狼王の贄神子様

だいきち

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 毎度のことながら、フリヤはよく生きているなと思う。一応男同士だから、丁寧にすることもないだろうに。毎回行為後に思うのは、口調とは裏腹のニルの優しさだ。

(体はいたいけど、それでも変な痣とかもないしな)

 じくんと痛むのは、肩口の噛み傷くらいだ。フリヤはニルによって丁寧に体を丸洗いされたあと、寝具の中にくるまっていた。
 事後、店の掃除をしようとするフリヤを叱って、ニルが全てを行った。周りからは面倒くさがりと言われているのを知っているからか、ニルのそんな一面を知るフリヤからしてみたら、ニルの日頃の振る舞いはもったいないと思うのだ。
 もぞりと寝具の中で丸くなる。床の軋む音が聞こえたので、ニルが戻ってきたらしい。
 こんもりと、盛り上がった寝具の硬さを確かめるように、ニルが手をおいた。上掛けの隙間からのそりと顔を出すと、髪を乾かし終えたニルが、フリヤの隣に腰掛けてきた。

「寝てたか」
「寝てないよ……」
「寝てりゃいいのに」

 ふ、と笑いかけられて、もふりと枕に顔を押し付けた。
 上掛けを持ち上げられ、ニルが隣に潜り込む。長い腕で体を引き寄せられたかと思うと、そのまま腕の中にしまい込まれた。
 指先が、ガーゼを貼った噛み跡に触れる。ニルとの行為の度に噛まれるフリヤの肩は、生傷が絶えない。

「いてえ?」
「……へーきだよ」
「ならいい」

 ほら、絶対に謝らないんだ。フリヤは少しだけ悔しそうにする。謝って欲しい訳では無いが、ニルはいつも淡白に返すと、満足そうに鼻先をフリヤの髪に埋めてくる。
 大きな手のひらが、労るように腰を撫でる。男だから事後の余韻なんていらないのに、こんな事をされては弱くなってしまう。
 
「別に、子供できるわけじゃないのに」

 ぼそりと呟いた。フリヤの言葉にニルはむすりとした顔をする。大きな手のひらが、顎を掴むようにして顔を上げさせた。ぎょっとした顔で見つめ返せば、ニルはがぶりと鼻の先に噛みついた。

「いっでぇ! は⁉︎ ええ⁉︎」
「馬鹿か、子供欲しかったら普通に女抱くわ」
「だ、だって俺男だし! ほ、細いわけでもねーもん! 体格変わんないから、だ、抱き心地……悪い……だろうし……」

 ニルの言葉に、ついフリヤは言い返してしまった。自信のなさが、どんどんと言葉をしりすぼみにしていく。そうだ、愛しているだなんて言われたことなんかない。今一緒にいられるのはニルのきまぐれで、きっと可愛い子が来たらフリヤはまた一人になるのだ。
 じわりと滲む涙を、誤魔化すように俯く。頭上で重い溜息が聞こえて、ようやく己が面倒くさいことを言ったのだと自覚した。
 ニルの手が、下を向くのは許さないと言わんばかりにフリヤの顔を持ち上げる。その手に抗えないのが悔しくて睨み返せば、ニルは随分と不機嫌な顔をしていた。

「俺ァお前をほしいと思ったんだ。馬鹿みたいにお人好しで、頭が悪くて、いっつもたんぽぽみてえにへらへらへらへら」
「俺今貶されてる⁉︎」
「褒めてんだろうが!」
「ええ⁉︎」

 こめかみに青筋を浮かばせるニルは、己の口下手を自覚していた。それでも、フリヤにはきちんと言葉にしたいと思うのだ。それは、ニルにとっては大きな感情の変化で、フリヤ以外には起きないもの。
 あの日、あの丘の上で。ニルは気がついてしまった。息がしやすい場所、気が抜けて、素直になれる場所の存在に。
 己の心を砕いて、差し出せる相手がいることの幸福さに気がついた。誰かに、存在を求められることの喜びを、ニルはフリヤから教え込まれた。
 琥珀の瞳が、真っ直ぐにフリヤを見つめ返す。眼の前にいるのは、ニルの大事な居場所そのものだ。

「……お前が俺を怖がらないから、気が抜けた。お前が俺を信頼するから、気がつけば目で追ってんだ。隣には誰もこねえと思ってたのに、お前が俺を探すから!」
「へ」
「もう面倒くせえからいじけんな! 俺はお前がじいさんでも抱くぞ! 狐の一途、ナメんじゃねえ!」
「えぇ……」

 がなるように喚かれて、フリヤは呼吸を忘れるほど言葉を失った。そういう関係になってから、今まで一度も聞いたことがないニルの本音。まさか、そんな覚悟を持って共にいるとは思ってもいなかったのだ。

「つ、番いって、形だけじゃねえの……ほ、ほんとのほんきに、全部俺のニルなの……」
「別れろとかいったって別れねえからな! てめえ、あ? ま、まて。なんでまた泣く⁉︎」
「だ、だっておまえ、お、俺にそんなこと言ったことねえから~~!!」
「ああ!?」

 ニルの無骨な手が、思いの外優しい手付きで涙を拭う。フリヤの言葉に怪訝そうな顔をすると、ニルは思考を巡らせる。いや、絶対に付き合えとか。なんかしらそんな言葉を口にした気がする。
 フリヤも気軽に、いいよ~だなんて言っていたから、てっきり両思いだと思っていたのだ。

「まて、俺はお前に付き合えっていったな?」
「え……なに、あれお前の買い物につきあったわけじゃないの?」
「まて、お前あれただの買い物だと思ってたのか!? ならなんで大人しく抱かれたんだよ!!」
「だ、だってお前が、普通の流れだっていうから……そ、それに俺は、い、嫌じゃなかったよ」

 ニルが風邪で寝込んで、フリヤが見舞いに行ったことがきっかけで、二人の距離が縮まった。不器用ながら告白をして、付き合えたからこそ出かけようとなったのだ。
 景色のいい場所でフリヤの手料理を摘みながらのんびりする。もう、知らない仲でもないだろうと、その後我慢できなかったニルがフリヤの家で抱いたのだ。
 まさか、最初から思い違いをしているとはついぞ思わない。

「まて、じゃあお前はなんで番いに……」
「に、ニルのことだから……、その場の勢いかと思ってつい……」
「……お前ほんとにぶちんなの大概にしろよ⁉︎」
「なんで俺今怒られてんの⁉︎」

 頭を抱えたニルが、クシャりとした顔をする。それでも、よくよく考えてみれば随分と重傷な恋愛だ。
 告白と取られていないのなら、フリヤはニルに従順に生き過ぎだと思う。ならば初体験は、もっと大切にしてやるべきだったんじゃないかとまで思って、はたと気がついた。

「……告白されてねえとおもってたのに、番いは受け入れたのなんでだ」
「あっ」
「……あっじゃねえ。おい、こっちむけ。なあフリヤ!」
「い、今いい! 今は見なくていい!」

 ニルが、覆い被さるようにフリヤを組み敷く。己の体躯を気にしているくせに、フリヤはひとつひとつの動作でニルの心臓を甘く締め付けるのだ。
 体の下で、頭を抱えるように蹲る。フリヤの尖り気味の耳の末端まで染まる赤が、ニルの面倒な矜持を満たす。
 こめかみに鼻先を寄せるように、そのままフリヤを抱き込んだ。大きく跳ねた、敏感な体が愛おしい。

「なあ、なんで。言えよ、……俺ばっか、はずいこと言わせんの」
「……に」
「うん」
「……ニルが、……他の誰かのになんの、やだった」
「……ふうん」

 ニルの優しいが、ずっとフリヤだけのものになればいいのにと願った。ぐじぐじと、情けなく愚図る。体格もそこまで変わらない癖に、羞恥ここに極まれりと言わんばかりに涙目で宣う。そんなフリヤが、ニルには可愛くて愛しくて仕方がなかった。
 嬉しいが体外に滲み出て、ぱたぱたと尾を揺らす。ニルはくるくる喉を鳴らすと、フリヤにしか聞こえない声で、初めての言葉を口にした。
 きっと、誰かに聞かれたら恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。口にした言葉は随分と甘くて、以外と悪くないものだった。
 
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