こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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ーお前は馬鹿だなあミハエル、俺は待てが出来るいい神だから、お前が良しと言うまでは手を出さんが、あまり見ていて気持ちのいいものではないですよ。
「ぅ、くぁ、あ、あっ…」
ーああ、目が虚ろ。もうあんまり思考ができないだろう。ああ、おバカ。可愛そうなミハエル。
「っぃ、ぃぎ、っ…!」

 びくん、とミハエルの四肢が跳ね上がる。頭の思考は紗がかかったように不鮮明で、その緑の瞳からはぼたぼたと涙をこぼす。シーツの上にはキラキラとした鱗が散らされ、ミハエルは首と肩口から差し込まれたナーガの毒によって、延々と続く甘やかな刺激にのたうち回る事しかできなかった。

 もう、あれから一日が過ぎてしまった。館の中の半地下、アウギュストの巣。そこに体を拘束されたまま連れてこられたミハエルは、あまりの光景に悲鳴を上げた。ああ、正解だった。やはりミハエルの予測通り、薬はここで作られていたのだ。マイアは酷くごきげんであった。アウギュストが珍しく気に入った本日の雌は、実に美しく魔力も豊富だったからだ。
 魔力が豊富なら、孕ませてしまえば質のいい妊娠薬を生成することができる。やはり半魔もいいが、人が一番上等だ。
 マイアの研究室、そこはアウギュストの巣の中にある。透明な板で仕切られた向こう側で、件の雌が己の美しい魔物と背徳的な戯れに興じている。助けてとは言うな。アウギュストはミハエルにそう約束させていた。せっかく耽るのに、そんな野暮を言わないでねと優しく微笑みながら。

 魔物は狡猾だ、あの優しい顔で人を貶して、甚振るのだから。ああ、うつくしい。やはり芸術とはこうでなくては。

「ひ、ぅあ、あーーーー!!」
「うん、耐性がないのかあ。可哀想に、媚薬も知らぬ体には、ナーガの毒はきついだろう。」

 ぷかりと口から吐き出した紫煙。マイアは己のコレクションに囲まれながら、紫煙を燻らす。背後の棚にはドロリとした赤黒い血液が入ったボトルがいくつも並び、そのラベルには週数が書いてあった。
 ミハエルが悲鳴を上げた理由、それはあまりにも非人道的な方法で、妊娠薬が抽出された事実であった。ミハエルは、ダラスから聞いていた。一番早く作るとなると、どんな方法を取ることになるのかと。
 透明な板の向こう側、ミハエルは先程から虚ろな目でずっとその手を伸ばしている。マイアは自分に縋っているのかとさえ思っていた。本当は、背後にある棚に向けて手を伸ばしているのだとは知らずに。

「さ、リンドウ。いい加減痛いのは嫌だろう。俺の唾液を飲んで、ほら。すぐによくなる。」
「ゃ、ゃら…ぃ、いた、ぃの、に…っ、シて、っ…」
「おやまあ。俺は優しくしてやりたいのに、リンドウはマゾヒストなんだね。」

 くふ、と楽しそうにアウギュストが笑う。ミハエルは震える腕でアウギュストの美しい鱗を撫でながら、はくりと唇を震わした。行為が始まる前、ミハエルはサリエルに一つお願いをしていた。
 

ーまったく、お前も随分と自己犠牲が過ぎる。俺はちまちました作業が嫌いなのだけど。 

 ミハエルに言われたこと、それはボトルの中身に熱を加えて効能をなくすことであった。
 衝撃的な光景に、怯えるように崩れ落ちたのは、サリエルにこれを伝える為である。ミハエルにしか見えぬ神様は、己を助けろという意味合いではないのかと呆れたが、まあこういう奴だから俺は愛でているのだと改めてニッコリと笑うと、先程から透かした指をズブリと瓶に差し込んでは、ぼこりとひと煮立ちを繰り返す。

ーふむ、やはり人は愚かだなあ。死する前にありったけの業を積むのは、なんでなのだろう。

 妊娠薬を早く作るには、妊娠したものの血液が必要だ。一番古い血液で、おおよそ18年前の日付だ。国の妊娠薬の申請日を遡れば、劣化版妊娠薬の制作の入口となった人物を掴めるだろう。あとは、もう芋蔓式だ。

「ぃあ、あ、あ、っ!た、たす、っ…」
「何?何を言おうとした?まさか自分でここに来てたすけてだなんて、言おうとしていないよねリンドウ。」
「ひぃ、い、っ!」

 パキンと小枝をおるような音が聞こえた。サリエルは言われた通り古い瓶を懐にしまうと、くるりと声の出どころを振り返る。ああ、アウギュストに締め上げられて、ミハエルの腕が折れたのだ。唇を噛み締めながら助けての一言を言わないのは、これがアウギュストとの約束だからだ。

ーお前の生真面目さには反吐が出る。まあ、俺は好きだぞ、そういうの。

 ふわりと浮かび、板を抜けてミハエルの前に降り立つ。髪は乱れ、全身は酷く痣だらけだ。鬱血の痕や毒牙を挿し込まれた噛み跡で上半身を鮮やかに染め上げている。
 妊娠薬を飲んでいない。そう言ったら、こうなった。アウギュストが孕ませる前に遊びたいといったからだ。ナーガの戯れは人の身には酷だ。華奢なミハエルの身を締め上げながら、何度となく噛みつき、そして四肢を拘束しながら性器を弄り、甘やかな声を上げればもっととせがんで悲鳴を聴きたがる。
 このナーガは若い。若いからこそ加減がわからない。豊富な魔力を前に、酩酊感を覚えているのかも知れない。執拗にミハエルの血を啜っては、恍惚を帯びた表情をするのだ。

「さ、で…」
「なあに?」
「さでぃ、…っ、…ン…く、」

 震えたか細い声で、小さく名前を読んだ。ミハエルの体はもう指先一本も力が入らない。折れて曲がった腕を見て、ああ、この腕ではサディンに手を伸ばすこともかなわない。そんなことを思って、涙を零す。
 
「誰それ。リンドウは俺との繁殖で他の男の名を呼ぶの?」
ーミハエル、おい。
「よば、ない…」

 サリエルは不意に鼻を引くつかせた。アウギュストの問いかけにゆるゆると否定をする姿を一瞥すると、ぐっと眉間にシワを寄せる。
 アウギュストがミハエルの足の間にズルリと蛇の体を通すと、ぐっと腰を引き寄せる。されるがままのミハエルは、サリエルの何かを感じ取った様子などまったく見ようともしない、まるですべてを手放したかのようなそんな様子であった。

ーああ、もう終いだ。なんのからくりかはしらんが、もう迎えが来たようだ。

 ぐぱりと耳元まで口を割くようにして笑うと、まるでもう限界だと言わんばかりに、その身の炎をぶわりと吹き上げた。

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