狼王の贄神子様

だいきち

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『実力を見せ、まわりを納得させてご覧。種族で縛られるものなんてないと、ハニが証明してみせるんだ』

  手綱を握る手に力が入る。下等といわれる兎族の中でも、特に数が少ない雪兎族がハニの生まれだった。
 そんな存在が、兵になるための志願を許され、カエレスによって兵として認められたのだ。
 それがどれほど大きなことかは、兵士であれば知らないものはいない。
 草食のみが暮らす、貧困地区を無くす。ハニの村は、カエレスによって奪われずに済んだのだ。
 ハニが、一番過酷な東門に選ばれたのは、肉食獣人達を認めさせろということだと理解している。カエレスによって、ハニは草食獣人達の灯火になれと言われているのだ。

(自分の立場くらい、理解している)

 スレイヤの長い尾が風で流れていく。心地よい蹄の音が、ささくれだったハニの心を鎮めてくれるようだった。
 ササラ石群まで、真っ直ぐに走り続けた。南門が見えてきたところで、ハニはスレイヤの速度を緩めた。
 木でできた見上げるほど大きな門の前にいたのは、獅子獣人が二人であった。鋭い黄金色の瞳が、ハニを前に細まる。人を推し量るような瞳を前に、少しだけ不快な気持ちになった。

「急ぎの伝達がある。ヘルグ兵隊長の下へ向かいたい。俺は東門のハニだ」
「証明は」
「これで」

 ハニは、腰首に下げていた銀製のメダイを取り出した。アテルニクスが描かれた中央に、ハニの血で出来た魔石が嵌め込まれていた。
 アキレイアスの兵士を証明する、契約の証だ。このネックレスだけは、けして肌身を離してはいけない決まりがあった。
 
「わかった。なら、ここに指を刺せ」
「ん、……」

 差し出された銀製の皿には、鋭利な針がついていた。ハニが言われるままに、指先を針に押し付ける。
 細い指先から、ぷつりと血が浮かび上がり、針に残った血の一筋が、銀製の皿に染み込んだ。僅かに光った皿に浮かび上がる文字を確認した一人小さく頷くと、槍で隔てていた通路を開放する。
 石畳の一つを槍の柄で叩いたかと思うと、大きな門扉は雷鳴のような音を立てて開かれた。

「すまない」

 スレイヤに乗ったまま、門を駆け抜ける。何も言われなかったことに少しだけホッとして、ハニは苦笑した。悪いことはしていないから、これが当たり前なのだ。
 前方に、ササラ石群が見えてくる。砂煙から身を守るように外套と口布を体に巻き付けたハニは、手綱を引くようにスレイヤの足を止めた。
 
「ヘルグ兵隊長に取り次いでもらいたい」

 黒の外套に身を包んでいたのは、西門の兵士たちであった。ハニはスレイヤから降りると、首から下げていたメダイを見せながら歩み寄る。
 調査の途中だったらしい、犬獣人の兵士の一人が、ボロボロの地図を片手に近付いてくる。
 口を覆う布をずらすと、兵士は目を丸くして口を開いた。

「なんだ、補給係がヘルグ隊長になんのようだ」
「……補給係じゃない。俺は東門で兵士をしているハニだ。ヘルグ隊長に取り次いでくれ」
「兵士? だっておまえ、兎じゃないか」
「種族は関係ないだろ、悪いが暇じゃないんだ。いつまでこのやり取りを続けるつもりだ」

 眉を寄せたハニを前に、兵士はまだ半信半疑のようだった。
 首から下げたメダイに、兵士が不躾な手付きで触れる。思わずハニは眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。
 こんなのは慣れている。慣れるようになってしまったのだ。

「……ああまじだ。わかった、ちょっとまってろよ」

 ばつが悪そうに頭をかく兵士が、背後を振り向く。ササラ石群の名を表すように、地面に突き刺さった灰色の石柱のてっぺん。黒い外套をはためかせるように立つ男へと声をかけた。

「ヘルグ隊長ー!東門の兎が用事あるって!」

 黒く長い髪が、風に流されるように靡く。声に反応を示すように振り向いた男は、市街の物見台はあろうかという高さの石柱から飛び降りた。

「っ、なにして」
「ああ、隊長は大丈夫だよ」

 無謀な行動に目を見開いたのはハニだけであった。思わず構えてしまえば、声をかけた兵士はなんの気無しに宣った。
 黒い外套が、鳥の翼のように広がる。自由落下は地上に近づく手前で速度を落とし、危なげない着地となった。
 外套を背後に流すようにして、ヘルグはゆっくりとした歩みでハニの下へと足を進める。狼の血を感じさせる豊かな尾が、ゆったりと揺れた。

「どうした。東門へは明日よる予定だったが、なにか急ぎの用事かな」
「……不審な種を押収しました。顔見知りに差し入れをしたいと訪れた、熊獣人の男からです」
「なるほど、この出どころを突き止めろという話か。いいだろう、その種はどこへ」
「こちらに」

 ヘルグは、灰色の瞳が涼やかな美丈夫であった。ハニの姿に驚くでもなく、インベントリから取り出した種を受け取る。
 氷結状態にされたそれを見て目を細めると、関心したようにハニを見た。

「外気の熱で発芽しないように凍らせたのか。しかも、手に水がつかない。君の名前は」
「東門で、護送警備についてるハニです」
「ああ、カエレス様が指名した兎族だね。そうか……君は……」
「な、にか。ありましたでしょうか」
「いや、いい。これは今言うことではないしな」

 それは、どういう意味なのか。思わず問いかけようとしたとき、突風と共に砂が舞い上がった。外套をはためかすほどの強い風は一瞬で、視界はすぐに取り戻す事ができた。
 目の奥に違和感を感じて、ハニは俯く。もしかしたら砂が入ったかもしれない。眉を寄せ、手で擦ろうとしたときだった。

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