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シスは、汚い部屋だけど。といって二人を通した。どうやら支度をしていたらしい。ベットの上には衣服が散乱しており、マリーは床に脱ぎ捨てられた破廉恥な下着を摘むと、うんざりしたような顔でシスを見た。
「ユリ、準備するのはいいことだけど、お前の場合は張り切りすぎ。換気しなよ、この部屋ちょっと雌臭い。」
「今日の夜、抱かれるんだって思ったらワクワクしちゃってさ。僕は今日、獣人のお相手をするらしい。文字通り、狼さ。イケメンだといいなあ。」
くるりとご機嫌に一回転。まるでこちらが本職といわんばかりに、なんの違和感もなく馴染んでいる。どうやらシスは今日、主があてがった男と一夜を共にするらしい。それが一体どんな人物なのか、何も知らされない。ただ一つわかることは、身分はしっかりしていると言うことぐらいだろう。
軽い足取りでシスが近づく。ミハエルの頬に両手を添えると、ゆっくりとその髪を横に撫でつけた。
「人間じゃん、なんの気まぐれ?」
「リンドウは魔力量が多いの。ユリ、新顔だからって虐めたりしないでよ。」
「えー、どうしよっかなあ。」
笑いを含んだ声色で、シスがミハエルの顔に顔を寄せる。鼻先が触れ合う距離に、少しだけどきりとした。薄い緑の瞳がゆっくりと細まると、ミハエルは居心地が悪そうにしながらも、真っ直ぐに見つめ返した。
「僕と口付けがしたいならお金を払って買ってください。」
「…、ふは、見た目にそぐわず気が強いんだ。いいね。」
むっと見つめ返してそんなことを言うものだから、シスはポカンとした顔をしたのち、噴き出すように笑う。
「そもそもリンドウは僕らと違うんだから、変に対抗意識燃やすのはやめて。それに、氏名が多いからって偉いわけじゃないでしょ。」
「マリーは、なんというか、市井よりの考えなのですか?」
シスとミハエルを引き剥がすように間に入ったマリーに、ミハエルは思ったことを口にした。なんというか、物の見方が広いというか、こういった娼館では指名料が給与に上乗せされる分、もっとギスギスしているかと思ったのだ。
シスはミハエルの言葉に面白そうに笑うと、マリーの肩を引き寄せるようにして身を寄せた。
「マリーくらいだよ、そんなの。よっぽど親の教育が良かったんだろうねえ。」
「…僕の親はお父さんだけだよ、ユリ。」
「マリー…?」
シスの言葉に顔を暗くさせる様子が気になる。俯いてはいないが、なんというか声のトーンが仄かに落ちた。戸惑ったように声をかけると、マリーはごまかすように微笑んだ。
「マ、腹に一物抱えてんのなんてみんな同じだよ。ほら、もう自己紹介は済んだだろう?僕はこれから準備があるんだから、暇じゃないの。」
マリーの顔にため息をついたシスが、二人まとめて入ってきた扉の外までぐいぐいと押していく。つんのめるようにして二人を自室から押し出すと、シスはひょこりと顔だけ出した。
「リンドウ、じゃあ頑張ってね。明日からよろしく。」
「なるべくご迷惑はかけないようにしますので。」
にこりと笑って告げるミハエルの様子に、シスはヒクリと口をひくつかせた。なんだかわからないが、ミハエルが意固地になっている気がしたのだ。おそらく、自分と会う前、またサディンが何かをやらかしたのだということだけはなんとなく察した。
マリーに促されるように、己の当てがわえた自室へと消えていくミハエルを見送ると、シスはため息をついた。全く、どちらも意地っ張りが過ぎるということが、悪い方向に働かなければいいのだが。そんなことを思って、変なフラグが立ちそうな予感がして、慌てて首を振って打ち消した。
「サリエル。」
ぶわりと黒い炎と共に、サリエルが姿を表す。ミハエルはマリーに教えられて入室した自分のための部屋で、扉にもたれかかろようにヘナヘナと座り込んだ。
「おやあ、先ほどまではあんなに頼り甲斐がありましたがなあ。もうくたびれたか。」
サリエルは相変わらず闇に溶けてしまいそうな体でへたり込んだミハエルに近づくと、その小さな顔に手を添えて顔を上げさせた。
「わはは、間抜けツラだ。お前、明日からそんなんで本当に大丈夫かい?」
「信用を勝ち取るためには、手段は選べません…、でも、どうしよう。この館に地下とかあるのかな、初日はやっぱりこの中を見回るのは無理そうです…、」
時間がないのに。ミハエルは、今もこうして自分がまごついている間に、被害者が増えたらと考えると、体が先走りそうになる。ミハエルは、自分が焦っていることを自覚していた。こういうときは失敗だってしやすい。頭ではわかっているが、体はそうはいかないのだ。こうして座ってでもいなければ、今にもその辺をうろうろしそうで嫌だった。
「難儀なやつだなあ、俺なら気にせず歩き回るがな。それより、せんせーの仕事はどうする。代打はいるのか。」
「医術局から、代理がきます。僕でなくてもできる仕事ですから、問題はないかと。」
「お前の母親と、お前以外はジジイばかりでしょう。花がないなあ、つまらん。」
「そんなことよりも、サリエル、あなたは力を貸してくださるのですよね。サディンくんに連絡を入れるべきでしょうか。」
「俺を伝書鳩扱いか、断る。んな律儀に連絡など入れてみろ、暇なのかこいつと思われるぞ。」
「う、確かに…。」
相変わらずクソ真面目なままのミハエルが、いそいそと正座をする。サリエルからしてみれば、扉を出れば強かな性格を装うなら文句はないが、わざわざ正座をして己の心の落ち着きに努めるだなんて、先が思いやられ過ぎるだろうとも思う。呆れ気味でミハエルを見ているのにも飽きた。ここ最近サリエルと特訓を始めてから見るようになった、ミハエルの一人精神統一こそがオナニーであるからして、こういう時はそっとしておくのが一番なのである。
明日がいよいよ本番だ。ミハエルはゆっくりと息を吐き出して己の心の荒波を鎮めると、真っ直ぐにサリエルを見た。
「心細いので、獅子の姿で一緒に寝てください。」
「俺を抱き枕扱いにするのなんぞお前くらいですねえ。」
やるけども。そういって、サリエルは今日も今日とてミハエルのアニマルセラピータイムに付き合わされるハメになるのであった。
「ユリ、準備するのはいいことだけど、お前の場合は張り切りすぎ。換気しなよ、この部屋ちょっと雌臭い。」
「今日の夜、抱かれるんだって思ったらワクワクしちゃってさ。僕は今日、獣人のお相手をするらしい。文字通り、狼さ。イケメンだといいなあ。」
くるりとご機嫌に一回転。まるでこちらが本職といわんばかりに、なんの違和感もなく馴染んでいる。どうやらシスは今日、主があてがった男と一夜を共にするらしい。それが一体どんな人物なのか、何も知らされない。ただ一つわかることは、身分はしっかりしていると言うことぐらいだろう。
軽い足取りでシスが近づく。ミハエルの頬に両手を添えると、ゆっくりとその髪を横に撫でつけた。
「人間じゃん、なんの気まぐれ?」
「リンドウは魔力量が多いの。ユリ、新顔だからって虐めたりしないでよ。」
「えー、どうしよっかなあ。」
笑いを含んだ声色で、シスがミハエルの顔に顔を寄せる。鼻先が触れ合う距離に、少しだけどきりとした。薄い緑の瞳がゆっくりと細まると、ミハエルは居心地が悪そうにしながらも、真っ直ぐに見つめ返した。
「僕と口付けがしたいならお金を払って買ってください。」
「…、ふは、見た目にそぐわず気が強いんだ。いいね。」
むっと見つめ返してそんなことを言うものだから、シスはポカンとした顔をしたのち、噴き出すように笑う。
「そもそもリンドウは僕らと違うんだから、変に対抗意識燃やすのはやめて。それに、氏名が多いからって偉いわけじゃないでしょ。」
「マリーは、なんというか、市井よりの考えなのですか?」
シスとミハエルを引き剥がすように間に入ったマリーに、ミハエルは思ったことを口にした。なんというか、物の見方が広いというか、こういった娼館では指名料が給与に上乗せされる分、もっとギスギスしているかと思ったのだ。
シスはミハエルの言葉に面白そうに笑うと、マリーの肩を引き寄せるようにして身を寄せた。
「マリーくらいだよ、そんなの。よっぽど親の教育が良かったんだろうねえ。」
「…僕の親はお父さんだけだよ、ユリ。」
「マリー…?」
シスの言葉に顔を暗くさせる様子が気になる。俯いてはいないが、なんというか声のトーンが仄かに落ちた。戸惑ったように声をかけると、マリーはごまかすように微笑んだ。
「マ、腹に一物抱えてんのなんてみんな同じだよ。ほら、もう自己紹介は済んだだろう?僕はこれから準備があるんだから、暇じゃないの。」
マリーの顔にため息をついたシスが、二人まとめて入ってきた扉の外までぐいぐいと押していく。つんのめるようにして二人を自室から押し出すと、シスはひょこりと顔だけ出した。
「リンドウ、じゃあ頑張ってね。明日からよろしく。」
「なるべくご迷惑はかけないようにしますので。」
にこりと笑って告げるミハエルの様子に、シスはヒクリと口をひくつかせた。なんだかわからないが、ミハエルが意固地になっている気がしたのだ。おそらく、自分と会う前、またサディンが何かをやらかしたのだということだけはなんとなく察した。
マリーに促されるように、己の当てがわえた自室へと消えていくミハエルを見送ると、シスはため息をついた。全く、どちらも意地っ張りが過ぎるということが、悪い方向に働かなければいいのだが。そんなことを思って、変なフラグが立ちそうな予感がして、慌てて首を振って打ち消した。
「サリエル。」
ぶわりと黒い炎と共に、サリエルが姿を表す。ミハエルはマリーに教えられて入室した自分のための部屋で、扉にもたれかかろようにヘナヘナと座り込んだ。
「おやあ、先ほどまではあんなに頼り甲斐がありましたがなあ。もうくたびれたか。」
サリエルは相変わらず闇に溶けてしまいそうな体でへたり込んだミハエルに近づくと、その小さな顔に手を添えて顔を上げさせた。
「わはは、間抜けツラだ。お前、明日からそんなんで本当に大丈夫かい?」
「信用を勝ち取るためには、手段は選べません…、でも、どうしよう。この館に地下とかあるのかな、初日はやっぱりこの中を見回るのは無理そうです…、」
時間がないのに。ミハエルは、今もこうして自分がまごついている間に、被害者が増えたらと考えると、体が先走りそうになる。ミハエルは、自分が焦っていることを自覚していた。こういうときは失敗だってしやすい。頭ではわかっているが、体はそうはいかないのだ。こうして座ってでもいなければ、今にもその辺をうろうろしそうで嫌だった。
「難儀なやつだなあ、俺なら気にせず歩き回るがな。それより、せんせーの仕事はどうする。代打はいるのか。」
「医術局から、代理がきます。僕でなくてもできる仕事ですから、問題はないかと。」
「お前の母親と、お前以外はジジイばかりでしょう。花がないなあ、つまらん。」
「そんなことよりも、サリエル、あなたは力を貸してくださるのですよね。サディンくんに連絡を入れるべきでしょうか。」
「俺を伝書鳩扱いか、断る。んな律儀に連絡など入れてみろ、暇なのかこいつと思われるぞ。」
「う、確かに…。」
相変わらずクソ真面目なままのミハエルが、いそいそと正座をする。サリエルからしてみれば、扉を出れば強かな性格を装うなら文句はないが、わざわざ正座をして己の心の落ち着きに努めるだなんて、先が思いやられ過ぎるだろうとも思う。呆れ気味でミハエルを見ているのにも飽きた。ここ最近サリエルと特訓を始めてから見るようになった、ミハエルの一人精神統一こそがオナニーであるからして、こういう時はそっとしておくのが一番なのである。
明日がいよいよ本番だ。ミハエルはゆっくりと息を吐き出して己の心の荒波を鎮めると、真っ直ぐにサリエルを見た。
「心細いので、獅子の姿で一緒に寝てください。」
「俺を抱き枕扱いにするのなんぞお前くらいですねえ。」
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