名無しの龍は愛されたい。−鱗の記憶が眠る海−

だいきち

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重なる姿

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 パキン、という細やかな音が、範囲を広げるごとに大きくなっていく。氷の弾ける澄んだ音は、透明感と確かな冷たさをもって海面を徐々に凍らせていった。
 辺り一帯の空気を冷やす。氷の大地と化した海面は、その氷結の中に触れたものを閉じ込めていく。やがて緩やかに止まった侵食を前に、レイガンは言った。

「悪いが水の上が得意なのはお前だけではない。」
「面白い。」

 レイガンが小さく笑う。瞳で見据える羅頭蛇もまた、身を縦にうねらせるようにして高揚を表す。
 これほどまでに広範囲の氷結魔法を行使してなお、レイガンは涼しい顔をしていた。南国のはずが、吹き付ける風は冷やされて凍えるほどになっている。
 シューロは緊張したように羅頭蛇を見据えると、己の小さな掌を見た。
 悔しくないわけではない。羅頭蛇相手に、一人で敵うわけ無いとも思っていた。それでも、同じ魔力を宿すものとしての差を見せつけられた気がしてしまったのだ。


「そこにいろ。不味くなったら加勢してくれ。」
「余裕、な癖に。」
「何をいう。まあ、そう思わせたということは、俺もハッタリが上手くなったということか。」
「……え?」

 そう言って、シューロを置いてニアから飛び降りたレイガンは、軽い音を立てて氷上に降り立った。
 グローブをつけた手で、ゆっくりと氷に触れる。レイガンの掌から湧き上がった水流が、徐々に凍りつきながら剣を形成していった。
 やがてエルマーの持つ青龍刀と同じものが出来上がると、その握り心地を確かめるようにして柄をとった。
 氷上を踏み締めながら、レイガンの隣にエルマーが並んだ。その身を摩擦するように慰めると、口から白くなった呼気を漏らしながら宣った。

「足場作って、そんでどうする。見た限りじゃあ固そうだぜ、あの鱗。」
「行き当りばったりが効を奏することもある。お前、得意だろそういうの。」
「脳筋って言いてえのかコラ。」
「なら、示してみろ。」

 エルマーの言葉に、レイガンが煽るように笑う。
 随分な言われようである。エルマーは引き攣り笑みを浮かべたままレイガンを見つめると、溜め息を吐いた。
 金色の瞳が、真っ直ぐに羅頭蛇へと目を向ける。小島のような巨大な魔物を前に、しっかりと体に身体強化魔法をかけ直した。

「どうなったって知らねえからなマジで。」

 そう宣うと、エルマーは一気に駆け出した。しかし、羅頭蛇へと一直線に向かうとほぼ同時に、背後から夥しい蔦が並走するかのように迫り来る。思わずギョッとしたエルマーが慌てて脇に避けると、その蔦の上を駆け抜けるかのようにして、何か白いものが横切った。

「ああ!?」
「邪魔だどけエルマー!!」
「げぇえ!!」

 エルマーの横に突如として出来上がったのは、シンディの蔦の道だ。氷上には余りに似つかわしくない緑の上を、マンドラゴラと共にサジが駆け抜けていく。先頭を走るのは、おそらくシロだろう。ひときわ大きなマンドラゴラが、その短い手を振り下ろすかのようにして全頭へ向けて指示を出す。

「耳を塞いでおけ!!くらえ、咆哮だ!!」
「ーーーーーーっ!!」

 にい、と魔女らしく笑ったサジが、羅頭蛇の前に飛び出た瞬間。周りを固めるように小さなマンドラゴラの子株たちが一塊になった。夥しい数のマンドラゴラが、一斉にその口を開ける。
 慌てたナナシが結界で空間遮断を使った瞬間、空気を鳴らす程の酷い高音が、辺り一帯に響き渡った。
 波が、羅頭蛇を押し返すかのように激しくうねる。マンドラゴラが放つ高音域の周波数が、目の前の海を大きく荒れさせる。それは、羅頭蛇の巨躯をも揺らすほどの一撃であった。

「弱体化しろ羅頭蛇!」

 ラブラドライトの瞳を鋭く光らせたサジが、吠えるように叫んだ。
 マンドラゴラの咆哮を浴びせられたものは、総じて恐慌状態に陥る。体内の魔力の巡りが悪くなるせいで、一時的ではあるが防御力が下がるのだ。
 エルマーが青龍刀を片手にシンディの蔦に飛び移る。まるで、その瞬間を待っていたかのように、シンディの蔦が絡まり合うと、足場を作るように上空へと伸びた。

「ナイスアシストォ!!ミュクシル!!」

 エルマーが、蔦を踏み締めるように駆け上がる。
 太陽に照らされて伸びた影から、飛び上がったエルマーを追うように、異形の幽鬼が跳躍した。ミュクシルは上空でエルマーを鷲掴むと、その体をひねるようにして、一気に羅頭蛇へと投げ飛ばす。
 人では出せないような速度で、エルマーが羅頭蛇へと肉薄した。その時であった。

「本当の状態異常を教えてやろう。」
「あ?」

 羅頭蛇が、虚の瞳でエルマーを捉えた。
 まるで、不可視の膜に飛び込んだかのように、生ぬるいなにかがエルマーの体を通り抜ける。
 嫌な感覚だ、しかし状態異常はエルマーには効かない。そのまま、レイガンの術によって氷を侵食させた羅頭蛇の鱗の一枚へと、エルマーは勢いよく青龍刀を突き立てた。
 鈍い音を立ててしなる剣に、体の硬度をまざまざと教え込まれたと同時に、エルマーの背後で絶叫が響いた。

ーーーーーーーーーーーっ!!!!
「くぁ、っ」


 バクリと鳴った心臓に、剣を握り締めていたエルマーが、羅頭蛇の頭上に膝を着くようにして崩れ落ちた。
 エルマーとサジの繋がりが大きくぶれたのだ。震える手で胸元をキツく握りしめると、じんわりと滲む冷や汗を深呼吸でやり過ごす。

「ああアアアアアァあああ!!」
「っ、サジ……!!くそが、っ」

 氷上では、その身を溶かすようにして、サジが召喚していた魔物たちが、次々と影の中へと吸い込まれていく。
 羅頭蛇の恐慌の状態異常を、結界の外に出ていたサジだけがまともに食らったらしい。慌てた様子のナナシとアロンダートが、蹲ったサジへと駆け寄る。
 しかし、距離は離れていた。サジは覚束ない足取りで走り出す。まるで、二人から逃げるように海へと真っ直ぐに向かっていった。

「ばかやろ、っ」
「サジ、止まれ!!」

 その様子を見ていたエルマーが、慌てたように飛び出した。先程の嫌な感覚は、広範囲に行使した状態異常魔法だったらしい。エルマーは再び召喚したミュクシルに跨ると、羅頭蛇から離れてサジのいる氷上へと急いだ。
 その時、エルマーの目の前で大きな水飛沫が上がった。視界を縦断するように、ニアの頭上からシューロが海へ飛び込んだのだ。

「最初からこうすればよかったか。」
「っ、アロンダート、レイガン!!!」

 愉悦の滲む声が聞こえた。エルマーの背後で、待っていたといわんばかりに羅頭蛇がその身を青く光らせた。獲物へと狙いを定めるかのような様子に、エルマーは小さく舌打ちをした。

 羅頭蛇は、シューロが海に飛び込むことを望んでいた。それは、支配下であるこの海域で仕留めるつもりだったからに他ならない。
 不可抗力とはいえ、そんな状況に陥ったのはエルマーのミスだ。氷上に降り立った瞬間、入れ替わるようにしてレイガンが飛び出した。

「シューロ、頼んだ!!来い、ギンイロ!!」
「アイヨ」
「なるほど、邪魔をする気か。」

 羅頭蛇がその身をうねらせるように魔力を蓄える。放たれるであろう攻撃を前に、今度はアロンダートか飛び出した。
 琥珀の瞳を金色に輝かせると、一気に火炎を吐き出した。それは、氷上を滑るようにして水蒸気を発生させる。
 煙幕がわりのそれは、一時的なものに過ぎない。シューロは、時間稼ぎをする三人を視界の端に捉えると、海の中に落ちたサジの手をガシリと掴んだ。
 気絶している。これなら肺に入る水も少なくて済むだろう。シューロはサジの体を引き寄せると、海上に向かって一気に泳ぎ始めた。

 氷上では、海から飛び出すようにして繰り出された水の属性魔法が、水流を細く伸ばすようにして、エルマー達へ襲いかかる。
 レイガンの術によって凍らされた水流が、氷上のオブジェのように、辺りに乱立していく。その中を、エルマーとレイガンは剣撃の音を響かせるようにして、砕き進む。
 頭上では、アロンダートが羽軸を飛ばして羅頭蛇の気を引いている。三人がそれぞれ、何も言わずとも連携をとり、状況を変えようとしていた。

ーーやってもらってばかりで、良いわけがない!ボクだって、役に立てるんだ!

 シューロの金色の瞳に決意が宿る。ぐったりと力の抜けたサジの体は重く、その分シューロへと負荷がかかる。海水を飲みながらも、ざぱりと音を立てて海から顔を出すと、必死で意識を失ったサジを氷上へと乗せた。
 
「悪い、助かった。」
「うわ、っ」

 グッと襟首を掴まれたかと思うと、シューロの体はあっという間に引き上げられた。ギョッとした顔で視線を向ければ、腕の主はエルマーであった。
 どうやらシューロの動きに気がついた時には、こちらへと向かっていたらしい。エルマーはナナシを呼んで治癒を任せると、再び剣を片手に駆け出した。
 空魔石の簡易爆弾を、エルマーが羅頭蛇目掛けて一気に投げつける。閃光と共に爆発したそれが、細かな礫を散らすようにして大きな音を轟かせる。
 その音に怯むように、羅頭蛇の水流が途絶えた。エルマーの意表をついた攻撃が、術を行使する機を奪ったのだ。

 シューロは、そんな様子を呆けたように見つめていた。
 状況に応じた速やかな判断をするエルマーの姿が、まるで群れの長のように見えたのだ。
 赤い髪を揺らし、立ちはだかる姿を前に、シューロはグッと拳に力を込めた。シューロにないものを持っている。そんなエルマーに対して、僅かに憧憬にも似た視線を向けてしまったことが悔しかったのだ。

「エル、」

 シューロの呼びかけとほぼ同時に、水蒸気に満ちた不明瞭な視界を突き破るようにして、黒く大きなものが飛び出してきた。半獣化で抵抗していたらしい、下肢を魔獣に変えていたアロンダートが、打ち付けられるようにして氷上を滑る。

「ぅ、っ」

 銀色の髪が、目の前を掠めた。シューロへ向けて放たれた衝撃波に気がついたナナシが、割り込むように前に出る。ナナシの手によって、光と共に即座に構築された結界の上を、砕けた氷塊が滑るように流れていく。
 その衝撃は、ナナシの細い体を揺らがせる。必死に突っ張った手は震えていた。しかし、その瞳には守りきるという、強い意志が見て取れた。
 シューロは、その様子を見つめていた。半円状の結界を展開し、己とサジを守っている華奢な背中は、あの穏やかでおっとりとした青年のものとは思えなかった。


「耐えろ、ナナシ!!」

 エルマーは、氷を削るように駆け出していた。ナナシが羅頭蛇の意識を逸らしたこの機会を逃すまいと、視界の端では起き上がったアロンダートが、その琥珀の瞳を獰猛に光らせる。
 水蒸気を引きずるようにして、羅頭蛇の目の前にギンイロが飛び出した。その胴に跨るレイガンは、両手で円を作るように羅頭蛇を囲うと、幾つもの氷の粒を空気中に発生させる。

 光の反射で、チカチカと輝く。羅頭蛇がゆっくりとその尾を振り上げた瞬間、レイガンは円状にしていた両手を合わせた。

「耐えてみろ。」

 ギンイロの体が紫の光を纏った。羅頭蛇の周りに散らされていた氷の粒が、一気に静電気を帯びる。バチリ、と空気の弾ける音がしたその時、咆哮を上げるようにして、ギンイロが雷魔法を放った。

「グゥウ……!!!!」

 轟音のような低い唸り声が、辺り一帯に響き渡った。
 羅頭蛇の身の回りで、電気を流し込まれた氷の粒が勢いよく弾けていく。水蒸気とは違う凍てつく冷気が、視界を覆うように吹き付ける。それらは意思を持つように群青の巨躯に纏わりつくと、紫電が硬質な羅頭蛇の身を内側から弾いた。
 氷を通じ電導したギンイロの属性魔法が、その巨躯に走ったのだ。眩い一瞬の光は、視覚に残像を残すほどであった。

 シューロは慌てて顔を覆うと、咄嗟の防御反応に黒髪をバサリと広げた。それほどまでに、巨大な複合魔法であった。大きな体に繋がる、振り上げられた長い尾がゆっくりと下ろされる。
 エルマーが打撃を与えた額には罅が入り、硬質そうな鱗の一部が捲れ上がっているのに気がつくと、シューロはその金色の目を見開いた。

「あ、」

 へたり込んだナナシを、エルマーが抱き留める。まるで二人を守るかのように、レイガンがギンイロと共に氷上へと降り立った。視界の端では、アロンダートがその体で囲うようにしてサジ守っている。

 動かなくなった羅頭蛇を前に、誰しもが戦いの終わりを期待した。しかし、大きな魔力が氷の下でぐるりと動く。膨らんだ羅頭蛇の魔力に真っ先に気がついたのは、シューロただ一人であった。

「待って、……だめ!!」

 悲鳴混じりのシューロの声と共に、氷上へと大きな亀裂が走る。それぞれが慌てて飛び立った瞬間を追うかのように、群青色の尾が氷を突き破った。
 ダメージは食らっていたはずだ。しかし、羅頭蛇はその尾で氷上を穿つ算段を付けていたらしい。
 
「レイガン!!」
「わかっている!!」

 エルマーの怒声と共に、レイガンが行使した魔術によって海上が再び凍り始めた。その背後ではニアが仲間を背で受け止める。白い大蛇は、そのままレイガンの背後を滑るように移動すると、蜷局とぐろを巻くかのように、巨躯を操り亀裂の侵食を防いだ。

「ああまずいぞ、相当怒っている。」

 レイガンは、ニアに守られるようにして、真っ直ぐに羅頭蛇を見つめていた。己の魔力は、もう幾許いくばくもない。どう形勢を逆転すべきかを逡巡していれば、レイガンの横にエルマーが降り立った。
 そのこめかみには、苛立ちを表すかのように、わかりやすく血管を浮かび上がらせている。霜を踏みつけるようにして、エルマーは真っ直ぐに羅頭蛇へと向かっていった。

「やばいなー、あいつも怒らせたか。ナナシに向かって、攻撃したからだろうなー。」
「言ってる場合か、本当に骨の折れる相手で泣けてくる。」

 羅頭蛇の尾が、氷上からずるりと引き抜かれる。それを見つめるレイガンの視界の端で、何かが動いた。鎌首をもたげたニアが、鼻先を向ける。その先には、長い黒髪を躍らせるように駆け出したシューロが、エルマーを追いかける姿があった。

「シューロ、」
「ニア……?」

 戸惑った声を漏らしたニアに、レイガンが反応を示す。紫色の美しいニアの瞳に映るシューロは、まるで何かに駆られているようだった。
 
「待て、」
「邪魔だ退いてろ。」
「カサゴ……!!」

 引き留めるように、シューロがエルマーの袖を掴んだ。混乱をしているような表情は、怪我を負った羅頭蛇を前に唐突に現れた。
 敵を目の前にして己を制するシューロへと、エルマーが眉を寄せる。そのまま細い腕を振り払うようにして押し退けると、エルマーはシューロの胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「テメェが始めた喧嘩だろう……!!今さら邪魔するんじゃねえ……!!」
「っ、」
「っ危ない、前を、ーーーーー!!!!!」


 シューロが口を開くのを遮るかのように、レイガンが声を上げた。
 氷上を侵食するかのように、二人の足元を海水が濡らす。小さな違和感に誘われるままに顔を上げれば、エルマーの金色の瞳は見開かれた。
 海の中に引き摺り込まれたのかと錯覚した。それほどまでに、羅頭蛇が操る巨大な波壁が、二人の目前まに迫り来ていたのだ。深い海の青が、二人を飲み込もうとする。
 背後で、レイガンが何かを叫んでいた。ナナシの悲鳴と、アロンダートの怒声が聞こえる中、エルマーが腹に力を込める。切羽詰まった状況下だった。

「ラト、っ」

 エルマーの目の前で、止める間も無くシューロが飛び出した。悲痛な声と共に、その細い腕と黒髪をグッと広げた華奢な体は、まるで迫り来る海を迎え入れるかのようにも見えた。
 愚かだ、いくら海の魔族だとしても、この大きな波に太刀打ちできるはずがない。咄嗟にエルマーがシューロを引き寄せようと、手を伸ばした瞬間のことであった。

「あ……?」


 くぐもった反響音が聞こえた気がした。わずかな瞬きの後、エルマーの目の前には、薄い水膜に支えられるかのように、海の青が広がっていた。
 羅頭蛇によって繰り出された波に、飲み込まれてしまったかのようなこの状況は、どうやらエルマーの想像とは違うらしい。
 青く静かな空間では、シューロの啜り泣く声が静かに聞こえていた。小さな背中に視線を向ける。華奢な体は許しを請うかのように蹲り、嗚咽を漏らしていた。

「おい、何だこれ。」
「……っ、」
「泣いてちゃわからねえ、説明をしろ。」

 戸惑ったエルマーが、そっと球状に二人を包む水へと掌を添える。波紋は内側に広がったかと思うと、今度は持ち上がるかのようにして、ゆっくりと浮上し始めた。

「な、んだこれ……」

 絶句をするエルマーの目の前で、鼓動を響かせるかのように波打つ。地べたから水が染み出してきたかと思うと、エルマーの足を通り抜けるように持ち上がっていく。
 気がつけば、両足は先ほどまでいた氷上を踏みしめていた。シューロの長い黒髪が、水に攫われるかのように揺蕩った。
 その背を水が撫でたかと思えば、蹲ったシューロが先に外の世界へと戻される。水が動いている。まるで意思を持つかのようにして。
 
 エルマーの視界に氷上の景色が広がる頃には、体に負った細かな傷が治っていた。
 辺りを静寂が包み込む。呆気にとられたエルマーの頭上を、群青色の蛇にも似た何かがゆっくりと移動した。



「嘘だろう、」

 ニアは、目の前で起きたことを、信じられない気持ちで見つめていた。白い体を奔る震えは、恐怖からではない。体の中に宿るシューロの番いの魂が、反応を示したのだ。
 見間違いでなければ、感情の昂りで揺らいでしまったシューロの魔力に応えるように、どこからともなく、意思を持った水が現れたのだ。それは、みるみるうちに形を変えると、番いであった羅頭蛇の姿をとった。

「一体、何が起きたんだ……あれは、羅頭蛇か……?」

 レイガンが、戸惑ったように目前の光景を見つめていた。水でできた羅頭蛇は、海にいる羅頭蛇と違って水が擬態したようなものだった。言うなれば、海に宿る魔力の塊だ。無垢なそれは元素のようにそこにあり、同じく無垢な心に引き寄せられる。
 それが意志を持って転じたものを、総じて水魔という。
 水魔は、意図的に取り込まれれば魔物化するものもいる。しかし、自らの意志で宿主を決めれば、それらは従魔となって宿主にしたがう。代償は、その体だ。形を持たない水魔に見初められた宿主の体の中に、水魔は棲みつく。

「あれは、羅頭蛇なんかじゃ、ない……」

 ニアの絞り出すような声とともに、心の奥で大きな何かがうねった気がした。

 






 
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