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 なんだかこうして二人で市井に出てゆっくりとするのも久しぶりである。サディンは、朝食がわりのバケットを頬張りながら、そんなことを思う。
 
「ンむ…、」
「………。」
 
 一口がちっちゃい。サディンと同じものが食べたいなどと可愛いことを言ったミハエルが、バケットに挟まったレタス悪戦苦闘していた。
 珈琲を一口のむ。あの後、部屋の片付けをしてからミハエルを抱えて兵舎の大浴場まで足を運んだ。サディンたちが来るよりも先に、数人の団員が使用していたのだが、サディンの顔と腕に抱えているミハエルの顔を交互に見たのち、慌ただしく出ていってしまった。ミハエルの入浴シーンは見たいが、鬼に命を取られることと天秤にかけた時に、やはり存命を選んだのだ。我ながら教育が行き届いていると思う。
 
「ンぅ…」
「不器用だな。」
「そ、んなことないでふ…」
 
 どうやらサディンが思い返しているうちに諦めたらしい。噛みきれなかったレタスをもそもそと先に食べ始めたミハエルに、小さく笑う。ハムとレタス、そしてタルタルが挟まったバケットの、レタスだけを先に食べ終えたミハエルが、タルタルで汚れた口元を隠すように手を添える。べろりと舐めとるのも、人に見られるのは恥ずかしいらしい。
 
「珈琲、美味しいですか?」
「ダメだぞ。妊娠してるんだから。」
「わかってますもん。」
 
 でも、バケットには珈琲が合うじゃないですか。と羨ましそうに見る。明るい日差しを浴びて、ミハエルの金色混じりの茶髪がキラキラと光沢を帯びる。光に縁取られるかのようなその姿は、妊娠してから少しだけ女性的な雰囲気を持つようになった。
 
「この後は服が先?それともベット?」
「先にベット見に行きましょう。大きいものですし、送ってもらう方が良いですよ。」
「持って帰れるぞ。インベントリに入れりゃいいし。」
「あ、だから珍しく持ってきてたんですか。」
 
 普段手ぶらなのに。とくすくすと笑う。サディンがミハエルとデートをすると決めてから、今日の服から何まで丸っとサディンの私物だ。その代わり、ミハエルには鞄など持たせる気もさらさらなく、普段はあまりものを持たないサディンが珍しく肩に背負う形のインベントリを持ってきていた。
 少し大きめのサディンのシャツから見えるインナーには、シンプルな黒のタンクトップを着せた。こうしないと散々つけたキスマークが見えてしまうので、仕方なくである。またミハエルに着せる機会があるかも知れないと、わざわざ実家のクローゼットを漁って持ってきていたサディンの子供の頃のボトムスも、ミハエルに履かせた。焦茶のシンプルなそれは、細いミハエルには少しだけゆとりがあったが、良い感じにリラックスシルエットであった。でもやはり。
 
「お前の服も買ってやりたいな。」
「サディンの私服があれば何も入りません。」
「そうだけど、せっかくなら選んだやつ着てもらいたいだろう。」
 
 エルマーも、よくナナシに服を買ってきていた。己が見立てて、似合うだろうと思う服を与えては、可愛い可愛いと大騒ぎをしてナナシを困らせていた。サディンには、今その気持ちが痛いほどによくわかる。己の雌を可愛くして、見せびらかしたいという気持ちは、誠によくわかるようになってしまった。
 
「サディンが選んでくださるのですか?」
「うん。」
「買ってくださるのですか?」
「もちろん。」
「じゃあ、おねだりしちゃいます…。」
 
 嬉しそうにはにかんで、ミハエルがサディンの望む反応を返す。可愛い。ぐっと詰まった声を出したのは、危うく耳が飛び出そうになったからだ。最近はいうことを聞かないのでほとほとに困っている。ミハエルといる時は特にだ。つい誤魔化すのに熱い珈琲を一気飲みするから、ミハエルがギョッとしていた。
 
 
 
 
「マットレスとフレームは別売りなんですねえ。」
「最近はそんなもんばっかだな。まあそっちの方が効果も選べるし、意外と良いもんだぞ。」
「効果ですか?」
 
 カフェを出てやってきた魔道具屋。魔道具とは言っても家具の方が幅を利かせているその店には、カストールからの輸入の品物も置いてあった。ラタンのサイドテーブルは、夜に淡く光を灯す機能付き。本革のソファは、座る人に合わせた座り心地に変化するらしい。
 そんな不思議で使い勝手のいい家具の中で、入荷待ちをされるほど人気なブランドはエルダ製のものらしい。なんでもエルフの森にいる職人によって、一点一点手作りされているらしく、市場に滅多に出回らないという。その分価値があり値段も馬鹿みたいに高いのだが、一生使えるものが多く、コレクターもいるらしい。初老の店主はそう説明をしてくれた。
 
「これなんてどうですか、先週入ったばかりのエルダ製のマットレス。防水と、後は使用後に二時間放置しておけば丸洗いした時と同じくらい綺麗になる自動清潔魔法付き。」
「た、っかくないですか!?」
「まあ、一点ものですからねえ。」
「兵舎の部屋に貴族レベルのマットレスはいらないですよね!?」
 
 0が一個多いと悲鳴を上げそうになったミハエルに、機能の説明がきをまじまじと見つめたサディンが小さく頷いた。
 
「買いで。」
「なんっっで!?」
「お客さん男前だねえ!毎度あり!」
 
 手渡された契約書になんの躊躇もなくサインをしていく。いくらサディンが稼いでいるからといって、ほいほいと買えるような値段ではない。まるで名馬一頭と変わらないくらいの金額を、ぽいっとインベントリからカルトンに置くと、ミハエルはいよいよ頭が痛くなってきた。
 
「さ、サディンってもしかして…物の価値がわからないのですか。」
「わかるわ。」
 
 ミハエルの言葉に、つい突っ込む。だって、ミハエルは慄いているが、サディンからしてみれば、どんなにはしゃいでも軋みがないというのはとても良いことだと思う。それってつまりセックスの最中にギシギシ言わせて、ベットが壊れる心配をしなくて良いということだからだ。
 
「集中できるのは良いことだろう。」
「眠りに?」
「お客さん、目の付け所が違うねえ。」
「まあな。」
 
 訳がわからないと言った顔のミハエルを挟んで、サディンと店主は意味が通じているらしい。互いに頷き合っていて、なんだか蚊帳の外であった。
 
「ああそうだ、高額品だからね、配送は無料にするよ。どこまで運べばいい?」
「ならシュマギナール城の第一騎士団兵舎に…」
「あんた、騎士様だったのかい。」
「いえ、僕ではなくてサディンが、」
 
 と言いかけて振り向くと、そのサディンはインベントリから取り出した大きな布のようなものに購入したばかりのベットを飲み込ませているところだった。
 
「あ、あんたその布はどこで手に入れたんだ!」
「なんですかそのびっくりアイテム…」
「ん、これか?」
 
 サディンの取り出した大きな布は、広げると直接インベントリと繋がっているようだった。持ち運びは畳むだけでいい。接続先のインベントリと共に持っていれば、布をかぶせるだけで。大きな品物も綺麗に収めてくれる。
 店主の目が輝いている。どうやら売って欲しいようだった。サディンは売る気はさらさらないらしく、それを適当に畳んでインベントリに戻すと口を開いた。
 
「サジの番がくれた。」
 
 アロンダート、とは言わなかった。言ったらダメだとも言われているからなのだが、ミハエルもその辺は汲み取ったらしい。納得するように頷いた。
 
「あんた、そりゃエルダ製の非売品の品だよ!試作品で作られたが、見た目がシンプルすぎて売れねえって引っ込めちまった布があるって聞いたんだ!」
「そういえばエルダってサジの偽名か。」
「あんた知り合い!?」
 
 ギョッとした顔の店主を適当にいなしながら、ミハエルを抱き寄せたサディンが早々に店を出る。どうやらエルダ製の品の出どころはアロンダートらしい。ミハエルも、そういえば趣味は日曜大工と言っていましたねと少々呆れ気味に言った。
 
「この布は父さんが結婚祝いにもらった物だからな。」
「それは確かに誰にもあげられませんね…。」
「後引越しすん時に家具全部これに飲み込ませたから。使い勝手いいんだよ。」
「ああ、なるほど。」
 
 ちなみにエルマーはこの布にヒュドラの死骸を飲み込ませて持って帰ったことがあるらしい。ギルドの討伐依頼で、剥製を作りたいからという無茶極まりない貴族のふざけた要望に見事答え、報奨金として家三件は買える値段をむしり取ってきたそうな。
 
「さ、ユリアちゃんの服とお前の服買いに行くぞ。」
「くまちゃんのケープ!」
「急に元気になったな。」
 
 サディンの言葉に、ワタワタとミハエルがチラシを取り出す。ずっと欲しかったのだ。だって絶対可愛いに決まってる。ミハエルはテンションを上げたままサディンの手を取ると、嬉しそうにしながらズンズンと歩き出した。
 
「地図は読めませんが、多分こっちです!」
「それかせ、連れてってやるから。」
 
 ミハエルの手からチラシを受け取ると、歩き出した方向とは正反対の方向へとサディンが向き直る。さすが騎士団、地の利はしっかりとあるようで、ミハエルは尊敬の眼差しを向ける。
 まあサディンからしてみたら、何年この国内を走り回ってきたと思っている。であった。まあ、ミハエルがキラキラした目を向けてくれているので口が裂けてもいいはしないが。
 
 
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