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しくじったなあと思った。自分の体に戻った後、シスはベットに寝かされていた。確か、自分は扉を背にして寝ていたというのに、これは一体どういうことか。カタンと物音がする。飛び起きるようにして身を起こすと、鍵を閉めていたはずの扉から、館の主が顔を出した。
「鍵閉めてたはずなんだけどなあ。」
「うん、声をかけてもちっともドアを開けてくれないから、心配になってしまってね。」
なんの悪びれもなくそんなことを宣ったかと思うと、主は手にしていた小瓶をそっとシスが横になっていたベットサイドに置いた。
薄い青の液体が入っている。麻薬、それとも媚薬か、毒薬か。しかしここには妊娠薬という選択肢まであるのだ。シスは無言でその小瓶を睨みつけると、警戒心を強める。
「ユリ、君は子供は好きかい?」
「…唐突すぎるなあ、何でそんなこと聞くのさ。」
「うん、もうすぐこの館で赤ちゃんを引き取ることになっていてね。」
「いやいや、その子にだって親はいるっしょ。そいつに育てさせればいいじゃん。」
「うん、でもそういう契約だから。」
にこりと微笑みながらそんなことをいう。シスは意味がわからないといった具合に眉を顰めると、主はキシリと音を立ててベッドに腰掛けた。
「赤ちゃんって、もしかしてスミレの子?」
「そう、父親の下にはもう、別の子をあてがったからね。」
その子が無事孕んでくれたらいいんだけど。そう言葉を続けた主に、シスは小さく息を呑んだ。新しい子。もしかしてそれは、ミハエルのことなのだろうか。半魔の赤子を引き取るのは契約?ならスミレはどうなったのか。子育て中といっていたはずなのに、なんでわざわざ子だけ親から引き離すようなことをするのだろうか。
嫌な予感が、まるでじわじわと布地に染み込むかのように広がっていく。よく考えたら、シスはここにきてスミレの写真を見たことがない。小さな違和感、子と呼ぶ男娼の幸せを願うくらい愛情を込めて育てているのに、なぜここには彼らの写真が一枚もないのか。
「お父さん、僕の記憶違いじゃなければ、スミレは子育て中って聞いてたはずだけど…。」
「…うん、そうだね。ああ、余計なこと言っちゃったかなあ。」
「ねえ、スミレは生きてるんだよね…?」
シスの問いかけに、主は小さく口をつぐんだ。穏やかな瞳がシスを映す。戸惑ったような顔をした目の前の男娼を見て、主は小さく吹き出して、笑うかのような声色で言った。
「死んだよ。」
端的に、そう一言だけを告げる。穏やかな笑顔が気味の悪いものに見えてくる。シスはゆっくりと深呼吸をすると、真っ直ぐに主を見た。もう取り繕うのはやめたらしい。主人の声色が変わる。きっと、ミハエルを引き剥がしたのは、シスに邪魔されるのを防ぐためだったのだ。
「怖いなあ、そんな顔しないでよ。今日は君にプレゼントがあるんだ。」
「お父さん、リンドウどこやった。」
「これはね、とっておきの美容薬だよ。ユリ、君にはもっと綺麗になってもらはなくてはね。」
「リンドウをスミレの後釜にしたんだろ。」
シスの声に怒気が滲んだ。差し出された小瓶を手で弾き飛ばすと、その胸ぐらを強く掴んでベットの上に引き倒した。スプリングが軋む。馬乗りになったシスを見上げる形になった主は、その表情を恍惚に染めた。
「ユリ、ああ、君は顔以外はまったく似ていないなあ。」
「…あ?何わけわかんないこと言って、」
「偶然かな。ユリと瓜二つの男娼がいたことを思い出して、つい懐かしんでしまったよ。」
「…てめぇ…。」
くつくつと笑いながら、優しくシスの頬を撫でる。主はまるで過去を重ねるようにシスの腰を掴むと、まるで戯れるかのようにしてその細い身を突き上げた。
「やめろ、てめえのオナニーに付き合うつもりはねえんだよ。」
「ああ、もう随分と昔だよ。こんなふうに、彼を抱きたかったなあ。ねえユリ、」
「呼ぶな、うるせえ。」
「ユリ、お前はママの復讐に来たのかな?」
「うるせえって言ってんだろ!!!!」
まるで吠えるかのような強い声色でシスが怒鳴る。その身は一気に褐色に染め上がり、明確な怒りがシスの体を支配した。半魔の本性を表した姿に、あははと笑う。殺されるかもしれないという疑いは微塵もないらしい。怒りに身を任せて振り下ろした手のひらが主の眼鏡を遠くに弾き飛ばした時、騒ぎを聞きつけたマリーが大慌てでシスの部屋に駆け込んできた。
「ユリ!!何やってんの!!」
「うるせぇくんじゃねえよ馬鹿!」
「マリー、ご挨拶なさい。お前もシラユリにお世話になったでしょう。」
シスがマリーに気を取られた瞬間、その細首をガシリと掴まれた。長い爪でその腕を掴み返すと、引き剥がすつもりで爪をめり込ます。強い力に爪を立てようとした瞬間、マリーがポツリとつぶやいた。
「シラ、ユリ…、え、…」
「お前の育ての親の息子だよマリー!ユリはシラユリの血を引いている!」
ギリ、と腕の力が強まる。まるでシスの足掻きなど気にもせずといった様子で、その体を組み敷くと、まとっていた薄布をそのまま奪うかの用に剥いだ。
「ぐっ、んのやろ…!」
「僕の、僕のママはどこなのユリ!?」
「ああ!?」
悲鳴混じりにマリーが叫ぶ。シラユリ。その名はマリーのことを育ててくれたあの男娼の名であった。訳のわからぬことを言うマリーに、シスの声が荒くなる。指先に麻痺の効果を持つ術を纏わせると、シスは己の上に跨がっている主の脇腹め掛けて思い切り突き刺そうとした時だった。
「ユリ、ずるいよ…!」
「っ、ーーーーーー!!!」
悲鳴混じりのマリーの声とともに、シスの右肩に強い衝撃が走る。突然熱湯をかけられたかのような焼けるような痛みに身をこわばらせると、その隙をつかれて腕を術で拘束された。
「ああ、かわいそうなマリー。ユリ、お前がマリーの大切を取り上げてしまうからいけないんだよ。」
「ま、りー…!!っお、前…!」
ヒック、まるで小さい子が愚図るかのようにマリーは泣く。シスが抱いて寝ていたはずの長剣で、深々と薄い肩を貫いたマリーは、その瞳の色を暗くしながら、シスを覗き込んだ。
「マリーから、ママを取らないで、」
ざわりとマリーの魔力の質が変わった瞬間、肉を穿った長剣が勢いよく引き抜かれた。血飛沫が飛ぶ。青白い輝きを放ち、シスの血を纏うその一振りが、マリーの細腕によって再び振り下ろされようとした。
「鍵閉めてたはずなんだけどなあ。」
「うん、声をかけてもちっともドアを開けてくれないから、心配になってしまってね。」
なんの悪びれもなくそんなことを宣ったかと思うと、主は手にしていた小瓶をそっとシスが横になっていたベットサイドに置いた。
薄い青の液体が入っている。麻薬、それとも媚薬か、毒薬か。しかしここには妊娠薬という選択肢まであるのだ。シスは無言でその小瓶を睨みつけると、警戒心を強める。
「ユリ、君は子供は好きかい?」
「…唐突すぎるなあ、何でそんなこと聞くのさ。」
「うん、もうすぐこの館で赤ちゃんを引き取ることになっていてね。」
「いやいや、その子にだって親はいるっしょ。そいつに育てさせればいいじゃん。」
「うん、でもそういう契約だから。」
にこりと微笑みながらそんなことをいう。シスは意味がわからないといった具合に眉を顰めると、主はキシリと音を立ててベッドに腰掛けた。
「赤ちゃんって、もしかしてスミレの子?」
「そう、父親の下にはもう、別の子をあてがったからね。」
その子が無事孕んでくれたらいいんだけど。そう言葉を続けた主に、シスは小さく息を呑んだ。新しい子。もしかしてそれは、ミハエルのことなのだろうか。半魔の赤子を引き取るのは契約?ならスミレはどうなったのか。子育て中といっていたはずなのに、なんでわざわざ子だけ親から引き離すようなことをするのだろうか。
嫌な予感が、まるでじわじわと布地に染み込むかのように広がっていく。よく考えたら、シスはここにきてスミレの写真を見たことがない。小さな違和感、子と呼ぶ男娼の幸せを願うくらい愛情を込めて育てているのに、なぜここには彼らの写真が一枚もないのか。
「お父さん、僕の記憶違いじゃなければ、スミレは子育て中って聞いてたはずだけど…。」
「…うん、そうだね。ああ、余計なこと言っちゃったかなあ。」
「ねえ、スミレは生きてるんだよね…?」
シスの問いかけに、主は小さく口をつぐんだ。穏やかな瞳がシスを映す。戸惑ったような顔をした目の前の男娼を見て、主は小さく吹き出して、笑うかのような声色で言った。
「死んだよ。」
端的に、そう一言だけを告げる。穏やかな笑顔が気味の悪いものに見えてくる。シスはゆっくりと深呼吸をすると、真っ直ぐに主を見た。もう取り繕うのはやめたらしい。主人の声色が変わる。きっと、ミハエルを引き剥がしたのは、シスに邪魔されるのを防ぐためだったのだ。
「怖いなあ、そんな顔しないでよ。今日は君にプレゼントがあるんだ。」
「お父さん、リンドウどこやった。」
「これはね、とっておきの美容薬だよ。ユリ、君にはもっと綺麗になってもらはなくてはね。」
「リンドウをスミレの後釜にしたんだろ。」
シスの声に怒気が滲んだ。差し出された小瓶を手で弾き飛ばすと、その胸ぐらを強く掴んでベットの上に引き倒した。スプリングが軋む。馬乗りになったシスを見上げる形になった主は、その表情を恍惚に染めた。
「ユリ、ああ、君は顔以外はまったく似ていないなあ。」
「…あ?何わけわかんないこと言って、」
「偶然かな。ユリと瓜二つの男娼がいたことを思い出して、つい懐かしんでしまったよ。」
「…てめぇ…。」
くつくつと笑いながら、優しくシスの頬を撫でる。主はまるで過去を重ねるようにシスの腰を掴むと、まるで戯れるかのようにしてその細い身を突き上げた。
「やめろ、てめえのオナニーに付き合うつもりはねえんだよ。」
「ああ、もう随分と昔だよ。こんなふうに、彼を抱きたかったなあ。ねえユリ、」
「呼ぶな、うるせえ。」
「ユリ、お前はママの復讐に来たのかな?」
「うるせえって言ってんだろ!!!!」
まるで吠えるかのような強い声色でシスが怒鳴る。その身は一気に褐色に染め上がり、明確な怒りがシスの体を支配した。半魔の本性を表した姿に、あははと笑う。殺されるかもしれないという疑いは微塵もないらしい。怒りに身を任せて振り下ろした手のひらが主の眼鏡を遠くに弾き飛ばした時、騒ぎを聞きつけたマリーが大慌てでシスの部屋に駆け込んできた。
「ユリ!!何やってんの!!」
「うるせぇくんじゃねえよ馬鹿!」
「マリー、ご挨拶なさい。お前もシラユリにお世話になったでしょう。」
シスがマリーに気を取られた瞬間、その細首をガシリと掴まれた。長い爪でその腕を掴み返すと、引き剥がすつもりで爪をめり込ます。強い力に爪を立てようとした瞬間、マリーがポツリとつぶやいた。
「シラ、ユリ…、え、…」
「お前の育ての親の息子だよマリー!ユリはシラユリの血を引いている!」
ギリ、と腕の力が強まる。まるでシスの足掻きなど気にもせずといった様子で、その体を組み敷くと、まとっていた薄布をそのまま奪うかの用に剥いだ。
「ぐっ、んのやろ…!」
「僕の、僕のママはどこなのユリ!?」
「ああ!?」
悲鳴混じりにマリーが叫ぶ。シラユリ。その名はマリーのことを育ててくれたあの男娼の名であった。訳のわからぬことを言うマリーに、シスの声が荒くなる。指先に麻痺の効果を持つ術を纏わせると、シスは己の上に跨がっている主の脇腹め掛けて思い切り突き刺そうとした時だった。
「ユリ、ずるいよ…!」
「っ、ーーーーーー!!!」
悲鳴混じりのマリーの声とともに、シスの右肩に強い衝撃が走る。突然熱湯をかけられたかのような焼けるような痛みに身をこわばらせると、その隙をつかれて腕を術で拘束された。
「ああ、かわいそうなマリー。ユリ、お前がマリーの大切を取り上げてしまうからいけないんだよ。」
「ま、りー…!!っお、前…!」
ヒック、まるで小さい子が愚図るかのようにマリーは泣く。シスが抱いて寝ていたはずの長剣で、深々と薄い肩を貫いたマリーは、その瞳の色を暗くしながら、シスを覗き込んだ。
「マリーから、ママを取らないで、」
ざわりとマリーの魔力の質が変わった瞬間、肉を穿った長剣が勢いよく引き抜かれた。血飛沫が飛ぶ。青白い輝きを放ち、シスの血を纏うその一振りが、マリーの細腕によって再び振り下ろされようとした。
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