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しおりを挟む「ティティア、でておいで。ほら、もう綺麗になったから」
「やだ」
「もしかして部屋の角の埃を集めてるのかい?」
「ちっが!」
うわあ!と顔を真赤にして声を上げる。カエレスの予想通り、ティティアは上掛けにくるまったまま部屋の角を陣取っていた。
白い生地の隙間から、小さい足の指がちらりと見えている。一向に姿を表さないティティアへじわじわと近づけば、丸まった足の指のすき間へと、カエレスはズブリと指を指した。
「うひゃ、っ」
「捕まえた!」
「うわぁあやだやだこっちみんなよお!」
「うんうん、今日も私の番いは元気で良いことだ」
くるまったまま飛び跳ねたティティアを、カエレスが後ろから抱きかかえる。おおきな雪玉を抱えるように立ち上がれば、二人の部屋にノックの音が響いた。
「ひぇ」
「入ってきていいぞ」
「ひえぇ……!」
白い塊の隙間から、情けない声が盛れるのが面白い。
くつくつとわらえば、扉を開いて入ってきたのはニルであった。
「なにしてんすか、模様替え?」
「いや。これティティアなんだ」
「はあ? なんでまたアルマジロみたいに……」
どうやらなにかに気がついたらしいニルが、口を噤んだ。絶対にニルにだけは見られたくなかった粗相を目にしたに違いない。ティティアは、ようやく布の隙間から顔だけ出した。
「砂塵」
「うわ! 俺のねどこ!」
「小便染み込まして寝るつもりかよ。どうせ変えんだから一緒だろーが」
「うわぁあ!! なんてこというんだっ!! 俺が好きで漏らしたんじゃないもん!!」
あっという間に、ニルによって砂に変えられた元寝台は、さらさらと音を立てて一つの塊になった。
慰めでは決してないだろう。ニルの言葉を前に、ひとまず己の矜持だけは示したティティアが、不満を顔に貼り付けてカエレスを指さした。
この粗相はこのカエレスがいけないんです。そう言わんばかりのティティアを前に、本人は実に楽しそうに笑う。
「別に、恥ずかしいことじゃねえだろ。番いのマーキングなんて雄として見られてる証拠だしな、はいこれ」
「ありがとう」
「なんで砂にしたベッドを受け取るんですかね!?」
「ティティアの初マーキング記念に?」
「すてろお!」
げらげらと腹を抱えて笑うニルよりも、さっと砂の塊を影にしまい込んだカエレスの頬をぶにりとつまむ。
国王の腕に抱えられたまま、小さな手でしっかりとカエレスの両頬を引き伸ばして抗議する姿は、ティティアが番いでなければ不敬以外の何物でもないだろう。
背後でどかんと音がして、慌てて振り向いた。見れば新しく用意したのだろう三台目の寝台を、ニルが設置しているところだった。
「なんでえ!」
「床で寝るつもりかよ。大体年に四、五回は買い替えるもんだぜ?番いもちはそれが普通ってな」
「俺の知らない獣人の常識!」
「寝床の藁を季節に応じて変えるだろう?それと同じだ」
「俺の知らない! 獣人の! 常識い!」
大事なことなので二回も繰り返す。その常識もニルだけのものなのだということを、二人は知る由もない。
寝具にくるまったままカエレスに抱き上げられているティティアは、羞恥ここに極まれりといった具合だ。
「自分の雌が、私に喜んで粗相をする。獣人にとってのそれは言葉のない賛辞のようなものだ。だから、本当に気にしなくて構わない」
「うう……人間だと小さい子しかしないのに……」
「いや、お嫁様は子供だろ」
「俺十八歳! 大人!」
「なんだ、私の三分の一しかないじゃないか。人と時の流れは違うけど、私は随分な幼妻を迎えたようだな」
ふんふん、と検分するかのようにごきげんなカエレスの鼻先がティティアの黒髪に埋まる。はっ、とその顔を見上げれば、気を抜いたらしいカエレスが狼の姿になっていた。
「幼妻っていうな! 俺ちゃんと大人だし、一人で立って歩けるし!」
「そうだな、風呂に入ろう。毛並みをしっかり整えてあげるからね」
「この場合整えられんのはカエレス様じゃねえかなあ」
ティティアに褒められたいと言っていたくせに、結局嫁の抗議をも嬉しそうに受け止めている。
嫁に対しての気が弱いのかと思えば、図々しいくらいに自分のしたいようにするカエレスに、王様特有の不遜さを感じた。
頭の良い王が、嫁に対して馬鹿になる。こちらが砂を履くような相談ごとはよしていただきたいが、これがティティアの反応を愛でたいがために計算されていたらと思うと少し怖い。
「……いやいやいや、まさかな」
己の思考が飛びかけて、ニルは引き攣り笑みを浮かべた。
もし、その考えが本当だとしたら、カエレスは周りに相談していたあの時点から企み、動いていたことになる。
心底参ったを装って、周りを巻き込んで、思い通りに嫁の反応を楽しむ。
頭の良い賢王が、自ら愚かを演じるのだ。番いの反応を、存分に愛でるためだけに。
「カエレス様……まじ?」
ボソリと呟いた。ニルの言葉が聞こえていたのかはわからない。扉を片手間に足で開けたカエレスの、ツンと尖った狼の耳がぴくんと、動く。
ティティアを抱えたままニルヘ視線を向けたカエレスはというと、その美しい金糸水晶の瞳を緩く細めるだけであった。
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