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「リンドウが、夜会に?」
シスはマリーの言葉を確かめるように、ゆっくりと聞き返した。おかしい、この館の適性検査とは、主が用意した者を目の前で奉仕することを言う。シスのときだってそうだった。君の経験値を知りたいからと、そんなことを言われて、シスは成り上がり貴族の臭いものを奉仕させられた。
蓋を開けてみれば、人を選ばずに喜ばせることができるかという、そんな意味を含んでいたものだから、ミハエルもてっきりそうだと思っていた。というか、マリーも、その前のスミレという男娼も、最初に充てがわれるのはとんでもない金だけ持っている醜男であったというから、そういうものだと思っていた。
「なんで、不細工と寝るんじゃないの?なんであいつだけそんな、」
「だって、リンドウは人だから。貴族は半魔の僕らのことを卑しいものと思っているんだよ、住みやすくはなったけど、あそこの街は基本的な考えは変わらないじゃない。」
「スミレは?スミレは貴族に娶られたでしょ?お父さんに言われて紹介された人と睦まじくなったって。」
「ユリ、君にはまだ教えてなかったね。」
狼狽えるシスに、爪を整えていたマリーはゆったりとした口調で言う。
「貴族が半魔を抱くのは征服欲だよ。敵わない筈の魔物の血を引く哀れな存在を、愛してあげることが善意だと思ってる。」
意味がわからないという顔をするシスに、マリーは立ち上がって隣のソファに腰を掛けると、まるで幼い子に言い聞かせるようにして、シスの頬を優しく両手で包んだ。
「ユリ、お父さんは人間だよ。そして、そのお父さんこそが善意だとおもって、リンドウをあちら側へと招くんだ。」
あちら側?シスは怪訝そうな顔でマリーをみた。なぜわざわざそんな言い回しをするのかが分からなかったのだ。
「リンドウなら大丈夫、それにね、シス。これは僕達よりもリンドウのほうが適任なの。だって、人の魔力には一ミリも魔物の力が入ってないでしょう?」
「分かんないよ、マリー。君は一体何を言ってるの…?」
優しく微笑むマリーの様子が怖い。シスは目の前の優しいマリーが得体のしれないなにかに差し替わってしまったかのように感じた。
人の魔力には、魔物の血が入っていない。つまり、今回の夜会の接待は純血である必要があるということか。
何が、なんでそんなことになったのか。シスはゆっくりとマリーから体を離すと、ニコリと笑う。
「なら、もしリンドウが泣いて帰ってきたら、僕らは何をして上げればいいの?」
「帰ってこれたら、うん…そうだね、ありがとうって、」
「ありがとう、かあ。」
マリーは、そう口にすると優しい顔をした。それでいて、どこかホッとしているかのような様子さえ見て取れる。ありがとう。それは、何となく不穏な香りが残る。シスは報告すべきだと判断をすると、ギュッとマリーに抱きついた。
「あーん!僕も半魔じゃなかったら夜会にいけてたのかなー!リンドウだけずるくない?」
「ずるくないよ、ユリ。むしろ、僕達は行くべきじゃない。」
「でも美味しい料理たべたくない?」
「そりゃ食べたいよ、でも、僕はいいかな。」
「ふぅん、まぁいいや。僕疲れたし、そろそろ寝るよ。リンドウ帰ってくる日にお疲れ様会でもやろうよ。」
何気なさを装って、シスが立ち上がる。帰ってきて早々、マリーがミハエルの話をするから、ついソファに座り込んでしまったのだ。荷物片手に部屋に戻る準備をする。頭の中で、何から報告しようか組み立てながら、シスがマリーに背を向けたときだった。
「おかえり、ユリ。」
「あ。」
二階から、主がにこやかに顔を出す。シスはこの男が嫌いだった。胡散臭い笑みを貼り付けやがって、内心でそう唾棄するが、流石に顔を出すわけにも行かない。シスはにかっと人懐っこく笑うと、パタパタと階段を駆け上がって飛びついた。
「おっと!危ないよ、怪我でもしたらどうするんだい?」
「お父さんそんなやわじゃなくない?まぁいいや、今日もいい子でしたしー、お賃金弾んでくれるの楽しみにしてんねっ」
「うんうん、まったくユリは本当にお金が好きだなあ。」
ぽんぽんとシスの背を撫でて離れるように促す。ぱっと体を離すと、くるんと背を向けて自室に帰ろうとした。
「じゃ、僕はもうねよっかなぁ、」
「ユリ、住心地はどうだい。」
にこやかに、そう語りかけられた。なんの意図があるかはわからない。だけど、シスの体温が少しだけ下がったのは間違いなかった。
「僕は雨風凌げればどこだっていいよ。」
「おや、釣れないことを言う。」
ああ、本当に嫌味の似合う笑みだ。シスはひらひらと手を揺らして主に背を向けると、そのままひょこひょこと自室に戻る。扉をしっかりと締め、ドアに背をぴたりと張り付ける。
「無防備になるから、あんましやりたくなかったんだけどな。」
ぼそっと小さく呟いた。シスは改めて扉の鍵がしっかりと閉まっているかを確認すると、インベントリから得物を取り出すと、それを抱きしめるようにしてしゃがみ込む。シスの武器でもある長剣を隠すように膝を抱えると、その抱えた腕に顔を埋めた。
「おやすみ僕、うまくやれよ。」
まどろみ混じりのつぶやきの後、シスはこてりと夢の世界へと飛び立った。夢魔や淫魔が行う夢渡だ。今日得た不安の残るやり取りをサディンたちにいち早く伝えるにはこれしかない。誰か丁度寝ているものがいればいいが。そっと手を伸ばして手繰り寄せた慣れた魔力の一つを追いかけるように、シスはするりとその夢の一つに入り込んだ。
シスはマリーの言葉を確かめるように、ゆっくりと聞き返した。おかしい、この館の適性検査とは、主が用意した者を目の前で奉仕することを言う。シスのときだってそうだった。君の経験値を知りたいからと、そんなことを言われて、シスは成り上がり貴族の臭いものを奉仕させられた。
蓋を開けてみれば、人を選ばずに喜ばせることができるかという、そんな意味を含んでいたものだから、ミハエルもてっきりそうだと思っていた。というか、マリーも、その前のスミレという男娼も、最初に充てがわれるのはとんでもない金だけ持っている醜男であったというから、そういうものだと思っていた。
「なんで、不細工と寝るんじゃないの?なんであいつだけそんな、」
「だって、リンドウは人だから。貴族は半魔の僕らのことを卑しいものと思っているんだよ、住みやすくはなったけど、あそこの街は基本的な考えは変わらないじゃない。」
「スミレは?スミレは貴族に娶られたでしょ?お父さんに言われて紹介された人と睦まじくなったって。」
「ユリ、君にはまだ教えてなかったね。」
狼狽えるシスに、爪を整えていたマリーはゆったりとした口調で言う。
「貴族が半魔を抱くのは征服欲だよ。敵わない筈の魔物の血を引く哀れな存在を、愛してあげることが善意だと思ってる。」
意味がわからないという顔をするシスに、マリーは立ち上がって隣のソファに腰を掛けると、まるで幼い子に言い聞かせるようにして、シスの頬を優しく両手で包んだ。
「ユリ、お父さんは人間だよ。そして、そのお父さんこそが善意だとおもって、リンドウをあちら側へと招くんだ。」
あちら側?シスは怪訝そうな顔でマリーをみた。なぜわざわざそんな言い回しをするのかが分からなかったのだ。
「リンドウなら大丈夫、それにね、シス。これは僕達よりもリンドウのほうが適任なの。だって、人の魔力には一ミリも魔物の力が入ってないでしょう?」
「分かんないよ、マリー。君は一体何を言ってるの…?」
優しく微笑むマリーの様子が怖い。シスは目の前の優しいマリーが得体のしれないなにかに差し替わってしまったかのように感じた。
人の魔力には、魔物の血が入っていない。つまり、今回の夜会の接待は純血である必要があるということか。
何が、なんでそんなことになったのか。シスはゆっくりとマリーから体を離すと、ニコリと笑う。
「なら、もしリンドウが泣いて帰ってきたら、僕らは何をして上げればいいの?」
「帰ってこれたら、うん…そうだね、ありがとうって、」
「ありがとう、かあ。」
マリーは、そう口にすると優しい顔をした。それでいて、どこかホッとしているかのような様子さえ見て取れる。ありがとう。それは、何となく不穏な香りが残る。シスは報告すべきだと判断をすると、ギュッとマリーに抱きついた。
「あーん!僕も半魔じゃなかったら夜会にいけてたのかなー!リンドウだけずるくない?」
「ずるくないよ、ユリ。むしろ、僕達は行くべきじゃない。」
「でも美味しい料理たべたくない?」
「そりゃ食べたいよ、でも、僕はいいかな。」
「ふぅん、まぁいいや。僕疲れたし、そろそろ寝るよ。リンドウ帰ってくる日にお疲れ様会でもやろうよ。」
何気なさを装って、シスが立ち上がる。帰ってきて早々、マリーがミハエルの話をするから、ついソファに座り込んでしまったのだ。荷物片手に部屋に戻る準備をする。頭の中で、何から報告しようか組み立てながら、シスがマリーに背を向けたときだった。
「おかえり、ユリ。」
「あ。」
二階から、主がにこやかに顔を出す。シスはこの男が嫌いだった。胡散臭い笑みを貼り付けやがって、内心でそう唾棄するが、流石に顔を出すわけにも行かない。シスはにかっと人懐っこく笑うと、パタパタと階段を駆け上がって飛びついた。
「おっと!危ないよ、怪我でもしたらどうするんだい?」
「お父さんそんなやわじゃなくない?まぁいいや、今日もいい子でしたしー、お賃金弾んでくれるの楽しみにしてんねっ」
「うんうん、まったくユリは本当にお金が好きだなあ。」
ぽんぽんとシスの背を撫でて離れるように促す。ぱっと体を離すと、くるんと背を向けて自室に帰ろうとした。
「じゃ、僕はもうねよっかなぁ、」
「ユリ、住心地はどうだい。」
にこやかに、そう語りかけられた。なんの意図があるかはわからない。だけど、シスの体温が少しだけ下がったのは間違いなかった。
「僕は雨風凌げればどこだっていいよ。」
「おや、釣れないことを言う。」
ああ、本当に嫌味の似合う笑みだ。シスはひらひらと手を揺らして主に背を向けると、そのままひょこひょこと自室に戻る。扉をしっかりと締め、ドアに背をぴたりと張り付ける。
「無防備になるから、あんましやりたくなかったんだけどな。」
ぼそっと小さく呟いた。シスは改めて扉の鍵がしっかりと閉まっているかを確認すると、インベントリから得物を取り出すと、それを抱きしめるようにしてしゃがみ込む。シスの武器でもある長剣を隠すように膝を抱えると、その抱えた腕に顔を埋めた。
「おやすみ僕、うまくやれよ。」
まどろみ混じりのつぶやきの後、シスはこてりと夢の世界へと飛び立った。夢魔や淫魔が行う夢渡だ。今日得た不安の残るやり取りをサディンたちにいち早く伝えるにはこれしかない。誰か丁度寝ているものがいればいいが。そっと手を伸ばして手繰り寄せた慣れた魔力の一つを追いかけるように、シスはするりとその夢の一つに入り込んだ。
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