こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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「………。」

 空気が重い。カインは己の執務室で、まるで裁判官のように席に座したまま、机を挟んで向かい合っているサディンとイズナを眺めていた。茶が飲みたいと言ったカインに、腰を浮かせたイズナが制されてしまったせいで、ジキルの入れたクソまずい茶を飲むことになったのも不服だ。おのれサディン。じとりと目線を送りながら、カップを傾ける。

「渋…」
「蒸らし過ぎなんだよ。殿下の場合、この茶葉は濾過式のほうが好まれる。」
「知らねえもんよ、普通に入れるじゃだめなのか。」
「おいまて、まさかティーポットとカップを温めずに入れたのか…、くそ、やはり俺が淹れれば良かった…。」

 眉間にしわを寄せながらカップを傾けるサディンは、その渋さになんとも言えない顔をすると、ちらりとイズナを見た。その様子だと、本当にカインに対しての悪意はないらしい。咳払いをすると、サディンはゆっくりと本題に入った。

「殿下にうまい茶を入れるためにも、素直に話をするのが手っ取り早いよな。イズナ。このままだとお前の席はなくなっちまうぞ。」
「…俺は、」

 サディンの言葉に、くやしそうに顔を歪めたイズナは、膝に乗せていた手のひらをゆっくりと握りしめる。俯いて、しばし逡巡をする。何から言おうか考えているようだった。
 やがて気持ちを切り替えたらしい、イズナは先程とは違う、目上の者に対する丁寧な口調で話しだした。

「ミハエル殿のことは、申し訳ありません。」
「……。」
「俺が、ここに来た動機からお話します…。」

 イズナの謝罪に無言で返したのは、それは直接本人に言えという意味合いも含めてだ。前置きにそれを持ってきたということは、恐らくそこまで見越していなかったのだろう。愚かな男だ、そこまで策略する地頭があるなら、何故ミハエルが選ばれたときに止めなかったのか。と思い、ああ、止められなかったのだと理解した。

「俺は彼処の娼館から連れ出されました。弟と。」
「まて、お前とヨナハンは兄弟なのか?」
「ともに育ってきたのです。例え腹が違おうと、あれは俺の弟です。」
「義兄弟ってやつ?ふうん、…娼館から連れ出された。」

 復唱をしたサディンの後ろで、マリーが引き攣った声を上げた。ガタンと音を立てて背後の棚にぶつかると、その赤い瞳を見開いてイズナを見つめる。

「おまえは、」
「イズナ、お前が連れ去られたときは3人じゃなかったか。」
「ああ…、途中で一人は連れてかれて…、待ってください…そんな、嘘だろう…」

 口を抑えて絶句するマリーを見つめていたイズナの表情が、徐々に驚愕に染まっていく。イズナはずっと、もう一人は居なくなってしまったと思っていた。孤児院で三人引き取られ、そして気づけば二人しかいなかった。ああ、きっと見つかってしまったのだ。そうして、3人目の子供は魔物に食われたと、そう思っていた。

「まて、まさか…」
「ぼ、ぼくは…っ、」
「…いや、違うな…、そこではないな…、生きていて嬉しいが、理由はそれだけじゃないんだ…。」

まさか、戻っていただなんて。イズナはくしゃりと前髪を握るように俯くと、声を震わした。マリーは小さく震える手をそっと伸ばす。イズナのもとによろよろと近づくと、その横にひざまずいて膝に手を添えた。

「よ、ヨナハンは、なんであの娼館にきたの…、」
「マリー、怯えさせてすまない。…サディン団長。貴方は疑問に思ったことはありませんか。」
「疑問?」
「ええ、例えば。あの魔物の出どころとか。」

 イズナの目は真っ直ぐにサディンを見た。マリーの問いが関係しているということだろうか。己よりも小柄な半魔のマリーを見て、イズナは少しだけ泣きそうになっていた。

「…ナーガと契約していたのは、マイアだな。それを加味してもマリーの父親が魔物を使って孕ませたのなら、その契約者は父親だろう。なら、」
「ワーウルフは、ここらへんにはいない魔物です。」

 イズナは淡々と語る。いわく、二人が孤児院を出たのは、引き取られたからではないという。その孤児院の長である女が言っていた、自分達は忌諱されるものなのだと。ヨナハンもイズナも、ここらではとんと見ない魔物の血を引いている。だからきっと、あれは貴族の戯れで孕まされたに違いないと。

 貴族の戯れ。その頃、奉仕活動の一環で出入りをしていた貴族といい仲になったという、その孤児院務めの女が聞いたのは、特定の貴族のみしか出入りのできないオークションがあるということだった。そして、そこにはめったにお目にかかれぬ魔物がいると言う。それを聞いて、イズナは思い至った。
 なる程、俺は望まれて生まれてきたのではないということを。

「俺たちは、競りにかけられた魔物を親に持つんだって、ようやく理解した。ヨナハンがわざわざオスカーの元で働くことになったのはそれを探るためだ。ワーウルフも、テウメシアンも、異国の魔物だしな。そして、それを競り落とした中に、マリーの父親もいたということも、俺たちは調べ上げた。」
「…ああ、そうか。ならお前がわざわざ城に入り込んだのは、俺たちを使って検挙しようって腹だったのか。」
「巻き込んだのは済まない、でも、あの娼館を潰すには万全を期さなくてはいけなかった。バックには貴族が付いている。長く凝り固まった膿の塊さ。」

 イズナの話を聞いているうちに、サディンもカインも、そして蜘蛛の巣の二人も渋い顔をする。まったく、なんて策略家だ。狡猾な狐の魔物の血はしかと引き継がれている。その地頭の良さで生き抜いてきただけはあるなと思った。
 イズナは城の中から采配をし、ヨナハンは信頼を得て、内側から城のものを手引する。
 異母兄弟でも、息のあった連携は悔しいことにサディン達を翻弄させた。全くもって腹が立つ。しかし、真実を語ったイズナはというと、その瞳に哀しみの色を宿しながらカインを見る。


「イズナ…」
「カイン殿下、イズナは確かにそういった下心ありきで貴方様に侍りました。しかし、この身を捧げ尽くしたいと思えるお方は御身のみ。信じてくれぬとは思います。ですが、」
「イズナ。」
「は、」

 頭の痛そうな顔をしたカインは、かくんと項垂れると、聞いたこともないような重い溜め息を吐いた。まるで一月分の疲れを吐き出すかのようなそれに、イズナの顔色はサッと悪くなった。

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