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「うひゃひゃ!!や、やべえっ、んな、つ、つくるっ、ぐふっ、」
「これのどこが笑い事だというのだ馬鹿者がー!!!」
「ひんっ…」

 顔を真っ赤にして怒るダラスと、相反するように息ができないほど大笑いをするエルマー。ミハエルだけが熱で顔を赤くしながら床に正座をしたままハラハラと泣いていた。

 サディン達が階段を駆け上がって、真っ先に目にした物。それは前述の通りのミハエルの決意の現れだったのだが、その場はまさにカオスと化していた。確かにダラスがドアに施していた術は消え去ったのだが、斧の重みで鈍い音を立てて両開きの扉がドシンと倒れたあと、大笑いをしたサリエルがぷよぷよ浮きながら姿を表したものだから、その場にいたダラスもルキーノも卒倒しそうになったのだ。
 
「い、愛し子になったのなら真っ先に親に言いなさい!!」
「はい…」
「ミハエル!!おま、おまえ!!魔力制御したからって陣まで構築するほどか!?そんなに監禁が嫌だったのか!?」
「監禁は誰だって嫌だろお。ぶひゃ、っ、んぐっ、すまん。」
「うぇっ…ぅー…ご、ごぇんあさ…」

 ルキーノまでも、報連相をしなさいと怒る。エルマーはまだ笑いが引きずっているらしい。サディンはミハエルの隣に寄り添うようにお座りをしながら、ひぐひぐと泣くミハエルを慰めるように顔を覗き込む。

「はああ…、俺はお前に反省をさせるつもりで部屋から出さなかったのだがな…」

 頭が痛そうに言ったダラスの言葉が上から降ってくる。サリエルはというと、ようやく笑いの人心地がついたらしい。ミハエルのベッドに横になったまま、面白そうにサディンを見つめていた。こいつ、なんで姿を隠すのだろうなあと思いながら。
 ミハエルは、慰めるように寄り添ってくれる見慣れない魔物の温もりを横に感じながら、手の甲にポタポタ涙を溢しながら言う。

「だ、だって…ぼ、僕のせいで、サディンに迷惑かけたくない…っ…」
「お前はサディンにっ、」
「僕が犯されたのはサディンじゃない!!」

 悲鳴混じりの声が部屋に響いた。その言葉に、エルマーも、ダラスも、ルキーノも、言葉が出てこなかった。ミハエルはごしごしと目を擦ると、目を見開いて動きを止めたダラスをまっすぐに見つめ返す。

「ぼ、僕が魔物に…っ、おっ、」

 バウッとサディンが吠えた。ミハエルに続きを言わせまいとしているらしい。エルマーはその様子を黙って見つめると、ミハエルが話すのを邪魔しようとするサディンのリードをぐいっと引いた。

「お、お前…な、にを…」
「っ、僕は、魔物に犯されました。サディンではありません。」
「み、ミハエル…そ、れは…」

 震える声は、ルキーノのものである。サディンはまるでリードを振り切るかのように暴れながら首輪を引き抜くと、床板に爪を擦らせながらミハエルに駆け寄った。

「ウゥッ!!」

 まるで抗議するかのように唸る魔物に、ミハエルは宥めるようにこしこしと頭を撫でた。サディンの金眼には困ったように笑うミハエルの姿が写っている。その表情が、瞬きとともに変化する。何かを決めたかのような、そんな揺るぎない瞳であった。

「僕が、お願いしたんです。」

 小さな声で呟かれた。ダラスは顔を真っ青にしたまま、はくりと唇を戦慄かせる。ひどく喉が渇く。愛息子から告げられた事実は、最も恐れていたことであった。
 しかしミハエルは、親の前だからこそ気丈であった。ゆるく微笑むと、まるでなんてことないとでも言うように言葉を続ける。

「僕の自業自得です。でも、あまり覚えていないんです。だから、それなら好きな人に僕の初めてを塗り替えてもらおうと思ったんです。」

 ミハエルはそう言うと、寝間着の裾をきゅっと握りしめた。後でもしないと、震えてしまいそうだったのだ。この事実を口にする勇気を持てた。それは、ひとえにサディンのためにほかならない。好きな人を困らせたくない。なによりも、ミハエルを守るために自分を貶めるような優しさは、やはり許せなかったのだ。

「お父さん、僕は…みんな大好きで、大切です。でも、でもね…や、やっぱり…っ、さ、サディンが…っ…」

 サディンが好きだ、切羽詰まって、後先考えずに、こうして行動に移してしまうくらいには。認めろとは言わない、でも、応援はして欲しい。成就したらいいなと思うけれど、元々一度きりの約束だ。きっと、ミハエルは二度とサディンには触れてもらえない。

「一度きりって、約束したんです。だ、だから…だから、お、思い出がほしくて…。僕よりも、ずっと大人なサディンに、優しくされたあの夜だけは…僕は、わ、忘れたくない…。」

 ぼたりと大粒の涙が零れた。愛息子の切ない言葉に、ルキーノは胸が張り裂けそうだった。ああ、やはりサディンはミハエルのトラウマを掘り起こさない為に、こうして偽りを述べたのだ。ちらりとサディンを見た。まるで表情を隠すかのように静かにうつむいまま、沈黙を守る。

 ダラスが、言葉を発さないままミハエルに近づいた。握りしめた手のひらをそっととると、その細い体を引き寄せてきつく抱きしめた。大きな手は頭を支えるようにして肩口に顔を埋めさせる。熱いミハエルの呼気は、涙とともに肩で受け止めた。
 張り裂けそうだ。なんで、こんなに己の知らぬ間に気持ちを育んでしまったのか。ダラスは悔しかった。愛息子を親友に取られてしまった気がして、ただ悔しかった。

「事実は、覆らん。お前の気持ちがどうであれ、俺の息子に手を出したのはあいつだ。」
「でも、っ…」
「わかった、わかったから。もう、…ああ、俺も人のことは言えぬな…」

 この大人しく、素直なミハエルを、こんなふうに変えてしまったサディンに腹が立つ。それよりも一番腹が立ったのは、サディンが慮ったミハエルの本当を、ダラスが言わせてしまったことだった。

「お前の気持ちは、もうわかったから、」
「う、うぅ…、うぇ、っ…」
「たく、お前は男の趣味が悪いぞ。一体誰に似たのだ。」

ひっく、と嗚咽混じりに泣いているミハエルの頭を、エルマーが撫でる。一途な気持ちをぶつけるミハエルに、サディンの親として思うところがあったのだ。

「間違いなく、ルキーノだろうなあ。」
「おいエルマー、それは一体どういう意味だ。」
「あはは、んなもんルキーノが一番わかってるだろうよ。」

 エルマーの言葉に、ルキーノは苦笑いをしながら肩をすくめた。ダラスだけは不服そうであったが、否定する要素がないのもまた事実だ。
 全てを語り終えたミハエルの横に、サディンがつく。まるで労るかのように柔らかな手のひらに鼻先を押し当てると、ぺしょりと舐める。
 
 そばにいるのに、抱きしめてやれないことがこんなにももどかしい。もしかして、これも含めてのお仕置きなのだとしたら、もう、充分に堪えた。うるる、と喉が鳴る。獣だから涙は出ないはずなのに、サディンはちょっとだけ泣きたかった。








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