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「いやだ…っ、なんでこんな…、父さん…!」
悲鳴混じりのミハエルの声が家の中に響いた。あの後家に連れ戻されたミハエルは、ひどく苛立った様子のダラスによって、部屋の中から一歩も出るなと命じられた。あの優しい父が、初めてミハエルの頰を張ったのだ。ルキーノは止めに入ったが、ミハエルが制した。
頬を張られるくらいで済むのなら、構わないと思ってしまったのがいけなかった。それが余計に火に油となり、ダラスはその怒りをサディンにまで向けてしまった。ことの真相を説明しようにも聞く耳を持たぬ父に、ミハエルはただ自室の中で仁王立ちをするダラスを見上げることしかできない。
「お前はしばらく部屋から出るな。せめてお前の熱が下がるまでは俺が許さん。」
「サディンは…!サディンは悪くないんです!僕がっ!」
「黙れと言っている!!お前が怪我をしたと聞いて、慌ててエルマーの家に行けばお前もサディンもいなかった、俺が一体どれだけ心配したと思っている…!」
ダラスの声色は、今まで聞いたこともないくらいの怒気が含まれていた。娼館に潜入というだけでも心配で仕方がなかったというのに、蓋を開けてみれば信頼をしていた友人によって、自分の息子を犯された。ダラスの怒りは最もだった。いくらミハエルが、あれは同意だったと言っても、世間はそれを許さない。ダラスの顔は哀しみにも染まっていた。ミハエルは、違うと大きな声で否定をしたかった。それでも、言葉は紡げなかった。今、口をついて出そうな言葉は、どれも幼稚な駄々ばかり。馬鹿なことをしたのだ。自分は、親を傷つけたのだ。ミハエルは思いを遂げた。しかしそれが己の自己満で、周りの迷惑を考えもしなかった行動だということがひどくショックでならない。
その事実を正面からミハエルに突きつけたダラスの言葉は、とても鋭利だった。
「もう、あいつには近づくな!お前が俺のいうことを聞かぬというのなら、あいつには城から出ていってもらう…!」
「っ、父さんの一存でサディンが騎士団を辞めるだなんて、一体なんの権利があってそんなことを言うの!」
「息子が友人に抱かれて、黙っていられるとでも思うのかミハエル!!」
「父さん、だからそれは…っ!」
「お前には、しばらくは不自由してもらう。俺の許しが出るまではそれをつけて過ごせ!反省をしろ!!」
ダラスが指を鳴らした瞬間、ミハエルの首には魔力の制御装置がシュルリと絡まった。ただの黒いチョーカーに見えるそれは、ミハエルが術を行使しようとしても魔力の集まりを霧散させてしまうものだ。躾用に作られたそれを、まさか実の父親から使われるとは思わず、ミハエルはひどく傷ついた顔をした。
「嫌だ…っ!外してください!」
「黙れミハエル。お前の態度次第だということを、ゆめゆめ忘れるな。」
「とうさ、っ!」
重く、鈍い音を立てて扉が閉まる。よほどの力で締めたのだろう、思わず肩をすくめてしまうような大きな音だった。
扉の向こう側で、ミハエルの啜り泣く声が聞こえる。ダラスは目の前が真っ赤に染まってしまいそうな怒りのまま、勢いに任せて拳を振り上げた。信じていた。あいつだから任せると決めたのに、その信頼を棒に振るったのだ。
「クソッタレが!!」
叩きつけた廊下の壁に、小さな皹が走る。そのままずるずると通路にしゃがみ込むと、ダラスは頭を抱えるようにして髪を両手で乱した。一体どうしろというのだ。
あの時の光景が蘇る。身重のルキーノを残して、慌てて駆けつけた。しかし、ミハエルがいたという部屋に残っているのはサディンの魔力の残滓だけだったのだ。ミハエルが起きない限りは自分から部屋なんて出ないだろう。消耗していたらしいことから、ただただ心配だった。
戻った城の医術局にもおらず、散々探し回った。もしやと思って兵舎に向かえば、サディンはまだ兵舎に帰ってきていないという。そんなわけあるかと部下らしき人物を捕まえて問いただせば、部屋にいることがわかったのだ。俺の息子を、看病するから。そう言ってこもったらしい。
そこからは、もう、怒涛だった。
「兄さん、」
「……なんだ。」
壁に額を擦り付けるようにしてうずくまっていれば、最愛の弟でもあり、妻でもあるルキーノが静かに声をかけてきた。戸惑ったように瞳を揺らしながら、息子とよく似た容姿でそっとダラスに駆け寄るものだから、つい渋い顔でたしなめる。
「駆けるな、安定しているとはいえ孕んでいるのだぞ。」
「ミハエルは…、」
「部屋からは出さん。せめてあいつの熱が下がるまではな。」
「…やりすぎなのでは。」
「ならば許せというのか。」
ルキーノの言葉に。被せるように言った。普段通りとは程遠い夫の口調に小さく息をのむ。まるで、ミハエルが誘拐された時の怒りと似ている。ルキーノはゆるゆるとダラスを抱きしめた。こんなにも息子を愛しているからこその怒りだということは、痛いほどわかったからだ。
傷つかなければいいなと思う。ダラスがミハエルに行った罰によって、この優しい夫が後から傷つかないように、ルキーノだけは中立でいなくてはと思った。
「サディンからも、話を聞かねばなりません。」
「あいつの名を口にするな、ルキーノ。」
「もう、」
抱きしめて、宥めすかしてもすぐに不機嫌になってしまう。ルキーノは小さくため息を吐くと、この火種は早いうちに鎮火しなくてはと思う。ミハエルもあなたに似て頑固ですから。そう小さく呟くと、思い当たる節があったらしい。ぐう、と唸ってルキーノを抱きしめる腕の力が強まった。
互いに引きどころを見失ってしまった今は、そっとしておくほかはない。ルキーノは己の肩口に顔を埋めて落ち込み始めたダラスの背中を撫でながら、貴方は兄と父上のような頑固者にならないでくださいねと、腹の中の我が子に語りかけた。
悲鳴混じりのミハエルの声が家の中に響いた。あの後家に連れ戻されたミハエルは、ひどく苛立った様子のダラスによって、部屋の中から一歩も出るなと命じられた。あの優しい父が、初めてミハエルの頰を張ったのだ。ルキーノは止めに入ったが、ミハエルが制した。
頬を張られるくらいで済むのなら、構わないと思ってしまったのがいけなかった。それが余計に火に油となり、ダラスはその怒りをサディンにまで向けてしまった。ことの真相を説明しようにも聞く耳を持たぬ父に、ミハエルはただ自室の中で仁王立ちをするダラスを見上げることしかできない。
「お前はしばらく部屋から出るな。せめてお前の熱が下がるまでは俺が許さん。」
「サディンは…!サディンは悪くないんです!僕がっ!」
「黙れと言っている!!お前が怪我をしたと聞いて、慌ててエルマーの家に行けばお前もサディンもいなかった、俺が一体どれだけ心配したと思っている…!」
ダラスの声色は、今まで聞いたこともないくらいの怒気が含まれていた。娼館に潜入というだけでも心配で仕方がなかったというのに、蓋を開けてみれば信頼をしていた友人によって、自分の息子を犯された。ダラスの怒りは最もだった。いくらミハエルが、あれは同意だったと言っても、世間はそれを許さない。ダラスの顔は哀しみにも染まっていた。ミハエルは、違うと大きな声で否定をしたかった。それでも、言葉は紡げなかった。今、口をついて出そうな言葉は、どれも幼稚な駄々ばかり。馬鹿なことをしたのだ。自分は、親を傷つけたのだ。ミハエルは思いを遂げた。しかしそれが己の自己満で、周りの迷惑を考えもしなかった行動だということがひどくショックでならない。
その事実を正面からミハエルに突きつけたダラスの言葉は、とても鋭利だった。
「もう、あいつには近づくな!お前が俺のいうことを聞かぬというのなら、あいつには城から出ていってもらう…!」
「っ、父さんの一存でサディンが騎士団を辞めるだなんて、一体なんの権利があってそんなことを言うの!」
「息子が友人に抱かれて、黙っていられるとでも思うのかミハエル!!」
「父さん、だからそれは…っ!」
「お前には、しばらくは不自由してもらう。俺の許しが出るまではそれをつけて過ごせ!反省をしろ!!」
ダラスが指を鳴らした瞬間、ミハエルの首には魔力の制御装置がシュルリと絡まった。ただの黒いチョーカーに見えるそれは、ミハエルが術を行使しようとしても魔力の集まりを霧散させてしまうものだ。躾用に作られたそれを、まさか実の父親から使われるとは思わず、ミハエルはひどく傷ついた顔をした。
「嫌だ…っ!外してください!」
「黙れミハエル。お前の態度次第だということを、ゆめゆめ忘れるな。」
「とうさ、っ!」
重く、鈍い音を立てて扉が閉まる。よほどの力で締めたのだろう、思わず肩をすくめてしまうような大きな音だった。
扉の向こう側で、ミハエルの啜り泣く声が聞こえる。ダラスは目の前が真っ赤に染まってしまいそうな怒りのまま、勢いに任せて拳を振り上げた。信じていた。あいつだから任せると決めたのに、その信頼を棒に振るったのだ。
「クソッタレが!!」
叩きつけた廊下の壁に、小さな皹が走る。そのままずるずると通路にしゃがみ込むと、ダラスは頭を抱えるようにして髪を両手で乱した。一体どうしろというのだ。
あの時の光景が蘇る。身重のルキーノを残して、慌てて駆けつけた。しかし、ミハエルがいたという部屋に残っているのはサディンの魔力の残滓だけだったのだ。ミハエルが起きない限りは自分から部屋なんて出ないだろう。消耗していたらしいことから、ただただ心配だった。
戻った城の医術局にもおらず、散々探し回った。もしやと思って兵舎に向かえば、サディンはまだ兵舎に帰ってきていないという。そんなわけあるかと部下らしき人物を捕まえて問いただせば、部屋にいることがわかったのだ。俺の息子を、看病するから。そう言ってこもったらしい。
そこからは、もう、怒涛だった。
「兄さん、」
「……なんだ。」
壁に額を擦り付けるようにしてうずくまっていれば、最愛の弟でもあり、妻でもあるルキーノが静かに声をかけてきた。戸惑ったように瞳を揺らしながら、息子とよく似た容姿でそっとダラスに駆け寄るものだから、つい渋い顔でたしなめる。
「駆けるな、安定しているとはいえ孕んでいるのだぞ。」
「ミハエルは…、」
「部屋からは出さん。せめてあいつの熱が下がるまではな。」
「…やりすぎなのでは。」
「ならば許せというのか。」
ルキーノの言葉に。被せるように言った。普段通りとは程遠い夫の口調に小さく息をのむ。まるで、ミハエルが誘拐された時の怒りと似ている。ルキーノはゆるゆるとダラスを抱きしめた。こんなにも息子を愛しているからこその怒りだということは、痛いほどわかったからだ。
傷つかなければいいなと思う。ダラスがミハエルに行った罰によって、この優しい夫が後から傷つかないように、ルキーノだけは中立でいなくてはと思った。
「サディンからも、話を聞かねばなりません。」
「あいつの名を口にするな、ルキーノ。」
「もう、」
抱きしめて、宥めすかしてもすぐに不機嫌になってしまう。ルキーノは小さくため息を吐くと、この火種は早いうちに鎮火しなくてはと思う。ミハエルもあなたに似て頑固ですから。そう小さく呟くと、思い当たる節があったらしい。ぐう、と唸ってルキーノを抱きしめる腕の力が強まった。
互いに引きどころを見失ってしまった今は、そっとしておくほかはない。ルキーノは己の肩口に顔を埋めて落ち込み始めたダラスの背中を撫でながら、貴方は兄と父上のような頑固者にならないでくださいねと、腹の中の我が子に語りかけた。
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