こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 晴天に恵まれた、二人の結婚式当日。場所は大袈裟なところは嫌だという二人の願いを汲み取って、城の中庭で行われた。本当はミハエルの実家でやるつもりだったのだが、それだと王族が参加できないじゃないとアイリスがいったのだ。
 
「まさかシュマギナール王家総出で参加とは恐れ入る。」
「恐れ入る、ではありませんよ。あなたいい加減涙を拭きなさいな。ミハエルの晴れ舞台なのですから。」
 
 顔をべしょべしょにしたダラスの脇を、ユリアを抱いたルキーノが小突く。愛息子の晴れ舞台がこんなにも早くきてしまうだなんて、と、朝からやかましかったのだ。
 第一騎士団と医術局、国家産業支援局。ミハエルとサディンの二人にゆかりのあるものたちによって飾り付けされた中庭には、カルマとジキルまでもが顔を出す。どうやらヴァージンロードがわりの石畳の道の周りを、色とりどりの花で飾り付けをしたらしい。久しぶりに庭師らしい仕事をしたと言っていた。
 
「サディンどこ行ったのさ。さっきまでそわそわその辺歩いてた気がしたけど。」
「知らねえ、便所じゃねえか。」
「絶対に違うと思う。」
 
 シスが呆れたように言う。第一騎士団のメンバーは、皆正装をしていた。白に金縁の詰め襟の団服は、金のフリンジがついたエポレットに飾緒が飾られている。
 
「僕が呼ばれたのって、間違いではないでしょうか…」
 
 正装をしたジキルの背後で、おめかしをしたマリーが居た堪れ無さそうに呟いた。ジキルに買ってもらった服装はとても似合っていて、その美しい黒髪は丁寧に編み込まれて片側に流されている。小さな手でジキルの服の裾をつまみながら、股の間に尾を挟んだマリーは、周りの大きな大人たちにビクビクとしていた。
 
「何いってんのマリー!お前だって僕たちの友達でしょうが!」
「わ、ユリ…じゃなかった、シス…」
「お前の社交性を磨くのにはもってこいだろう。おら、胸張って堂々としてな。」
「は、はい…」
 
 右からシスに肩を抱かれ、左からはジキルに頭を撫でられる。マリーはミハエルに久しぶりに会うのが楽しみながらに緊張しているようだった。
 
「シス何持ってんのそれ。てかみんな何持ってんの。」
「旗。」
「晴れの日だしな。皆な騎士団のマークついた旗で角で盛り上げてやろうって話になってさ。」

 カルマが興味を示したのは、シュマギナール第一騎士団が掲げる赤い生地に金の十字架が三つ並んだ御旗である。剣と盾のエンボスが施され、光の加減で浮き上がるそれは勝利の象徴だ。どうせ使わないのなら、これを掲げて祝ってやればとエルマーが言ったのだ。お陰様でみんなその気になったらしい。
 
「おら、お前ら締まっていけよ。この後どんちゃん騒ぎすんだから、カッコつけんの今しかねんだぞ。」
「もう酒飲んでんのあんた!」
「ワインなんてジュースだろう。」

 赤毛をかき上げて、以前身を通した唯一の礼服である黒地に金の縁取りがされたジュストコールを着込んだエルマーが、まるで異国の王族かのような雰囲気を醸し出す。アイリスの手を繋いで今からミハエルのところに行こうかと話していたグレイシスは、見覚えのありすぎるその服装に顔を顰めた。
 
「お前、随分と懐かしい格好をしているじゃないか。」
「この宴にぴったりだろうよ。」
「嫌な思い出しかないわ!頼むから問題を起こしてくれるなよ!?」
「グレイシス!ふわあ、会いたかった!結婚式、どうもありがとう。」
「ナナシ、久しいな。お前の子には世話になった。まあ、娘の采配なのだが、親としては誇らしくもある。」
 
 金眼の美丈夫と、美しい顔立ちをした青年を前にしたアイリスが、顔を真っ赤にしてグレイシスの背後に隠れる。どうやら眩しすぎてドギマギしたらしい。ナナシはキョトンとすると、目線を合わせるかのようにしゃがみ込む。
 
「こんにちは、サディンのお母さんです。今日は、お招きしてくれてありがとう。とても嬉しい。」
「俺は親父だ。」
「アイリス、ナナシは構わんが、エルマーはあまり構わなくていいぞ。こいつは何かと問題を起こすからな。」
「おいコラ。」
 
 グレイシスのあまりのいいように、エルマーが引き攣り笑みを浮かべる。ナナシ同様エルマーがアイリスの前に跪くと、その手をそっと取って微笑んだ。
 
「小さなレディ、二人のために力を尽くしてくれてどうもありがとう。今日のよき日は、彼らにとって最高の思い出になるだろう。いでっ!」
「俺の娘に触れるなエルマー。」
「ジルバ、てめえマジで…」
 
 娘相手に色目を使うなと静かにキレたジルバによって、エルマーは後頭部に杖を叩き込まれた。目の前が明滅するほど痛い。呆れたナナシによって治癒をしてもらう姿を見ながら、アイリスはようやく深呼吸をした。
 
「…、顔のよろしい殿方が不可の理由を理解いたしました。」
「アイリス、宴が始まる前に手を洗ってきなさい。」
 
 これでは心臓がもたないわ。アイリスはそう思いながらグレイシスの言葉にコクリと頷いた。イズナを伴って辞そうと思ったのだが、どうやら騎士団の一人に話しかけられていたので、アイリスは一人で向かうことにした。道すがら、顔の火照りを和らげようと顔を手で覆っていたために、よそ見をしてしまっていたせいで、角から出てきた二人組に驚いてついよろめく。
 
「失礼、お怪我はございませんか、レディ。」

 アイリスの小さな体を、柔らかいものが支えた。なんだろうと振り向くと、そこには二足歩行の大きなキノコがアイリスを支えるかのようにして、体制を整えてくれた。
 
「きのこ…。」
「ああ、マイコ。もういいよありがとう。」
「マイコ?」
「今のきのこの名前ですよ。お怪我がなくてよかった。」
 
 マイコと呼ばれたキノコが、ちょこちょこと歩いて枯れ葉色の髪をまとめた美しい人の横に侍る。アイリスの目の前の黒髪に褐色の肌をもつ男もたいそうな美丈夫である。洗練された仕草で失礼を詫びると、一礼をしてその場を辞する。なんだか誰かに似ているような気がして振り向いたが、かけてきたイズナによって、その思考も中断された。
 
「アイリス様、お一人で行動されるのはおやめください!」
「今の方、どなたかに似ておりました。」
「ああ、アロンダート様ですね。お忍びでいらっしゃったようです。かの方は王族をやめられたので。」
「ええ!」
「お隣にいらっしゃったサジ様と結婚をされるために、第二王子を辞められたのだそうです。グレイシス国王陛下の弟君であらせられます。」
 
 聡明な方ですよ、と続けたイズナの口ぶりから、尊敬しているのだとわかる。確かに、愛のために王族を辞めるとは、なんとも男気のあるお方だ。アイリスは呆けたようにしばらく見つめていたが、イズナに促されるようにして手を洗うと、再び中庭へと戻る。何やら少しだけ騒がしい気がして、イズナと顔を見合わせると、先ほどはいなかった大きな白い蛇がエルマーに絡み付いていた。
 
「ふざけんなてめえ!相変わらずの男好きは顕在かぁ!絡んでくんじゃねえあだだだだ」
「うふふ、エルマー!相変わらず良い体だなー!サディンはどこだ!ニアはエルマーの子供に会いたい!」
「サディン、多分ミハエルのとこだよう。」
「マジでか。おいレイガンー!サディンここにはいないって!」

 白い蛇がしゃべっている。あっけにとられたように見つめていたアイリスとイズナに気がついたジルバが、ため息まじりにそばにくる。
 
「騒がしいだろう。カストールから旧知がやってきてな。」
「父上のお知り合いですの?」
「ああ、まあともに戦った仲では、一番理性的なやつではあるな。」
 
 ジルバの目線の先にいた、薄青混じりの灰銀の髪を持つ男性は、その髪をオールバックになでつけて紫の瞳を晒す。隣には良く似た青年と、奥さんだろうか、そばかすが可愛らしい栗色の髪を持つ小柄な男性が、息子の背に手を添えるように立っていた。
 
「エルマー、おめでとう。お前は相変わらずだな。」
「レイガン、おめえはいーい男になっちまって。」
「当たり前じゃん、誰が躾けてると思ってるのさ。」
「相変わらず嫁の尻に敷かれてんのかあ。」
「旦那なんてみんなそんなものだろう。」
 
 もはや諦めたような目でそんなことを言うレイガンが面白い。ニアはシュルリとその体を青年の方に絡ませると、ほら早く挨拶しろよと促すように頬をくすぐる。
 
「エルマーさん。」
「お前、リュートか!?」
「ご無沙汰してます、ええっと…サディンの結婚、おめでとうございます…。」
「んだあかしこまって、ありがとうよ。」
「ほらリュート、エルマーにかしこまんなくたって大丈夫だって。」
「いや、母さんそれは流石に…」
 
 レイガンによくにた顔で、苦笑いをする。父親と違って、ユミルの人当たりの良さを受け継いだらしい。リュートは同じ紫の瞳に優しげな色合いを混じらせた好青年だ。
 
「おとーさん!!」
「ウィル!おわあ俺のマシュマロちゃん!お前がレイガンとこいっちまうから俺ぁ寂しくて寂しくて!」
 
 レイガンたちの後ろから顔を出したウィルに反応をすると、エルマーが顔を綻ばせてウィルを抱き上げた。一見すると恋人同士のような抱擁であるが、その実親子であった。エルマーによって頬に口付けを受けたウィルが、腕の中で可愛らしく笑いながらとんでもない爆弾を投下した。
 
「レイガンさんとこだけど、リュートのとこの方が正解かな。」
「あん?」
 
 いっている意味がわからなくて、エルマーがキョトンとする。リュートは何やら慌てた様子になると、それを見たウィルが小さく笑ってエルマーの腕の中から抜け出した。
 
「僕、リュートと恋人になった!」
「ちょ、っ」
 
 リュートの首に腕を絡ませたウィルが、ちゅっと頬に口付けたのを見て、エルマーの金眼がこれでもかと言わんばかりに開かれた。レイガンとユミルは、珍しい顔のエルマーに吹き出したように笑うと、絶句したエルマーがどしゃりと崩れ落ちる。
 
「ええ、そんなにショック?」
「える!地べたにお膝つくの、お洋服汚れちゃうからダメですねいった!」
「な、ナナシいいいいい!!」
「ひゃ、」
 
 ブビャッと泣き出したエルマーが、ナナシの腰に歪みつく。ギョッとしたらしいナナシはぽかんとしたが、とりあえずエルマーの頭を撫でながらウィルを見る。リュートと手を繋いでいる姿を見て、何かを察したらしい。尾を揺らしながらふにゃりと笑う。
 
「ウィルも、恋人できたのう?おめでとう。」
「ええと、し、幸せにします。」
「幸せにすんのはええからまだ結婚は許さねえ!!!」
「えるうるさい。ウィルに嫌われるよう。」
「それもいやだあああ!!!!」
 
 なんっでよりにもよって!!と大人気なく駄々をこねるエルマーに、リュートも苦笑いだ。まあそんな気はしていたので覚悟はできていたが、殴られないだけよかったと思っていた。
 
「お父さん、僕の幸せ、祝ってくれないの…?」
 
 と、納得しかけたリュートとは裏腹に、恋人のウィルがちょこんとエルマーの横にしゃがみ込むと、顔を覗き込むようにして首を傾げる。
 
「サディンの幸せは祝うくせに、僕のは祝ってくれないんだ…ふーん…」
「あ、いや、ちょっ、それはちげえ…」
「違うなら、なんでよろしくっていってくれないの…?」
「える、」
「エルマー。」
「父親なんだからしっかりしろよ。」
 
 もしかしてこれが四面楚歌か。リュートを除いた身内からの白けた視線に、エルマーの引き攣った声が喉から漏れた。じんわりと涙目で見つめるウィルに、先に白旗を上げたのはエルマーの方であった。
 
「お、オメデトウ…」
「やった!ありがとうパパっ」
 
 普段言わないパパなんて言葉と共に、ちゅっと口付けられる。明らかにエルマーの魔性はしっかりとウィルに引き継がれていた。
 こうして、雁首揃った結婚式の会場は、まあ顔面偏差値の高いこと。アイリスは目のやり場に困りながらも、早く始まってくれないかしらと疲れたように眉間を揉んだ。その様子は、カイン殿下によく似ていたとイズナは語っていたという。
 
 
 
 
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