こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 石造の通路。進んだ通路脇には看守がいて、背後についてきた獅子のサリエルを見てガタンと音を鳴らして椅子から飛び跳ねた。よほど驚いたらしい。申し訳なさそうにミハエルが謝るので居住まい位はただしたが、その看守はミハエルが何をしにきたかわかると、困ったような顔で頭を軽く下げた。
 
「ミハエル医師、お話は伺っております。貴方も難儀な方だ。まさかこんな囚人のためにご足労なさるとは。」
「寒い中ご苦労様です、囚人のためではありません。理由はどうであれ、裁かれるまでは彼にだって権利はあります。僕はその彼の最後の尊厳を守りに来ただけですので。」
 
 にこりと微笑んで、ミハエルが言う。当たり前のように口にした己よりも年下であろう若い医師に、看守はバツが悪そうに相槌を打つと、腰につけていた鍵の束から、鈍色の一本を取り出した。がちゃんと音を立てて錠が外される。看守と共に中に入ったミハエルは、なんだか厳重だなあと思った。中に入ると、また扉があったのだ。覗き穴のような場所を、そっと覗き込む。なんだか真っ暗でよく分からないな。ミハエルはそっと体を離すと、看守に問う。
 
「薄暗くて、あまりよく見えませんが…、明かりなどはないのですか。」
「え、いやそんな筈は…。」
 
 戸惑った様子の看守に、背後から遅れて歩いてきたジルバが含み笑いを一つ。
 
「覗き込んでいたのだろう。」
「ええ、それは僕が覗き込みましたが。」
「違う、オスカーだ。」
「へ、」
 
 ジルバの灰の目が真っ直ぐに扉を捉える。ミハエルはようやく言われた意味がわかったらしい。ぞわりとした悪寒のようなものを体に走らせると、バクンと嫌な跳ね方をした心臓を宥めるかのように胸を押さえる。
 
 ドアに張り付いて様子を伺っていたのは、オスカーが先だった。ミハエルは、だから何も見えなかったのだ。
 小さな喉仏がコクリと上下する。数度の深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、看守から扉を開けるための鍵を受け取った。
 
「私が開けましょうか。」
「いいえ、貴方は下がっていてください。」
 
 オスカーは、きっと警戒心をむき出しにした状態に違いない。ミハエルはそう推察すると、かちゃんと音を立てて扉を開く。
 ここで看守が姿を見せれば、きっと口は開かない。この状況下で己の自由を奪っている対象は明らかに看守だと認識しているだろうから、関係のないものが中に入る方が、きっといいに決まっている。
 
「……。」
 
 オスカーは、独房のど真ん中で大の字になって寝転がっていた。顔に表情はなく、ただゆっくりと深呼吸を繰り返す。ミハエルが扉を閉じると、指先がピクンと跳ねた。後ろでは看守もジルバも少しだけ慌てた。まさかミハエルが扉をとじるとは思わなかったからだ。
 
「こんにちは。」
「…君の挨拶で、今が昼なのだと知ることができたよ。」
「そうですか、それはよかった。」
 
 オスカーの感情を汲み取れない嫌味のような発言にも、ミハエルは穏やかに返した。倒れていた椅子を立て、そこに腰掛ける。膝を揃えて上品な座り姿勢で寝転ぶオスカーを見ると、ミハエルはゆっくりと語り出した。
 
「オスカー。貴方は今、おいくつですか。」
「俺は今、26歳のはずなんだが、なぜかこうして気がついたら年を重ねていた。」
「怖かったですね、オスカー。突然年齢を重ねたことは、貴方にとってはさぞや衝撃だったでしょう。」
 
 オスカーは、ミハエルの言葉にゆっくりと顔を上げた。訝しげな顔で、目の前の穏やかな顔で語りかけてくるミハエルを見る。
 
「…あんた、名前はなんだ。」

 オスカーの問いかけに、ミハエルは少しだけ悩んだのち、以前付けられた名を語ることにした。リンドウ。そう名を告げたミハエルに、オスカーは小さく笑った。
 
「花の名。俺の店から逃げ出した男も、花の名を付けられていた。」
「俺の店、」
「ああ、馬鹿な男が一人、男娼を追いかけて死んじまった。だから、俺の店にした。」
 
 鼻で笑いながら、オスカーはそういった。おそらくシスの母親である、シラユリが逃げた時のことを話しているのだろう。ミハエルはそうですかと頷くと、オスカーはむくりと起き上がる。
 冷たい床であぐらをかき、ギラギラと光る目でミハエルを見る。口元はにやつき、到底あの時のオスカーと同じ人物だとは思えない顔つきだ。
 
「なあリンドウ。ひどい話だとは思わないか。俺はむしろ被害者だ。友の死を悼んでいただけだってのに気がつけばこんな具合だ。」
「オスカー、可哀想な人。貴方は何も覚えていないのですね。」
 
 ミハエルの可哀想な人、と言う言葉に、オスカーがうっとりとした表情を作る。そうだ。自分は可哀想なのだ。気がつけばここにいて、歳まで重ねていた。何にも状況が掴めないままだって言うのに、労わりの言葉すら誰からももらえない。しかし、目の前の美しい男は労ってくれた。
 そうだ、俺は可哀想な哀れな男なのだと何度も口にすると、四つん這いでミハエルの座っていた膝にとりすがった。
 
「ああ、ああ、あんたは話がわかる。俺は可哀想なんだ。なあ、慰めてくれよ。ここは寒いんだ、訳のわからない罰で殺されんだろう。優しくしてくれよリンドウ…!」
「オスカー…。」
 
 膝を掴んできた手指はあかぎれがひどい。ミハエルは優しくオスカーの頬を両手で包み込むと、汚れた髪を厭わずにそっと指を通して撫でつけた。自分の冷たい手とは違う、柔らかくて小さな手に、そっと頭を撫でられたのだ。オスカーの仄暗い色を見せる瞳がじんわりと潤む。
 
「ああ、暖かいなあ…あんたの手は。なあ、ここは暗いよ。寂しいんだ。なんで俺はここにいる、誰も教えてくれないんだよ、リンドウ。」
 
 小さな手に、オスカーの傷だらけの手が重なって、その大きな手で包み込まれた。ミハエルは幼児のように縋り付くオスカーの手を自身が包むような形に変えると、そっと治癒を施した。
 
「手は正直です。オスカー。この傷は貴方の心の傷でしょうか。どうか、貴方が失ったものを取り戻す手伝いを、僕にさせてください。」
「リンドウ、お前…、俺のことを知っているのかい。」
「ええ、だって僕の名は貴方が付けてくださったのですよ。」
 
 小さく笑って、ミハエルがその手を握りしめる。オスカーの瞳がくらりと揺れると、うっとりとした表情で微笑んだ。
 
「ああ、そうか…俺が付けたのか。そうか…。」
「オスカー、また明日お話をしましょう。明日は手以外を治癒しましょう。また僕とあってくれますか?」
「リンドウ、もちろんだ。ああ、明日が楽しみだなあ…。」
 
 ミハエルの細い指に絡めるかのように、オスカーの手で握り込まれる。まるで離したくないと言わんばかりのそれに、小さな依存を感じ取る。これでいい、ミハエルは嬉しそうに可愛らしく微笑む。
 
 扉が開いて、手を振りながらミハエルを見送るオスカーに、ジルバは怪訝そうな顔をする。独り言を言い続けて、誰にも心を開かなかったオスカーの変化に少しだけ驚いたのだ。
 
「あいつと何を話した。」
「憐れんだだけですよ。懐に入らねば、これは付けさせてもらえない。」
 
 ミハエルがそっとインベントリから取り出したのは、躾用の魔力制御の首輪であった。ミハエルがダラスによってお仕置きをされた時、一切の術の行使を行えずに苦労したのだ。と言うことは、である。
 
「記憶に蓋をしているのが術のおかげなら、その術を使えなくしてしまうのが手っ取り早いでしょう。」
「…お前は、恐ろしく冴えているな。」

 どうやらジルバも思い至らなかったらしい。慌ててサリエルの受け売りだと伝えたが、それでも構わないと誉められた。しかし。
 
「ダラスに似ている。人身掌握術は父親譲りか。」
「へ?父さんにそんな特技ありましたっけ。」
「ああ、まあ俺が若い頃に…、まあ、あいつもぶいぶい言わせていたことがあったのだ。」
 
 気にするなと言うジルバに、ミハエルがキョトンとする。ジルバが若い頃など、当然父は生まれていないはずだと思ったのだが、それ以上は言うつもりはないらしい。気になりはしたが、サリエルがつまらなさそうにその頭をミハエルの手のひらに押しつけてきたので、結局はうやむやになってしまった。
 
 
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