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まあ、いくらミハエルがそんな顔をしたところで、現状は何も変わらないのだ。ミハエルはサディンの角を鷲掴んで引っ張ってしまったし、それに不可抗力とはいえ、見られたくないものを見てしまったのだから、それはサディンだって怒るだろう。まあ、そんなことを言っていても、会わない理由にはならないのだが。
「うー…、」
こそりと顔を出した騎士団の兵舎。サリエルなんかは面白がって出てこない。心細すぎて泣きそうだ。言い訳を考えて、何も考えが浮かばないままとりあえず掴んできたのは、サリエルが持っていた野外演習の冊子だ。ミハエルがまんまと騙されたきっかけの書類。蓋を開けていれば、野外演習は例年通りの時期で間違いはなかった。サリエルが渡したのは日付だけ変えたものだったらしい。なんの疑いも持たずに信じた自分が恥ずかしい。
「サリエル…出てきてくれない…?」
ぽそりと呟く。ふわりと甘い香りがしたかと思うと、ミハエルを後ろから抱き締めるかのようにして姿を現した。
「なんだ。寂しんボーイか。俺との思い出の品片手にこちらまでお越しいただいて?いったいなんの用があったっけ。」
「娼館潜入の話があったでしょう?いつ踏み込むかって詰めを話に来たんだけど…、一人で入るの怖いからついてきてよ。」
「なんだそんなことか。お安いごよう。あの団長の匂いもするなあ。そちらの方まで行けばいいのか?」
「へぁ…」
サリエルはぐわしとミハエルを片腕で抱え上げると、ニコニコしながら歩き出す。地面から手足が浮いて、小脇に抱えるような運び方をされたものだから、驚きすぎて顔から火がでた。どうやら認識阻害はオートらしい。気まぐれで在籍してはいるが、滅多に顔を出さないサリエルは、勝手知ったる様子でズカズカと兵たちの真横を横切っていく。
ミハエルはというと、口を両手で押さえながら、騎士たちの視界に留まらないようにと必死で息を殺していた。
「なんだか雌くさいなあ。」
「しー…!」
「ワハハ、なんだそれ。ほらついたぞミハエル。」
「ぅわっ…!」
サリエルによって団長の執務室の前にどしゃりと下ろされたミハエルは、小さな悲鳴とともに、思わず扉に手をついてしまった。
がたん、と大きな音が立つ。扉が少しだけ揺れて、そしてペタリと座ってしまったミハエルがアワアワと立ちあがろうと中腰になった瞬間、扉が開いた。
「うっ、」
「え?誰。」
ごちんと音を立てて扉に頭をぶつけたミハエルは、再びべしょりと尻餅をつく。後ろに転がらなかったのはサリエルの脚にぶつかったからだ。
「わ、ちょっと大丈夫?あーあー、おでこ赤くなっちゃってるじゃん。」
「ふあ、お、お構いな、」
「あれま。子犬ちゃんだ。」
パチリと目があったのは、以前サディンと飲み屋で一緒に出てきた男娼の男であった。ミルクティの髪をゆるく三つ編みにしたそのひとは、ミハエルのことを覚えていたようである。自分がなぜ子犬と呼ばれているのはわからないが、ミハエルはズビりと鼻を啜ると思わずサリエルの足にしがみついた。
「わはは、なんだっていうんだ急に。」
「あ、サリエル。騎士団やめるってまじ?」
「ミハエル。こいつはシスっていう名前だ。俺を認識するから、こいつも相当に魔力が高いよ。」
「相変わらずお前とは言葉のキャッチボールができないなあ。」
渋い顔をしながらシスがいう。ペタリと座り込んだままのミハエルの腕を掴むと、結構な力で引き上げられた。勢い余ってシスの腕の中に飛び込むと、ふわりと良い香りがした。
「あわわ…え、えっとあ、あのう…」
「サリエル、子犬食った?お前が子犬にご執心なのは知ってたけどさ。歳の差ってもんを考えろよな。」
「失礼な物言い。焼き殺してやりたくなっちゃうなあ。」
背後から不穏な言葉を吐かすサリエルに、ミハエルは冷や汗が止まらない。シスの歳の差発言につき刺さるものがあったのだが、ミハエルに向けられた言葉じゃないため、口を紡ぐだけにする。
「サリエル、お前何しにきた。」
「あ、サディン。」
シスの背後からひょこりと顔を出したのは、サディンであった。まさか心の準備をする間も無く顔を出すものだから、シスに抱きしめられていたミハエルは、ひんっと妙竹林な声を漏らしてしまった。
サディンの目線が自分の下にいるミハエルを捉える。あの時とは違う。今度はミハエルがぎこちなく目を逸らす番であった。
「あれ?何この空気。なんか変じゃない?おーい子犬ちゃん?」
「わ、わん…」
「うわかわいい、僕んちの子になる?」
「シス、揶揄うな。サリエルは退団書類書いてけ。ミハエルは、任務の顔合わせに来たのか。」
サリエルがミハエルの横を通って執務室の中にはいる。まるで何も怖いものはないと言った顔をしているが、サリエルの獣の尾だけ出ているのを見ると、多少なりともビビったらしい。ポーカーフェイスとはこういう時に便利なのだなあと少しだけ感心してしまった。
「ああ、そういえば子犬ちゃんが僕と入るんだよね。よろしく。」
「入る?」
「ほら、男娼館。言い忘れてたけど、僕も一応所属は第一騎士団だから。」
「はぇ…、」
ポカンとした顔で思わず見上げてしまった。だって、ミハエルはシスのことをマジモンの男娼だと思っていたのである。だったらあの時シスのことを紹介してくれてもよかったはずだ。サディンがそれをしなかったのは、騎士団の部下と寝ているのが後ろめたかったからだろうか。そんな邪智をしてしまう。
微妙な顔になったミハエルに気がついたシスがにこりと笑う。
「大丈夫大丈夫、僕とサディンはただのセフ、いってェエエ!!」
「お前は余計なことばかり言うな。」
「セフ…?」
バコンと良い音が鳴った。サディンの一発がシスの頭に入った音である。目から火が出るかと思ったとやかましく喚くシスにしっかりと体を抱き寄せられたまま、ミハエルはセフレの意味を測りかねていた。
「うー…、」
こそりと顔を出した騎士団の兵舎。サリエルなんかは面白がって出てこない。心細すぎて泣きそうだ。言い訳を考えて、何も考えが浮かばないままとりあえず掴んできたのは、サリエルが持っていた野外演習の冊子だ。ミハエルがまんまと騙されたきっかけの書類。蓋を開けていれば、野外演習は例年通りの時期で間違いはなかった。サリエルが渡したのは日付だけ変えたものだったらしい。なんの疑いも持たずに信じた自分が恥ずかしい。
「サリエル…出てきてくれない…?」
ぽそりと呟く。ふわりと甘い香りがしたかと思うと、ミハエルを後ろから抱き締めるかのようにして姿を現した。
「なんだ。寂しんボーイか。俺との思い出の品片手にこちらまでお越しいただいて?いったいなんの用があったっけ。」
「娼館潜入の話があったでしょう?いつ踏み込むかって詰めを話に来たんだけど…、一人で入るの怖いからついてきてよ。」
「なんだそんなことか。お安いごよう。あの団長の匂いもするなあ。そちらの方まで行けばいいのか?」
「へぁ…」
サリエルはぐわしとミハエルを片腕で抱え上げると、ニコニコしながら歩き出す。地面から手足が浮いて、小脇に抱えるような運び方をされたものだから、驚きすぎて顔から火がでた。どうやら認識阻害はオートらしい。気まぐれで在籍してはいるが、滅多に顔を出さないサリエルは、勝手知ったる様子でズカズカと兵たちの真横を横切っていく。
ミハエルはというと、口を両手で押さえながら、騎士たちの視界に留まらないようにと必死で息を殺していた。
「なんだか雌くさいなあ。」
「しー…!」
「ワハハ、なんだそれ。ほらついたぞミハエル。」
「ぅわっ…!」
サリエルによって団長の執務室の前にどしゃりと下ろされたミハエルは、小さな悲鳴とともに、思わず扉に手をついてしまった。
がたん、と大きな音が立つ。扉が少しだけ揺れて、そしてペタリと座ってしまったミハエルがアワアワと立ちあがろうと中腰になった瞬間、扉が開いた。
「うっ、」
「え?誰。」
ごちんと音を立てて扉に頭をぶつけたミハエルは、再びべしょりと尻餅をつく。後ろに転がらなかったのはサリエルの脚にぶつかったからだ。
「わ、ちょっと大丈夫?あーあー、おでこ赤くなっちゃってるじゃん。」
「ふあ、お、お構いな、」
「あれま。子犬ちゃんだ。」
パチリと目があったのは、以前サディンと飲み屋で一緒に出てきた男娼の男であった。ミルクティの髪をゆるく三つ編みにしたそのひとは、ミハエルのことを覚えていたようである。自分がなぜ子犬と呼ばれているのはわからないが、ミハエルはズビりと鼻を啜ると思わずサリエルの足にしがみついた。
「わはは、なんだっていうんだ急に。」
「あ、サリエル。騎士団やめるってまじ?」
「ミハエル。こいつはシスっていう名前だ。俺を認識するから、こいつも相当に魔力が高いよ。」
「相変わらずお前とは言葉のキャッチボールができないなあ。」
渋い顔をしながらシスがいう。ペタリと座り込んだままのミハエルの腕を掴むと、結構な力で引き上げられた。勢い余ってシスの腕の中に飛び込むと、ふわりと良い香りがした。
「あわわ…え、えっとあ、あのう…」
「サリエル、子犬食った?お前が子犬にご執心なのは知ってたけどさ。歳の差ってもんを考えろよな。」
「失礼な物言い。焼き殺してやりたくなっちゃうなあ。」
背後から不穏な言葉を吐かすサリエルに、ミハエルは冷や汗が止まらない。シスの歳の差発言につき刺さるものがあったのだが、ミハエルに向けられた言葉じゃないため、口を紡ぐだけにする。
「サリエル、お前何しにきた。」
「あ、サディン。」
シスの背後からひょこりと顔を出したのは、サディンであった。まさか心の準備をする間も無く顔を出すものだから、シスに抱きしめられていたミハエルは、ひんっと妙竹林な声を漏らしてしまった。
サディンの目線が自分の下にいるミハエルを捉える。あの時とは違う。今度はミハエルがぎこちなく目を逸らす番であった。
「あれ?何この空気。なんか変じゃない?おーい子犬ちゃん?」
「わ、わん…」
「うわかわいい、僕んちの子になる?」
「シス、揶揄うな。サリエルは退団書類書いてけ。ミハエルは、任務の顔合わせに来たのか。」
サリエルがミハエルの横を通って執務室の中にはいる。まるで何も怖いものはないと言った顔をしているが、サリエルの獣の尾だけ出ているのを見ると、多少なりともビビったらしい。ポーカーフェイスとはこういう時に便利なのだなあと少しだけ感心してしまった。
「ああ、そういえば子犬ちゃんが僕と入るんだよね。よろしく。」
「入る?」
「ほら、男娼館。言い忘れてたけど、僕も一応所属は第一騎士団だから。」
「はぇ…、」
ポカンとした顔で思わず見上げてしまった。だって、ミハエルはシスのことをマジモンの男娼だと思っていたのである。だったらあの時シスのことを紹介してくれてもよかったはずだ。サディンがそれをしなかったのは、騎士団の部下と寝ているのが後ろめたかったからだろうか。そんな邪智をしてしまう。
微妙な顔になったミハエルに気がついたシスがにこりと笑う。
「大丈夫大丈夫、僕とサディンはただのセフ、いってェエエ!!」
「お前は余計なことばかり言うな。」
「セフ…?」
バコンと良い音が鳴った。サディンの一発がシスの頭に入った音である。目から火が出るかと思ったとやかましく喚くシスにしっかりと体を抱き寄せられたまま、ミハエルはセフレの意味を測りかねていた。
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