狼王の贄神子様

だいきち

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 二人の関係に変化が出てから、もう一ヶ月が経とうとしていた。あれからロクとミツは時間を見つけるように逢瀬を重ねて、手を繋いで街を散策するまでに成長した。
 多分浮かれている、四六時中お互いのことを考えてしまうし、口付けをしたらその先も期待してしまうほどには頭がふやけている。

「で、一ヶ月も経ってるのにまだセックスしてねえの?童貞か」
「俺ん時、付き合う前にしちゃったけどな。ヘルグと」
「ニルだって同じようなもんでしょ、まあ、ロクには悪いけど、多分俺らまともに相談受けれねえよ」

 見てみろよこのメンツ。フリヤの店で、恋人持ちが雁首揃えて介している。そもそも恋人期間から番いになるまでの速さが尋常ではないものばかりである。ロクは頭が痛そうにため息を吐いた。

「てかさ、いや相談されるのはやぶさかじゃないんだけど……お前らの恋愛変じゃない?」
「何がだ」
「いや、なんでキスするだけなのに平均を知ろうとするんだよ。ミツちゃんだって、ウメノなんかに聞いてもわかんないでしょうに」
「適任者だろう。あいつもミツと同じ体格だしな」
「いや体格で相談すんなよ体格で」

 ミツはというと、今はウメノのところで相談をしに行っている。ロクに教わった刺繍で治癒布を作ることにしたらしく、そのアドバイスをもらいに行くうちに仲良くなったのだ。
 今やティティアとも気軽に話す中らしい。人懐っこさがかわれて、たまに侍従の針仕事なども手伝っているとかなんとか。ロクからしてみれば、城内でミツの姿を見かけるのは嬉しい誤算だが、仕事にならなくなるのも確かだ。

「みろよ、またロクが難しい顔してるぜ」
「つかお前、ミツの尻にとうもろこし突っ込むんじゃなかったのかよ」
「お前は何を抜かしている……?」
「え? 俺もそうだって聞いたけど⁉︎」

 何やらとんでもない誤解が生じている。ロクは信じられないものを見るような瞳で、驚愕をしている二人を見た。ハニはというと、軽く引いた目でロクを見つめている。そんな目で見られる筋合いなんぞ微塵もないはずだ。ロクは背中に嫌な汗をかきながら、しっかりと否定をした。

「あんな小さな体にそんなものを入れてしまったら死んでしまう」
「でもそのうちお前のチンコいれんぶ、っ」
「今のはニルが悪いと思うな俺」

 ニルの顔がしっかりとカウンターにめり込んだ。このままでは、ロクの血管がいくつあっても足りないだろう。顔にわかりやすく不服を貼り付ける。ティティアからは随分と人間味のある表情ができるようになったと言われたが、絶対にロクはこいつらのおかげだとは思いたくない。

「まあなんでもいいよ、難しいこと考えてないでさ。キスもセックスも雰囲気が大事でしょ。つかロクは童貞なの」
「経験がないわけじゃない」
「じゃあわかってんでしょ。最初の相手とはどうやったのさ?」
「どうもしない、向こうが好き勝手やっていただけで、俺はただ眺めるだけだった」
「うわ、もしかして愛情とかない感じ?」
「ない。疲れただけだった、俺は座っていただけだが」

 なんだか開いてはいけない記憶の扉を前にしている気がする。ハニは顔に面倒臭いを貼り付けると、助けを求めるようにフリヤを見る。

「ま、まあ、割礼みたいな感じだよ。族長を期待される男には女が当てがわれるし。てか、なんでロクはここにいるの?」
「俺にはあそこの風土が合わなかった。お前も同じだろう」

 コランダムの瞳に見つめられて、フリヤが苦笑いを浮かべる。鬼族は適齢期になると、より強い雄の子孫を残すために女が当てがわれる。同意のないまま強要される行為が苦痛で、ロクは村を出た。村では、好きあうのがどういうものかがわからなかった。けれど、外の世界を知ってからロクは変わった。
 カエレスの元に傅くようになってから、己の手が壊すだけじゃないことを知ることができたのだ。恋愛感情が己にもあるのだと知ったのは、ミツのおかげだが。

「まあ、俺らの村は特殊だからさ。というか……」
「なんだ」
「そういうのって、結構不意打ちとかの方がいいんじゃね? 今からキスをしますって言っても、お互い身構えるだけでしょ」
「……フリヤがこの中では一番聡明だな」

 まともな答えがようやく出た。となれば不意打ちを狙うしかないのかと考えて、ロクは難しい顔をした。

「闇討ちで不意をついたことはあるんだがな」
「それ仕留めてんじゃん」

 恋愛童貞はこれだから。小馬鹿にするように笑うニルに、フリヤが満面の笑みで頭を叩く。不意を考えるものでもないというのはわかっているが、思考の海に入ると納得するまで没頭してしまう。まさかここにきて己の短所が曝け出されるとは思いもよらなかった。


 フリヤの店での恋愛相談も、結局ロクが黙りこくってしまったのでお開きになってしまった。
 ミツは、うまい具合に話を聞けたのだろうか。城にいることを知っているからか、ロクの足は休日なのに己の職場へと向いていた。他人の恋模様を知りたいなんて、今まで微塵も思ってこなかった。身近な参考対象は特殊な番い方をしているものばかりで、何が正解かもわからない。過去にミツはどんな恋愛をしてきたのだろうと考えて、己が過去の男よりも劣っている可能性を考えて思考をやめた。

「あ、ロクさん!」
「ミツ」
「お迎えありがとうございます! 今日、ウメノさんのところで面白い話を聞きましたよ!」
「なんだ、聞かせてくれ」

 小柄な体が、転がるように駆け寄ってくる。差し出す間も無く手を握られて、少しだけ面映い。ささやかな触れ合いだけでも、いいかも知れない。ぬるま湯浸かるような恋愛が、己には向いているのかも知れないと思った。





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