11 / 151
10
しおりを挟む
サディン達によって助け出されたミハエルが意識を取り戻したのは、それから数時間後のことであった。
目を覚ました時のルキーノの顔と言ったら、それはもうミハエルが見たことないくらいに大泣きだ。寝具越しに、まるで覆いかぶさるかのようにわんわんと大泣きするルキーノの様子に気づいて駆けつけた、ダラス率いるエルマーたちが部屋に飛び込めば、熱でぼんやりとしたミハエルの姿を見て、一様にほっと一息ついたのだ。
「おかーしゃん…」
「ミ…っ、ミハエルが…っ…うぅ、う、わぁ、ああぁ…っ…」
「ルキーノ、ミハエルが苦しそうだから話してやれ…。」
心配をしすぎて、一周回って顔が怖くなってしまったダラスがそっと二人に近づくと、ぽけっとするミハエルの頬を優しく撫でた。
いつもより眉間の皺が多くなったダラスをぼんやりと見つめていたミハエルが、ようやくうちに帰ってくることができたのだと理解すると、そのまあるく大きなおめめにじわじわと涙を纏わせて、小さな声でひっくと嗚咽混じりの泣き声を漏らす。
「ミハエル…っ」
「ふぁ、あー…!!」
離してやれと言ったダラスの方が耐えかねて、ルキーノごとキツく抱きしめた。ミハエルの小さな手は、まるで縋り付くかのように二人の服をぎゅっと握ると、肺の中に溜まっていた苦しかった感情を全て吐き出すようにわんわんと泣いた。
怖かった。そう言わずとも受け取れるほどの感情がそこにはあった。犯人は、ダラスの研究によってその席を奪われたもの達であった。何よりも許せない感情が渦巻いていたダラスは、自分の腕の中に二人を抱きしめながら、その苛烈な感情をぐつぐつと煮えたぎらせていた。
末代まで必ず根絶やしにしてやる。そんな物騒な囁きを拾ったサディンが、嗜めるようにダラスの後頭部を叩く。
「気持ちはわかる、だけどもう制裁は済んだ。今は父親の顔をしていろ、この絵みたいにさ。」
「ふぁ…」
ミハエルが小さく反応する。サディンが手渡した一枚の草臥れた画用紙をダラスが手にとると、涙目のルキーノと共に覗き込む。そこには子供目線の抽象的でありながら、温かな気持ちが伝わってくるようなそんな絵が描かれていた。
「これは、」
ダラスだろうか、フラスコ片手にニコニコしている絵の横に、お花を持っているルキーノを模した絵も描かれている。その二人の間に、歪ながらも満面の笑みを浮かべる小さな同じ特徴を持つ子が描かれたそれは、紛れもなく家族の絵であった。
「お、おとうしゃんと、おかあしゃんとね、ぼくなの…」
熱だけではない、頬を染めながらぽしょぽしょと呟くミハエルに、ダラスの吊り上がり気味の切長な二重はじわりと涙を纏わせる。
「くれるの…?」
「うん…。」
泣き顔のルキーノが、優しく微笑んでミハエルの小さな頭を撫でた。鼻の頭を真っ赤にして、親子三人揃って全員顔を濡らしている。サディンは隠しているけれどもバレている、ダラスの珍しい泣き顔を見て小さく噴き出すと、ナナシに嗜められて慌てて居住まいを正す。
エルマーはそっとミハエルに近づくと、その絵を覗き込んだ。
「こりゃあうめえや。ナナシよりも上手だあ。」
「ミハエル、素敵な絵。ナナシにはわかる、とてもたくさん頑張ったね。」
「うん…っ!」
褒められて嬉しそうに笑うミハエルは、ルキーノに抱きしめられながらふにゃりと笑う。でも、落としてしまったと思ったこの絵がなんであるんだろうと不思議そうにしていると、エルマーがサディンの首に腕を回して引き寄せた。
「これはミハエルの大事なもんだってよお、サディンが拾っといたんだよ。なあ?」
「っと、引っ張んないでよ父さん…。」
どうやらクシャクシャになってしまったしわまでは伸ばせなかったが、土汚れはサディンが清潔魔法をかけて取り除いてくれたらしい。
ミハエルは自分の二人への気持ちを守ってくれたことが嬉しくて、頬を染めながらサディンを見上げる。
「あぃがと…」
「…ミハエルが二人にそれを渡すところを見たかっただけだよ。」
そう言って、宝石のように美しい瞳を柔らかく緩ませて言うと、その男らしい無骨な手からは想像がつかないほど優しく、目に溜まった涙を拭ってくれたのだ。
好きになるなと言う方が無理だ。ミハエルの幼き恋の灯火は、これがきっかけで灯りを宿す。成長するにつれて、できることが増える度に育まれていった恋心は、大切に大切に磨かれる。
背が伸びて、サディンとの距離が近くなる度に、心の距離も近くなっているような気がした。手を繋いだこともある、抱きしめられたことだってある。一緒にお留守番をして、お昼寝だって一緒にした。
だから、甘えていたのかもしれない。サディンが優しくしてくれるのは、ダラスの息子だから。その事実を知ったのは、ミハエルが初めて告白をした三年前。15歳になったばかりの頃だった。
目を覚ました時のルキーノの顔と言ったら、それはもうミハエルが見たことないくらいに大泣きだ。寝具越しに、まるで覆いかぶさるかのようにわんわんと大泣きするルキーノの様子に気づいて駆けつけた、ダラス率いるエルマーたちが部屋に飛び込めば、熱でぼんやりとしたミハエルの姿を見て、一様にほっと一息ついたのだ。
「おかーしゃん…」
「ミ…っ、ミハエルが…っ…うぅ、う、わぁ、ああぁ…っ…」
「ルキーノ、ミハエルが苦しそうだから話してやれ…。」
心配をしすぎて、一周回って顔が怖くなってしまったダラスがそっと二人に近づくと、ぽけっとするミハエルの頬を優しく撫でた。
いつもより眉間の皺が多くなったダラスをぼんやりと見つめていたミハエルが、ようやくうちに帰ってくることができたのだと理解すると、そのまあるく大きなおめめにじわじわと涙を纏わせて、小さな声でひっくと嗚咽混じりの泣き声を漏らす。
「ミハエル…っ」
「ふぁ、あー…!!」
離してやれと言ったダラスの方が耐えかねて、ルキーノごとキツく抱きしめた。ミハエルの小さな手は、まるで縋り付くかのように二人の服をぎゅっと握ると、肺の中に溜まっていた苦しかった感情を全て吐き出すようにわんわんと泣いた。
怖かった。そう言わずとも受け取れるほどの感情がそこにはあった。犯人は、ダラスの研究によってその席を奪われたもの達であった。何よりも許せない感情が渦巻いていたダラスは、自分の腕の中に二人を抱きしめながら、その苛烈な感情をぐつぐつと煮えたぎらせていた。
末代まで必ず根絶やしにしてやる。そんな物騒な囁きを拾ったサディンが、嗜めるようにダラスの後頭部を叩く。
「気持ちはわかる、だけどもう制裁は済んだ。今は父親の顔をしていろ、この絵みたいにさ。」
「ふぁ…」
ミハエルが小さく反応する。サディンが手渡した一枚の草臥れた画用紙をダラスが手にとると、涙目のルキーノと共に覗き込む。そこには子供目線の抽象的でありながら、温かな気持ちが伝わってくるようなそんな絵が描かれていた。
「これは、」
ダラスだろうか、フラスコ片手にニコニコしている絵の横に、お花を持っているルキーノを模した絵も描かれている。その二人の間に、歪ながらも満面の笑みを浮かべる小さな同じ特徴を持つ子が描かれたそれは、紛れもなく家族の絵であった。
「お、おとうしゃんと、おかあしゃんとね、ぼくなの…」
熱だけではない、頬を染めながらぽしょぽしょと呟くミハエルに、ダラスの吊り上がり気味の切長な二重はじわりと涙を纏わせる。
「くれるの…?」
「うん…。」
泣き顔のルキーノが、優しく微笑んでミハエルの小さな頭を撫でた。鼻の頭を真っ赤にして、親子三人揃って全員顔を濡らしている。サディンは隠しているけれどもバレている、ダラスの珍しい泣き顔を見て小さく噴き出すと、ナナシに嗜められて慌てて居住まいを正す。
エルマーはそっとミハエルに近づくと、その絵を覗き込んだ。
「こりゃあうめえや。ナナシよりも上手だあ。」
「ミハエル、素敵な絵。ナナシにはわかる、とてもたくさん頑張ったね。」
「うん…っ!」
褒められて嬉しそうに笑うミハエルは、ルキーノに抱きしめられながらふにゃりと笑う。でも、落としてしまったと思ったこの絵がなんであるんだろうと不思議そうにしていると、エルマーがサディンの首に腕を回して引き寄せた。
「これはミハエルの大事なもんだってよお、サディンが拾っといたんだよ。なあ?」
「っと、引っ張んないでよ父さん…。」
どうやらクシャクシャになってしまったしわまでは伸ばせなかったが、土汚れはサディンが清潔魔法をかけて取り除いてくれたらしい。
ミハエルは自分の二人への気持ちを守ってくれたことが嬉しくて、頬を染めながらサディンを見上げる。
「あぃがと…」
「…ミハエルが二人にそれを渡すところを見たかっただけだよ。」
そう言って、宝石のように美しい瞳を柔らかく緩ませて言うと、その男らしい無骨な手からは想像がつかないほど優しく、目に溜まった涙を拭ってくれたのだ。
好きになるなと言う方が無理だ。ミハエルの幼き恋の灯火は、これがきっかけで灯りを宿す。成長するにつれて、できることが増える度に育まれていった恋心は、大切に大切に磨かれる。
背が伸びて、サディンとの距離が近くなる度に、心の距離も近くなっているような気がした。手を繋いだこともある、抱きしめられたことだってある。一緒にお留守番をして、お昼寝だって一緒にした。
だから、甘えていたのかもしれない。サディンが優しくしてくれるのは、ダラスの息子だから。その事実を知ったのは、ミハエルが初めて告白をした三年前。15歳になったばかりの頃だった。
0
お気に入りに追加
315
あなたにおすすめの小説
守り人は化け物の腕の中
だいきち
BL
【二百年生きる妖魔ドウメキ✕虐げられた出来損ないの青年タイラン】
嘉稜国には、妖魔から国を守る守城というものがいる。
タイランは、若くして守城を務める弟に仕向けられ、魏界山に眠る山主の封呪を解くこととなった。
成人してもなお巫力を持たない出来損ないのタイランが、妖魔の蔓延る山に足を踏み入れるのは死ぬことと同義だ。
絶望に苛まれながら、山主の眠る岩屋戸へと向かう道中、タイランは恐れていた妖魔に襲われる。
生を諦めようとしたタイランの目覚めを待つかのように、語りかけてくる不思議な声。それは、幼い頃からずっと己を見守ってくれるものだった。
優しい声に誘われるように目覚めたタイランの前に現れたのは、白髪の美丈夫【妖魔ドウメキ】
怪しげな美貌を放ちながらも、どこか無邪気さを滲ませるこの妖魔は、巫力を持たぬタイランへと押し付けるように守城と呼んだ。
一方的に閉じ込められた、ドウメキの住まう珠幻城。出口の見えぬ檻の中で、タイランは身に覚えのない記憶に苛まれる。
それは、ドウメキを一人残して死んだ、守城の記憶であった。
これは秘密を抱えた妖魔ドウメキと出来損ないのタイランの切ない恋を描いた救済BL
※死ネタ有り
※流血描写有り
※Pixivコンペ分を加筆修正したものです
※なろうに転載予定
◎ハッピーエンド保証
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる