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いい加減にしろ
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「イマカはゴブリンだ。俺と仲良くしてくれていたんだ」
「そんなことはどうだっていい」
イザルの外套に身を包んだシグムントが、両脇に魔物を侍らせてふくふくと笑う。ここにきてやっと元魔王らしき片鱗を見せているが、イザルにとっては面倒な依頼を早く終わらせることが優先事項だ。銀灰の瞳が、小さな緑色の塊に向けられる。にわかには信じがたいが、どうやらイマカと呼ばれたゴブリンには理性があるらしい。意思疎通の可能な魔物もいることは聞き及んでいたが……と、まじまじとイマカを見つめる。
シグムントの背中にへばりつき、時折警戒するかのように背後を振り返る。この中では、一番危機感を持っていると言ってもいい。
「これで終わりじゃねえ。一匹は仕留めたが、まだ外にもヴィホルダーはいる。まさかこいつがユニーク種だとは思わなかったが……つか、どっちがお前を連れ去ったのかはわかんねえけどよ」
「オ前、ツレサラレタノカ?」
「む。ああ、……あ。そうだ、アルベルを見つけなければ!」
シグムントが慌てたように立ちあがろうとするが、うまくはいかなかった。よろめいた体がイマカを巻き込むようにへたり込む。シグムント風に言い訳をするのなら「地面に愛されているから」だろう。しかしその実単純に魔力が枯渇して体力がなくなっているから、が正解だ。
「お前、いい加減自分の鈍臭さに気がついたほうがいいぜ」
「ぅわ、っ……す、すまない」
「ったく、弱えくせにでしゃばりやがって」
口調は悪いが、イザルにしては存外優しくシグムントの体を引き寄せる。縺れた足につまづいて、胸板へと飛び込む形になってしまったことを咎めもしない。細い足が踏ん張りきれなかったことを木にか蹴るように、己の腕を腰に回して支えてやる。
「あ、ありが」
「ノロマ」
「オオイ‼︎ サッキカラナンダオ前‼︎ モウ少シ優シクシテヤレヨ‼︎」
「ああ⁉︎ なんでお前に俺が指図されなきゃいけねえんだコラ‼︎」
下から飛んできた抗議の声に、イザルの顔の治安がグッと悪くなる。まさかゴブリンと口喧嘩する日が来るとは思わない。棍棒を振り翳して憤慨するイマカがなぜそこまでシグムントに懐いているのかは知らないが、イザルなりの不器用な優しさを下手くそと言われたようで、わかりやすく苛立った。
「コイツハ俺を守ッタ。ダカラ生キテル。コノ借リヲ返スマデ俺ハオ前等二協力スル。ダカラオ前モ優シクシテヤレ」
「ああ……?」
真偽を確かめるような目つきで、イザルは睨んだ。しかし、イマカの金色の瞳は怖じる事なく見つめ返してきた。本気の様子に、イザルの眉間に深い皺が刻まれる。
静かな沈黙の中での探り合いも、結局はシグムントの呑気さによって掻き乱されてしまったが。
「なあ、ワンちゃんに名前はあるのか」
「ねえよ」
「ネーヨかあ、ふふ、お利口さんだなあ」
「ねえっつってんだろ」
フォレストウルフ、基ネーヨの口がパカリと開く。隣ではイマカの名前を与えらた故の仲間意識でも芽生えたのだろうか。小さな緑の手が慰めるようにネーヨの体を撫でている。
頭が痛い。イザルは渋い顔をして項垂れた。問題は何も解決していない。いつも肝心な時に限って、シグムントによってあやふやにされている気もする。
イザルの手が、シグムントの体を担ぎ上げる。細い体を容易く持ち上げると、疑問の声が出る前にネーヨの背中に跨らせる。
「とりあえず武器屋の親父だ。あいつはどっちへ向かった」
「さっきまでいたんだよ。だけどはぐれてしまってなあ」
困ったように宣う。シグムントの細い足が、ネーヨの胴を挟んでいる。
大きな狼は存外大人しい。時折助けを求めるような目をイマカに向けているが、取り合ってはもらえないようである。
「イマカが最後にアルベルを見ていたな。場所はわかるか?」
「ォワッ」
シグムントの手がイマカの小さな手を掴むと、ひょいと持ち上げて足の間に座らせる。さながらゴブリンライダーもかくやな見栄えだ。呆れたイザルの目線を感じたのか、イマカの顔が悔しそうに歪む。
「……アンタヲ置キ去リニシタ男ダロウ。気ニシナキャイイノニ」
「ダメだ。こんな寂しいところで、一人はいけない。それに、彼は助けを求めているのだから」
「逃げ足はええから今も生きてんだろ。ならどっか隠れてんじゃねえの、面倒くせぇな……」
シグムントに絆された影響かは知らないが、気がつけばイザルとイマカは普通に会話をしていた。イザルの過去からしてみれば、想像もつかないような大きな変化だ。これも、シグムントに絆されてしまったからだろうか。
イザルはインベントリから取り出した縄でネーヨの首を括ると、その先をシグムントへと握らせた。不満そうに唸る唸るネーヨの首を、白い手が優しく撫でる。
「唸るな。お前が大人しく走るなら別だが、コイツの運動神経皆無だぞ」
「苦労をかけるなあ、ネーヨ」
「………ゥグ」
どうやら想像がついたらしい。ネーヨが顔に不本意を貼り付けるままに、大人しく手綱がわりの縄を受け入れる。
「ふふ、どうだイザル。俺は勇ましいだろうか」
「外套んなか素っ裸で威張るんじゃねえ……つかシグムント。お前武器屋の親父の匂いがついたもん持ってねえか」
「サッキノ場所二、アイツノ武器ナラ落チテルゾ」
「おお、そうだった。あのとんがったハンマーみたいなやつ」
シグムントよりもイマカの方が頼りになるかもしれない。イザルは小さな手が指さす方向へと目を向ける。ここまでくるときに見かけたツルハシのことを言っているのだろうか。小さく舌打ちをすると、シグムントに背を向けきた道を戻る。その影を追いかけるように、ネーヨもまた続く。
こんなところを普通の人間が見たら、確かにありえないと憤慨するだろう。それとも、非国民扱いが妥当だろうか。目的のものはすぐに見つかった。
「ネーヨ」
「…………ヮウ」
ツルハシを指さすイザルへと、渋い顔をしたネーヨが不服を漏らす。フォレストウルフとしての矜持はまだ捨てていないのかもしれない。今にも噛みつきそうな怖い顔でイザルを睨んでいる。それでも、思いの外ネーヨの本能は素直であった。表情は嫌悪を貼り付けてはいたが、四つ足は渋々地べたを進む。威嚇をしながらも鼻先をツルハシに寄せるあたり、素直さが見られる。
「………」
「ネーヨちゃん、何かわかりそうか」
「ネーヨチャンハヤメテヤレ」
「フン……ッ」
ネーヨの大きなお耳が、へたりと下がる。シグムントの言葉に鼻息で返事をしたネーヨは、ツルハシの柄をがじりと咥えて顔を上げる。その鼻先が示すのは、アルベルがいるであろう場所だ。イザルはというと、ネーヨの咥えたツルハシをしっかりとインベントリにしまっていた。
乾いた黄土色の道を、二人と二匹で探索することとなった。イマカは棍棒を持ったまま辺りを警戒しているが、基本的な戦力はイザル一人である。
ビスケットのような脆い壁が地面にいくつも生えているこの場所は、上から見れば迷路のような作りであった。もう一匹のヴィホルダーの不意をついて侵入したはいいが、この遺跡内に現れたヴィホルダーはシグムント曰くユニーク種だという。
火炎耐性がなければ焼き殺されていただろうに、己の窮地にもイマカを優先させる自己犠牲精神というのは非常にいただけない。イザルは道中、シグムントに守られたという目の前のゴブリン相手に、聞きたいことが山ほどあった。
故に、その視線は自然と剣呑なものになる。おかげで、数分の道のりが長い距離に感じるほど、イマカは息苦しい思いをしたのであった。
「てめえも連れてこられた、だあ?」
「嘘ジャナイ。俺シカ生キ残ッテナイガ」
「うむ、可哀想なことをした」
「シグムントハドッチノ味方ダ……」
「無論、お友達の味方だぞ!」
ニコニコとシグムントは頓珍漢な返事をする。
イマカ曰く、ゴブリンはこの周辺を縄張りとして暮らしていたようだ。しかし突然現れたヴィホルダーに群れを散らされ、三匹は玉砕覚悟で棍棒片手にヴィホルダーに挑んだもののあえなく失敗。ついにはここに投げ込まれ、色々あってイマカ一人となったという。
「ナンデダカハ知ラネエ。備蓄食料扱イカモナ」
「なら俺もそうかあ。お揃いだなあイマカ」
「嫌ダワソンナオ揃イ! マ、オ前ノ騎士様ハ自分カラ来タガナ」
イザルの目が静かにイマカを検分する。ヴィホルダーによって群れを絶やされても生き残ったのは、純粋にイマカが他のゴブリン達よりも秀でていたからろう。小型の低級魔物がここまで言語を解すのは異常である。
そして、シグムントも理性のある魔族だ。アルベルは最初から遺跡に入っていたと言うから、ヴィホルダーによって連れ去られたわけではないだろう。イザルは、妙な違和感を感じていた。そもそも、ヴィホルダーはここらでは見ない魔物のはずである。
「ヴィホルダーは、いつから出た。」
「三日前ダ。シカモ、人間ガ来テカラダ」
だから、人間がヴィホルダーを召喚して差し向けたのかと思っていた。イマカはそう言葉を続けた。
フォレストフォールを塒にしてから随分と経つが、今までこんなことはなかったという。
「アノ人間ガ仕掛ケタト思ッタ」
「……だから攻撃したのか」
「俺達ニモ本能ハアル。誰モ死ニタクハナイ」
イマカの言葉に、イザルは居心地が悪くなった。
シグムントといい、イマカといい、ネーヨといい、理性的な魔物がいることに少しばかし動揺したのだ。目的の為に剣を奮い続け、屠ってきた中にも、そういうものがいたのだろうか。相手が敵という立場だからこそイザルの振る舞いは咎められなかったが、見方を変えればただの理不尽だったかもしれない。
イマカの言葉に黙りこくってしまったイザルの表情を、シグムントは静かに見つめていた。かける言葉がなかったわけではないが、イザルの中で小さな変化が生じていることに気がついていたから、何も口にはしなかったのだ
しかし、静かな時間は突然終わりを迎えた。イマカが物音に気づいて振り向くと同時に、何かが空を切る音がした。
「あいたっ」
「アイツ!」
こめかみを押さえて間抜けな声を上げたシグムントに、イマカは声を上げた。その指先は、一点へと向けられている。イザルが素早く瓦礫の影へと飛び込むと、間髪入れずにぎゃあっと声が上がった。
「うう、目にゴミが……」
「ゴミジャナクテ、血ダ!」
「ええ‼︎ 怪我をしたらイザルに怒られる‼︎ 治してくれイマカ!」
「俺ニ頼ムナ!」
騒がしい二人を置いて、ネーヨの鼻先がイザルの消えた方向へと向けられる。アルベルの丸い体を片手で引き摺りながら姿を現したのは、不機嫌極まりないイザルであった。
「手間かけさせやがってくそが!」
「や、やっぱり俺の知ってるイザルじゃないか‼︎ 嘘つき男め‼︎」
「ああ⁉︎ 何訳わかんねえこと言ってんだバァカ‼︎」
「ウヒャアッ」
イザルが放り投げたアルベルが、ネーヨの足にぶつかり悲鳴を上げる。余程逃げ回ったのだろう。砂埃まみれのアルベルが腰を抜かすようにネーヨを見上げれば、イマカとともに騎乗するシグムントと目があった。
「ででっ、出たな生き汚い半魔め‼︎ イザルを利用して何企んでやがるんだ‼︎」
「え、いや、何も」
「嘘をつくな‼︎ どうせ魅了魔法で洗脳したんだろう‼︎ くそ、助けを呼んだってのに、こんなことになるだなんて……‼︎」
アルベルは、この状況に酷く取り乱しているようだった。怒鳴り散らかすなり、インベントリから剣を取り出した。明確な敵意を放つその姿からは、出会った時の優しさは微塵も感じられなかった。
「半魔は堕界へと帰れ‼︎」
苛立ちを声に乗せてぶつけられる。シグムントは、アルベルの豹変に怯えるように肩をすくませた。
半魔も、堕界も、初めて耳にする言葉ばかりであった。何がいけないのかを、問いかけようにも隙を与えない。アルベルは最初からシグムントと言葉を交わすつもりがないのだろう。剣先が、青い光を放ちながら振り上げられる。無防備なシグムントへと、鋭利な悪意が振り下ろされそうになった、その時だった。
「囀るな。こいつを貶していいのは俺だけだ」
「うぎゃあ……っ‼︎」
イザルの手が、アルベルの剣を持つ手を掴んでいた。剣先がかすかに揺れている。ギチギチと乾いた肉が擦れ合う音が、イザルの力の強さを示すかの王だった。
「い、イザルお前……っ俺を助けにきたんじゃないのか!」
「俺は聖剣を取りにきただけさ。たまたまお前がいねえってんで、仕方なくここまで来たんだ。クソ面倒くさいとこで遭難しやがって、俺に迷惑をかけておいて、随分なご挨拶じゃねえか」
「は、半魔だぞ……し、正気か……っ‼︎ なんで庇い立てするんだ‼︎ そんなやつ‼︎」
半魔は、きっと己のことを指すのだろう。シグムントは、二人のやりとりを静かに見つめていた。アルベルが敵意を向けるのは、また知らぬうちに過ちを犯したからに違いない。苛立ちの原因となっていることは、容易に受け取ることができた。
また俺は間違えたのか。この国には求められていないのだと痛感してしまう。良かれと思ったことが、迂闊な行動となってしまう。現に今もこうして、イザルが矢面に立ってくれている。
ネーヨの手綱を握る手に、力が入る。シグムントは、顔を上げるのが下手くそになってしまった。
「そんなことはどうだっていい」
イザルの外套に身を包んだシグムントが、両脇に魔物を侍らせてふくふくと笑う。ここにきてやっと元魔王らしき片鱗を見せているが、イザルにとっては面倒な依頼を早く終わらせることが優先事項だ。銀灰の瞳が、小さな緑色の塊に向けられる。にわかには信じがたいが、どうやらイマカと呼ばれたゴブリンには理性があるらしい。意思疎通の可能な魔物もいることは聞き及んでいたが……と、まじまじとイマカを見つめる。
シグムントの背中にへばりつき、時折警戒するかのように背後を振り返る。この中では、一番危機感を持っていると言ってもいい。
「これで終わりじゃねえ。一匹は仕留めたが、まだ外にもヴィホルダーはいる。まさかこいつがユニーク種だとは思わなかったが……つか、どっちがお前を連れ去ったのかはわかんねえけどよ」
「オ前、ツレサラレタノカ?」
「む。ああ、……あ。そうだ、アルベルを見つけなければ!」
シグムントが慌てたように立ちあがろうとするが、うまくはいかなかった。よろめいた体がイマカを巻き込むようにへたり込む。シグムント風に言い訳をするのなら「地面に愛されているから」だろう。しかしその実単純に魔力が枯渇して体力がなくなっているから、が正解だ。
「お前、いい加減自分の鈍臭さに気がついたほうがいいぜ」
「ぅわ、っ……す、すまない」
「ったく、弱えくせにでしゃばりやがって」
口調は悪いが、イザルにしては存外優しくシグムントの体を引き寄せる。縺れた足につまづいて、胸板へと飛び込む形になってしまったことを咎めもしない。細い足が踏ん張りきれなかったことを木にか蹴るように、己の腕を腰に回して支えてやる。
「あ、ありが」
「ノロマ」
「オオイ‼︎ サッキカラナンダオ前‼︎ モウ少シ優シクシテヤレヨ‼︎」
「ああ⁉︎ なんでお前に俺が指図されなきゃいけねえんだコラ‼︎」
下から飛んできた抗議の声に、イザルの顔の治安がグッと悪くなる。まさかゴブリンと口喧嘩する日が来るとは思わない。棍棒を振り翳して憤慨するイマカがなぜそこまでシグムントに懐いているのかは知らないが、イザルなりの不器用な優しさを下手くそと言われたようで、わかりやすく苛立った。
「コイツハ俺を守ッタ。ダカラ生キテル。コノ借リヲ返スマデ俺ハオ前等二協力スル。ダカラオ前モ優シクシテヤレ」
「ああ……?」
真偽を確かめるような目つきで、イザルは睨んだ。しかし、イマカの金色の瞳は怖じる事なく見つめ返してきた。本気の様子に、イザルの眉間に深い皺が刻まれる。
静かな沈黙の中での探り合いも、結局はシグムントの呑気さによって掻き乱されてしまったが。
「なあ、ワンちゃんに名前はあるのか」
「ねえよ」
「ネーヨかあ、ふふ、お利口さんだなあ」
「ねえっつってんだろ」
フォレストウルフ、基ネーヨの口がパカリと開く。隣ではイマカの名前を与えらた故の仲間意識でも芽生えたのだろうか。小さな緑の手が慰めるようにネーヨの体を撫でている。
頭が痛い。イザルは渋い顔をして項垂れた。問題は何も解決していない。いつも肝心な時に限って、シグムントによってあやふやにされている気もする。
イザルの手が、シグムントの体を担ぎ上げる。細い体を容易く持ち上げると、疑問の声が出る前にネーヨの背中に跨らせる。
「とりあえず武器屋の親父だ。あいつはどっちへ向かった」
「さっきまでいたんだよ。だけどはぐれてしまってなあ」
困ったように宣う。シグムントの細い足が、ネーヨの胴を挟んでいる。
大きな狼は存外大人しい。時折助けを求めるような目をイマカに向けているが、取り合ってはもらえないようである。
「イマカが最後にアルベルを見ていたな。場所はわかるか?」
「ォワッ」
シグムントの手がイマカの小さな手を掴むと、ひょいと持ち上げて足の間に座らせる。さながらゴブリンライダーもかくやな見栄えだ。呆れたイザルの目線を感じたのか、イマカの顔が悔しそうに歪む。
「……アンタヲ置キ去リニシタ男ダロウ。気ニシナキャイイノニ」
「ダメだ。こんな寂しいところで、一人はいけない。それに、彼は助けを求めているのだから」
「逃げ足はええから今も生きてんだろ。ならどっか隠れてんじゃねえの、面倒くせぇな……」
シグムントに絆された影響かは知らないが、気がつけばイザルとイマカは普通に会話をしていた。イザルの過去からしてみれば、想像もつかないような大きな変化だ。これも、シグムントに絆されてしまったからだろうか。
イザルはインベントリから取り出した縄でネーヨの首を括ると、その先をシグムントへと握らせた。不満そうに唸る唸るネーヨの首を、白い手が優しく撫でる。
「唸るな。お前が大人しく走るなら別だが、コイツの運動神経皆無だぞ」
「苦労をかけるなあ、ネーヨ」
「………ゥグ」
どうやら想像がついたらしい。ネーヨが顔に不本意を貼り付けるままに、大人しく手綱がわりの縄を受け入れる。
「ふふ、どうだイザル。俺は勇ましいだろうか」
「外套んなか素っ裸で威張るんじゃねえ……つかシグムント。お前武器屋の親父の匂いがついたもん持ってねえか」
「サッキノ場所二、アイツノ武器ナラ落チテルゾ」
「おお、そうだった。あのとんがったハンマーみたいなやつ」
シグムントよりもイマカの方が頼りになるかもしれない。イザルは小さな手が指さす方向へと目を向ける。ここまでくるときに見かけたツルハシのことを言っているのだろうか。小さく舌打ちをすると、シグムントに背を向けきた道を戻る。その影を追いかけるように、ネーヨもまた続く。
こんなところを普通の人間が見たら、確かにありえないと憤慨するだろう。それとも、非国民扱いが妥当だろうか。目的のものはすぐに見つかった。
「ネーヨ」
「…………ヮウ」
ツルハシを指さすイザルへと、渋い顔をしたネーヨが不服を漏らす。フォレストウルフとしての矜持はまだ捨てていないのかもしれない。今にも噛みつきそうな怖い顔でイザルを睨んでいる。それでも、思いの外ネーヨの本能は素直であった。表情は嫌悪を貼り付けてはいたが、四つ足は渋々地べたを進む。威嚇をしながらも鼻先をツルハシに寄せるあたり、素直さが見られる。
「………」
「ネーヨちゃん、何かわかりそうか」
「ネーヨチャンハヤメテヤレ」
「フン……ッ」
ネーヨの大きなお耳が、へたりと下がる。シグムントの言葉に鼻息で返事をしたネーヨは、ツルハシの柄をがじりと咥えて顔を上げる。その鼻先が示すのは、アルベルがいるであろう場所だ。イザルはというと、ネーヨの咥えたツルハシをしっかりとインベントリにしまっていた。
乾いた黄土色の道を、二人と二匹で探索することとなった。イマカは棍棒を持ったまま辺りを警戒しているが、基本的な戦力はイザル一人である。
ビスケットのような脆い壁が地面にいくつも生えているこの場所は、上から見れば迷路のような作りであった。もう一匹のヴィホルダーの不意をついて侵入したはいいが、この遺跡内に現れたヴィホルダーはシグムント曰くユニーク種だという。
火炎耐性がなければ焼き殺されていただろうに、己の窮地にもイマカを優先させる自己犠牲精神というのは非常にいただけない。イザルは道中、シグムントに守られたという目の前のゴブリン相手に、聞きたいことが山ほどあった。
故に、その視線は自然と剣呑なものになる。おかげで、数分の道のりが長い距離に感じるほど、イマカは息苦しい思いをしたのであった。
「てめえも連れてこられた、だあ?」
「嘘ジャナイ。俺シカ生キ残ッテナイガ」
「うむ、可哀想なことをした」
「シグムントハドッチノ味方ダ……」
「無論、お友達の味方だぞ!」
ニコニコとシグムントは頓珍漢な返事をする。
イマカ曰く、ゴブリンはこの周辺を縄張りとして暮らしていたようだ。しかし突然現れたヴィホルダーに群れを散らされ、三匹は玉砕覚悟で棍棒片手にヴィホルダーに挑んだもののあえなく失敗。ついにはここに投げ込まれ、色々あってイマカ一人となったという。
「ナンデダカハ知ラネエ。備蓄食料扱イカモナ」
「なら俺もそうかあ。お揃いだなあイマカ」
「嫌ダワソンナオ揃イ! マ、オ前ノ騎士様ハ自分カラ来タガナ」
イザルの目が静かにイマカを検分する。ヴィホルダーによって群れを絶やされても生き残ったのは、純粋にイマカが他のゴブリン達よりも秀でていたからろう。小型の低級魔物がここまで言語を解すのは異常である。
そして、シグムントも理性のある魔族だ。アルベルは最初から遺跡に入っていたと言うから、ヴィホルダーによって連れ去られたわけではないだろう。イザルは、妙な違和感を感じていた。そもそも、ヴィホルダーはここらでは見ない魔物のはずである。
「ヴィホルダーは、いつから出た。」
「三日前ダ。シカモ、人間ガ来テカラダ」
だから、人間がヴィホルダーを召喚して差し向けたのかと思っていた。イマカはそう言葉を続けた。
フォレストフォールを塒にしてから随分と経つが、今までこんなことはなかったという。
「アノ人間ガ仕掛ケタト思ッタ」
「……だから攻撃したのか」
「俺達ニモ本能ハアル。誰モ死ニタクハナイ」
イマカの言葉に、イザルは居心地が悪くなった。
シグムントといい、イマカといい、ネーヨといい、理性的な魔物がいることに少しばかし動揺したのだ。目的の為に剣を奮い続け、屠ってきた中にも、そういうものがいたのだろうか。相手が敵という立場だからこそイザルの振る舞いは咎められなかったが、見方を変えればただの理不尽だったかもしれない。
イマカの言葉に黙りこくってしまったイザルの表情を、シグムントは静かに見つめていた。かける言葉がなかったわけではないが、イザルの中で小さな変化が生じていることに気がついていたから、何も口にはしなかったのだ
しかし、静かな時間は突然終わりを迎えた。イマカが物音に気づいて振り向くと同時に、何かが空を切る音がした。
「あいたっ」
「アイツ!」
こめかみを押さえて間抜けな声を上げたシグムントに、イマカは声を上げた。その指先は、一点へと向けられている。イザルが素早く瓦礫の影へと飛び込むと、間髪入れずにぎゃあっと声が上がった。
「うう、目にゴミが……」
「ゴミジャナクテ、血ダ!」
「ええ‼︎ 怪我をしたらイザルに怒られる‼︎ 治してくれイマカ!」
「俺ニ頼ムナ!」
騒がしい二人を置いて、ネーヨの鼻先がイザルの消えた方向へと向けられる。アルベルの丸い体を片手で引き摺りながら姿を現したのは、不機嫌極まりないイザルであった。
「手間かけさせやがってくそが!」
「や、やっぱり俺の知ってるイザルじゃないか‼︎ 嘘つき男め‼︎」
「ああ⁉︎ 何訳わかんねえこと言ってんだバァカ‼︎」
「ウヒャアッ」
イザルが放り投げたアルベルが、ネーヨの足にぶつかり悲鳴を上げる。余程逃げ回ったのだろう。砂埃まみれのアルベルが腰を抜かすようにネーヨを見上げれば、イマカとともに騎乗するシグムントと目があった。
「ででっ、出たな生き汚い半魔め‼︎ イザルを利用して何企んでやがるんだ‼︎」
「え、いや、何も」
「嘘をつくな‼︎ どうせ魅了魔法で洗脳したんだろう‼︎ くそ、助けを呼んだってのに、こんなことになるだなんて……‼︎」
アルベルは、この状況に酷く取り乱しているようだった。怒鳴り散らかすなり、インベントリから剣を取り出した。明確な敵意を放つその姿からは、出会った時の優しさは微塵も感じられなかった。
「半魔は堕界へと帰れ‼︎」
苛立ちを声に乗せてぶつけられる。シグムントは、アルベルの豹変に怯えるように肩をすくませた。
半魔も、堕界も、初めて耳にする言葉ばかりであった。何がいけないのかを、問いかけようにも隙を与えない。アルベルは最初からシグムントと言葉を交わすつもりがないのだろう。剣先が、青い光を放ちながら振り上げられる。無防備なシグムントへと、鋭利な悪意が振り下ろされそうになった、その時だった。
「囀るな。こいつを貶していいのは俺だけだ」
「うぎゃあ……っ‼︎」
イザルの手が、アルベルの剣を持つ手を掴んでいた。剣先がかすかに揺れている。ギチギチと乾いた肉が擦れ合う音が、イザルの力の強さを示すかの王だった。
「い、イザルお前……っ俺を助けにきたんじゃないのか!」
「俺は聖剣を取りにきただけさ。たまたまお前がいねえってんで、仕方なくここまで来たんだ。クソ面倒くさいとこで遭難しやがって、俺に迷惑をかけておいて、随分なご挨拶じゃねえか」
「は、半魔だぞ……し、正気か……っ‼︎ なんで庇い立てするんだ‼︎ そんなやつ‼︎」
半魔は、きっと己のことを指すのだろう。シグムントは、二人のやりとりを静かに見つめていた。アルベルが敵意を向けるのは、また知らぬうちに過ちを犯したからに違いない。苛立ちの原因となっていることは、容易に受け取ることができた。
また俺は間違えたのか。この国には求められていないのだと痛感してしまう。良かれと思ったことが、迂闊な行動となってしまう。現に今もこうして、イザルが矢面に立ってくれている。
ネーヨの手綱を握る手に、力が入る。シグムントは、顔を上げるのが下手くそになってしまった。
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ありがとうございました。
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閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
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2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
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支配者に囚われる
藍沢真啓/庚あき
BL
大学で講師を勤める総は、長年飲んでいた強い抑制剤をやめ、初めて訪れたヒートを解消する為に、ヒートオメガ専用のデリヘルを利用する。
そこのキャストである龍蘭に次第に惹かれた総は、一年後のヒートの時、今回限りで契約を終了しようと彼に告げたが──
※オメガバースシリーズですが、こちらだけでも楽しめると思い
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
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俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
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主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
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