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「遅い、もう準備はできているぞ。」
ミハエルたちが手術室のようなところに入ると、そこにはもうダラスが準備をしていた。術衣を身につけ、布をかぶせた検体の前で相変わらずな不遜の態度だ。
どうやらエルマーも立ち会うらしい。壁際に立ったままげんなりとした顔をしていた。
「父さん、そこまで仕事熱心だったっけ?」
「ばか言え、こんなん不本意だあ…。」
平然とした顔で、ダラスもミハエルも準備に取り掛かる。仕事柄。エルマーもサディンも死人は見たことくらいある。しかしどれも綺麗なものが多く、腹の中身まではまともに見たことがない。今回はすでに一度開いてあるというし、あくまでも確認だけと言っているが、それにしてもなんとも居心地が悪いことこの上なかった。
呼ばれるまでは壁の花でもきめこもう。親子揃って二人の邪魔をしないように大人しくすることに徹したらしい。布を丁寧に取り払い、ミハエルとダラスが祈りを捧げた後、糸口を見つけるための検分がじまった。
「これって、」
ミハエルが小さく呟いた。確かに腹には子宮が形成されていた。しかし、それはひどく歪なものだった。ダラスの妊娠薬は、胎児の際に退化してしまった男性の子宮の部分を活性化させるために、まずは経口摂取で濃度の高いポーションのようなものを摂取する。
ただし、ただのポーションではない。無属性魔法の持つ身体強化に着目して研究されたそれは、まずは脳の下垂体からのホルモンによる刺激をコントロールし、その退化した部分を呼び覚ます。その際には副作用として高熱が出るが、体温が高くなることで目覚めた卵巣の部分を刺激するのだ。
熱が下がれば、もう一度薬を服用する。次に服用するのは卵巣からのホルモンの分泌を促すもので、体質的に魔力が高いものは、一度の服用のみで体が準備してくれる場合も多いのだ。
しかし、市井のものでそこまで魔力が高いものなんてそうそういない。だからこその二錠目だ。最近の二人の研究は、それを一錠のみで完結できるように、効果を底上げする陣を組み込んだオブラートで包むと言うものだった。
「形成がうまくできてない。胃の腑が変色している。見た目の割に臓器が若いのを見ると、この加齢現象は下垂体を刺激するときに誤った場所に効果を発揮したと見ていいだろう。」
「不完全な妊娠薬を接種したと?でも、失敗作はありましたが、ここまで見た目に大きく影響の出るようなものではないですよ。せいぜい母乳が出るとか、腰回りの肉付きが良くなるくらいです。」
一体、何が起きている。ダラスもミハエルも難しい顔をする。子宮内部を確認したが、妊娠の兆候もない。まるで人体実験の後のようなそんな状態だ。
「成分は、もう残っていないだろうな。だが不純物が多い。その証拠に接種した部分は焼けたみたいに爛れている。」
眉間に皺を寄せながら語るダラスは、ひどく苛立った様子であった、まるで自分達の研究を馬鹿にするかのような酷い出来栄えの妊娠薬だったためである。
ミハエルは苛立ちを見せるダラスとは引き換えに、何か思い悩むような顔つきで黙りこくってしまった。
「どうした、気になることがあるなら言ってくれ。」
ミハエルの様子に、サディンは何か感じ取ったらしい。何気なさを装って言ってみれば、数度首をかしげたあと、まるで思考をゆっくりと言葉にするように語りはじめた。
「あの、これはあくまでも僕のイメージの話なんで、話半分に聞いてもらいたいんですけど。」
困った顔をしながら。エルマーとサディンを振り返る。ミハエルが腑に落ちにない点、それは花売りという、言ってしまえば売春と同じ行為をするのに、子宮なんているのかと言うことだった。
「男性妊娠の薬はあっても、当然望まれて妊娠される方ばかりなので、避妊薬などありません。それなのに、なぜこの方は服用されたのでしょう。」
「…サディン、報告書出せるか。最初に対応した騎士の話聞けるなら、それでも構わない。」
「場を設けるか。」
ミハエルの言葉に、大人たちが動き出す。言われてみれば確かにそうなのだ。いくら国として妊娠が可能だからといって、妊娠を望むものたちだけが国に申請をして服用するのだ。当然避妊薬など作ってはいない。必要ないものだからだ。
「このご遺体を検分する限り、薬は流動性のものの服用で間違いはありません。僕たちが今錠剤化に取り組んでいるのも、体への負担を減らすためです。」
「ただでさえ体を作り替えるんだ。言われてみれば、同意もなしにそんなことするだなんて、もっと早くこのことが明るみに出てもおかしくはないだろう。」
エルマーが壁の花を止めて立ち上がる。サディンは早速当該騎士に話をつける為に、早々に出て行った。息子のことだから、おそらくジルバにも話に行くのだろう。険しい顔をするダラスとは違い、ミハエルは手でそっと確認するように内部を改めていた。
「たとえばだけどよ、これがお前らの作った妊娠薬じゃねえとして、材料は簡単に調達できるもんなのか。」
「ある。ただし、人道的では無いがな。」
「お前から人道的って言葉聞くと、なんかなあ…」
過去のやらかしを知っているエルマーが、苦い顔をする。ダラスはこめかみに血管を浮かばせて突っかかろうとした時、ミハエルの顔が戸惑ったように振り向いた。
「エルマーさん、無属性でしたよね。」
「ん、ああ。」
「たとえば、たとえばですよ…、」
相手の体内の成分って、変化させることができますか。
ミハエルの言葉に、エルマーは目を細める。そういえばダラスもミハエルも、無属性では無いから詳しく無いのか。エルマーは小さく頷くと、ミハエルの血で濡れた手をとった。
「ゴムで隔ててっから、うまくいじれねえけどな。突き詰めりゃできる。細胞を活性化させたり、たとえばそれを毒に変えることも。」
そういうと、ミハエルの手についた血を魔力で活性化させる。流れを作ってやりながら一塊にまとめると、塗れていた血が一箇所に固まって結晶のように変化させた。
「死因は。」
「血管に負荷がかかったことが原因です。魔力侵食の痕跡が確認できました。」
エルマーのように、無属性の魔力を持つものが関わっている。それも、ひどく面倒臭そうなやつだ。どうやら今回の事件は、一筋縄ではいかなさそうと言うことだけは明白であった。
ミハエルたちが手術室のようなところに入ると、そこにはもうダラスが準備をしていた。術衣を身につけ、布をかぶせた検体の前で相変わらずな不遜の態度だ。
どうやらエルマーも立ち会うらしい。壁際に立ったままげんなりとした顔をしていた。
「父さん、そこまで仕事熱心だったっけ?」
「ばか言え、こんなん不本意だあ…。」
平然とした顔で、ダラスもミハエルも準備に取り掛かる。仕事柄。エルマーもサディンも死人は見たことくらいある。しかしどれも綺麗なものが多く、腹の中身まではまともに見たことがない。今回はすでに一度開いてあるというし、あくまでも確認だけと言っているが、それにしてもなんとも居心地が悪いことこの上なかった。
呼ばれるまでは壁の花でもきめこもう。親子揃って二人の邪魔をしないように大人しくすることに徹したらしい。布を丁寧に取り払い、ミハエルとダラスが祈りを捧げた後、糸口を見つけるための検分がじまった。
「これって、」
ミハエルが小さく呟いた。確かに腹には子宮が形成されていた。しかし、それはひどく歪なものだった。ダラスの妊娠薬は、胎児の際に退化してしまった男性の子宮の部分を活性化させるために、まずは経口摂取で濃度の高いポーションのようなものを摂取する。
ただし、ただのポーションではない。無属性魔法の持つ身体強化に着目して研究されたそれは、まずは脳の下垂体からのホルモンによる刺激をコントロールし、その退化した部分を呼び覚ます。その際には副作用として高熱が出るが、体温が高くなることで目覚めた卵巣の部分を刺激するのだ。
熱が下がれば、もう一度薬を服用する。次に服用するのは卵巣からのホルモンの分泌を促すもので、体質的に魔力が高いものは、一度の服用のみで体が準備してくれる場合も多いのだ。
しかし、市井のものでそこまで魔力が高いものなんてそうそういない。だからこその二錠目だ。最近の二人の研究は、それを一錠のみで完結できるように、効果を底上げする陣を組み込んだオブラートで包むと言うものだった。
「形成がうまくできてない。胃の腑が変色している。見た目の割に臓器が若いのを見ると、この加齢現象は下垂体を刺激するときに誤った場所に効果を発揮したと見ていいだろう。」
「不完全な妊娠薬を接種したと?でも、失敗作はありましたが、ここまで見た目に大きく影響の出るようなものではないですよ。せいぜい母乳が出るとか、腰回りの肉付きが良くなるくらいです。」
一体、何が起きている。ダラスもミハエルも難しい顔をする。子宮内部を確認したが、妊娠の兆候もない。まるで人体実験の後のようなそんな状態だ。
「成分は、もう残っていないだろうな。だが不純物が多い。その証拠に接種した部分は焼けたみたいに爛れている。」
眉間に皺を寄せながら語るダラスは、ひどく苛立った様子であった、まるで自分達の研究を馬鹿にするかのような酷い出来栄えの妊娠薬だったためである。
ミハエルは苛立ちを見せるダラスとは引き換えに、何か思い悩むような顔つきで黙りこくってしまった。
「どうした、気になることがあるなら言ってくれ。」
ミハエルの様子に、サディンは何か感じ取ったらしい。何気なさを装って言ってみれば、数度首をかしげたあと、まるで思考をゆっくりと言葉にするように語りはじめた。
「あの、これはあくまでも僕のイメージの話なんで、話半分に聞いてもらいたいんですけど。」
困った顔をしながら。エルマーとサディンを振り返る。ミハエルが腑に落ちにない点、それは花売りという、言ってしまえば売春と同じ行為をするのに、子宮なんているのかと言うことだった。
「男性妊娠の薬はあっても、当然望まれて妊娠される方ばかりなので、避妊薬などありません。それなのに、なぜこの方は服用されたのでしょう。」
「…サディン、報告書出せるか。最初に対応した騎士の話聞けるなら、それでも構わない。」
「場を設けるか。」
ミハエルの言葉に、大人たちが動き出す。言われてみれば確かにそうなのだ。いくら国として妊娠が可能だからといって、妊娠を望むものたちだけが国に申請をして服用するのだ。当然避妊薬など作ってはいない。必要ないものだからだ。
「このご遺体を検分する限り、薬は流動性のものの服用で間違いはありません。僕たちが今錠剤化に取り組んでいるのも、体への負担を減らすためです。」
「ただでさえ体を作り替えるんだ。言われてみれば、同意もなしにそんなことするだなんて、もっと早くこのことが明るみに出てもおかしくはないだろう。」
エルマーが壁の花を止めて立ち上がる。サディンは早速当該騎士に話をつける為に、早々に出て行った。息子のことだから、おそらくジルバにも話に行くのだろう。険しい顔をするダラスとは違い、ミハエルは手でそっと確認するように内部を改めていた。
「たとえばだけどよ、これがお前らの作った妊娠薬じゃねえとして、材料は簡単に調達できるもんなのか。」
「ある。ただし、人道的では無いがな。」
「お前から人道的って言葉聞くと、なんかなあ…」
過去のやらかしを知っているエルマーが、苦い顔をする。ダラスはこめかみに血管を浮かばせて突っかかろうとした時、ミハエルの顔が戸惑ったように振り向いた。
「エルマーさん、無属性でしたよね。」
「ん、ああ。」
「たとえば、たとえばですよ…、」
相手の体内の成分って、変化させることができますか。
ミハエルの言葉に、エルマーは目を細める。そういえばダラスもミハエルも、無属性では無いから詳しく無いのか。エルマーは小さく頷くと、ミハエルの血で濡れた手をとった。
「ゴムで隔ててっから、うまくいじれねえけどな。突き詰めりゃできる。細胞を活性化させたり、たとえばそれを毒に変えることも。」
そういうと、ミハエルの手についた血を魔力で活性化させる。流れを作ってやりながら一塊にまとめると、塗れていた血が一箇所に固まって結晶のように変化させた。
「死因は。」
「血管に負荷がかかったことが原因です。魔力侵食の痕跡が確認できました。」
エルマーのように、無属性の魔力を持つものが関わっている。それも、ひどく面倒臭そうなやつだ。どうやら今回の事件は、一筋縄ではいかなさそうと言うことだけは明白であった。
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