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「いつまでしょげてる」
「……しょげて、ない」
「随分とバレる嘘をつくんだな、お前は」
呆れたような、少しだけ笑いまじりのヘルグの声がした。病室の、白い床を見つめていたハニの手が、きゅうっと縮こまる。
まろい頰に無骨な手が触れると、観念するように顔を上げた。
「泣きそうだ」
「お、俺」
「辞めるとか言うなよ、ハニ」
ヘルグの灰色の瞳が、真っ直ぐにハニを映していた。
辞めたい、という言葉を遮られて、ハニは出かけた本音が喉に使えて、喘ぐように酸素を取り込んだ。
ひっく、と喉が震えた。ヘルグの瞳に閉じ込められたハニが、ぼたりと涙を流した。
あれだけ見られたくなかった、情けない顔を晒している。大人なのに、気を抜いてしまえば泣き声も漏れてしまいそうだった。
嫌だ、見られたくない。手で顔を隠そうとして、出来なかった。ヘルグの大きな手のひらがハニの手を引いたのだ。強引な強さではない、ハニの意思を窺うような優しい力加減だ。
ハニは流されるままに、立ち上がったヘルグに抱き締められた。
厚みのある鍛えられた体は今、ハニを守った傷を覆うように包帯が巻かれている。
「頑張った」
「う、ぅう……っ、く」
「お前は、立派に向き合った。それは、俺がきちんと見ていたぞ」
「ぅ、ン゙……っ……」
ひどい声だ。それでも、ヘルグは笑わずに抱きしめてくれる。
ハニの涙が、じわじわと白い包帯に染み込んでいく。胸板に手を添えて体を離そうとすれば、大きな手のひらがそっとハニの髪を撫でた。
(離れなきゃ、だめなのに)
「もうすこし、このままでいい」
「見られたら、め、迷惑かかる」
「だれにだ」
「へ、ヘルグに」
暖かい体温も、安らげる手のひらも。今のハニにとっては何者にも代えがたいほど、心が欲している。それでも、口さがない噂にヘルグが巻き込まれる事を天秤にかけてしまえば、もっとを求めることも躊躇われる。
「っ、はな、はなせ」
「だれに、言われた」
「うぇ、っ」
背中に回された腕に力が入る。ヘルグの声は、少しだけ低かった。恐る恐る、ハニは顔色を窺うように見上げた。
灰色の、澄んだ瞳に閉じ込められていたのは、だらしのない顔をした己自身だ。
「……おれ、……あんたといると、きっと泣く」
「……」
「じ、自分が、っ……なんにも、できないやつだって、自覚するから……っ、まもりたい、やつも……おれ、ま、守れなかっ、た」
ハニが、もっとちゃんと強かったら。ヨギを気にかけていれば。なによりも己の村のことを考えていれば。
沢山の後悔が、滾々と胸の内側に湧き上がる。兎だから、弱いから何も守れない。誰かのために尽くしたくても、うまくいかない。
努力を受け入れられない。独りよがりの好意でヨギを苦しめ、助けられなかったことが、己の力不足を示す何よりの証明だ。
ハニの頬を滑る涙を、ヘルグの指先が受け止めた。
「お前は……、少し欲張りがすぎる」
ヘルグの言葉に、オアシスの瞳が揺れた。灰色の瞳は、静かにハニを見つめ返す。
「全てお前が守っていたら、誰がお前を助けるんだ」
「っだ、だって」
「己の力量を理解するのも、強さの一つだ。それに、お前は自身の本当の強さを理解していない」
「本当の、つよさ……?」
無骨な手のひらが、ハニの手を取った。薄い手のひらを覆う、白い肌に似合わぬ皮の手袋。
差し込まれたヘルグの指が、ゆっくりとハニの手に重ねるようにそれを取り去った。
現れた素肌は、氷結魔法の練度を上げてきたハニの、努力の痕が散らばっていた。
「諦めない、執念深く一つのことを貫く。この手はお前よりも雄弁だな」
「それは、ナメられないためで……」
「その努力を、普通と取っている。それができるものが限られていることは、俺が一番理解している」
薄い手のひらに指が絡まる。節ばったヘルグの手は大きくて、細かな傷が目立った。ハニの手と同じ、マメを潰して育てたものだ。
まだ、ハニの手はヘルグのように皮に厚みはない。剣を握るよりも、術を操る方が多いからだ。
同じ数だけの努力を、手のひらに重ねている。ヘルグの言葉の意味がわかったとき、ハニは胸の内側が熱くなった。
「泣いていい、お前の悲しみも全部、俺が一番近くで受けとめてやる」
「それは、……」
「何のために背中に傷を作ったと思う。お前はその責任を、俺の側で一生背負っていけ」
ハニの手の甲へと、唇を寄せる。横暴にも聞こえるヘルグの言葉に、ハニは白い肌をじわじわと染めていった。
「なんで……」
「なんではいらない。いるのは、お前の素直だけだ」
ヘルグの触れたところが熱い。振り払うこともできるはずなのに、安心できる手のひらを知ってしまった今、それに抗うことはできなかった。ずっと、強くならなくてはと思い、背筋を伸ばして生きてきた。もう、いいのだろうか。
ヘルグの鼻先が、そっとハニの髪に寄せられた。思わず竦ませた身を宥めるように背中を撫でられて、ゆっくりと体の力を抜く。柔らかい唇が額に触れて、微かに肩が跳ねた。
「……目を瞑れ、すぐに終わる」
「や、わ、わかんない」
「大丈夫だ、委ねろ」
この声は、駄目だ。従いたくなってしまう。ヘルグの唇が、額から頬へ、柔らかく啄むように降ってくる。気がつけばハニは、ヘルグの手に縋るように指を絡めていた。
まつげが触れ合うような距離で視線が重なり、唇に呼気が触れた。思わず絡めた手に力が入ると、大きな手のひらが後頭部を支えるようにして唇が重なった。
「……しょげて、ない」
「随分とバレる嘘をつくんだな、お前は」
呆れたような、少しだけ笑いまじりのヘルグの声がした。病室の、白い床を見つめていたハニの手が、きゅうっと縮こまる。
まろい頰に無骨な手が触れると、観念するように顔を上げた。
「泣きそうだ」
「お、俺」
「辞めるとか言うなよ、ハニ」
ヘルグの灰色の瞳が、真っ直ぐにハニを映していた。
辞めたい、という言葉を遮られて、ハニは出かけた本音が喉に使えて、喘ぐように酸素を取り込んだ。
ひっく、と喉が震えた。ヘルグの瞳に閉じ込められたハニが、ぼたりと涙を流した。
あれだけ見られたくなかった、情けない顔を晒している。大人なのに、気を抜いてしまえば泣き声も漏れてしまいそうだった。
嫌だ、見られたくない。手で顔を隠そうとして、出来なかった。ヘルグの大きな手のひらがハニの手を引いたのだ。強引な強さではない、ハニの意思を窺うような優しい力加減だ。
ハニは流されるままに、立ち上がったヘルグに抱き締められた。
厚みのある鍛えられた体は今、ハニを守った傷を覆うように包帯が巻かれている。
「頑張った」
「う、ぅう……っ、く」
「お前は、立派に向き合った。それは、俺がきちんと見ていたぞ」
「ぅ、ン゙……っ……」
ひどい声だ。それでも、ヘルグは笑わずに抱きしめてくれる。
ハニの涙が、じわじわと白い包帯に染み込んでいく。胸板に手を添えて体を離そうとすれば、大きな手のひらがそっとハニの髪を撫でた。
(離れなきゃ、だめなのに)
「もうすこし、このままでいい」
「見られたら、め、迷惑かかる」
「だれにだ」
「へ、ヘルグに」
暖かい体温も、安らげる手のひらも。今のハニにとっては何者にも代えがたいほど、心が欲している。それでも、口さがない噂にヘルグが巻き込まれる事を天秤にかけてしまえば、もっとを求めることも躊躇われる。
「っ、はな、はなせ」
「だれに、言われた」
「うぇ、っ」
背中に回された腕に力が入る。ヘルグの声は、少しだけ低かった。恐る恐る、ハニは顔色を窺うように見上げた。
灰色の、澄んだ瞳に閉じ込められていたのは、だらしのない顔をした己自身だ。
「……おれ、……あんたといると、きっと泣く」
「……」
「じ、自分が、っ……なんにも、できないやつだって、自覚するから……っ、まもりたい、やつも……おれ、ま、守れなかっ、た」
ハニが、もっとちゃんと強かったら。ヨギを気にかけていれば。なによりも己の村のことを考えていれば。
沢山の後悔が、滾々と胸の内側に湧き上がる。兎だから、弱いから何も守れない。誰かのために尽くしたくても、うまくいかない。
努力を受け入れられない。独りよがりの好意でヨギを苦しめ、助けられなかったことが、己の力不足を示す何よりの証明だ。
ハニの頬を滑る涙を、ヘルグの指先が受け止めた。
「お前は……、少し欲張りがすぎる」
ヘルグの言葉に、オアシスの瞳が揺れた。灰色の瞳は、静かにハニを見つめ返す。
「全てお前が守っていたら、誰がお前を助けるんだ」
「っだ、だって」
「己の力量を理解するのも、強さの一つだ。それに、お前は自身の本当の強さを理解していない」
「本当の、つよさ……?」
無骨な手のひらが、ハニの手を取った。薄い手のひらを覆う、白い肌に似合わぬ皮の手袋。
差し込まれたヘルグの指が、ゆっくりとハニの手に重ねるようにそれを取り去った。
現れた素肌は、氷結魔法の練度を上げてきたハニの、努力の痕が散らばっていた。
「諦めない、執念深く一つのことを貫く。この手はお前よりも雄弁だな」
「それは、ナメられないためで……」
「その努力を、普通と取っている。それができるものが限られていることは、俺が一番理解している」
薄い手のひらに指が絡まる。節ばったヘルグの手は大きくて、細かな傷が目立った。ハニの手と同じ、マメを潰して育てたものだ。
まだ、ハニの手はヘルグのように皮に厚みはない。剣を握るよりも、術を操る方が多いからだ。
同じ数だけの努力を、手のひらに重ねている。ヘルグの言葉の意味がわかったとき、ハニは胸の内側が熱くなった。
「泣いていい、お前の悲しみも全部、俺が一番近くで受けとめてやる」
「それは、……」
「何のために背中に傷を作ったと思う。お前はその責任を、俺の側で一生背負っていけ」
ハニの手の甲へと、唇を寄せる。横暴にも聞こえるヘルグの言葉に、ハニは白い肌をじわじわと染めていった。
「なんで……」
「なんではいらない。いるのは、お前の素直だけだ」
ヘルグの触れたところが熱い。振り払うこともできるはずなのに、安心できる手のひらを知ってしまった今、それに抗うことはできなかった。ずっと、強くならなくてはと思い、背筋を伸ばして生きてきた。もう、いいのだろうか。
ヘルグの鼻先が、そっとハニの髪に寄せられた。思わず竦ませた身を宥めるように背中を撫でられて、ゆっくりと体の力を抜く。柔らかい唇が額に触れて、微かに肩が跳ねた。
「……目を瞑れ、すぐに終わる」
「や、わ、わかんない」
「大丈夫だ、委ねろ」
この声は、駄目だ。従いたくなってしまう。ヘルグの唇が、額から頬へ、柔らかく啄むように降ってくる。気がつけばハニは、ヘルグの手に縋るように指を絡めていた。
まつげが触れ合うような距離で視線が重なり、唇に呼気が触れた。思わず絡めた手に力が入ると、大きな手のひらが後頭部を支えるようにして唇が重なった。
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