狼王の贄神子様

だいきち

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 演習試合と銘打っての大捕物から、一週間。怪我をしたフリヤは、ヘルグによって療養を言い渡されていた。
 
 治癒術で穴を塞いだ肩には、いまだ痛々しい包帯が巻かれている。負傷した利き手と反対側の手に花を握りしめたフリヤは、城下から離れた小高い丘に来ていた。

「気づいてやれなくてごめんなあ」

 そこには、若くして命を落とした兵の名が刻まれる慰霊碑があった。
 ルーシーの体は、森の中に埋められていた。東門の警備で犯罪者の護送を行った時に、ヴィヌスの信徒を手引した一部の兵によって殺されたのだ。
 フリヤを刺した兵士と、カエレスを貫こうとした偽物の獣人。東門にいた兵士は全員話を聞かれるらしいので、きっとハニもとばっちりを喰らうのだろう。
 それが、少しだけかわいそうに思えた。

「ここに来る時期しくじったかね」
「ニル……」

 吹き上がる風がざわりと木々を揺らして、釣られるように振り向いた。いつも面倒くさそうな顔をしているニルが、酒瓶片手に歩いてくる姿を目にすると、フリヤは目を見張った。

「んだよ、俺は呼んでねえって?」
「いや、だって来ると思わなかったから……」
「来る気なかったよ、知り合いでもねえしな」
「じゃあ、なんで」

 フリヤの言葉に、ニルは琥珀の瞳で見つめ返すだけであった。二人の間を風が抜けていく。ニルの重そうな靴は緑を踏みしめるようにして、フリヤとの距離を詰めた。
 大きな手のひらが、左肩に添えられる。ぽかんとしているフリヤを追い詰めるように、ニルは慰霊碑に体を押し付けた。

「いって、え!? いってぇってなに急に!!」
「お前、兵士向いてねえから辞めろ」
「は!?」

 近い距離で、絆すには程遠い声色の言葉を向けられた。その理由がわからないまま思わずニルを見上げれば、琥珀の瞳の中に捉えられた。
 食われそうだ。フリヤは、そんなことを思った。
 ニルと向かい合わせで、慰霊碑を前に随分と失礼をかましている。右手を上げるように胸板に手を置いた。近い体を押し返そうと思ったのだ。

「知り合いですらねえ。そんな仲間とも言えねえ野郎を哀れんでも、なんもなんねえだろ」
「……それで?」
「お前はやさしすぎる。鈍臭えし、自己犠牲精神が目に余る。だからお前は向いてねえ、さっさと辞めちまえ」
「はは、もう少し優しく言ってくれよ」

 そんなこと、言われなくたってわかっている。フリヤの弱い部分を、まだ出会って一ヶ月も満たないやつに指摘されているのだ。

「言ったって」
「え?」
「言ったって、お前には伝わんねえだろ。だから直球にしてやったんだよ」

 眉を寄せて、フリヤを見つめる。そんなニルの言葉に、思わず震えそうになる唇を引き結んだ。
 なんだよそれ、そんな似合わない優しさみせるなよ。
 真っ直ぐに言葉を向けるのは、勇気のいることだろう。フリヤだって口にできなかった後ろめたさを、ニルは乱暴な言葉で代弁したのだ。
 頭の裏側から、熱がジワリと侵食する。ざわりと木々を揺らすほどの風が吹き去ったというのに、涙は乾いてくれなかった。

「……っんだよ、お……、おま、こ、後輩、だろっ」
「おま、な、泣い……」
「なんで、っ……俺の嫌だって、おもうとこわかんだ……っ、バカぁあ!!」
「いっでぇ!!」

 振り上げた右腕、怪我の痛みも忘れて、ニルの逞しい胸板をドシンと殴った。持っていた酒瓶を庇うように、ニルが転がる。
 フリヤはズルズルと座り込むと、胡座をかくようにして涙を拭った。

「気が済んだかよ……」

 こめかみに青筋を浮かばせる。ニルが髪に木端を飾ったまま起き上がれば、右腕を押えるフリヤを前に、わかりやすく眉を寄せた。

「お前、もうすこし労れよ」
「ニル」
「……あんだよ」
「あんがと」

 にかりと笑みを向けた。フリヤを前に、ニルは片眉を上げるように反応を示す。
 誰かに、お前は兵士に向いてないと言われるのを待って、フリヤは随分と心を疲弊させてきたのだろう。鬼族だからといって、そもそもが穏やかなフリヤが周りの期待に応えられるわけもなかった。

「俺、嫌なんだ痛いの。大きい声も怖いし、剣だって、本当は持ちたくない」
「なんで兵士になったんだ」
「望まれてだよ。まあ、なんも武功は挙げられなかったけど」

 苦笑いを浮かべる。同じ国から来たロクは、カエレスに見初められて任務に出ている。鬼族としての武芸もそうだが、なによりも冷静に視野を広げてみることができる。その才能を買われたのだ。

「俺は泣くよニル。色々才能はたりてねえんだけど、他の人が落ち込めないなら代わりに落ち込むし、泣ける。それが才能だって思うことにしたし」
「そうかよ」

 二人して向かい合わせで、フリヤは口にできなかった己の事をポツポツと話す。ニルの前だと、周りの知るフリヤを演じなくていいのが楽だった。
 淡白に返事を返すニルの、無意識だろう気遣いが嬉しかった。

「俺は、……そういうのが抜けちまってる、とおもう。マ、血族柄っつか。人を陥れたり尋問するっつうのが飯の種だった」
「ニルの、仕事ってこと?」
「だった、んだよ。もうそっから抜けて、こっちにきた。俺の力だって、褒められたものじゃねえしな」

 慰霊碑を背もたれに、ニルは胡座をかいた。
 フリヤとは真逆だ。育ってきた環境が、まるで違う。ニルの言葉に、憂いは見当たらない。

「なにか、変わりたいのか?」

 フリヤの言葉に、ニルは何も応えなかった。それでも、僅かに伏せた目を、フリヤが見逃すことはなかった。
 きっと、これ以上は触れてはいけない場所なのだろう。大人しく視線を前に向けようとしたとき、ニルの大きな手によって顔を引き寄せられた。

「……変われるとおもうか」

 ニルの呼気が唇を撫でる。少しでも口を開けば、触れ合ってしまう距離だった。
 心臓が跳ねて、呼吸が苦しくなる。なんて答えればいいかと逡巡をしているうちに、一度だけ啄むように口付けをされた。

「な、……なんで」
「しらね」
「だっておま、お、おれにっ」
「おまえが、して欲しそうな面してっからだろ」
「えぇ!?」

 熱が顔に集まる。風が涼やかに吹いているというのに、熱は引きそうになかった。
 そんな顔を、していただろうか。思わず口元を覆って俯けば、噴き出すような声が頭上から聞こえた。

「な、なんっ」
「ああ、いいな」
「なにがですかね!?」

 フリヤの眼の前で、ニルは肩を揺らして笑う。まさか不機嫌面が常じゃないのかと目を丸くしていれば、大きな手のひらにわしりと頭を撫でられた。

「お前の前だと、気が抜ける。きっと、こういうのを楽っていうんだろうな」
「……に、ニルは肩肘貼り過ぎだ。周りが皆敵だと思うからつかれるんだよ。……いい奴なんだから、もったいねえよ」
「そうかい、ならそういうのはお前だけにしとく」

 そう言って、ニルは酒瓶片手に立ち上がった。コルクを引抜いて、慰霊碑の頭からバシャバシャとかける。
 呆気にとられるようにそれを見つめていたフリヤの頭の中に、じわじわとニルの言葉が染み込む。
 
(それって、なんだかすごく)

 唇を吸い込むように黙りこくる。真っ赤な顔を晒すようにニルを見上げれば、ニルは意地悪く口端を吊り上げて笑ったのだ。

「顔、鬼見てえに真っ赤だぞ」

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