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「ロズウェル、泣くな。サジはお前が泣くとどうしていいかわからん!」
「抱っこして欲しいんだよう、サジ、ロズウェル甘えたいんだよう。」
「何。つまりはこのサジに媚を売っているということか。ふん、構わぬ。幼き頃から処世術を養うとは見上げた根性である!」
「なんでてめえは毎回妙な言い訳ばっか言わなきゃ気が済まねえんだあ。」
 
 中に入れば、長い枯葉色の髪の毛をシニヨンにまとめたサジが、産衣を着せられた乳児を抱き上げてあやしていた。アロンダートがエルマーに教わって準備した哺乳瓶を持ってくる。それをサジが受け取ると、ナナシに教わりながらロズウェルと名付けた乳児に与えていた。
 
「サジ、育児できたんだな…。」
「サディン、サジを誰だと思っている!しかし今は手が離せない。悪いが後にしてくれ。」
「ミハエル、いらっしゃい。腕の赤ちゃんだあれ?」
「あ、サリエルです、こんばんは。」
 
 ナナシがニコニコしながら眠っているサリエルを覗き込む。2、3歳ほどの体躯に収まった執着の神を見ると、ナナシはパタパタと尾を揺らしながらかぁいい。と笑う。なんともマイペースなのは相変わらずらしい。ミハエルはぷうぷう寝息を立てるサリエルのまあるいおでこに張り付いた髪を避けてやると、ナナシがハンカチで寝汗を拭う。
 
「ちいちゃいから、体暑いねえ。お風邪ひいちゃうから、お着替えするしてあげた方がいいですね。」
「あ、そうですよね…でも、産衣が。」
「サディンの子供の時の残ってるだろお、持ってきてやんから待ってな。」
「ありがとうございます。」
 
 わしわしとミハエルの頭を撫でたエルマーが、夫婦の部屋へと入っていく。そのあとをナナシが尾を揺らしながらついて行くのを見送ると、サディンはミハエルを座らせる。
 
「お茶入れてくるから、待ってろ。サジは何飲む?」
「アールグレイ!」
「俺茶葉とかわかんねえから目についたの入れるわ。」
「聞いた意味ないだろうが!!」
 
 そんな軽快なやり取りをしながらキッチンへと消えていくサディンを見送ると、ミハエルは長椅子の上にサリエルを寝かしてやる。寝汗をかいた服を脱がしてやれば、ポコリとした腹を天井にしてむにゃりと口を動かす。
 幼児になってから素肌同然のような格好でいさせるのが嫌で、ミハエルのシャツで即席に服を作ったのだ。まあ、作ったというか、くるんだだけなのだが。
 
「ぅにゅ…」
「サリエル、お目覚めですか?寝汗をかいているので、お着替えしましょうね。」
「ううう…くるしゅうない…むにゅ…」
 
 エルマーが持ってきてくれた服に礼を言って受け取ると、ナナシが暖かいタオルも持ってきてくれた。ミハエルにそれを手渡したナナシがサリエルの頭側に座ると、その小さな頭をそっと撫でる。
 
「悪いことした?変な呪いかかってるよう。」
「ええ、ちょっとはしゃぎすぎて…知り合いを怒らせてしまって。」
 
 三日で戻るんですけど、と苦笑いをしながら、サリエルの体を拭いてやる。エルマーが貸してくれた、なんとも可愛らしいシンプルな花柄のロンパースをサリエルに着せつけてやれば、似合わなさすぎてちょっとだけ面白かった。
 
「んで、お前らは何しにきたんだあ。まさかそいつの呪い解きに来たわけじゃねんだろう?」
 
 サディンからお茶を受け取ったエルマーが、グビリと飲みながらそんなことを言う。少しだけ緊張するミハエルの様子に、サディンが目配せをして小さく頷いた。どうやら説明はサディンから話してくれるらしい。キョトンとした顔で首を傾げたナナシの横で、サリエルが寝返りを打って落ちそうになったのを、慌ててミハエルが抱き抱えた。
 
「言うけど、ウィルはいないのか。」
「ウィル、今カストールにいる。やりたいこと見つけたんだって。」
「レイガンとこ間借りして、んでそっから師匠んとこ通うんだってよ。」
 
 ようやく弟子枠に空きが出たらしい。エルマーがそう続けると、サディンはなるほどと頷いた。
 実家にいたウィルは、別に仕事をしていなかったわけではない。実のところカストールで医学を学んでおり、その休暇を利用して帰ってきていたのであった。どうやら医師を目指すにあたって目標にしていた医師のもとで働けることが決まったらしく、その一報を聞きつけて、三日前に嬉々として帰って行ったらしい。エルマーはなんだか少しだけ寂しそうである。
 サディンは、弟にはまた別に話せばいいかと決めたらしい。ミハエルの隣に腰掛けると、サディンとナナシに挟まれる形に収まったミハエルが少しだけ背筋を伸ばした。

「ミハエルが妊娠したんだ、腹に俺の子がいる。」

 あっけらかんと言ってのけた。しかしミハエルの動揺は不毛に終わる。なにせ、サディンの両親は人とは少し違うからだ。

「まじで。」

 まず、エルマーは面食らったようであったが、にやりと笑う。立ち上がりサディンの前に行くと、まるででかしたと言わんばかりにワシワシと頭を撫でるので、ミハエルはぽかんとしてしまった。

「いいじゃねえの!てめえの雌囲う為に孕ましてこそ雄だろう。さすが俺の息子、ミハエル、わりいけど年貢の納め時だと思ってくれや!」
「ふぇ、」
「俺もナナシ孕ましたときはたまらなかったなあ。いやあ、やっぱ親の背中見て育つんだなあ。」

 サジとアロンダートの方を見ると、まるで気にする様子もない。端的におめでとう、それは良かったなあと言われて、こんなに驚かれないものなのかとミハエルのほうが驚いた。

「え、えっと、息子さんの心配とか、」
「サディンの心配?なんで?」
「責任取らされたとか思わないのですか?」

 エルマーは、ミハエルの言葉にぽかんとした後、吹き出したようにゲラゲラと大笑いした。なぜか、アロンダートとサジも、エルマーが心配!!とかわめきながら大笑いだ。
 ナナシがそっとミハエルの頭を撫でると、ふにゃふにゃと笑う。

「心配する、ないですね。だってサディンは欲しいもの手に入れるするしたでしょう?」
「自覚してからは早かったな。」
「うるさいよ父さん。」

 ナナシの言葉にミハエルの頬が染まる。基本的にエルマーの周りは、みんな少しずつ狂っている。というか、自分たちの常識の中で生きているのだ。だから、自分たちの息子が欲しいものを己の手に納めたことを褒めることはあっても、責任云々は本人次第なので怒ることもない。

「ミハエルは、サディンの赤ちゃんやだですか?」
「いいえ、嬉しくて…でも、怒られるかと思っていました…」
「怒るしないですよ。大丈夫、みんな家族が幸せなら、それは皆の嬉しいですよ。」

 ぎゅっとミハエルを抱きしめたナナシが、ぱたぱたと尾を振る。周りからの目や、体裁なんて気にしない。エルマーもナナシも、互いが必要だったから番ったのだ。だからサディンもミハエルが必要だと素直に認めた事が嬉しいし、それにミハエルが答えたことが幸せ。
 ナナシの言葉がすとんと心の隙間を埋めると、ミハエルはゆるゆると背中に腕を回す。

「エルマーとナナシの子だぞ。サディンだってそれなりの狂気を孕んでいる。まあ、それに答えたお前も大概であるがな。おーよちよち。」
「皆もっと素直になればいいのにな。本能的になれば、視野は広まるぞ。」

 ロズウェルをあやすサジの肩を抱くアロンダートだって、己の欲に忠実に従うために一度死んでいるのだ。サジと共にいるために人を辞めたのも、本能に従ったからに他ならない。
 チャカチャカと足音が聞こえて、ギンイロが階段から降りてくる。どうやらサディンの部屋で寝ていたらしい。リビングに顔を出すと、くありと大きな欠伸をした。

「サディン、ハンショクシテル?メスノオナカノマリョク、タリテナイヨ」 
「ミハエル。そうなのか?」
「あ…」

 ミハエルが小さく口を噤む。ナナシがぺたぺたとお腹に触れると、なるほどそういうことかと納得した。

「ミハエル、ナナシもおなじ。えるの魔力もらうすると、具合良くなる、赤ちゃん元気になるですよ。」
「でも、お腹の赤ちゃんびっくりしないですか…?」
「大丈夫、膜に包まれてるですよ。精液、お腹にもらうするしてください。赤ちゃんのため、ナナシもそうした。」
「せ、っ」

 露骨な単語にミハエルが気恥ずかしそうにする。エルマーはにやにやと頬杖をついてサディンを見ると、どうやらお預けを食らっていたらしい。その手を握りしめてミハエルを見つめた。

「插入を拒んでいた理由がそれなら、なんで相談してくれなかったんだ。」
「だ、だってお腹くるしくなっちゃうんですもん…」
「わかる、ナナシもそうなる。でも、体はとっても楽になる、サディンにおねだりするしてください?」
「あう…」

 親公認で繁殖しろと言われるほど恥ずかしいことはない。ミハエルは耳まで赤く染め上げると、サディンは満足そうに頷いた。まるでナイスアシストと言わんばかりにだ。

「サディン、腹膨れるまで飲ましてやんな。」
「うるさいよ父さん。」
「はわ…や、やめ…あ、あの、帰ってからでいいですから…」
「言質とったからな。我慢してた分、悪いけど覚悟しといて。」

 ちゅ、とミハエルの額に口付けを送ると、嬉しそうに微笑んだ。その顔が可愛くて、ミハエルはやっぱりずるいなあと思うのであった。
 
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