こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 ミハエルが必死の駆け引きで時間を稼いでいる頃、シスの夢渡はカインの中に入り込んでいた。夢の中のシスは、本性しか出せない。美しい白磁の肌を褐色に染め、腰から真っ黒な翼をはやし、そして胸元と下腹部は薄布を纏うのみという淫魔の本性のまま、なんだかごちゃごちゃした中を飛んでいた。カイン殿下ってばストレス凄いんだろうな。そんなことを思うくらい、圧迫感が凄い。

「カイン殿下!!カイン殿下どこよ!!ああもう、時間がないってのにいないじゃん!!」

 カインの夢の中は、大きな蜘蛛が走りながら紙とペンを持って追いかけてきたり、大量の本の頭をした城の人間どもが、まるで亡者のように追いかけてきたりと、なんというかホラーが過ぎる。お陰様でシスは半泣きで飛び回っては、どこかでくたばるように寝コケているカインを探す羽目になった。

「でんかぁぁぁあー!ー!あああこわい!!モノクルかけた蜘蛛が追いかけてくるうぅうううう!!」

 あれはもしや、ボスを模しているのだろうか。恐ろしく速いスピードで、先程からシャカシャカと追いかけてきては、蜘蛛糸を吹き出してくる。あんなのに囚われたら返ってこれない。非常口らしき扉をバタンと開け放ち、半回転しながら室内に入ると、大きなベビーベッドがあらわれた。なんだこれは。城と同じくらいでかい。わけがわからないままパタパタと翼をはためかせながら飛んでいくと、そのベビーベッドの中はグレイシス国王の私室の様である。見たことはないが、国王が纏っているローブが雑にベッドにかけられていた。

「うっそでしょ…」

 そこには、恐らくカインの願望であろう。グレイシスに頭を撫でられながら、嬉々として書類を手掛けるカインの姿があった。

「カイン、ああ、お前はそんなことまで出来てしまうのか。さすがは余の息子である。お兄ちゃんだものな、うむ、お前に欠点など微塵もないよ。」
「母上、俺にできぬものなど御座いません。必ずやご期待に答えてみせますとも。」
「ああ、愛しいカイン。お前に負担をかけていると思うと、母は辛く思っていたのだが、お前は優しい子だね。ああ、なんて愛おしい利発な子。余はお前の母で幸せである。」
「母上、いい加減子離れをしてください。俺は嬉しいですが、父が妬きま、」

 す。と続けようとしたカインが、なんとも締まりのない顔のまま硬直した。窓に張り付くようにして顔を青褪めさせているシスがそこにいたからだ。

「殺す。」

 ニコリと笑み一つ。小さく頷くと、カインがパチンと指を弾いた瞬間であった。

「ひぎゃっ!!うぎゃああまってぇえええ!!」
「殺す。死んでも殺す。勝手に俺の夢を渡ってくる不敬。この恨みはらさでおくべきか。」

 などと、随分と不穏なことをのたまいながら、カインはどこからか巨大な手のひらを繰り出し、シスのその身をはたき落とすかのような勢いで手を振り下ろす。やばい、さすがカインの夢。規模が違う。シスは器用に避けながら、悲鳴混じりの声を張り上げた。

「急ぎの報告があるんだってば!!!!」
「む。」
「いってぇえ!!」

 ガシャン!上から振ってきた檻に叩き落されるかのように、罪人もかくやといわんばかりに閉じ込められた。カインがマザコンだなんて知らなかったが、こんな恐ろしい目に会うくらいなら口が裂けても口外しないだろう。
 シスはげんなりとした顔で乱れた髪を正すと、漸く聞く耳を持ったカインに向けて、火急の件を伝える。

「子犬ちゃんがソロプレイで貴族街に連れてかれた!わけわかんないけど、純血にしかできないことがあんだって!貴族は俺らを可哀想な目で見てるんだってマリーがいってんの、子犬ちゃんの尻がー!!」
「子犬ちゃんって誰だ。」
「センセーだよ!!!ミハエル先生!!!」

 シスの端的すぎる説明に、カインは眉間にシワを寄せた。もはやこいつが俺に対して不敬の上塗りをするのは聞き流すとして、娼館に潜入してソロプレイで貴族街とは、あいつも腹をくくって挑んでいるのではないのか。

「俺的にはミハエルの尻がどうなろうと知らん。あいつは男娼として潜入することを良しとしたんだろう?ならばわざわざそんな事を報告しなくともいいだろうに。」
「はあ!?先生の尻だぞ!?サディンに捧げる前に処女散らされてたまっかよ!大体、子犬ちゃんが娼館に連れてかれたのはお父さんの采配で、子犬ちゃんは魔物の血が一ミリも入ってないから適任とか言うんだぞ!明らかにおかしいでしょうが!」
「お父さんって誰だ。」
「館の主ですううううー!!」

 ガシャガシャとやかましく檻を鳴らす様子に、カルマは珍獣を見るような目でシスを見る。まったくもって意味がわからない。つまり纏めると、半魔ではいけない理由でミハエルが連れ去られたということが。しかも館の主、お父さんと呼ばせてる時点で気持ちが悪いが、その男の采配でとなると、きな臭いものはたしかに感じる。

「というか、それをなんで俺に言う。サディンに言えばいいだろう。」
「団長が迂闊に寝るわけ無いでしょうが!すーぐ寝落ちする奴なんて蜘蛛の巣にもいなかったんだよみんな働き者だね!?」
「おまえ俺が働いてないと!?たたっ斬るぞこの淫魔!!」
「あああ!!とにかく殿下はさっさと起きてサディンにそれ言って!!ボスみたいに影渡できるでしょ!!僕娼館から仕事以外ででらんねえから!!」
「貴様、人を伝書鳩みたいに…」

 シスの己の扱いに引きつり笑みを浮かべたが、父親の配下の諜報員は皆不敬ばかりだ。今更とやかく言うにも口が追いつかぬ。カインは心底不服だという顔をしてみせたが、夢の中とはいえ、己がグレイシスを独り占めしているひとときを見られているのだ。
 カインはぐっっ、と眉間にしわを寄せると、渋い顔のまま致し方なしと了承した。まさか自分がサディン達の潜伏場所に出向くことになるとは。シス自身カインの転移よりも低コストな術を持っているからこそ頼んでいるというのはわかるが、やれと言われていいよと素直に言えるほどカインは人がいいわけではない。

「お前、やるのは構わんが対価をよこせ。俺は安くないぞ、ただで受けてやる気などないからな。」
「うそだろ性格までボス似で捻くれてんの!マザコンだって言わないってやつじゃだめなのかよ!」
「これが夢でなければ貴様の羽根などもぎりとっているところだわ!!」

 結局、思いついたら絶対に言うことを聞けよと念を押すくらいしかできなかったが、後に全ての尻拭いはミハエルにしわ寄せが行く事になる。不在だった被害者でもあるミハエルが、後日カインに呼び出されて理不尽なことを言われることなどは、当の本人の預かり知らぬところで決まるのであった。


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