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 それからしばらくして、サディンは周りが驚くくらいに取り繕わなくなった。それはもう、元の冷静な性格はどこに捨ててきたのかと思うくらい、いい意味では親しみやすく、そして悪く言うなら馬鹿になった。無論、馬鹿になったとはあくまで悪く言った場合であり、とかくまあ素直になったと言い換えてもいいもしれない。

 まず、あれから一週間が経ち、ミハエルの腹の子の具合を確かめた。母体の栄養具合はよろしくはないが、子は実にすくすくと育っているようで、もうしばらくすると腹も出っ張ってくるだろうと言われた。そして、次いでにロンからはしこたま怒られた。ミハエルもだが、サディンも怒られた。何が怖いかって、この城の中でロンが一番厄介なのではと思う程、サディンは死ぬ思いをしたし、ミハエルは余りの戦闘っぷりに白目を剥きかけた。
 なぜそう思ったか、それは検診後に溜息を吐いたロンが、不安そうな顔をする二人に経過の説明をした後に演習場に来いと言われたのだ。
 いわく、ちょっと灸を吸えねばなりませんねえ。そうのんびりとした相変わらずの口調で言うものだから、サディンとミハエルも申し訳無さそうにしながら頷いた。
 心配をかけた自覚はあるし、なにより迷惑をかけた。しかし何故演習場か。その理由を問うと、あそこは広いから。と返された。




「パペットメーカー!!サナキエル!!」
「まて、まてまてまてまっ」

 ロンが放り投げたピンクのくまのぬいぐるみであるももちゃんが、くるくると回転しながらどんどんと膨らんでいく。その影は傍観していたミハエルと、団員の者たちを隠すほどまで広がった。サディンの金眼に焦りが宿る。恐ろしい程の魔力がももちゃんに詰め込まれ、やがて破裂した。そして、その布地を切り裂いて出てきたのは、釦で出来た目玉を幾つも顔に縫い付けた全身真っ白な巨人であった。恐ろしいほど立派な筋肉に、六本の腕。その身には縫い目がいくつもあり、人型でありながら獣のように地べたに這いつくばると、恐ろしい金切り声を上げてサディンに向かって状態異常を放った。

「っ、なんでそんなやべえやつ出してくるんだ!!」
「サナキエル!!この愚かな男に体罰をくわえてやんなさい!!」
「体罰で済まないだろう!!」

 サナキエルの太い腕に繋がる五本の指が、まるで投網のように襲いかかる。サディンは慌ててその指の隙間を見極めて飛び抜けるという器用なことをやってのけた。団員からは、これは戦闘演習ですとロンが説明したこともあり、おおっと暢気な歓声が上がったのだが、ミハエルもサディンもそういう心持ちではない。サディンは空中で体をひねると、即座に腰につけていたポーチから空魔石を空中に向かってばら撒いた。

「エルマーさん直伝の地雷ならつかえないよ!」
「はあ!?」
「サナキエルはこう見えて炎には耐性があるので!」

 もっと早く言ってほしかった。ばら撒かれた魔石が膨らみ、炎がいくつも上がる中を臆せずに突っ込んできたサナキエルの、きれいに生え揃った歯がサディンに食らいつこうと大口を開ける。自由落下で落ちてしまえば飲み込まれるだろう。サディンは舌打ち一つ、その身の魔力を膨らませると、即座に転化した。

「アーーー!!!!ずるい!!!」

 ずるいものか!サディンは犬歯をむき出しにして唸る。四足で生え揃った歯に軽やかに降り立つと、その脚に纏う炎をふくらませる。怯んだサナキエルが顔を振るようにサディンを振り払えば、地面着地と同時に勢いよくサナキエルの懐に飛び込んで首の根元に齧りついた。

「振り払えサナキエル!っああ!!結界ずっこい!!」

 サディンの体を掴もうとした6本の腕を、身に纏った結界が弾く。ずるいも何も、こんなにマジになるとはおもわない。サディンは死ねないし、お灸にしてもやりすぎだ。そのままサディンの牙が突き刺さった首の根元から無属性魔力を一気に流し込んだ。

 ぼこりと白い体が膨らんだ。口を離して飛び退りながら、人の姿に戻したサディンが腰から剣を抜く。

「ロン、斬っちまうからな!?」
「うわあまってまって!!サナキエルあがいてえ!!」

 取れかけた首を抑えたサナキエルが、体の左側をいびつに膨らませる。サディンはロンの制止など気に求めずに一気に距離を詰めると、下から切り上げるかのようにサナキエルの体に剣をめり込ませる。

「あ、やべ」
「ぎゃああ!!ぐろい!!!」

 ズパン!と剣の先端が軌跡を描くかのように見事な一振りであった。しかし、疎かだった足の間から斬り上げたのだ。慌てて結界を展開したので汚れはしなかったが、サナキエルの足の間からどしゃどしゃと体の中身が零れ落ちる。ロンは悲鳴を上げ、団員はえづき、ミハエルだけは解剖等で見慣れていたせいか、勝ったと思って拍手する。その様子を見てシスを含めたカルマとジキルがドン引きをしていた。

「何だ、随分と愉快なことをしているようですねえ。」

 ボウッと音を立てて、ミハエルの背後が燃え上がった。演習場に出来ていたはずの血溜まりは、サナキエルと共に消え去った。まるでなにごともなかったかのように、地面の上にぽてんとももちゃんが落ちるのを見ると、サリエルの目がキラキラと輝いた。

「おまえ、パペットメーカーか!うはは!なんでもっと早く言わないんだ!」
「サリエルどこいくんですかっ!」
「遊んでくる!!」
「げええ!!こっちくんなよお!!」

 びゃっと獅子の姿で尾を振り回す。疲れ果てたサディンがこれ幸いと言わんばかりにミハエルのもとにかけてくる。まるで席を譲るようにシスが立ち上がれば、青褪めた顔でサディンを見た。

「やべえよ、子犬ちゃんメンタル強すぎ。モツみてもへっちゃらよ。」
「当たり前だろ。ミハエルは人の内臓慣れてるしな?」
「あ、はい。」
「あー…そういえば先生が解剖したんだっけか?」

 スミレの件でそういえばと思いだしたらしいジキルが、関心したように頷く。どうやら最近見なかったのは群れに挨拶をしに行ってたかららしい。マリーを連れて実家に帰っていたというので、てっきり結婚でもするのかと思ったのだが、それは違うと言われた。

「なんだえ、めでてえラッシュだと思ったのに。」
「めでてえラッシュ?」
「ミハエルせんせー、団長のベビー妊娠してんだよ。お前いないときに色々あったんだからな?」
「はああ、まじで!?」

 カルマの言葉に、ジキルが素っ頓狂な声を上げた。余程驚いたらしい、その喧しい反応で周りのものは何事かと反応をしたのだが、それも忙しなく他の対象へと意識を切り替える羽目になった。

「ぎにゃあーーーー!!!」
「わはははは!!ほらどうした!!もっと燥がんかばかもの!!」

 ドゴン!と大きな音がしたかと思えば、どうやらサリエルはロンにかまってもらっているらしい。ロンが召喚したであろう大きな獅子の化け物が、サリエルによってえらい目にあっている。しかし、その獅子の魔物はよくよくみるとサリエルの本性に見えないでもない。ミハエルが慌てて立ち上がると、サディンが手で制した。

「サリエルの毛をやって、あのぬいぐるみを変化させていた。まあ、あいつは自分と遊んでるだけみたいなもんだ。」
「うわぁあやめてえええこわれちゃううう!!」
「で、でも、ロンさん悲鳴あげてますけど…!」
「貴重な神の一部ーーー!!ぎゃああ!!」
「あ、大丈夫そうですね…」

 どうやら召喚した獅子の心配というよりは、せっかくゲットしたサンプルを持ち主によって燃やされる可能性があることに悲鳴を上げているらしい。げんきんな奴である。

「俺は俺と力比べをすることなどないからなあ!!ほら燃えろ!!逃げろ!!消し炭になりたくなければなァ!!」
「めちゃくちゃ生き生きしてる…」

 逃げ回る獅子の魔物の周りで爆発を起こしながら、サリエルが高笑いをする。ロンはそろそろ我慢の限界らしい。もおおお!!とやかましく吠えたかと思うと、左目の異空間収納にずぼりと指を突っ込んだ。そこからビッと音を立てて一本の太い糸を引き抜くと、まるでロンの皮が剥がれるかのようにその身を反転させた。

「でえええええ!?!?」

 カルマの間抜けな悲鳴が上がる。あっという間にロンの体は影よりも濃い漆黒に変わると、そのギラつく赤い瞳をサリエルに向けて、状態異常を放つ。

「俺に恐慌はきかぬよ!」
「知ってる!!」

 ロンの口から紫の炎が上がる。ぴくりと反応をしたサリエルが、飛び退るように跳ね上がった瞬間、背後から大口をあけた獅子の魔物が飛び出てきた。
 先程の怯えは恐慌を重ねがけた事で混乱をしたらしい。見境なく襲いかかるように、先程よりも臆することなく突っ込んでくるその様子に、サリエルはくはりと笑う。

「なるほど、偽物には効くか。」

 指を弾く。サリエルの纏う魔力が、蜃気楼のように揺らいだ。

「僕が勝ったら金の蔦の一部くださいっ!!」
「いやだ!」

 きっぱりお断りをした瞬間、獅子の魔物はどろりと溶けた。サリエルの放つ放熱に耐えられなかったらしい。ロンが吐き出した紫の炎がサリエルを覆うように範囲を広げると、ニヤリと笑ったサリエルが手を差し出した。

「炎で俺に勝てると思うなよ!」

 差し出した手のひらに、ロンの紫の炎がギュルギュルと吸い込まれていく。どうやらもう諦めがついたらしい、ロンが口を閉じると、その黒い両手を頭の後ろにまわしたかと思えば、皮を脱ぐかのようにしてもとの姿に戻る。

「ただの炎じゃないもん!!だはは!!」
「んなっ、」

 ミハエルの目の前で、サリエルの体がブレる。ぎょっとしたのもつかの間で、大きな炎で自身の体を包んだかと思えば、次に姿を表したサリエルの体は、なんとも可愛らしい幼子くらいのサイズまで縮まっていた。


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