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飼い殺しにも似ていた
しおりを挟む蛍石の瞳に、見窄らしい体が写っている。視界に入れてほしくはなかった。目を逸らすように顔を背けると、ゆっくりと久慈の指が口から引き抜かれた。
「目を背けるな。誰がお前を抱くのか覚えろ」
「い、嫌だ……っは、恥ずかし、い」
「……お前、俺に恥じらうのか」
久慈の言葉に、佐一郎の目が見開いた。
ぬるりとした指が、尻の間に挟まれる。キツく閉ざした慎ましい穴に指先が触れる。久慈の言葉に、思わず泣きそうに顔を歪めた。
「蔑ろにした俺に、恥じらうのか。そうか」
「ひ、んく……っ……」
「気分がいいな、はは」
久慈は、機嫌が良さそうに笑った。慎ましい穴の、しわの一本を引き延ばすようにしてグニグニと刺激される。そこを使うのは知っていた。女のように濡れない体は、手間がかかることも。
佐一郎でさえ触れるのを躊躇ったそこを、戸惑いもなく濡れた指が押し開く。引きつれるような痛みに肺を膨らませると、上げそうになった声を堪えた。
「……ここは自分で慰めなかったのか」
「し、ない、汚い、とこだから」
「抱かれたかったのにか」
「ちが、っ……お、ぉれは、そうじゃなくて……」
その先のことを経験する勇気は、あの日に捨てたままだったというのに。
「あきらめた、のに……お前、がっ……」
「……そうか、わかった」
「ぃあ、あっゃめ、やめて、っ」
上擦った声が喉から飛び出した。久慈の唇が性器へと触れて、腰が跳ねる。精液で濡れたそこに、厚みのある舌が這わされた。なんでそんなことをされるのかわからなくて、佐一郎はブワリと涙を溢れさせた。
己は、執事である久慈にそこまでさせるほど哀れな存在かと思ったのだ。ヒッ、ヒッ、と喉が震える。経験したことのない性感と罪悪感の間で、今にも溺れてしまいそうだった。
袋を喰まれ、根元に久慈の鼻先が埋められる。勃ち上がった性器はおさまる気配もなく、再びトクトクと精液を漏らす。排泄感にもにたそれが、何度も佐一郎を追い詰める。
灰色の、狭い世界の真ん中で、己の虚像の目の前で、久慈によって抱かれている。
拒むように頭を挟み込んでいた佐一郎の足はだらしなく開き、全身を汗で濡らしたままぐったりとしていた。
薄い体に、油彩の花弁がへばりつく。白い肌に生えるそれは、久慈の三揃の黒にまで侵食していた。
「佐一郎」
冷たい声が名前を紡ぐ。細い足は広い肩に担がれて、腰を持ち上げられる。顔の横についた素肌の手のひらに目を向ける佐一郎の顔は、目元が赤く染まっていた。
「犯されたみたいな顔をするな」
「く、じ」
「お前はきちんと、女にされる」
きちんと、ってなんだよ。佐一郎は、久慈の言い回しに小さく笑った。
ちゃんとしてないから、女に擬態したのに。結局何も変えられないで心だけが傷つき、佐一郎は蛹のまま、蝶になれなかったというのに。
気がつけば経験のない穴は久慈によって慣らされていた。排泄器官で性感を得ることができるだなんて知らなかった。胸だけでなく、そんなところまで出来上がってしまった体の具合を、久慈によって確認されるのだ。
押し付けられた性器は固く張り詰めていた。この状況に酔っているのは、目の前の慣れしたしんだ男も同じなのだと思えば、少しだけ救われる。結局、広い屋敷で二人だけ。行き場のない性欲をぶつけ合うマスターベーションだ。そう思っていたのに。
「……ぅく、っ」
火傷しそうな熱源が、押し入ってくる。肉を広げるように侵入をする性器の硬さに、佐一郎の体は勝手に準備をし始めたのだ。
おかしい。起こりくる嫌悪感を堪えるはずだったのに、肉は馴染むように受け入れて、疼痛まで感じさせている。内臓が、そういう形になっている気がした。
感じていた指の太さとは違う。バラバラに刺激された一点を、張り詰めた先端が潰すように内壁を押し上げるのだ。
「は……、……痛い、わけではなさそうだ……」
顔に久慈の影がかかる。その言葉だけで、佐一郎は情けなく精液を漏らす。
視界がブレる。水の中でもないのに、溺れそうなくらい息が苦しい。下手くそな呼吸を繰り返す姿を、真っ直ぐに見下ろされている。情けなく濡らした顔面を、罵るわけでもなくただ静かにだ。
「ぁ、い、ぃや、ら……もお、ゎ、かんぁ……っ……」
「何がわからない。この状況で、お前ができることは一つだけなのにか」
「ぅ、ぅえ……っく、ふ、んン……っ……」
「こうしてゆすると、心地いい……」
「は、ぁっく……っ」
腰が佐一郎の体を揺らす。だらしなく力が抜けた足先が、何もない場所を蹴っている。
己が抱かれることを妄想したことがないわけではない。それでも現実は想像を遥かに超えていた。何もない場所から世界を生み出すことのできる佐一郎の想像力を、馬鹿にするかのように。
肉を執拗に摩擦されるのが、こんなにも心地いいとは思わなかった。
己よりも厚みのある体に抱かれ、互いの汗を馴染ませ、薄い尻に肉を集めるかのように大きな手のひらで鷲掴まれる。
腰紐の痕よりも高い位置に、久慈の手形が残るくらいに蹂躙された。
端なく、精液だけでなく小便まで漏らし、佐一郎は泣き叫んだ。許容量を超えた快楽が暴力のように情緒を殴り、訳のわからない感情のまま、久慈の舌に悲鳴を飲み込まれる。
佐一郎は物理的に女にされた。蛹の外側を引きちぎるように、久慈の手によって引き摺り出されたのだ。
画商の男を塗り替えるように、何度も、何時間も男を教え込まれた。
身体中を彩り、恥じらいも捨てて、最後は描いた理想に向かって盛大に吐いて、久慈はそれを見て楽しそうに笑っていた。
油臭い部屋に、生々しい精液の匂いが混じる。二人分の汗と、そして吐瀉物の匂い。獣の巣穴と同じような部屋の中へと、早朝の光がゆっくりと侵食していた。
爽やかな朝とは程遠い。骨身も心も軋む中、佐一郎は他人事のように絵の具で汚れた腕を見つめていた。
「癪に触った」
久慈の形のいい唇から、紫煙が漏れる。勢い余って噛んでしまった唇の端を赤くしながら、床に転がる佐一郎を眺めて言った。
「お前が、俺をいないものとして扱うのが癪に触った。一人で生きているような顔をするのも嫌だった」
「だから、だいたの」
「ああ、抱いた。犯したのではなく」
「……そう」
久慈の長い指先が、佐一郎の体にかけた羽織の隙間から首筋に触れる。佐一郎と同じ彩りを移した久慈の三揃は一度目の行為の後から、佐一郎の体の下に敷かれていた。
同じ彩りで体を汚した久慈は、己の手を拒まない様子を前に笑みをこぼした。満足そうなその顔は、佐一郎の見たこともない表情でもあった。
嫌いだ。嫌い、佐一郎の心の世界から無理やり引き摺り出した、久慈が大嫌いだ。
それなのに、その手を拒むことはできなかった。同じ香りを纏うこの状況が頭を馬鹿にしているのかもしれない。言いようのない感情が、心を埋め尽くす。胸焼けにも似たこれが何かはわからない。
それでも、この名もつけられない気持ちをキャンバスにぶつけても、決して満たされることはないのだろう。
己の心を映し取った翡翠の絵を塗りつぶす。その色が黒かどうかすら佐一郎には決める権利はないのだ。
「佐一郎、次は一体何を描く」
久慈が名前を呼んだ。その声の柔らかさに囚われてしまいそうで、ひどく嫌だった。
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