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会議後、首のこりをほぐすようにしてストレッチをしていたエルマーに声をかけてきたのはジキルだった。
「あんだよ。」
「柄悪!!あんたいちいち威嚇しねえとまともに会話できねえんか!」
「はいはい今に始まったことじゃないでしょー。サディンは…ああ、もう行っちゃったかあ。」
カルマは部屋を見渡すと、サディンの座っていた場所を横目に見やる。拳を叩きつけていたのは聞こえてたが、机に亀裂が入っていた。嘘だろう。一枚板のテーブルだぞ。一体どんな力でぶっ叩いたって言うんだ。
「あのさ、ミハエルせんせの事なんだけど。」
「あー、任務の話なら俺から言っとくぜ?」
「いやそれもそうなんだけど。昼間に別件でちょっとね。」
ちろりとカルマがジキルに眴をする。エルマーは足を組んだまま胡乱げに二人を見上げると、そっと己の顔の前に手を突き出した。
「タイムぅ!それ5分で終わる話か?」
「終わらないと思う。」
「定時だ。続きは俺んち。晩飯作んなきゃいけねえんだわ。」
「主夫じゃん…。」
まさかのタンマの理由がそれだとは、二人して力が抜けてしまった。とは言っても、エルマーは結婚しているし、うちに嫁一人残しておくのが死ぬほど嫌と毎回言っているくらいには愛妻家である。
サディン団長はもう家を出ているし、うちにいるのは嫁に瓜二つのウィルというサディンの弟らしい。
毎回ミュクシルに跨って爆走して帰るほどだ。ジキルもカルマも、エルマーが首ったけの嫁さんというのが気にならないわけではない。
「で、来んの。来ねえの。」
「行きます。」
「行く。」
二つ返事で了承した。だがまさか帰宅が三人まとめてのクソほど乱暴な転移術になるとは思わず、というか普通の魔力量じゃまず無理だ。団長も底が知れないが、父親であるエルマーはもっと底が知れない。
結局三人まとめてエルマーの家の前に転移をしたのはいいが、それはもう見事に酔った。ジキルもカルマもヘロヘロになりながら、植え込みと愛し合う始末。エルマーは慣れているのか顔色一つ変えないまま玄関を開けると、元気よく帰宅の挨拶をした。
「帰ったぞー!」
「ぶぇ…、す、すげえ元気じゃん…」
「おえぇえ…」
口元を拭いながら、二人揃って真っ青な顔でエルマーに続く。チラリと見た庭さきには、恐ろしいほどに不気味な正体不明の巨大芋虫が這っている。思わず二人して二度見してしまったが、家の作りからしても頑丈な防衛魔法はかかっているくらいで、一見普通の家だ。まさかこの謎の生き物を飼って、怪しことをしているのではないかと二人は思ってしまうくらいには違和感がありすぎる。
「父さんっ!」
軽やかな声が聞こえた。どうやら息子のウィルが出迎えにきたらしい。エルマーの脇から覗くように顔を出した二人は、とんでもない美人が両手を広げてエルマーに飛びついたのを見て絶句した。
「おー、マシュマロちゃん。悪かったなあ、仕事入っちまって。」
「ん、今度埋め合わせしてくれる?」
「おう、喜んで。」
「わは、やったあ!」
エルマーの首に腕を絡ませて頬に口付けをする青年に、ジキルもカルマも呆気に取られてしまった。サディンよりも11歳下だと聞いた。ということは22歳か。年齢は10代後半くらいに見えるが、サディン団長も年齢不詳なのでこの一家は歳を食わないのだろう。
「だれ?」
「職場の同僚。ナナシは?」
「おかーさんはお風呂場でギンイロ洗ってる。」
金色の美しい瞳が二人を捉える。ペコリと頭だけで小さくお辞儀をされて、ジキルもカルマも思わず背筋が伸びた。滅多にお目にかかれない別嬪だ。変な緊張をする二人に追い討ちをかけるように、奥の扉からチャカチャカと妙な足音が聞こえてきた。
「ギンイロ、まだ拭き終わってないよう!あ、えるおかえりなさい。」
「フワアーーー!アワアワモウイラナイ!」
単眼の大きな狼のようなしゃべる犬と、獣耳の恐ろしい程の美人が顔を出したのだ。もう何があっても驚かないつもりでいたのに、この家に入ってから情報量が多い。
「生足!!!!」
「ジキルーーー!!」
ドテンと大きな音を立てながら、ジキルがすっ転んだ。わかる、カルマも腰を抜かしそうになった。
ギンイロと呼ばれた狼をよいせと抱いたナナシと呼ばれた別嬪さんの格好が、濡れたシャツ一枚だけだったのだ。
「ナナシ、俺ちょっとこいつら生ゴミにしてくっから待っててくれよな。」
「お客さんじゃないのう?」
「お客さんですう!!!」
エルマーが手をばきりと鳴らした。どうやらジキルの卒倒が癪に触ったらしい。慌ててカルマが訂正すると、ナナシと呼ばれた奥さんは、ふにゃりと微笑んでいらっしゃいと歓迎してくれた。
「おら、お前はとりあえず着替えだなあ。」
「エルマー、ナナシスキスキッテスルノー?」
「お客さんの前なんだからほどほどにしてよー、もう!」
エルマーに抱え上げられたナナシが、奥の部屋に運ばれていく。ウィルは困ったように見送ると、うちの親がすみませんと肩をすくめた。横にお座りしている単眼の狼が得体がしれなさすぎて怖い。
「とりあえず入って、ご飯は父さんがつくってくれるから、えーと、」
「ジキルです。」
「カルマです。」
二人して思わずウィルの手を握りしめてしまった。食い気味すぎたらしい。ウィルは花が綻ぶように可愛く笑う。ああ、この世の可愛いをかき集めたら、きっとこんな天使が生まれるのだろうなあ。ニコニコと互いに見つめ合っていたのも束の間のことである。
「えーと、僕は全然構わないんだけどさ。」
「俺が構うんだよなあお前ら。」
背後からがしりと両肩に腕を回された。ジキルもカルマも声のない悲鳴をあげると、二人を引きずって庭先に出ていったエルマーを見て、きちんとお着替えをしたナナシが不思議そうに首を傾げた。
「あんだよ。」
「柄悪!!あんたいちいち威嚇しねえとまともに会話できねえんか!」
「はいはい今に始まったことじゃないでしょー。サディンは…ああ、もう行っちゃったかあ。」
カルマは部屋を見渡すと、サディンの座っていた場所を横目に見やる。拳を叩きつけていたのは聞こえてたが、机に亀裂が入っていた。嘘だろう。一枚板のテーブルだぞ。一体どんな力でぶっ叩いたって言うんだ。
「あのさ、ミハエルせんせの事なんだけど。」
「あー、任務の話なら俺から言っとくぜ?」
「いやそれもそうなんだけど。昼間に別件でちょっとね。」
ちろりとカルマがジキルに眴をする。エルマーは足を組んだまま胡乱げに二人を見上げると、そっと己の顔の前に手を突き出した。
「タイムぅ!それ5分で終わる話か?」
「終わらないと思う。」
「定時だ。続きは俺んち。晩飯作んなきゃいけねえんだわ。」
「主夫じゃん…。」
まさかのタンマの理由がそれだとは、二人して力が抜けてしまった。とは言っても、エルマーは結婚しているし、うちに嫁一人残しておくのが死ぬほど嫌と毎回言っているくらいには愛妻家である。
サディン団長はもう家を出ているし、うちにいるのは嫁に瓜二つのウィルというサディンの弟らしい。
毎回ミュクシルに跨って爆走して帰るほどだ。ジキルもカルマも、エルマーが首ったけの嫁さんというのが気にならないわけではない。
「で、来んの。来ねえの。」
「行きます。」
「行く。」
二つ返事で了承した。だがまさか帰宅が三人まとめてのクソほど乱暴な転移術になるとは思わず、というか普通の魔力量じゃまず無理だ。団長も底が知れないが、父親であるエルマーはもっと底が知れない。
結局三人まとめてエルマーの家の前に転移をしたのはいいが、それはもう見事に酔った。ジキルもカルマもヘロヘロになりながら、植え込みと愛し合う始末。エルマーは慣れているのか顔色一つ変えないまま玄関を開けると、元気よく帰宅の挨拶をした。
「帰ったぞー!」
「ぶぇ…、す、すげえ元気じゃん…」
「おえぇえ…」
口元を拭いながら、二人揃って真っ青な顔でエルマーに続く。チラリと見た庭さきには、恐ろしいほどに不気味な正体不明の巨大芋虫が這っている。思わず二人して二度見してしまったが、家の作りからしても頑丈な防衛魔法はかかっているくらいで、一見普通の家だ。まさかこの謎の生き物を飼って、怪しことをしているのではないかと二人は思ってしまうくらいには違和感がありすぎる。
「父さんっ!」
軽やかな声が聞こえた。どうやら息子のウィルが出迎えにきたらしい。エルマーの脇から覗くように顔を出した二人は、とんでもない美人が両手を広げてエルマーに飛びついたのを見て絶句した。
「おー、マシュマロちゃん。悪かったなあ、仕事入っちまって。」
「ん、今度埋め合わせしてくれる?」
「おう、喜んで。」
「わは、やったあ!」
エルマーの首に腕を絡ませて頬に口付けをする青年に、ジキルもカルマも呆気に取られてしまった。サディンよりも11歳下だと聞いた。ということは22歳か。年齢は10代後半くらいに見えるが、サディン団長も年齢不詳なのでこの一家は歳を食わないのだろう。
「だれ?」
「職場の同僚。ナナシは?」
「おかーさんはお風呂場でギンイロ洗ってる。」
金色の美しい瞳が二人を捉える。ペコリと頭だけで小さくお辞儀をされて、ジキルもカルマも思わず背筋が伸びた。滅多にお目にかかれない別嬪だ。変な緊張をする二人に追い討ちをかけるように、奥の扉からチャカチャカと妙な足音が聞こえてきた。
「ギンイロ、まだ拭き終わってないよう!あ、えるおかえりなさい。」
「フワアーーー!アワアワモウイラナイ!」
単眼の大きな狼のようなしゃべる犬と、獣耳の恐ろしい程の美人が顔を出したのだ。もう何があっても驚かないつもりでいたのに、この家に入ってから情報量が多い。
「生足!!!!」
「ジキルーーー!!」
ドテンと大きな音を立てながら、ジキルがすっ転んだ。わかる、カルマも腰を抜かしそうになった。
ギンイロと呼ばれた狼をよいせと抱いたナナシと呼ばれた別嬪さんの格好が、濡れたシャツ一枚だけだったのだ。
「ナナシ、俺ちょっとこいつら生ゴミにしてくっから待っててくれよな。」
「お客さんじゃないのう?」
「お客さんですう!!!」
エルマーが手をばきりと鳴らした。どうやらジキルの卒倒が癪に触ったらしい。慌ててカルマが訂正すると、ナナシと呼ばれた奥さんは、ふにゃりと微笑んでいらっしゃいと歓迎してくれた。
「おら、お前はとりあえず着替えだなあ。」
「エルマー、ナナシスキスキッテスルノー?」
「お客さんの前なんだからほどほどにしてよー、もう!」
エルマーに抱え上げられたナナシが、奥の部屋に運ばれていく。ウィルは困ったように見送ると、うちの親がすみませんと肩をすくめた。横にお座りしている単眼の狼が得体がしれなさすぎて怖い。
「とりあえず入って、ご飯は父さんがつくってくれるから、えーと、」
「ジキルです。」
「カルマです。」
二人して思わずウィルの手を握りしめてしまった。食い気味すぎたらしい。ウィルは花が綻ぶように可愛く笑う。ああ、この世の可愛いをかき集めたら、きっとこんな天使が生まれるのだろうなあ。ニコニコと互いに見つめ合っていたのも束の間のことである。
「えーと、僕は全然構わないんだけどさ。」
「俺が構うんだよなあお前ら。」
背後からがしりと両肩に腕を回された。ジキルもカルマも声のない悲鳴をあげると、二人を引きずって庭先に出ていったエルマーを見て、きちんとお着替えをしたナナシが不思議そうに首を傾げた。
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