こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

文字の大きさ
上 下
10 / 151

9

しおりを挟む
 その頃ミハエルは、寝巻きの身という薄着だけが理由ではない震えに身を苛まれながら、大きな目に涙をたくさん溜めて小さくなっていた。
 なんか、変だなあ。ミハエルがそう思ったことは正しくて、乱暴に走り出した馬車に身を浮かせたミハエルを気にするでもなく、荷台に乗った男は紫煙を燻らせる。
 生まれつき気管支が弱かったミハエルは、外の寒暖差だけでも喉を痛めてしまう。小さなお手てでお口を抑えながら、ケホケホと咳をする幼児に、男は面倒臭そうに眉を寄せながらタバコを揉み消す。
 
「当てつけかあ?面倒くせえなあったく、おら。これで満足か。」
「けほっ…うぅ…おとーしゃあん…」
「だあああああああもおおおお!!!!」
「ひぅ…っ…」
 
 まるで癇癪を起こすかのように、ミハエルのうずくまっていた横の壁を勢いよく蹴り上げた。ミハエルの知る大人の中に、そんな乱暴なことをする人はいない、突然の理不尽な暴力に小さく息をつめると、男は小さくなって震えるミハエルの様子に満足げに笑う。
 己の加虐心が満たされる。間違いなくミハエルにとっての身の危険は、目の前の男であった。
 馬車が止まる。どうやら目的地に着いたらしい。乱暴にミハエルの襟首を掴むと、まるで荷物を持つかのように引き摺り下ろす。
 
「や、やぁ…やあぁ…ま、ままぁ…お、おとうしゃ…っ!」
「おいおいあんま手荒くすんなよ、ガキだぜ?」
「こいつ見てっとイライラすんだよ。ぴいぴい泣きやがって、うるさくてかなわねえ。」
 
 小さな手には、まだ絵がしっかりと握りしめられていた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は一体何を間違えてしまったのだろう。幼い心の内側は、どんどんと悲しみの色で満たされていく。今日は特別な日になるはずだったのに。両手で握りしめた絵は、ミハエルが恐怖を堪えるたびにどんどん皺くちゃになってしまい、これじゃあもうプレゼントというにはあんまりな代物になってしまっていた。
 
「ふ、ぇっ…えほっ…うわぁ、あ、ああぁん…っ…けほっ…」
 
 静かな夜に、堪えきれなかったミハエルの悲痛な泣き声が木霊する。流石に寝静まった夜にこれは目立つと思われたのか、もう一人の男が舌打ちをし、嫌がるミハエルの口に無理やり布を噛ませ、その小さな体を縛り付ける。そんなことをするものだから、ミハエルの大切に守ってきた絵は、ミハエルの手からするりと抜けてしまった。黒い地面の上にパサりと落ちたそれがもの悲しい。決壊した涙は止まるところを知らずに、ひぅひぅと嗚咽混じりの呼吸しかできなくなっていた。
 
「ふぅ、うー…ンン…ひぅ…」
「黙らねえと埋めるぞクソガキ!」
「おい、お前がうるせえっての。」
「あぁ!?」
 
 口喧嘩のようなやり取りを繰り返しながら、男たちは廃れた家屋に入っていく。ここはどうやら墓地のようだった、ミハエルは墓場というのは、お化けがたくさん出るところというイメージを持っていた。お化けは怖い、おじちゃんたちも怖い、どうしよう、死んじゃうのかもしれない。ヒックと喉を震わせたミハエルは、寒さと恐怖でだんだんと呼吸が辛くなってきた。苦しい、この布をとってほしい。
 ミハエルの口から溢れた唾液が、じんわりと布に染み込んでいく。それもなんだか気持ち悪くて、小さくえずく幼児の様子に小さく舌打ちが返された時だった。
 
 がたたっ、と強い風に煽られたかのような家鳴りだった。窓を見ると、墓地に生えている柳の木は特に葉擦れを起こしているわけでもない。特段強い風が吹いた様子もない外の景色を不振がった男の一人が、家の外に出た時だった。
 
「う、うわあああああ!!!!」 
 
 突然悲鳴が上がって、外に出た男が宙吊りになった。何があったと慌ててミハエルを鷲掴んだもう一人の男は、その首元にナイフを突きつけて身構える。
 
「そんな物騒なもん当てないでくれ。」
「ぇ」
 
 構えていた男の後ろから声がしたかと思うと、窓ガラスを突き破って生えた手が男の頸椎を鷲づかむ。そのまま勢いよく引き抜かれるようにして引き倒される瞬間、男は上空で頭を異形の化け物に鷲掴まれている仲間が目に入った。
 
「んぅ、うっ…!」
 
 まるで釣られるかのように浮かび上がったミハエルの小さな体が、がしりとした男らしい腕に包まれる。涙で濡れた薄緑色の瞳が写したのは、丸い満月を透かしたかのような美しい金色の瞳をした、サディンの姿だった。
 
 危なげなくミハエルを受け止めたサディンが、ミハエルの小さな体を抱き込む。
 
「よく頑張ったなミハエル、えらいぞ。」
「ふぅ、うー…っ…」
 
 まるでその光景を見せないといわんばかりに抱き込まれたミハエルは、サディンの腕の中で男二人の悲鳴を聞いた。まるで喉をひねられたかのような酷い濁声と、何かを外すような鈍い音。ようやく終わった頃には、ミハエルはぐったりとした様子でサディンの胸元にもたれかかっていた。
 
「ミハエル…?おい、…父さん!ダラス!」
 
 顔が赤く、浅い呼吸の様子のおかしいミハエルに、サディンは慌ててその体の拘束を外した。小さな体を着ていた外套で包み込んだサディンは、駆けつけたダラスとエルマーに少しだけ焦ったような声で言う。
 
「呼吸がおかしい、ダラス、ミハエルに持病はあるか。」
「ミハエル…!!」
「落ち着けダラス、まずは治癒かけてやんねえと。」
 
 ひゅうひゅうと呼吸を繰り返す愛息子の容態に顔を一気に青ざめさせる。エルマーの一言に数度頷くと、サディンに抱き抱えられるミハエルの小さな体に少しずつ治癒を施した。
 必死な顔をして治癒を施す、会いたかった父親であるダラスの姿を認めると、ミハエルはひどく安心したらしい。子どもらしい柔らかな頬に一筋の涙をこぼして、まるで沈み込んでいくように意識を手放した。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...