狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
45 / 111

6

しおりを挟む

「ティティア、でておいで。ほら、もう綺麗になったから」
「やだ」
「もしかして部屋の角の埃を集めてるのかい?」
「ちっが!」

 うわあ!と顔を真赤にして声を上げる。カエレスの予想通り、ティティアは上掛けにくるまったまま部屋の角を陣取っていた。
 白い生地の隙間から、小さい足の指がちらりと見えている。一向に姿を表さないティティアへじわじわと近づけば、丸まった足の指のすき間へと、カエレスはズブリと指を指した。

「うひゃ、っ」
「捕まえた!」
「うわぁあやだやだこっちみんなよお!」
「うんうん、今日も私の番いは元気で良いことだ」

 くるまったまま飛び跳ねたティティアを、カエレスが後ろから抱きかかえる。おおきな雪玉を抱えるように立ち上がれば、二人の部屋にノックの音が響いた。

「ひぇ」
「入ってきていいぞ」
「ひえぇ……!」

 白い塊の隙間から、情けない声が盛れるのが面白い。
 くつくつとわらえば、扉を開いて入ってきたのはニルであった。

「なにしてんすか、模様替え?」
「いや。これティティアなんだ」
「はあ? なんでまたアルマジロみたいに……」

 どうやらなにかに気がついたらしいニルが、口を噤んだ。絶対にニルにだけは見られたくなかった粗相を目にしたに違いない。ティティアは、ようやく布の隙間から顔だけ出した。

「砂塵」
「うわ! 俺のねどこ!」
「小便染み込まして寝るつもりかよ。どうせ変えんだから一緒だろーが」
「うわぁあ!! なんてこというんだっ!! 俺が好きで漏らしたんじゃないもん!!」


 あっという間に、ニルによって砂に変えられた元寝台は、さらさらと音を立てて一つの塊になった。
 慰めでは決してないだろう。ニルの言葉を前に、ひとまず己の矜持だけは示したティティアが、不満を顔に貼り付けてカエレスを指さした。
 この粗相はこのカエレスがいけないんです。そう言わんばかりのティティアを前に、本人は実に楽しそうに笑う。

「別に、恥ずかしいことじゃねえだろ。番いのマーキングなんて雄として見られてる証拠だしな、はいこれ」
「ありがとう」
「なんで砂にしたベッドを受け取るんですかね!?」
「ティティアの初マーキング記念に?」
「すてろお!」

 げらげらと腹を抱えて笑うニルよりも、さっと砂の塊を影にしまい込んだカエレスの頬をぶにりとつまむ。
 国王の腕に抱えられたまま、小さな手でしっかりとカエレスの両頬を引き伸ばして抗議する姿は、ティティアが番いでなければ不敬以外の何物でもないだろう。

 背後でどかんと音がして、慌てて振り向いた。見れば新しく用意したのだろう三台目の寝台を、ニルが設置しているところだった。

「なんでえ!」
「床で寝るつもりかよ。大体年に四、五回は買い替えるもんだぜ?番いもちはそれが普通ってな」
「俺の知らない獣人の常識!」
「寝床の藁を季節に応じて変えるだろう?それと同じだ」
「俺の知らない! 獣人の! 常識い!」

 大事なことなので二回も繰り返す。その常識もニルだけのものなのだということを、二人は知る由もない。
 寝具にくるまったままカエレスに抱き上げられているティティアは、羞恥ここに極まれりといった具合だ。

「自分の雌が、私に喜んで粗相をする。獣人にとってのそれは言葉のない賛辞のようなものだ。だから、本当に気にしなくて構わない」
「うう……人間だと小さい子しかしないのに……」
「いや、お嫁様は子供だろ」
「俺十八歳! 大人!」
「なんだ、私の三分の一しかないじゃないか。人と時の流れは違うけど、私は随分な幼妻を迎えたようだな」

 ふんふん、と検分するかのようにごきげんなカエレスの鼻先がティティアの黒髪に埋まる。はっ、とその顔を見上げれば、気を抜いたらしいカエレスが狼の姿になっていた。

「幼妻っていうな! 俺ちゃんと大人だし、一人で立って歩けるし!」
「そうだな、風呂に入ろう。毛並みをしっかり整えてあげるからね」
「この場合整えられんのはカエレス様じゃねえかなあ」

 ティティアに褒められたいと言っていたくせに、結局嫁の抗議をも嬉しそうに受け止めている。
 嫁に対しての気が弱いのかと思えば、図々しいくらいに自分のしたいようにするカエレスに、王様特有の不遜さを感じた。
 頭の良い王が、嫁に対して馬鹿になる。こちらが砂を履くような相談ごとはよしていただきたいが、これがティティアの反応を愛でたいがために計算されていたらと思うと少し怖い。

「……いやいやいや、まさかな」

 己の思考が飛びかけて、ニルは引き攣り笑みを浮かべた。
 もし、その考えが本当だとしたら、カエレスは周りに相談していたあの時点から企み、動いていたことになる。
 心底参ったを装って、周りを巻き込んで、思い通りに嫁の反応を楽しむ。
 頭の良い賢王が、自ら愚かを演じるのだ。番いの反応を、存分に愛でるためだけに。

「カエレス様……まじ?」

 ボソリと呟いた。ニルの言葉が聞こえていたのかはわからない。扉を片手間に足で開けたカエレスの、ツンと尖った狼の耳がぴくんと、動く。
 ティティアを抱えたままニルヘ視線を向けたカエレスはというと、その美しい金糸水晶の瞳を緩く細めるだけであった。









しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

処理中です...