こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 サディンが頭を抱えながらも、取りに行かせた地図とにらめっこをしていたときだった。 

「お前らシスにどんな教育をしているのだ!!!」
「いやぁぁあ!!!」

 突然ぐにゃりとジキルの影が歪んだかと思うと、まるで影が床から引き剥がされるかのようにしてカインが現れた。開口一番に宣ったクレームよりも、その登場の仕方がよほど驚いたらしい。ジキルが情けない悲鳴を上げて自分よりも軽いカルマに抱きついた。

「ぐへぇっ!!」
「カイン殿下、なんでここに、」

 サディンが振り向く。不遜顔なカインの背後で、どたんと大きな音を立ててカルマが転がった。サディンにもそれは見えていたのだが、彼奴等がじゃれ合うのはいつものことであった。カインはあまりのやかましさに一度振り向いて舌打ちを浴びせたあと、その整った顔をぐんと顰めてサディンを見る。

「夢渡りであのバカ者が俺の中に入ってきたのだ!!」
「夢渡…、ああ、そう言えば」
「お前らなんで寝ないのだ!!お陰でこの俺が怠け者扱いされたではないか馬鹿が!!」
「…、すまん。カルマはダンピールだしジキルは人狼だから夜には強いんだ…」

 サディンは単純に体力馬鹿なので三徹までならざらである。眉間寄せた皺の溝を深くさせたカインに、カルマが申し訳無さそうな顔をする。 
 一応シスには蝙蝠を使って伝令しろと言ってはいたのだが、使わなかったということか。

「ん?てことは使えない状況だった?」
「あんだよカルマ。急にんなこと言って、」
「殿下、夢渡ってことはシスが部屋から出られない状況だったってことだ。もしかしたら屋敷の中でなにか起こってんのかも。」
「お前らマジに俺に敬語を使わんな!?ああ、もう構わぬ。俺の癒やしは母君だけだ…」

 苛立ちを隠さぬままのカインのボヤキに、ジキルたちはグレイシス国王って癒やし要員だったっけと閉口した。なんとも言えない顔をしたのも束の間のことである。続くカインの報告に、その場の空気は一転した。

「これはシスから言われたが、ミハエルが連れて行かれた理由は、半魔ではならぬ理由があったようだ。期間は3日、帰宅は…まあ今で言う明日か。采配はお父さんと呼ばせている館の主の判断、おいそんな顔するな。俺だって引いているんだぞ。」

 お父さん。そうカインの口から出た時点で、サディンは整った顔を歪めた。しかし純血にしかできないこと、つまり半魔では駄目だったことということか。貴重な情報だが、まだ決め手にかける。しかし潜入をしたシスがミハエルの行動を読めなかったとなると、この対応はイレギュラーなのだろう。

「くそ、貴族街に入るにしたって手立てが…、なにか真っ当な理由が無くては踏み込むことだって出来ないってのに。」
「団長、とりあえずシス回収できねえかな。このままじゃシスも危ないかもしれない。」
「二手に分かれるか、しかしシスが表に出ないとなると、俺たちが館に乗り込んでいくほかはないな。」

 問題は山積している。難しい顔をしているサディンに、カインはなんとも言えない顔をして口をもごつかせた。

「…貴族街に入る理由。それがあればいいのか。」
「ああ、けどシスが身動き取れない以上問題が発生したのは目に見えている。夢渡まで使ってわざわざ来たということは、怪しい動きはバレるかもしれないというあいつの状況判断故だろう。」
「…貴族街、入れるかもしれんが…、」
「殿下、それはすごく助かるが…なんでそんな渋い顔をするんだ。」

 腕を組み、言い渋る。カインの影渡で館に入るという提案なら却下だが、どうやらそうでもないらしい。カインは絶対に不機嫌になるなよとサディンに一言添えると、胸元からカインのケイデンシーが刻まれたネックレスを取り出した。

「殿下、これなに?出し渋るもんでもなさそうだけど?」
「…これと同じものをミハエルに与えた。」
「へえ、殿下のケイデンシー…を?」

 ジキルは意味がわかっていないらしい。呆気にとられたような顔をするサディンとカルマの様子を見て、取り残されたと思ったのかソワソワとしている。
 カインは気まずそうにゆるゆると顔を背けると、サディンは口を開けたまま呆けたようにカルマを見る。ひどく動揺しているらしい。カルマはぶんぶんと首を振り、初耳だということを示す。ゆっくりとカインに向き直ったサディンは、掠れた声で言った。

「お前ら、できてたのか…?」
「ちがう、俺はあいつみたいに軟弱な男子よりも年上か年下が好みだ。」
「でも、つまりは、」
「ちがう!!時短だ!!」
「じたん、」

 呆けているサディンに、カインは顔を顰める。この男がそんな顔をするだなんておもわなかった。ミハエルの一方的な好意なのだろうと思っていたのだが、どうやらこの様子を見る限りは違うらしい。この男がこんな顔をすると知ったら、あの能天気バカはどんな反応をするのだろう。カインはなんとなくそんなことを思った。
 しかし、こんな時に説明をするのも面倒臭い。カインはサディンに自分のケイデンシーを放り投げて渡すと、ビシリと指を指して言った。

「あのバカは仮初ではあるが俺の許嫁だ。愛情もクソもないし時給だって発生するがな!貴族街のそこに、俺の許嫁を助けに来たとでも宣って乗り込めばあちらとて無下には扱わんだろう。俺に感謝しろよ!悪用したら全員死刑だからな!!必ず返せよわかったか!?!?」
「カイン殿下とせんせーけっこんすんの!?!?」
「うるさいバカ犬!!誰があんな奴と結婚するか!!」
「ええええ!?!?」

 まったく訳のわかっていないジキルに、これ以上茶々を入れるなとカルマが慌てて口を抑える。サディンの手の中にはつるりとした緑の魔石のネックレスが握られている。こんなもの一つでどうにかなってしまうのか。サディンがどうするかと地図を睨んで戦略を練っても、カインのこのケイデンシー一つで道が切り開かれてしまうのだ。胸に燻るざわつきは認めたくなかった。己の力だけで助け出すことができないという事実を示すそれは、その光沢でサディンの心の本音まで晒し上げてしまうようで、ひどく怖かった。



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