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それにしたってである。

「で、でもサリエルが戻るまではしづらいというか…!!」

 実質幼児にそんな声を聞かせるのは、居た堪れないというか…!!と、ミハエルは己の声が我慢できないであろうことを懸念していた。サディンはそんなミハエルを可愛いとは思ったが、ここに来てまさかのミハエルの貞操観念が邪魔をするとは思わなかった。

「まて、だって見た目は変わってもこいつの性分は変わんないだろう!?」
「おぢちゃんのいってることわかんないでちゅ」
「最悪のタイミングで目を冷ます時点で性格が悪い。」

 サディンとサリエルのやり取りを見て、エルマーがゲラゲラと笑う。親ならば協力しろという意味も込めて振り向くと、うちは託児所じゃねえものとお断りをされた。

「それに今は寝る場所もないぞ!何故ならサジが居座っているからなあ!」
「僕もいるぞ。」

 二人してサディンの部屋を借りているのだと言われると、人のベットで盛るなと渋い顔をする。どうやらロズウェルの慣れぬ育児をナナシに教わりながらも奮闘しているようである。わははと豪快に笑いながら、ロズウェルの口元の涎を優しく拭ってやるサジは、正しく母親のようであった。

「ロズウェルくん、よかったです。検診はもうされたのですか?」
「検診?」
「赤ちゃん検診ですよ。多分、まだ産まれて半年くらいかと思いますけど…でも、ナーガの子の検診したことないな…」

 ミハエルは腐っても医術局員なので、勿論健康診断なども行うし、診察だってする。産婦人科は経験がなくても、何をすべきかはなんとなくわかる。だけどプロがいるなら見てもらうのもいいかも知れない。

「えっと、ロンさんが僕の妊娠の経過を見てくれてるんです。もしよかったら、サジさんもロズウェルくんの検診されてみませんか?適正魔力とかもわかりますよ。」
「サジ、いいんじゃないか?僕らは赤子を育てたことだってない。どうせならロズウェルの夜泣きも相談してみよう。」

 アロンダート曰く、ロズウェルは夜泣きが多いらしい。エルマー達は普通のことだから気にすんなとは言うが、間借りしている今、なんとなく申し訳なくも思っていた。

「ふむ、そうさなあ…。まあ、いってみるのもいいか。」
「明日してくれるか連絡してみましょうか?僕もついていきますから。」

 サジはロズウェルを膝に載せたまま、そのふわふわの髪の毛を楽しむかのように頭を撫でる。しばらく悩んでいたが、やはり興味はあるらしい。小さく頷くと、珍しく世話になるなどと宣った。




 翌日のことである。結局昨晩はサリエルが全然寝てくれなくて、ミハエルは少しだけ疲れた顔をして医術局に向かっていた。体調は、寝不足くらいで特に不調はない。昨日はエルマー宅から実家に帰るつもりが、しっかりとサディンにお持ち帰りをされたのと、たっぷりと魔力をくれたおかげで、ミハエルの腹はお陰様でぽかぽかである。
 隣にサリエルがいるから嫌だと言ったのに、すぐに済むと言って美味しく頂かれた。そのおかげで途中で目を覚ましたサリエルが、興奮してしまって寝付かなかったというのが真実なので、ミハエルはもはやどこに文句を言っていいのかわからないままであった。

「当分はなしです…うう、お腹の魔力と引き換えに関節が…」
「きょうこしょけっちゃくをちゅけてやる。あのロンめ、このおれにふべんをしいりゅとは、まことによきせいかくでちゅね。」
「サリエル、あなたなんで今日は起きてるのですか…」
「わかりまちぇん。せいちょうかちら。」

 ぷよぷよとミハエルの周りを泳ぎながらそんなことを言う。すれ違う人は、空に浮かぶ赤ん坊にぎょっとしたような顔をするが、もはや気にしたら負けである。

「おもてもんまで、むかえにいくのでちょ?」
「ええ、アロンダート様は城の外でお待ちになるとのことでしたが…」

 一緒に入られますか?とお伺いはしたのだが、一度死んでいるからバレるのはまずいと返された。どうやら元城の関係者らしい。

「あ。サジさーん!」

 ゆらゆらと手を振りながら、目についた枯れ葉色の髪を緩く結んだ白磁の麗人に向かって手をふる。どうやら気がついたらしい。ミハエルを見るとホッとしたような顔をした。

「ああ、ミハエル。すまんが、おむつを帰る場所を貸してくれ!」
「それなら医務室がちかいですよ。どうぞこちらに。」
「健康で何よりだが、まだおむつ替えは慣れぬものがある。」
「あはは、大丈夫ですよ、皆最初はそういうものです。」

 サジの腕に抱かれているロズウェルは、不思議そうな顔でサリエルを見つめている。空中ででんぐり返しをしながら遊んでいるのだ、やめろとは言わないが目立つのは仕方がない。ミハエルはその体をがしりと掴んで小脇に抱えた。

「おい!そのだきかたはまちがっているじょ!」
「貴方、そんな細かいこと気にする質ですか。ロズウェルくんが見てるのですから、頼むから先輩らしくしてください。」
「ふん、おれのほうがあかごよりもいだいでちゅから、しぇんぱいというくくりがもはやあやまりでちゅ」
「でちゅでちゅ喧しいなお前は!サジのロズウェルのが余程聡明である!ねー!」
「ぁう!」

 ちんまい手でサジの髪をにぎにぎとしながら、ロズウェルはふくふくと笑う。どうやら二人はすっかり仲良しになったようで、ミハエルは微笑ましくて仕方がない。むくれて鞭のように尾を振り回すサリエルを宥めていれば、ミハエルの腕から抜け出して、肩車のようにミハエルに乗っかった。

「わあ!なんでそんな不安定なところに!」
「ふん、おれがまぬけをみしぇちゅけるわけがないでちょう?」
「落ちたら危ないですよ!」
「あぶなくないもん!とぶもん!」
「もおおー!」

 仕方なく、ミハエルはサリエルの足を掴みながら、医務室でロズウェルのおむつを変えたあとにロンの待つ研究局へと向かった。事前に来訪は伝えていたので、見慣れぬサジの登場に局員たちはざわついたものの、ロンが呼んだ客人とわかると慌てて皆取り繕った。

「なんだというのだ。」
「皆サジさんが美人だからドキドキしたのですよ。」
「ふん、見たいなら存分に見るがいい!!ただし拝観料を取るがなァ!!」
「さ、サジさんしー!!」

 力いっぱい元気な声でそんなことを宣ったサジは、どうやら美人は美人でも残念な方向の麗人だと知らしめることに成功したようだ。皆慌てて目を合わせないように振る舞うので、ミハエルはやっぱりここが一番変な団結力あるよなあと遠い目をした。

「おおー!君が引き取ってくれたんだ!待ってたよー!」
「今日はよろしく頼む。ロズウェルと名付けた。丁重に扱えよ。」
「すごいや、こんなふてぶてしい態度の患者ってエルマーさん以来…!」
「え?エルマーさんここに来たことあるんですか?」

 ロズウェルを裸にしたサジが、ロンの方へと向ける。四肢の所々にナーガらしいきらきらとした美しい鱗を表しているが、それ以外は普通の赤ちゃんだ。ロンは聴診器で診察をしながら、あるよー、と笑いながら話す。

「なんだっけなあ、たしかウィル君に好きな人ができたー!!!とか言って駆け込んできて、恋心を忘れさせる妙薬はねえか!!!とか泣きながら縋り付いてきてさ。」

 初恋も結婚も、お父さんとするっていってただろおお!!と年甲斐もなく醜態を晒し、サディンによって回収されていったらしい。後日ナナシがミセスマグノリアのチェリーパイを持って、夫がすみませんと謝りに来たらしい。

「ナナシさん、言葉ったらずだしうまく話せないけど、エルマーさんが毎回何かをやらかすたびに謝りに来るから、夫がすみませんだけはスムーズに言えるようになったんだってさ。」
「まったく、相変わらず夜以外でも嫁に迷惑を掛けるとは!」
「まあいいよ、僕はあの二人大好きだしね!」

 はい、実に健康花丸満点です。そう言って、ロンが診察を終える。最後にぱかりとお口を開けて、牙の育ち具合を確認した。

「うん、子供のうちから毒腺抜くとナーガ特有の味覚障害も治るけどどうする?牙が形成される前のほうが痛くないし簡単だよ。」
「まじでか。」
「子供の個性潰すのはとか気にしなくていいからね、ナーガの毒は半魔だと、大人になったときじわじわと自分の体に染み込むから、短命なんだ。」
「なんだと!?短命など許さぬ、存分に抜いてくれ!」

 ロンの言葉にサジの顔色が変わる。ロズウェルはキョトンとしているが、長生きできるのなら絶対にそちらのほうがいいだろう。

「ならミハエルちゃんやったげて。得意でしょ神経とかそういうの抜いたり麻痺させたりするの。」
「まじで!?」
「あ、は、一応医術局員なので…」

 ぎょっとして見上げたサジにビクリと体を揺らすと、ロンが立ち上がってミハエルに席を譲る。インベントリからカチャカチャと音を立てて専用の器具をいくつも並べると、サジはいよいよ信じたらしい。毒腺を抜かれるロズウェル本人よりも顔を青褪めさせる。

「い、いたいのか!?」
「全然痛くないですよ、今までこれで泣いた子いないですね。はい、サジさんロズウェルくんのおくち開いておいてくださいね。」
「わ、わかった。」

 ミハエルが珍しく魔法を使う。ふわりと蝶々のようなものを作り出すと、ふわふわとロズウェルの真上に飛ばす。釣られるように見上げた所の位置で顔を抑えてもらうと、ロズウェルのちいさなお口を開いておけるように柔らかい器具で固定した。

「すぐ終わりますから、ちょっとだけ我慢してくださいね。」
「あわわ…さ、サジが緊張する!」
「大丈夫大丈夫、ミハエルちゃんうまいから。」

 ミハエルが拡大鏡を頭につけると、銀色の細い器具でロズウェルの上顎に形成され始めたばかりの毒腺を摘む。そこにじんわりと分解の術を浸透させると、ミハエルが舌の上に乗せた銀製の匙の上に、半透明のとろみのあるものが滴り落ちた。匙の中身を零さぬようにそっと引き抜くと、用意した豆型の銀のトレーに匙を置き、ピンセットでゆっくりと空になった毒腺を引き抜いた。

「はい、おしまいです。」
「ふぇあぁーーーー!!」
「わ、おくち疲れちゃったね、ごめんね!」
「な、泣いたではないかっ!痛かったのか!?」
「いや、毒腺抜きじゃなくて口開けて固定するやつがやだったみたい。」

 ぴゃー!と泣いたロズウェルが、ミハエルの持っている口を開ける器具を指さして泣く。サジがあやしながら銀の匙を見ると、それはドス黒く染まっていた。

「まだ毒の量を調整できない赤ちゃんの毒腺が一番危険なんです。銀も腐食させますから。まあ、噛まれても甘噛みなので問題はないんですけど、歯が生え始めたら甘噛みでも耐性がないと即死に至ります。サジさんが抜く選択してくれてよかったです。」
「こっわ…というか何でそんなこと知ってるんだ。」
「医術局で学ぶんですよ、毒関連は。半魔のナーガの赤ちゃんでも、多分そこらへんは変わんないかなと思ってたら、どうやら正解だったみたいです。」

 照れたように笑うミハエルに、サジは関心したように頷いた。ロズウェルはミハエルから甘い味のお薬を別の匙で与えられ、ご機嫌になったようだった。




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