狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
上 下
9 / 111

ティティアのしたいこと

しおりを挟む
 始祖神ヴィヌスによって作り出された人間が、知恵をつけて国を出た時。寂しさを埋めるために造られたのがオメガだという。
 男でありながら、女の機能を持つ人間。ヴィヌスは彼を愛し、己の側に置いていた。しかし、嫉妬の矛先をオメガである青年へと向けた人間によって、外界へと落とされた。
 青年が落ちた人間界へは、神はいけない。ヴィヌスは青年を守るようにと、己の血肉を分けた男神アテルニクスを使いに出した。
 そして、アテルニクスは人間界で出会ったオメガの青年と恋に落ちたのだ。

 勿論、神がそれを許すことはなかった。アテルニクスは神の恋人である青年を奪った罰として獣混じりにされ、青年は魔力を奪われた。
 追放された神の楽園へアテルニクスが戻ることは許されない。彼は獣の頭のまま、青年と過ごすために人の世を納めた。それが、アテルニクス建国の始まりの話。ティティアの知る神話の話とは、随分と違った。

「そうなんだ……俺、人間側に生まれてはいけないものだって言われてたから、ずっとそうだと思ってた」
「まあ、元々オメガは神の所有してたものだったからあながち間違いではないけど……」
「それで、えーと……カイアス様はそのアテルニクスの子孫ってことだよね?」
「カエレス様ね、旦那様になるんだから名前覚えないと」

 ウメノの呆れた様子に、ティティアが苦笑いを浮かべる。己の周りにはロクやニル、ハニといった二文字の知り合いしかいないせいか、カエレスの名前が少しだけ覚えづらかったのだ。

「俺、多分三文字までが限界かも」
「なんの話だ?」
「あ」

 お手上げです。といわんばかりに眉を下げたティティアの頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。
 顎を上げるように見上げれば、黒鉄の毛並みが美しいカエレスが、アモンを肩に乗せたまま不思議そうな顔で首を傾げていた。

「カエレスの四文字、さっき呼び間違えてカイアスって言っちゃった」
「それは私の死んだ爺様の名前だな」
「え?名前の響きって引き継ぐものなんですか?」
「アテルニクスと同じ色を持つと、親が願掛けのように名前を似せるのだ」
「へえ……名前の由来って面白いね」

 感心するティティアの両脇に、カエレスはお構いなしに手を差し込んだ。ティティアのぎょっとする様子も気にせずにひょいと抱え上げる。
 これは己の所有だと言わんばかりに振る舞う、カエレスからのわかりやすい嫉妬である。ウメノは苦笑いを通り越して引き攣り笑みを浮かべた。
 ティティアはというと、驚きは最初のみだったらしい。カエレスの行動に文句をつけるわけもなく、その腕の中で大人しくしていた。


「無意識なんだもんなあ……」

 ため息混じりのウメノの言葉に、カエレスとティティアは不思議そうに首を傾げる。
 どうやら厄介なことに、カエレスには自覚がないらしい。まさか無意識な嫉妬の対象になるとはついぞ思わなかった。
 あどけない容貌に少しの疲労感を滲ませるウメノの姿へと、アモンは可哀想なものを見る目を向けていた。




 どうやらカエレスは会いに来なかったのではなく、時間を取るために仕事をまとめて行っていたらしい。
 部屋に運ばれている道中その話を聞いたティティアは、そういうのはほっとかれるみたいでいやだとしっかりと主張した。

「君との時間を取るつもりだった。私も番いというものに対してどういう扱いをしていいか分からなくて。ならばまとまった休みをとって過ごすべきかと思ったのだが」
「ロクとか、ハニニルコンビに聞けばよかったじゃん。王様なんだから」
「ニルからも言われたんだ。職務ばっかしてるとない愛想をさらに尽かされますよって。彼もああ見えて愛妻家だから、おそらく経験談なのだろう」
「ニル結婚してるの!」

 あの不遜な獣人に奥さんがいることに衝撃を受けたらしい。あんぐりと口を開けるティティアを前に、カエレスは意外だろうと笑う。
 お相手はフリヤという鬼族の男嫁らしい。市井で定食屋をやっているようで、ニルの弁当はいつもフリヤのお手製のようだ。
 そんな雑談をしているうちに部屋の前まで到着した。しっかりと抱えられてきたので随分と安定感があった。
 カエレスは片手で扉を開くためにティティアを抱え直した。普段は足で開くこともあるのだが、番いの前だとどうも気をつかってしまう。

「俺ね、今日オメガの話聞いたんだ。ウメノに……、自分がまだそんな大袈裟な存在とかはわかんないんだけどさ、カエレスが俺の王様だから好きにしていいよ」
「……なんというか、それは確かにありがとうというべきなのだろうが……」

 ふかりとした寝具の上にティティアを下ろす。大きなカエレスの手のひらで、薄い腹を覆うことだって容易い華奢な体だ。
 もう国には戻れないことは理解しているようだが、それにしたってティティアからは自分の意思というものが薄く感じた。

「人間は人間と番う。雄と雌でだ。その人としての理から外れて、君が私の子を孕むことに対して恐怖はないのか」

 黒鉄の美しい毛並みの狼の顔から、感情は受け取りにくい。金糸水晶の瞳を真っ直ぐに向けられると、小さな嘘でも見透かされてしまいそうな気がした。

「わかんないんだあ、俺」

 ポツリと呟いたティティアの言葉に、カエレスの獣の耳がピンと前を向く。話を聞こうとしてくれる様子がありありとわかり、ティティアの心はじんわりと熱を持った。

「あれをしなさい、こうであるべきだ。これはしてはいけません。そんなことばっか言われて育ったから、誰かに必要とされるって経験がなくて、どうしていいかわかんないのかも」
「それは……」
「だから、俺でできるなら、必要としてくれるのなら、って考えると、なんかそわそわして……やってあげたくなっちゃうんだけど、変かな」
「…………」

 ティティアの夕焼けの瞳が、カエレスへと向けられる。衒いのない言葉に、カエレスの喉はギュウウ、と鳴り、大きな手のひらはゆるゆると持ち上がった。
 なんだこの生き物は。下心なく素直を振り撒いて、よく今まで無事で生きてきたものだ。
 カエレスの言葉より雄弁に、獣の手のひらが優しくティティアの背中を引き寄せる。
 胸板に埋めるように抱き締めると、ゆっくりと、噛み締めるようにカエレスは宣った。

「変じゃない」
「本当?」
「変じゃないし、私は君のことをいっとう大切にしよう」
「わは、すごい尻尾動くじゃん」

 ブォンブォンと振り回されるカエレスの尻尾を前に、愉快そうにティティアが笑う。
 か弱くて小さな生き物。カエレスは人間のことをよく知らないから、距離の詰めかたもわからなかった。それでもティティアはこの数日で必死に馴染もうとしてくれたんだなと理解して、素直な嬉しさが体外へと現れた。
 体の主人よりもはしゃぐ尾っぽの動きは王らしからぬはしたなさであったが、腕の中の番いがキャラキャラと笑うのが可愛くて、カエレスはまあいいかと考えることを放棄したのだ。

 今思えば、この時にしっかりとティティアの自己犠牲精神を窘めておけば良かったのかもしれない。小さな体で国に馴染もうとする努力に甘えて、カエレスはティティアの心の本当に目を向けてやることができなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

邪神入れ食い♡生け贄の森

トマトふぁ之助
BL
邪神(大蛸)に魅入られた男ばかりの村人5人。異教の神が支配する美しい地下の物語。

《本編 完結 続編開始》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

天使の小夜曲〜黒水晶に恋をする〜

黒狐
BL
 天使の小夜曲(セレナード)。  魔力を持たない『落ちこぼれ」と呼ばれた悪魔のモリオンは、人間に化けた他の悪魔の密告により、身を隠していた洞窟から天界へと連行されてしまう。  大人しく懲罰房に幽閉されたモリオンは、そこでも激しい暴力を受けていた。  そんなある日、長い髪に美しい6枚の翼を持つ上級天使...アクロアが懲罰房に訪れたことから物語は動き出す。  アクロア(美形天使攻め)✕モリオン(男前悪魔受け)の恋愛BLです。🔞、暴力、途中攻がモブレされる描写があるので苦手な方は閲覧注意です。  性行為のある話には⭐︎がついています。  pixivに載せている話を少し手直ししています。

狂宴〜接待させられる美少年〜

はる
BL
アイドル級に可愛い18歳の美少年、空。ある日、空は何者かに拉致監禁され、ありとあらゆる"性接待"を強いられる事となる。 ※めちゃくちゃ可愛い男の子がひたすらエロい目に合うお話です。8割エロです。予告なく性描写入ります。 ※この辺のキーワードがお好きな方にオススメです ⇒「美少年受け」「エロエロ」「総受け」「複数」「調教」「監禁」「触手」「衆人環視」「羞恥」「視姦」「モブ攻め」「オークション」「快楽地獄」「男体盛り」etc ※痛い系の描写はありません(可哀想なので) ※ピーナッツバター、永遠の夏に出てくる空のパラレル話です。この話だけ別物と考えて下さい。

【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

BL
「おまえは私の宝だから」 そう言って前世、まだ幼い少年にお守りの指輪をくれた男がいた。 少年は家庭に恵まれず学校にも馴染めず、男の言葉が唯一の拠り所に。 でもその数年後、少年は母の新しい恋人に殺されてしまう。「宝もの」を守れなかったことを後悔しながら。 前世を思い出したヨアンは魔法名門侯爵家の子でありながら魔法が使えず、「紋なし」と呼ばれ誰からも疎まれていた。 名門家だからこそ劣等感が強かった以前と違い、前世を思い出したヨアンは開き直って周りを黙らせることに。勘当されるなら願ったり。そう思っていたのに告げられた進路は「聖獣の世話役」。 名誉に聞こえて実は入れ替わりの激しい危険な役目、実質の死刑宣告だった。 逃げるつもりだったヨアンは、聖獣の正体が前世で「宝」と言ってくれた男だと知る。 「本日からお世話役を…」 「祝福を拒絶した者が?」 男はヨアンを覚えていない。当然だ、前世とは姿が違うし自分は彼の宝を守れなかった。 失望するのはお門違い。今世こそは彼の役に立とう。 ☆神の子である聖獣×聖獣の祝福が受け取れない騎士 ☆R18はタイトルに※をつけます

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...