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ニアの内側
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ぽこりと音を立てて、泡が浮かぶ。そこは深い深い水の中で、辺り一面群青色に染まっているかのような世界であった。
ここは、一種の心象世界かも知れない。ニアを呼び起こすほどの力の強い思いが溶け込んだ、水の中の写し絵のような世界。
「水周りのよしみって言ってもなー。」
間延びしたニアの声が反響する。この世界の中で、ニアは本性の姿であった。ニアがこの姿になるということは、久方ぶりの、神としての務めがあるということだ。
水掻きのついた真っ白な掌をワキワキと動かし、鰭のようにも見える長い耳と、耳の付け根まで裂けた口。紫の宝石のような瞳で辺りを見回すと、その真っ白な蛇の下肢をうねらせながら後ろを振り向いた。
「海神、ガニメデの領域での出来事に、ニアは干渉できないんだぞー。うっかり屋さんめ。」
濃霧のような、白い海底の砂がふんわりと視界を覆う。群青色の視界の中、ニアの白い鱗だけが鮮明で、上から漏れ出た光がその体を青白く染める。
振り向いたニアの長い髪が、ベールのようにゆっくりと広がった。人外の、美しい少女のような見た目の水の神様は、目の前にぼんやりと浮かぶ思念体のようなそれに、おや、という顔をした。
「お仲間かな。」
「いいえ、」
「蛇に似ている。」
「恐れ多く、」
それは、実に見事な体躯の魔物であった。
鮮やかな群青の鱗が、まるで鎧のようにその頭を覆う。蛇のように長く、先端に向かうにつれて白くなっていくその尾鰭を水に遊ばせ、巨大な海の魔物は深淵の闇のようにがらんどうの瞳をニアに向けて、自分は魚だと宣った。
「ニルマイア・ニルカムイ様。羅頭蛇はご存じではないか。」
「羅頭蛇…、」
ごぽ。また泡が一つ、ゆっくりと上に向かって消えていく。虚無的な、光の通さぬ黒い瞳は静かにニアを見つめていた。
「聞いたことがある。羅頭蛇。呪いのような本能に囚われる、哀れな魚。」
ニアの言葉が、じんわりと水に溶ける。はく、と口吻を震わせた。笑っているのかも知れない。羅頭蛇は、また一つ泡を作る。同意をしたのだ。
「ガニメデではなく、なんでニアなのさ。水周りのよしみったって、もう少し他にいるだろー。」
「ガニメデ様は、今は誰も愛し子を持たれていないでしょう。」
「なら、セフィラストスとか。」
「彼の方はこちらまでお越しにはなりませぬ。」
感情の読み取れぬ瞳で見つめてくる割には、羅頭蛇は穏やかな口調であった。ニアはその嫋やかな手をそっと羅頭蛇に向けた。大きな怪魚の魔物は、その白い掌に鼻先を近づけるかのようにして、ニアの手を体の内側に招いた。
「…びっくりしたー。お前、死んでいるのか。」
「水の神、ニルマイア様。伝承は確かということですね。」
「なるほど、確かにガニメデには無理だなー。」
わは、ニアは裂けた口をもぞつかせて笑う。ニルマイア・ニルカムイ、蛇の姿をとった水の神。瞳に魂を入れて運ぶことができるその神は、ヘレナと同じく魂の道も辿ることができるのだ。
戦と、祭りの神でもあるガニメデとは違い、強い力こそないものの、ニアは水の結界で邪を払う。となれば、浮かばれぬまま召されるくらいなら、羅頭蛇がニアに助けを乞うというのは妥当であった。
「お前がニアを呼んだとなれば、魚のくせに迷える子羊というやつかー。」
「コヒツジ、は存じ上げませんが、浮かばれぬ魂であることは間違いはないかと。」
「コヒツジじゃなくて、コイワシにしておこう。ニアは柔軟だから、きちんとわかりやすいのにしてやったぞー。」
「いたいけな雑魚の一つとして括らないでいただきたい。」
羅頭蛇は少々不満そうな声色であった。力こそが全てという狭い括りの中で生きてきただけある。ニアは意地悪く笑うと、ニアの前では、みんなヨワヨワだから、間違いではないと言ってやった。
「それは然り。」
泡を吐き出して同意する。なかなかにユーモアがあるやつだと、ニアは認識を改めた。
羅頭蛇という魔物は、もっと戦闘狂のようなイメージがあったが、どうやら違うらしい。魔物は、ラトと言った。羅頭蛇に名前があるということは知らなかったが、ニアはその理由を聞かなかった。興味がなかったから、ではない。名付けられたのだろうと思ったからだ。
「浮かばれぬ魂の願いを、」
「言わずとも。」
わざわざ、海の魔物がニアを選んで希い願う。そんなに面白いことはない。ニアはその掌に乗せるように、羅頭蛇を手で囲うと、そっと水の膜で包み込む。
「ニアの愛し子は、最近番いができたばかりなんだー。はしゃいでいるから、ちょびっと刺激が必要だろう。うん。」
「番い。」
「お前たちは単為生殖だから、意味はわかんないだろう。番いはいいぞー、なんだか見ていてほっこりする。」
にゃはにゃはと笑うニアを無言で見つめながら、羅頭蛇は黙りこくってしまった。こうして大人しくなると、随分と怖い顔をしている。確か、羅頭蛇は戦いの前に卵を生む、勝ったものが負けたものの卵を奪い、育てるといった特殊な本能を持っていた。となれば、この魂の卵もどこかで生きているのだろう。ニアには、興味も何もないが。退屈がしのげるのならそれでいいのだ。
「うん、なんだか楽しそうな匂いがする。こういうのを、高揚って言うんだなあ。」
レイガンは、きっと勝手なニアを怒るだろう。だけど、金に困っているエルマーがいるから、きっと巻き添えになってくれるだろう。そんなことを思いながら、ニアは楽しそうにクフクフ笑い、ぐるりと蜷局を巻いた。
「どこ行ってんだあいつ。」
「わからん、たまにこういうことがあるんだ。最近はなかったんだけどな…」
ザクザクと草むらを踏みしめる。あの後、レイガンもハーフパンツにブーツは合わないと思ったらしい。インベントリからサンダルを取り出すのを見て、エルマーは所帯染みたなあと密かに思った。
結局まだニアは見つけられずにいる。バルを出てから、道中探すという算段が挫け、レイガンの顔には少しの心配の色が滲んでいた。
まあ、とはいってもまだ四半刻程度だ。ひとまずは先に船の確認だけしてしまおうということになった。奪っておいてアレだが、使えるかどうかが気になったのだ。これで襤褸を掴まされた日にはどうかしてやろうかとも思ったが、幸いそんなことはなかった。まあ、あるとしたら一つだろう。
「んで、お前は動かせんの?」
「…一応聞くが、何をだ。」
「何をってオメー、この船前にして他にあるかよ。」
あっけらかんとして、エルマーが宣う。レイガンは目を細めて見つめ返すと、そのままギュンッと眉間にシワを寄せる。
「運転もできずに船を奪ったのかお前…。」
「最悪ニアの頭にくくってもらえばいいかなってよ。」
「そのニアがいなかったときのパターンは?」
「………。」
渋い顔で質問に質問で返してきたレイガンを見て、エルマーは両手をゆるゆると持ち上げ、無言で首を振る。こればっかりは御手上げだぜと言わんばかりの態度に、レイガンの頭の血管は悲鳴を上げた。
「だから!!お前は!!後先考えずにっ」
エルマーの反省もしてませんといった具合の態度に、レイガンが語気を荒らげたときだった。
何か大きなものが落ちたかのような、そんな水音がしたのだ。
「……聞こえたか。」
「聞こえてねえ。」
「エルマー。」
「いや、面倒くせえことはマジ勘弁、っ!」
人が落ちたとしても、巻き込まれるのは御免被る。と、顔を背けたエルマーのシャツの襟をレイガンが掴むと、無言で音のした方に足を向ける。げんなりとした顔のエルマーは、まるで駄々を捏ねる子供のようにやだやだと喚きながら、ずるずると引き摺られていった。
船の小屋から草むらをかき分ける。断崖の方向から、大きな水音がした。穏やかな波をかき分けるような音がしないことから、溺れているわけではなさそうだ。だとしたら、波打ち際で何かが打ち上がったのだろうか。その足を砂浜の方へと向ける。ゴツゴツとした岩が転がっているその一帯には、一見人が倒れているといった異様さは見当たらない。
「ほらあ!なんもいねえって!幻聴だ幻聴ぉ!!」
「確かに、大きな水音がしたんだがな…。」
「ならもう行こうぜ、高台から沖見ねぇと。」
「…ああ。」
腑に落ちないながら、レイガンが辺りを見回すように目を走らせる。左側には沖を見るのにちょうど良さそうな高台があり、エルマーはそこを指し示す。何となしにその高台から海までの距離を図るかのように、目を下に向けたときだった。
「っ、ぅわ!」
「おい、どぅ、わっ!」
潮の香りが鼻孔をくすぐった。がさりと大きく草むらが揺れたかと思えば、死角から何か大きなものが飛びかかってきたのだ。完全に二人とも警戒をしていなかったせいか、反応が遅れた。光る布のような何かが視界を奪ったかと思えば、それはふわりと飛び上がり、レイガンの頬を撫でるように長い黒髪が視界の横を通り過ぎた。
「んの、」
「やめろ!女だ!」
「あぁ!?」
レイガンの一声で、エルマーが繰り出そうとした掌底が止まる。どん!と的確に胸の真ん中に鋭い蹴りを当てたかと思うと、エルマーの体を足場にするかのように、一回転をして着地をした。
あっという間の出来事であった。ぐへぇ!と間抜けな声を出し、後ろに転がったエルマーなど見向きもせずに、長い黒髪を軌跡のように靡かせて、レイガンが呆気に取られている眼の前で、草むらをかき分けて走り去っていった。
「………………。」
「………………。」
レイガンは振り向いたままの状態で、エルマーは地べたから青空を仰ぐ形で、胸板に小さな足跡を刻みつけたまま、しばらく放心した。青い空には海鳥がにゃあと鳴きながら空を飛んでいる。瞬きの間の出来事だ、ゆっくりとエルマーが起き上がったかと思うと、己の胸板についた足跡を見た。
「パンツキラッキラだったんだけどお。」
「おま、っ、お前はどこを見てるんだ!!」
ちゃっかり女の股をばっちりと目に刻みつけたらしい。レイガンはけったいなことを抜かすエルマーに、憤慨するかのように頭を叩いた。
ここは、一種の心象世界かも知れない。ニアを呼び起こすほどの力の強い思いが溶け込んだ、水の中の写し絵のような世界。
「水周りのよしみって言ってもなー。」
間延びしたニアの声が反響する。この世界の中で、ニアは本性の姿であった。ニアがこの姿になるということは、久方ぶりの、神としての務めがあるということだ。
水掻きのついた真っ白な掌をワキワキと動かし、鰭のようにも見える長い耳と、耳の付け根まで裂けた口。紫の宝石のような瞳で辺りを見回すと、その真っ白な蛇の下肢をうねらせながら後ろを振り向いた。
「海神、ガニメデの領域での出来事に、ニアは干渉できないんだぞー。うっかり屋さんめ。」
濃霧のような、白い海底の砂がふんわりと視界を覆う。群青色の視界の中、ニアの白い鱗だけが鮮明で、上から漏れ出た光がその体を青白く染める。
振り向いたニアの長い髪が、ベールのようにゆっくりと広がった。人外の、美しい少女のような見た目の水の神様は、目の前にぼんやりと浮かぶ思念体のようなそれに、おや、という顔をした。
「お仲間かな。」
「いいえ、」
「蛇に似ている。」
「恐れ多く、」
それは、実に見事な体躯の魔物であった。
鮮やかな群青の鱗が、まるで鎧のようにその頭を覆う。蛇のように長く、先端に向かうにつれて白くなっていくその尾鰭を水に遊ばせ、巨大な海の魔物は深淵の闇のようにがらんどうの瞳をニアに向けて、自分は魚だと宣った。
「ニルマイア・ニルカムイ様。羅頭蛇はご存じではないか。」
「羅頭蛇…、」
ごぽ。また泡が一つ、ゆっくりと上に向かって消えていく。虚無的な、光の通さぬ黒い瞳は静かにニアを見つめていた。
「聞いたことがある。羅頭蛇。呪いのような本能に囚われる、哀れな魚。」
ニアの言葉が、じんわりと水に溶ける。はく、と口吻を震わせた。笑っているのかも知れない。羅頭蛇は、また一つ泡を作る。同意をしたのだ。
「ガニメデではなく、なんでニアなのさ。水周りのよしみったって、もう少し他にいるだろー。」
「ガニメデ様は、今は誰も愛し子を持たれていないでしょう。」
「なら、セフィラストスとか。」
「彼の方はこちらまでお越しにはなりませぬ。」
感情の読み取れぬ瞳で見つめてくる割には、羅頭蛇は穏やかな口調であった。ニアはその嫋やかな手をそっと羅頭蛇に向けた。大きな怪魚の魔物は、その白い掌に鼻先を近づけるかのようにして、ニアの手を体の内側に招いた。
「…びっくりしたー。お前、死んでいるのか。」
「水の神、ニルマイア様。伝承は確かということですね。」
「なるほど、確かにガニメデには無理だなー。」
わは、ニアは裂けた口をもぞつかせて笑う。ニルマイア・ニルカムイ、蛇の姿をとった水の神。瞳に魂を入れて運ぶことができるその神は、ヘレナと同じく魂の道も辿ることができるのだ。
戦と、祭りの神でもあるガニメデとは違い、強い力こそないものの、ニアは水の結界で邪を払う。となれば、浮かばれぬまま召されるくらいなら、羅頭蛇がニアに助けを乞うというのは妥当であった。
「お前がニアを呼んだとなれば、魚のくせに迷える子羊というやつかー。」
「コヒツジ、は存じ上げませんが、浮かばれぬ魂であることは間違いはないかと。」
「コヒツジじゃなくて、コイワシにしておこう。ニアは柔軟だから、きちんとわかりやすいのにしてやったぞー。」
「いたいけな雑魚の一つとして括らないでいただきたい。」
羅頭蛇は少々不満そうな声色であった。力こそが全てという狭い括りの中で生きてきただけある。ニアは意地悪く笑うと、ニアの前では、みんなヨワヨワだから、間違いではないと言ってやった。
「それは然り。」
泡を吐き出して同意する。なかなかにユーモアがあるやつだと、ニアは認識を改めた。
羅頭蛇という魔物は、もっと戦闘狂のようなイメージがあったが、どうやら違うらしい。魔物は、ラトと言った。羅頭蛇に名前があるということは知らなかったが、ニアはその理由を聞かなかった。興味がなかったから、ではない。名付けられたのだろうと思ったからだ。
「浮かばれぬ魂の願いを、」
「言わずとも。」
わざわざ、海の魔物がニアを選んで希い願う。そんなに面白いことはない。ニアはその掌に乗せるように、羅頭蛇を手で囲うと、そっと水の膜で包み込む。
「ニアの愛し子は、最近番いができたばかりなんだー。はしゃいでいるから、ちょびっと刺激が必要だろう。うん。」
「番い。」
「お前たちは単為生殖だから、意味はわかんないだろう。番いはいいぞー、なんだか見ていてほっこりする。」
にゃはにゃはと笑うニアを無言で見つめながら、羅頭蛇は黙りこくってしまった。こうして大人しくなると、随分と怖い顔をしている。確か、羅頭蛇は戦いの前に卵を生む、勝ったものが負けたものの卵を奪い、育てるといった特殊な本能を持っていた。となれば、この魂の卵もどこかで生きているのだろう。ニアには、興味も何もないが。退屈がしのげるのならそれでいいのだ。
「うん、なんだか楽しそうな匂いがする。こういうのを、高揚って言うんだなあ。」
レイガンは、きっと勝手なニアを怒るだろう。だけど、金に困っているエルマーがいるから、きっと巻き添えになってくれるだろう。そんなことを思いながら、ニアは楽しそうにクフクフ笑い、ぐるりと蜷局を巻いた。
「どこ行ってんだあいつ。」
「わからん、たまにこういうことがあるんだ。最近はなかったんだけどな…」
ザクザクと草むらを踏みしめる。あの後、レイガンもハーフパンツにブーツは合わないと思ったらしい。インベントリからサンダルを取り出すのを見て、エルマーは所帯染みたなあと密かに思った。
結局まだニアは見つけられずにいる。バルを出てから、道中探すという算段が挫け、レイガンの顔には少しの心配の色が滲んでいた。
まあ、とはいってもまだ四半刻程度だ。ひとまずは先に船の確認だけしてしまおうということになった。奪っておいてアレだが、使えるかどうかが気になったのだ。これで襤褸を掴まされた日にはどうかしてやろうかとも思ったが、幸いそんなことはなかった。まあ、あるとしたら一つだろう。
「んで、お前は動かせんの?」
「…一応聞くが、何をだ。」
「何をってオメー、この船前にして他にあるかよ。」
あっけらかんとして、エルマーが宣う。レイガンは目を細めて見つめ返すと、そのままギュンッと眉間にシワを寄せる。
「運転もできずに船を奪ったのかお前…。」
「最悪ニアの頭にくくってもらえばいいかなってよ。」
「そのニアがいなかったときのパターンは?」
「………。」
渋い顔で質問に質問で返してきたレイガンを見て、エルマーは両手をゆるゆると持ち上げ、無言で首を振る。こればっかりは御手上げだぜと言わんばかりの態度に、レイガンの頭の血管は悲鳴を上げた。
「だから!!お前は!!後先考えずにっ」
エルマーの反省もしてませんといった具合の態度に、レイガンが語気を荒らげたときだった。
何か大きなものが落ちたかのような、そんな水音がしたのだ。
「……聞こえたか。」
「聞こえてねえ。」
「エルマー。」
「いや、面倒くせえことはマジ勘弁、っ!」
人が落ちたとしても、巻き込まれるのは御免被る。と、顔を背けたエルマーのシャツの襟をレイガンが掴むと、無言で音のした方に足を向ける。げんなりとした顔のエルマーは、まるで駄々を捏ねる子供のようにやだやだと喚きながら、ずるずると引き摺られていった。
船の小屋から草むらをかき分ける。断崖の方向から、大きな水音がした。穏やかな波をかき分けるような音がしないことから、溺れているわけではなさそうだ。だとしたら、波打ち際で何かが打ち上がったのだろうか。その足を砂浜の方へと向ける。ゴツゴツとした岩が転がっているその一帯には、一見人が倒れているといった異様さは見当たらない。
「ほらあ!なんもいねえって!幻聴だ幻聴ぉ!!」
「確かに、大きな水音がしたんだがな…。」
「ならもう行こうぜ、高台から沖見ねぇと。」
「…ああ。」
腑に落ちないながら、レイガンが辺りを見回すように目を走らせる。左側には沖を見るのにちょうど良さそうな高台があり、エルマーはそこを指し示す。何となしにその高台から海までの距離を図るかのように、目を下に向けたときだった。
「っ、ぅわ!」
「おい、どぅ、わっ!」
潮の香りが鼻孔をくすぐった。がさりと大きく草むらが揺れたかと思えば、死角から何か大きなものが飛びかかってきたのだ。完全に二人とも警戒をしていなかったせいか、反応が遅れた。光る布のような何かが視界を奪ったかと思えば、それはふわりと飛び上がり、レイガンの頬を撫でるように長い黒髪が視界の横を通り過ぎた。
「んの、」
「やめろ!女だ!」
「あぁ!?」
レイガンの一声で、エルマーが繰り出そうとした掌底が止まる。どん!と的確に胸の真ん中に鋭い蹴りを当てたかと思うと、エルマーの体を足場にするかのように、一回転をして着地をした。
あっという間の出来事であった。ぐへぇ!と間抜けな声を出し、後ろに転がったエルマーなど見向きもせずに、長い黒髪を軌跡のように靡かせて、レイガンが呆気に取られている眼の前で、草むらをかき分けて走り去っていった。
「………………。」
「………………。」
レイガンは振り向いたままの状態で、エルマーは地べたから青空を仰ぐ形で、胸板に小さな足跡を刻みつけたまま、しばらく放心した。青い空には海鳥がにゃあと鳴きながら空を飛んでいる。瞬きの間の出来事だ、ゆっくりとエルマーが起き上がったかと思うと、己の胸板についた足跡を見た。
「パンツキラッキラだったんだけどお。」
「おま、っ、お前はどこを見てるんだ!!」
ちゃっかり女の股をばっちりと目に刻みつけたらしい。レイガンはけったいなことを抜かすエルマーに、憤慨するかのように頭を叩いた。
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