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 サディン達によって助け出されたミハエルが意識を取り戻したのは、それから数時間後のことであった。
 目を覚ました時のルキーノの顔と言ったら、それはもうミハエルが見たことないくらいに大泣きだ。寝具越しに、まるで覆いかぶさるかのようにわんわんと大泣きするルキーノの様子に気づいて駆けつけた、ダラス率いるエルマーたちが部屋に飛び込めば、熱でぼんやりとしたミハエルの姿を見て、一様にほっと一息ついたのだ。
 
「おかーしゃん…」
「ミ…っ、ミハエルが…っ…うぅ、う、わぁ、ああぁ…っ…」
「ルキーノ、ミハエルが苦しそうだから話してやれ…。」
 
 心配をしすぎて、一周回って顔が怖くなってしまったダラスがそっと二人に近づくと、ぽけっとするミハエルの頬を優しく撫でた。
 いつもより眉間の皺が多くなったダラスをぼんやりと見つめていたミハエルが、ようやくうちに帰ってくることができたのだと理解すると、そのまあるく大きなおめめにじわじわと涙を纏わせて、小さな声でひっくと嗚咽混じりの泣き声を漏らす。
 
「ミハエル…っ」
「ふぁ、あー…!!」
 
 離してやれと言ったダラスの方が耐えかねて、ルキーノごとキツく抱きしめた。ミハエルの小さな手は、まるで縋り付くかのように二人の服をぎゅっと握ると、肺の中に溜まっていた苦しかった感情を全て吐き出すようにわんわんと泣いた。
 
 怖かった。そう言わずとも受け取れるほどの感情がそこにはあった。犯人は、ダラスの研究によってその席を奪われたもの達であった。何よりも許せない感情が渦巻いていたダラスは、自分の腕の中に二人を抱きしめながら、その苛烈な感情をぐつぐつと煮えたぎらせていた。
 末代まで必ず根絶やしにしてやる。そんな物騒な囁きを拾ったサディンが、嗜めるようにダラスの後頭部を叩く。
 
「気持ちはわかる、だけどもう制裁は済んだ。今は父親の顔をしていろ、この絵みたいにさ。」
「ふぁ…」
 
 ミハエルが小さく反応する。サディンが手渡した一枚の草臥れた画用紙をダラスが手にとると、涙目のルキーノと共に覗き込む。そこには子供目線の抽象的でありながら、温かな気持ちが伝わってくるようなそんな絵が描かれていた。
 
「これは、」
 
 ダラスだろうか、フラスコ片手にニコニコしている絵の横に、お花を持っているルキーノを模した絵も描かれている。その二人の間に、歪ながらも満面の笑みを浮かべる小さな同じ特徴を持つ子が描かれたそれは、紛れもなく家族の絵であった。
 
「お、おとうしゃんと、おかあしゃんとね、ぼくなの…」
 
 熱だけではない、頬を染めながらぽしょぽしょと呟くミハエルに、ダラスの吊り上がり気味の切長な二重はじわりと涙を纏わせる。
 
「くれるの…?」
「うん…。」
 
 泣き顔のルキーノが、優しく微笑んでミハエルの小さな頭を撫でた。鼻の頭を真っ赤にして、親子三人揃って全員顔を濡らしている。サディンは隠しているけれどもバレている、ダラスの珍しい泣き顔を見て小さく噴き出すと、ナナシに嗜められて慌てて居住まいを正す。
 
 エルマーはそっとミハエルに近づくと、その絵を覗き込んだ。
 
「こりゃあうめえや。ナナシよりも上手だあ。」
「ミハエル、素敵な絵。ナナシにはわかる、とてもたくさん頑張ったね。」
「うん…っ!」
 
 褒められて嬉しそうに笑うミハエルは、ルキーノに抱きしめられながらふにゃりと笑う。でも、落としてしまったと思ったこの絵がなんであるんだろうと不思議そうにしていると、エルマーがサディンの首に腕を回して引き寄せた。
 
「これはミハエルの大事なもんだってよお、サディンが拾っといたんだよ。なあ?」
「っと、引っ張んないでよ父さん…。」
 
 どうやらクシャクシャになってしまったしわまでは伸ばせなかったが、土汚れはサディンが清潔魔法をかけて取り除いてくれたらしい。
 ミハエルは自分の二人への気持ちを守ってくれたことが嬉しくて、頬を染めながらサディンを見上げる。
 
「あぃがと…」
「…ミハエルが二人にそれを渡すところを見たかっただけだよ。」
 
 そう言って、宝石のように美しい瞳を柔らかく緩ませて言うと、その男らしい無骨な手からは想像がつかないほど優しく、目に溜まった涙を拭ってくれたのだ。
 
 好きになるなと言う方が無理だ。ミハエルの幼き恋の灯火は、これがきっかけで灯りを宿す。成長するにつれて、できることが増える度に育まれていった恋心は、大切に大切に磨かれる。
 
 背が伸びて、サディンとの距離が近くなる度に、心の距離も近くなっているような気がした。手を繋いだこともある、抱きしめられたことだってある。一緒にお留守番をして、お昼寝だって一緒にした。
 だから、甘えていたのかもしれない。サディンが優しくしてくれるのは、ダラスの息子だから。その事実を知ったのは、ミハエルが初めて告白をした三年前。15歳になったばかりの頃だった。
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