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ナナシのお説教
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ナナシから見たシューロは、とても不安定だった。エルマーもレイガンも、シューロのことをどう扱っていいかわからないようで、困り果てている。
依頼をなさねばならぬという前提は理解している。それでも、シューロは今間違いなく縁のないこの陸の上でただ一人だった。
周りが全て敵に見えてもしょうがないほど気を張り詰めているということは、鈍感なナナシの目から見てもわかったのだ。
「ガキ、違う!」
その瞳に強い光を宿して、シューロはエルマーに言い返した。
「あ?んな乳くせえ見た目で何言ってんだてめえ。ガキがいきんなっての。」
「おい、エルマー。」
ナナシに害を為そうとしたあの瞬間から、エルマーの中でシューロは気に食わない輩認定をされていた。レイガンが窘めるように名前を呼ぶ。サジもアロンダートも、エルマーが苛立っているときは何を言っても聞かないということは理解していたので、傍観するほかはなかった。
正直に言えば、見知らぬ目の前のシューロとかいう魔族の少年を測っていた。という方が正しい。ニアの話から、彼が訳ありだというのはなんとなくわかっている。だけど、こうも敵意を剥き出しにされてはどうしようもないというのが本音だ。
ほとぼりが冷めるまでは、会話には参加しないつもりなようで、ただ高い位置から黙ってシューロを見つめていた。
「大体てめえは、」
「えるまー」
ナナシが珍しく愛称ではない呼び方をした。声色はいつも通りの眠たそうな声ではあったが、余程のことがなければ基本は愛称で呼ぶのが通常である。
珍しいナナシの様子に、シューロ以外はキョトンとした顔で声のある方へと振り向く。
注目を集めたナナシはというと、どうやら今までのやり取りの中で思うところがあったらしい。金色の真ん丸お目目で己の番いでもあるエルマーを見上げると、むすりとした顔で言った。
「シューロ、やさしくしないえる、やだなの。」
ムン、と口元は不満をありありと表して宣った。やだなの。それも、エルマーのことが大好きな、素直で可愛らしいエルマーの大切からの、他者を庇うような口調での窘めに、皆一様にポカンとした。
まさか、ナナシがそんなことを言うとは思わなかったのだ。シューロ以外の、様子を窺うようなレイガン達の視線が、ゆっくりとエルマーの方に向いた。
「え。」
わかりやすく、顔色をなくしているエルマーに、まあそうなるよな。とそれぞれの反応が満場で一致した。エルマーの行動理念は、基本は嫁であるナナシの、える、だいすき。の言葉一択である。
己の愛しの雌によく見られたいという、あさましい雄としての正直なまでの本能が、エルマーのエルマーたる所以でもあるのだが、だからこそ、一番の弱点はナナシからの、やだなの。という否定混じりの窘めの言葉であった。
だって、エルマーはナナシに嫌われたくないのだ。
「え、だ、だって、」
「えるまー、ナナシはこわいこという、いくないっていった。シューロ、おびえてるだけ、なんでやさしくしない?ひとりぼっち、こわいのふつうだのに、いじわるいうえる、いくないですね?」
「……あぉ……」
絶望的な顔色と共に口ごもり、震える指先でシューロを指差すエルマーに、ナナシが淡々とお説教をする。
これにはアロンダートもサジも驚きすぎて声が出なかった。基本的にはエルマーに対してのほとんどがイエスマン状態のナナシであるが、今回ばかりは自分の思っていることをしっかりと言ったのだ。これはまさしくエルマーの手綱を握っていると言っても過言ではない。
嗜められたエルマーはというと、顔色だけでなく、ついには語彙力までなくしている。そのまま助けを求めるかのように、見たこともない表情でレイガンの方を向いたので、ちょっとだけ笑いそうになった。
「……まあ、あれだ。俺も少し落ち着けとは思っていた……が、まあ、あまりお前も意地悪を言うな。」
「レイガン、ナナシ、レイガンにもいうするしたいことある」
「俺もか、」
どうやら次の矛先はレイガンらしい。温厚でやさしくて、無垢なナナシのお説教ほど心にくるものはない。ちらりと床に這いつくばり、背中にキノコを生やしているエルマーを見ると、レイガンは苦い顔をしてナナシに向き直る。
「なんだ。」
「シューロ、ひとりなんだよう。さっきおきたばっか、ぜんぜんやすめてない。なのにレイガン、いそがせるの、いくないですね。」
ナナシの辿々しい口調ではあったが、おおむね言いたいことは理解できた。つまりは、寝起きの奴に詰め寄るな。と言いたいらしい。至極真っ当な指摘に、レイガンがへたれた顔をする。
ちらりとシューロを見れば、びくりと肩を揺らして再び警戒をするような目つきになる。なるほど確かに打ち解けねばならなさそうだと理解すると、レイガンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「すまない、ええと……。まずは自己紹介をするから警戒しないでくれないか。」
「……ジコショーカイ?」
「レイガンのこと、レイガンがおしえるする、こわいのないよってするやつ。」
ナナシの説明に、シューロは不思議そうな顔をしたが、ゆるゆると頷く。
どうやらナナシは既に敵認定はされていないらしい。見れば銀色の尾を握られており、シューロの隣でちょこんと座って寄り添っているようにも見える。
「じゃあ、……あまり慣れてないが、俺はレイガンだ。既婚者で、嫁は牛乳屋をしているユミル。」
「後半からユミルの自己紹介になってるぞレイガン。」
「……特技は水芸だ。」
「親しみ作ろうとしたんだな。でもそれはニアの特技だな。」
「……。」
サジとアロンダートの横槍に、レイガンがクシャリとした顔をする。そんなこと言ったって苦手なもんは苦手なのだ。ゆるゆるとニアを指差すと、半ば投げやりの表情のままボソリと呟いた。
「俺の説明はニアがする。」
「おいおい、ニアにおまかせかよー!びっくりだなー!」
くわっと口を開けたニアは、やれやれだと言わんばかりに蜷局を巻くと、チロチロと細い舌をちらつかせながらシューロを見る。
「レイガンはニアの愛し子で、水と氷属性を使うぞ。寡黙な奴だけど、端的にいうと口下手の苦労性だなー。まあいいやつだ。あと何がとは言わないが結構でかい。」
「後半はいらない説明だろうが!」
楽しそうにそんなことを宣ったニアに、早速レイガンからのツッコミが入った。すけべ蛇であるニアに説明をさせた時点で、まあこうなるだろうということは予想できたはずである。
ワハハと笑ったサジが次に手を上げると、その細い腕をアロンダートの首に回してぐいと引き寄せた。
「サジだ。そしてこの黒いのはアロンダート。サジの騎獣兼片割れだ!この美貌に目を奪われても構わんぞ!それは誰しもが等しく思う正しい感覚であるからな!わはははは!!」
「サジ、ナナシのまま!」
「お前のママになんぞなった覚えないわァ!!」
長い髪を後ろに流すようにして艶然と微笑んだサジも、ナナシのおっとりとした紹介によって、せっかく醸し出していた自称高貴な雰囲気は形なしである。
アロンダートはというと、こちらは本物の王族の余裕を見せつけるような微笑みをシューロに向け、耳心地の良い低く甘い声で自己紹介をする。
「僕はアロンダートだ。趣味で魔道具をつくっている。サジは僕の番い。君がどんな境遇でこちらに逃げることになったかは、なんとなしに聞いている。警戒するのも無理はない、一方的にこちらが君を知っているというのは怖いものだよな。」
「む……、」
アロンダートの言葉に、シューロの瞳に戸惑いの色が混ざる。一体誰がそんなことを言ったのだろう。不安げな顔に気がついたのか、ナナシが寄り添うように尾をシューロの腰に回す。
「なんにも、こわいないよ、ニアがおしえてくりた。シューロ、ひとりでなやむする、しなくていいよう。」
「ニアが、」
その長い体をしゅるりと持ち上げた眼の前の白い蛇は、シューロを守ってくれた神的存在だ。白く滑らかな鱗を擦るようにしてシューロに近付くと、ちろちろと細い舌をちらつかせながら、柔らかな口調で話す。
「ニアはお前を助けたい、そうじゃなきゃこいつは報われないからなー。」
「こいつ?」
「お前が一番、大切だったやつだ。」
紫色の美しい瞳が、神秘的な光を宿す。惹き込まれそうな程深い紫の奥に輝く、もう一つの魂。シューロがその存在に気付くことはない。それでも、ニアの言葉はシューロを動揺させるのには充分で、薄い唇をはくりと震わせた。
「びびってんなよ。お前がビビると、俺が怒られんだろーが。」
「……カサゴ」
「おい、だれがカサゴだ。」
じめりとした空気をとり払ったエルマーは、むくりと起き上がると横から口を出す。ナナシを挟んでシューロの反対側へと座ったかと思えば、無言でナナシの腰を引き寄せて抱き込んだ。エルマーが拗ねたのだとわかったらしい。ナナシはもぞもぞとその腕の中で動き、シューロに向き直った。
「える、ぶきよう。」
「素直って言ってくれえ。」
大きな体で、小柄なナナシに執着をしている。シューロの眼の前でも気にせずに、その長い脚まで使ってナナシを抱え込むと、あぐりとその耳に歯を立てる。ナナシに構ってもらえなくて不機嫌になったエルマーの、なんとも身も蓋もない甘え方に呆れた視線がいくつも刺さったが、そんなもの知らねえの一言である。
腕の中でお耳をピクピク揺らすナナシを気にせずに、しっかりと己の好きなように満喫をしたエルマーは、シューロを見て口を開いた。
「俺は悪いやつじゃねぇ。好き嫌いがはっきりしてんだけだ。お前は嫌い、だけどこの依頼こなさねえといけねえから今は手伝ってやる。ナナシは俺の雌だ、変な気起こしたら容赦しねえぞ。」
「……なんで、雌に負担かける。」
「う?」
シューロの言葉に、今度はナナシが首を傾げる。負担という言葉がわからなかったのだ。
エルマーは眉を寄せて黙りこくると、シューロの表情を見る。どうやらナナシの番いであるエルマーに思うところがあるらしい。
「……守る、するくせに。腹を膨らます。襲え、同じ意味。」
「あ?お前何いってんだ?」
睨み付けるようにそんなことを宣ったシューロに、エルマーが渋い顔をする。ナナシはぺたりとお腹に触ると、不思議そうにしながらシューロを見る。
「あかちゃんできる、おなかふくらむ、へん?」
「普通は卵。あとは、膨らむほど多く宿さない。」
「あー……」
「カサゴ、無責任。雌守るしない。不利、」
シューロの言葉に、エルマーは漸く合点がいった。どうやら海の常識と陸の常識を混同しているようだった。成程それでエルマーを見る目が尖っていたらしい。面倒くさそうに頭を掻くと、エルマーはシューロを見た。
「陸じゃ腹に宿すんだよ。こん中に入ってんのは卵じゃねえ、マジの赤ん坊だあ。」
「……それだと、守れない。」
「守れないんじゃなくて、守るんだよ。俺ら人間の雄は、孕んだ雌を命に換えても守るんだ。」
シューロの海の常識では、敵がいたら真っ先に的になるに違いない、そんな雌を抱えてさも当たり前かのように宣ったエルマーに、シューロはナナシの言った不器用という言葉の意味を理解した。
この雄は、何も考えていない、おそらく雌のこと以外は何も。だから、あの時真っ先に殺しにかかってきたのだと納得すると、陸にもそういう雄がいるのだと思った。
「百匹くらいか。腹の子。」
「いや普通にひとり……」
シューロの中の常識だと、その腹の大きさならそれくらい入るだろうと思ったのだが、エルマーは微妙な顔をして首を振る。想像してみたが、それはそれで怖いし、それだとエルマーの種が本当の意味で百発百中ということになる。
「……陸、変。」
「こっちからしてみりゃあお前のが変だよクソガキ。」
ナナシの頭の上で、エルマーがシューロに少しだけ心を開いた気配がした。それが、嬉しくてパタパタと尾を揺らす。
シューロはなんだか妙な顔をしていたが、ガキと言っているエルマーよりもずっと大人びて見えた。多分、そんなことを言ったらまたエルマーが拗ねるから、ナナシはお口をちんまい手で押さえて大人しくしていたが。ゆらゆらと揺れる尻尾だけは雄弁だった。
依頼をなさねばならぬという前提は理解している。それでも、シューロは今間違いなく縁のないこの陸の上でただ一人だった。
周りが全て敵に見えてもしょうがないほど気を張り詰めているということは、鈍感なナナシの目から見てもわかったのだ。
「ガキ、違う!」
その瞳に強い光を宿して、シューロはエルマーに言い返した。
「あ?んな乳くせえ見た目で何言ってんだてめえ。ガキがいきんなっての。」
「おい、エルマー。」
ナナシに害を為そうとしたあの瞬間から、エルマーの中でシューロは気に食わない輩認定をされていた。レイガンが窘めるように名前を呼ぶ。サジもアロンダートも、エルマーが苛立っているときは何を言っても聞かないということは理解していたので、傍観するほかはなかった。
正直に言えば、見知らぬ目の前のシューロとかいう魔族の少年を測っていた。という方が正しい。ニアの話から、彼が訳ありだというのはなんとなくわかっている。だけど、こうも敵意を剥き出しにされてはどうしようもないというのが本音だ。
ほとぼりが冷めるまでは、会話には参加しないつもりなようで、ただ高い位置から黙ってシューロを見つめていた。
「大体てめえは、」
「えるまー」
ナナシが珍しく愛称ではない呼び方をした。声色はいつも通りの眠たそうな声ではあったが、余程のことがなければ基本は愛称で呼ぶのが通常である。
珍しいナナシの様子に、シューロ以外はキョトンとした顔で声のある方へと振り向く。
注目を集めたナナシはというと、どうやら今までのやり取りの中で思うところがあったらしい。金色の真ん丸お目目で己の番いでもあるエルマーを見上げると、むすりとした顔で言った。
「シューロ、やさしくしないえる、やだなの。」
ムン、と口元は不満をありありと表して宣った。やだなの。それも、エルマーのことが大好きな、素直で可愛らしいエルマーの大切からの、他者を庇うような口調での窘めに、皆一様にポカンとした。
まさか、ナナシがそんなことを言うとは思わなかったのだ。シューロ以外の、様子を窺うようなレイガン達の視線が、ゆっくりとエルマーの方に向いた。
「え。」
わかりやすく、顔色をなくしているエルマーに、まあそうなるよな。とそれぞれの反応が満場で一致した。エルマーの行動理念は、基本は嫁であるナナシの、える、だいすき。の言葉一択である。
己の愛しの雌によく見られたいという、あさましい雄としての正直なまでの本能が、エルマーのエルマーたる所以でもあるのだが、だからこそ、一番の弱点はナナシからの、やだなの。という否定混じりの窘めの言葉であった。
だって、エルマーはナナシに嫌われたくないのだ。
「え、だ、だって、」
「えるまー、ナナシはこわいこという、いくないっていった。シューロ、おびえてるだけ、なんでやさしくしない?ひとりぼっち、こわいのふつうだのに、いじわるいうえる、いくないですね?」
「……あぉ……」
絶望的な顔色と共に口ごもり、震える指先でシューロを指差すエルマーに、ナナシが淡々とお説教をする。
これにはアロンダートもサジも驚きすぎて声が出なかった。基本的にはエルマーに対してのほとんどがイエスマン状態のナナシであるが、今回ばかりは自分の思っていることをしっかりと言ったのだ。これはまさしくエルマーの手綱を握っていると言っても過言ではない。
嗜められたエルマーはというと、顔色だけでなく、ついには語彙力までなくしている。そのまま助けを求めるかのように、見たこともない表情でレイガンの方を向いたので、ちょっとだけ笑いそうになった。
「……まあ、あれだ。俺も少し落ち着けとは思っていた……が、まあ、あまりお前も意地悪を言うな。」
「レイガン、ナナシ、レイガンにもいうするしたいことある」
「俺もか、」
どうやら次の矛先はレイガンらしい。温厚でやさしくて、無垢なナナシのお説教ほど心にくるものはない。ちらりと床に這いつくばり、背中にキノコを生やしているエルマーを見ると、レイガンは苦い顔をしてナナシに向き直る。
「なんだ。」
「シューロ、ひとりなんだよう。さっきおきたばっか、ぜんぜんやすめてない。なのにレイガン、いそがせるの、いくないですね。」
ナナシの辿々しい口調ではあったが、おおむね言いたいことは理解できた。つまりは、寝起きの奴に詰め寄るな。と言いたいらしい。至極真っ当な指摘に、レイガンがへたれた顔をする。
ちらりとシューロを見れば、びくりと肩を揺らして再び警戒をするような目つきになる。なるほど確かに打ち解けねばならなさそうだと理解すると、レイガンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「すまない、ええと……。まずは自己紹介をするから警戒しないでくれないか。」
「……ジコショーカイ?」
「レイガンのこと、レイガンがおしえるする、こわいのないよってするやつ。」
ナナシの説明に、シューロは不思議そうな顔をしたが、ゆるゆると頷く。
どうやらナナシは既に敵認定はされていないらしい。見れば銀色の尾を握られており、シューロの隣でちょこんと座って寄り添っているようにも見える。
「じゃあ、……あまり慣れてないが、俺はレイガンだ。既婚者で、嫁は牛乳屋をしているユミル。」
「後半からユミルの自己紹介になってるぞレイガン。」
「……特技は水芸だ。」
「親しみ作ろうとしたんだな。でもそれはニアの特技だな。」
「……。」
サジとアロンダートの横槍に、レイガンがクシャリとした顔をする。そんなこと言ったって苦手なもんは苦手なのだ。ゆるゆるとニアを指差すと、半ば投げやりの表情のままボソリと呟いた。
「俺の説明はニアがする。」
「おいおい、ニアにおまかせかよー!びっくりだなー!」
くわっと口を開けたニアは、やれやれだと言わんばかりに蜷局を巻くと、チロチロと細い舌をちらつかせながらシューロを見る。
「レイガンはニアの愛し子で、水と氷属性を使うぞ。寡黙な奴だけど、端的にいうと口下手の苦労性だなー。まあいいやつだ。あと何がとは言わないが結構でかい。」
「後半はいらない説明だろうが!」
楽しそうにそんなことを宣ったニアに、早速レイガンからのツッコミが入った。すけべ蛇であるニアに説明をさせた時点で、まあこうなるだろうということは予想できたはずである。
ワハハと笑ったサジが次に手を上げると、その細い腕をアロンダートの首に回してぐいと引き寄せた。
「サジだ。そしてこの黒いのはアロンダート。サジの騎獣兼片割れだ!この美貌に目を奪われても構わんぞ!それは誰しもが等しく思う正しい感覚であるからな!わはははは!!」
「サジ、ナナシのまま!」
「お前のママになんぞなった覚えないわァ!!」
長い髪を後ろに流すようにして艶然と微笑んだサジも、ナナシのおっとりとした紹介によって、せっかく醸し出していた自称高貴な雰囲気は形なしである。
アロンダートはというと、こちらは本物の王族の余裕を見せつけるような微笑みをシューロに向け、耳心地の良い低く甘い声で自己紹介をする。
「僕はアロンダートだ。趣味で魔道具をつくっている。サジは僕の番い。君がどんな境遇でこちらに逃げることになったかは、なんとなしに聞いている。警戒するのも無理はない、一方的にこちらが君を知っているというのは怖いものだよな。」
「む……、」
アロンダートの言葉に、シューロの瞳に戸惑いの色が混ざる。一体誰がそんなことを言ったのだろう。不安げな顔に気がついたのか、ナナシが寄り添うように尾をシューロの腰に回す。
「なんにも、こわいないよ、ニアがおしえてくりた。シューロ、ひとりでなやむする、しなくていいよう。」
「ニアが、」
その長い体をしゅるりと持ち上げた眼の前の白い蛇は、シューロを守ってくれた神的存在だ。白く滑らかな鱗を擦るようにしてシューロに近付くと、ちろちろと細い舌をちらつかせながら、柔らかな口調で話す。
「ニアはお前を助けたい、そうじゃなきゃこいつは報われないからなー。」
「こいつ?」
「お前が一番、大切だったやつだ。」
紫色の美しい瞳が、神秘的な光を宿す。惹き込まれそうな程深い紫の奥に輝く、もう一つの魂。シューロがその存在に気付くことはない。それでも、ニアの言葉はシューロを動揺させるのには充分で、薄い唇をはくりと震わせた。
「びびってんなよ。お前がビビると、俺が怒られんだろーが。」
「……カサゴ」
「おい、だれがカサゴだ。」
じめりとした空気をとり払ったエルマーは、むくりと起き上がると横から口を出す。ナナシを挟んでシューロの反対側へと座ったかと思えば、無言でナナシの腰を引き寄せて抱き込んだ。エルマーが拗ねたのだとわかったらしい。ナナシはもぞもぞとその腕の中で動き、シューロに向き直った。
「える、ぶきよう。」
「素直って言ってくれえ。」
大きな体で、小柄なナナシに執着をしている。シューロの眼の前でも気にせずに、その長い脚まで使ってナナシを抱え込むと、あぐりとその耳に歯を立てる。ナナシに構ってもらえなくて不機嫌になったエルマーの、なんとも身も蓋もない甘え方に呆れた視線がいくつも刺さったが、そんなもの知らねえの一言である。
腕の中でお耳をピクピク揺らすナナシを気にせずに、しっかりと己の好きなように満喫をしたエルマーは、シューロを見て口を開いた。
「俺は悪いやつじゃねぇ。好き嫌いがはっきりしてんだけだ。お前は嫌い、だけどこの依頼こなさねえといけねえから今は手伝ってやる。ナナシは俺の雌だ、変な気起こしたら容赦しねえぞ。」
「……なんで、雌に負担かける。」
「う?」
シューロの言葉に、今度はナナシが首を傾げる。負担という言葉がわからなかったのだ。
エルマーは眉を寄せて黙りこくると、シューロの表情を見る。どうやらナナシの番いであるエルマーに思うところがあるらしい。
「……守る、するくせに。腹を膨らます。襲え、同じ意味。」
「あ?お前何いってんだ?」
睨み付けるようにそんなことを宣ったシューロに、エルマーが渋い顔をする。ナナシはぺたりとお腹に触ると、不思議そうにしながらシューロを見る。
「あかちゃんできる、おなかふくらむ、へん?」
「普通は卵。あとは、膨らむほど多く宿さない。」
「あー……」
「カサゴ、無責任。雌守るしない。不利、」
シューロの言葉に、エルマーは漸く合点がいった。どうやら海の常識と陸の常識を混同しているようだった。成程それでエルマーを見る目が尖っていたらしい。面倒くさそうに頭を掻くと、エルマーはシューロを見た。
「陸じゃ腹に宿すんだよ。こん中に入ってんのは卵じゃねえ、マジの赤ん坊だあ。」
「……それだと、守れない。」
「守れないんじゃなくて、守るんだよ。俺ら人間の雄は、孕んだ雌を命に換えても守るんだ。」
シューロの海の常識では、敵がいたら真っ先に的になるに違いない、そんな雌を抱えてさも当たり前かのように宣ったエルマーに、シューロはナナシの言った不器用という言葉の意味を理解した。
この雄は、何も考えていない、おそらく雌のこと以外は何も。だから、あの時真っ先に殺しにかかってきたのだと納得すると、陸にもそういう雄がいるのだと思った。
「百匹くらいか。腹の子。」
「いや普通にひとり……」
シューロの中の常識だと、その腹の大きさならそれくらい入るだろうと思ったのだが、エルマーは微妙な顔をして首を振る。想像してみたが、それはそれで怖いし、それだとエルマーの種が本当の意味で百発百中ということになる。
「……陸、変。」
「こっちからしてみりゃあお前のが変だよクソガキ。」
ナナシの頭の上で、エルマーがシューロに少しだけ心を開いた気配がした。それが、嬉しくてパタパタと尾を揺らす。
シューロはなんだか妙な顔をしていたが、ガキと言っているエルマーよりもずっと大人びて見えた。多分、そんなことを言ったらまたエルマーが拗ねるから、ナナシはお口をちんまい手で押さえて大人しくしていたが。ゆらゆらと揺れる尻尾だけは雄弁だった。
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