ、アルベルノ仲間ノジャネエノカ」
「知るか。必要なら化けて出てみやがれってんだ」
「オマエノ男、本当ニ元勇者カ?」
「残念ながらそのようだ」

 肩を竦めたシグムントの頭を、イザルがスパンと叩く。
 中身を改めたインベントリには、道中見かけた木の実が幾つか入っていた。食料が少ないことを察するに、この森で長居をするつもりはなかった様だ。
 他にも、アルベルの店の加工場で使う特殊な工具が出てきた。名前の彫り込まれた柄を見る限り、鞄の持ち主はアルベルの店の従業員に間違いはないだろう。使い込まれていない様子から、働き始めて日は浅そうだ。わざわざこんなところまで駆り出されて、魔物化してしまったのだろうか。
 イザルはまだ綺麗なままの工具を元の袋に戻すと、うなされているアルベルを見た。

「名前を受け入れてくれたら、眷属になれるぞ。イマカの手の甲に俺のケイデンシーを描かせてくれ」
「ゴブリンヲ眷属ニスル馬鹿ハイネーッテ!」
「イマカはゴブリンじゃないぞ、シグムントのお友達だ!」
「ヤメロクスグッテーーー‼︎」

 元魔王が下級魔族にへりくだる世界線があるのだなとイザルは思った。イマカ自身満更でもなかったようだ。小さな手の甲に下手くそなミミズの様な絵を描かれて悲鳴を上げていたが。
 
「テガキィ‼︎」
「俺の血をインクにしているから、これで完了だ。これが俺のヒュトーのマークだ」
「ウワアダセエ……」
「次はネーヨちゃんだな!」
「アゥア……」

 静かに後退していたネーヨの前足は、シグムントの手によってしっかりと掴まれていた。間抜けな蛇の柄を受け入れるにはまだ勇気がないらしい。
 道連れにする為だろう、すかさずネーヨの首に抱きついたイマカが、逃走を阻む。イザルが窘める間も無く二人揃ってネーヨを転がすと、シグムントが意気揚々と跨った。
 
「オ前モ道連レナンダヨーーーー‼︎」
「ギャヮッ」
「イマダシグムントヤッチマエーーーー‼︎」
「あいわかった!」

 仰向けの情けない体勢になったネーヨの赤い瞳が、羽根ペンを握るシグムント姿を捉える。大きな耳を伏せて、心なしか慌てている様にも見えた。
 シグムントの薄い手のひらが、体毛の薄い下腹部へと触れたその時。耐えきれないとでも言う様に、ネーヨは遠吠えと共に魔力を噴出させた。

「あ?」
「うわぁっ!」

 唐突に膨れ上がった魔力に、イザルは弾かれた様に聖剣に手をかけた。赤黒い魔力が渦を巻きシグムントを取り込んだのだ。柄を握りしめ、鞘から引き抜こうとするイザルの手を、イマカが慌てた様に掴んだ。
 
「マテ‼︎」
「んだよ‼︎」

 イマカの制止理由はすぐにわかった。シグムントを巻き込んだ魔力の渦が、徐々に収まっていったのだ。まるで手探りで視界を探す様に、褐色の腕がにゅっと姿を現した。魔力を散らす様に乱暴な動きをした腕の主は、雲の切れ間から差し込んだ月明かりによって正体を暴かれる。

「な……」

 呆気に取られたイザルの目は、黒く大きな獣耳を震わせる男がいた。鍛え上げられた褐色の肌は野生みを感じさせる。長く放置されているであろう黒髪の隙間から覗く形のいい二重は少々眠そうだ。赤い瞳はネーヨと同じ色味である。その男の血管の浮いた鍛えられた腕がシグムントの腰を引き寄せ、またがる様を好きにさせていた。

「……ネーヨ、ちゃんか?」
「……うん、あと……頼むから無邪気に俺の下半身に触れないで」

 照れくさそうな、それでいて気弱にも聞こえる情けない言葉を掠れた声で宣う。褐色の美丈夫に跨るシグムントの柔らかな尻が太腿に当たっていると言う状況が、男、もといネーヨには耐えられなかったのだろう。
 
「あとネーヨちゃんはやめて」
「ソコハシッカリ否定スルンダナ」
「俺にだって、名前くらいはあるからな」

 シグムントを抱き上げる様に地べたへと下ろしたネーヨは、豊かな尾を揺らす様に立ち上がる。下半身は獣化を解いていないのだろう。滑らかな被毛がボトムスの様に下半身を覆っている。
 
「お前……フォレストウルフの群れにいたよな……」
「……ああでもしなきゃ、俺に居場所はなかったから」

 ネーヨの首には、イザルがかけた隷属魔法の痕が鎖状に残っていた。解放されたいま、効力はない。自在に姿を操れる獣人はそういない。ネーヨが純粋なウェアウルフであることは、否定ようもない事実であった。

「眷属になるなら、俺はあんたがいい」
「いや俺魔族じゃねえし」
「舎弟ッテコトカ?」
「シャテイってなんだ。イマカは難しい言葉を知っているなあ」
「…………」

 この場でもっとも呑気を貫くのはシグムントだけだろう。まっすぐな好意を向けられたイザルはと言うと、その端正な顔立ちを忌々しそうに歪めている。
 ウェアウルフは強いものを群れの頭に置く。わかりやすい序列制度は、群れの精神的な安定を計る意味合いもあった。知能も非常に高く、人型に擬態し、人語を解する。時に人間を攫って孕ませることもあったと聞いている。
 目の前のネーヨは、イザルが断らないと信じて見つめてくる。確かに、フォレストウルフの群れに収まって生き延びたことを知る限りでは、知能指数は高いだろう。
 懇願混じりの瞳を、体格も差して変わらない様な男から向けられている。そんな状況すら趣味じゃないというのに、無理やり隷属してしまった手前、拒否も言いづらい。本当に、頭に血が登ってたとはいえ、考えなしに妙な行動は二度とするかとイザルは思った。

「イザル、ネーヨちゃんもこう言っておるよ。俺からもこの通り、頼むよ」
「なんでお前は急に上から目線だぶっ殺すぞ」
「ふふ、照れておる」
「照れておるじゃねえわばーーーーーーーか‼︎」

 満月の光を雲が遮り、ネーヨに影を落とす。イザルは睨みつけるように月に一瞥をくれると、再びネーヨへと顔を向けた。

「お前、本名は」
「イェネド」
「そうかイェネド。質問は一つだけだ。日中も人型になれるのか」 
「なれる。練習をした。耳と尾も、服を着れば隠せるはずだ」

 どれだけ長い年月、息を潜めて暮らしてきたのだろう。澱みなく答えるイェネドの瞳に迷いはなかった。

「ならいい。いいか、俺はお前に指示を出さねえ、状況を見てお前が判断をして行動しろ。そして、シグムントには」
「安心してくれ。ボスの雌には手を出さない」
「…………」

 ネーヨ、基イェネドは、自信満々に胸を張って答えた。イザルはヒクリと口元を震わすと、何か言おうとしてやめた。変に言葉を返して、また妙なことになったら嫌だと思ったのだ。
 こうして、イザルとシグムントの旅路に、まさかのお供が追加されたわけである。インベントリを漁りイェネドに身を隠す布を与えてやると、尾を振り回して頬を舐められたので、流石に殴った。イェネドは気にもしていないあたり、イザルの気苦労はまた増えそうだ。
 人はこうして苦労を積み重ねて老け込んでいくんだろうな。そんなジジ臭いことを思っていることなど露知らず、イェネドはイマカにも同じことをして怒られていた。


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