こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 初恋は実らないと最初に言った人は、一体どんな気持ちだったのだろう。その人はきっと、物陰からそっと思い人を見守るような、そんな人だったのだろうか。
 
 ミハエルは、そんなことを思いながら、そっと本を閉じる。表紙は、市井で流行りの恋愛小説だ。ついさっき医務室を出て行った者の忘れ物で、どうやらその者にとっての恋愛の指南書でもあるらしい。歯の浮くようなセリフの部分には付箋が貼っており、ミハエルはなんとなく気になって、そのページを捲ったのであった。
 
「…、身分や年齢など関係はない、お前に捧げるのは、この身の魂ただ一つだ。」
 
 その一文をそっと唇に乗せて、言葉を紡ぐ。目を瞑り、ゆっくり深呼吸をした。
 こんな言葉、言ってもらえたらどれだけ幸福なことだろう。
 赤髪が美しい、ミハエルの思い人。金の眼はまるで、透き通った聖魔石のような美しさである。
 
「サディン…、くん。」
 
 君なんて付けるのはやめてくれ。きっと彼は困ったようにそういうのだろう。なんてったって、ミハエルの思い人は父上と同い歳である。
 父にも行っていないこの気持ちではあるが、どうやら母は薄々感づいているようであった。誰とまでは聞かないが、多分恋をしていることはバレている。

 なんだか名残惜しくて、もう一度本を見つめる。恋愛小説の主人公を自分に重ねてみても、性別が違うからそこまで楽しむこともできなさそうだ。それに、理想と現実の差に落ち込むなんて愚行はしたくない。

「でも、」
 
 サディンの声で、この本と同じセリフを言われたら、と想像して、ミハエルの美しい顔はそっと色づく。頬に手を添えて、まるで耳元に口づけるかのように顔を寄せてくれたら、僕は…。
 緑の瞳は想像の思い人に甘やかに囁かれた余韻で、艶めいた輝きを放っていた。
 
「いけません、はしたないことを…、」
 
 何をやっているのだ。そんな想像、虚しくなるだけなのに。ミハエルは気持ちを切り替えるためにカップの水を一口飲む。僅かだがこの身の火照りが少しだけマシになった気がした。
 だめだなあ、もしかして思春期ってまだつづくのだろうか。自然と出る溜息は少しだけ、情けない気持ちも混ざっていた。

 コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響く。
 
「はい、今開けます!」
 
 飲み掛けのカップをそっと置くと、ゆっくりと扉を開いた。ミハエルの目の前には申し訳なさそうな顔をした騎士が立っており、ミハエルが顔を覗かせるとじんわりと頬を染めた。
 
「あ、あの。ここに本とかって…」
「ああ、先ほどの人でしたか。騎士服を着ていたので別の方かと…、はい、少々お待ちくださいね。」
「すみません、それ俺の恋人から借りたもので、決して俺のではないのですが…。」
 
 どうやら見られるのが恥ずかしい本だったらしい。言い訳混じりなことを言う騎士の気持ちを汲んでやるように、そうなんですねと答えると、ミハエルは付箋の貼られたそれを手に取った。
 
「すみません、どこかに名前が書いてあるかなと思って、ちょっと読んじゃいました。」
「あ、いや…そ、それは全然…。」
「よかった、はい、どうぞ。あと数分遅ければ、管理棟に持って行ってしまうところでした。」
 
 男は花のようにほころんだ顔をしたミハエルを見て目を泳がせた。母親のルキーノ医師と同じく、美しい顔立ちをしているミハエルは、騎士棟に詰める男たちからは白百合の君と呼ばれていた。
 むさっ苦しい男どもの集まる場所から程近い医務室は、ルキーノとミハエルの担当の日だけは人が集まってくる。
 父親であるダラスが詰める時もあるのだが、その日に限っては患者はおらず、医務室って暇だなあと漏らす父親を見て、ミハエルはいつもそうかなあなどと返すのであった。
 
「あの、ミハエル医師はこの後お時間はございますか。」
「え、ああ…そうですね、父のところによった後なら空いておりますが。」
「ダッ、ダラス局長の元ですかぁ…あ、あはは…、」
 
 男はダラスと聞いて、冷や汗を吹き出した。ダラス国家産業支援研究局局長兼、医術局局長補佐でもあるダラス医師は、いわゆるマッドサイエンティストであった。何を隠そう皇国内の男性妊娠を可能にした稀代の大魔道士でもある。
 
 医術局の初代白百合であるルキーノ医師とは兄弟でありながら婚姻関係を結んでおり、顔立ちはすこぶる良いが口は悪い。そして兄弟という枠組みを超えて弟を孕ませたという事実から、人として何か欠落した部分があるというのは周知の事実であった。
 そんな恐ろしい父親の血を引くのが、目の前の美しい人だというから世の中は難儀なものである。
 
「あの…、」
「や、あの、やっぱりやめておきます。ミハエル医師の研究の邪魔はしたくありませんので。」
 
 それでは、と一礼をして医務室を後にする男を見送りながら、ミハエルは頓珍漢なことを思っていた。
 
「僕が断りづらいと思っていたことを、察していただけたのだろうか。」
 
 人の心の機微までに視線を巡らせる騎士の方々の繊細な心配りは、見習わはなくてはいけないなあと静かに思ったのであった。
  
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