油彩の箱庭

だいきち

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蛹は殻を破られる

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 衣擦れの音がして、久慈の手のひらが佐一郎の腰紐を解いた。体はこわばったまま動かずに、ただ灰色の天井を茫然と見上げていた。
 
『君の心の投影が、絵に命を宿しているんだね』

 あの言葉に救われたから、佐一郎は翡翠になったのに。

「いつまで夢ばかり見ているつもりだ」
「ひゃ、や、め、」
「お前は男で、女にはなれない」
「うう、ぅ……」
「あれはお前の見栄えだけを愛していた。だから、あいつは体に触れなかった」

 翡翠は、佐一郎が描いた架空の女。佐一郎がなりたかった、本当の姿だった。
 口から出たで任せでいもしない女を演じることとなったのは、優しくしてくれた画商の男に少しでもよく見られたかったからだ。
 とんだ道化師だ。道を狭めたのは、佐一郎自身だった。

「姉を偽り、近づいた。恋愛ごっこはお前を確かに美しくさせた。それでも」

 それでも、結局あの男は佐一郎の心を殺して出て行った。

 久慈の腕が、背中を引き寄せるように回る。抱擁は抵抗をやめた佐一郎を優しく包み込み、体温を分け与えるかのようであった。
 鎖骨に、呼気が当たる。火傷しそうなほどに熱く感じるのは、きっとこの先を無意識に求めているからかもしれない。

「お前を追い出した親と何も変わらない。一体何を学んで活かしたのだ」
「ぅあ、っ」

 尻が床に触れる冷たさに、佐一郎の体はびくりとはねた。
 男が好きだと知られた途端、周りは佐一郎を離れたところに追いやった。みんなが遠巻きにする体を、久慈によって暴かれる。
 生まれる体を間違えただけ。言い聞かせてきた佐一郎の心へと直接触れるように、久慈は足を押し開く。

「く、じっ……」
「大人しく泣け」
「ぃい、っ……!」

 ぶつ、と鈍い音がした。久慈の歯が薄い肩の肉に突き立てられたのだ。細い足は、逃げるように油彩の花を踏みつける。足の間に腰を進める久慈はそれでも逃してくれる気配はなく、腰を押し付けるようにして尻を持ち上げられた。
 熱く、固いものが会陰を圧迫する。それが、布越しに主張する久慈の性器だと気がついて、佐一郎の顔には熱が集まった。

「同じ男なら、俺で満足してもらう。いつまでも蛹のままでいられたら迷惑だからな」
「お、押し当て、るな……っ」
「なんだ、執事に指図する度量があったのか」

 皮肉な笑みを浮かべた久慈の唇が、佐一郎の血で濡れている。柘榴のように瑞々しいそこに目を奪われると、無意識に顎が上がる。蛍石を思わせる久慈の瞳は、角度を変えるだけで菫色になるのだと知った。
 瞳にとらわれるかのように、佐一郎は無意識のままにポツリと零した。

「綺麗、だ」
「……ならずっと見ていろ」
「は……っ……」

 嫌味な唇が、佐一郎の唇と重なる。呼吸を許すようなわずかな隙間を感じるのに、拒むことができなかった。
 頭を支えるように回された大きな手のひらが、優しく差し込まれた熱い舌が、流されるままの佐一郎を肯定してくれるような気がした。長い睫毛が触れ合って、思わず目を閉じる。あの日の夜と同じ心臓の高鳴りが、心を萎縮させた。
 また、期待外れだと置いていかれる恐怖が、つま先からゆっくりと這い上がってくる。

「ふ、っ……ぅ、く、っ……」

 込み上げる怯えが涙となって溢れても、久慈は何も言わずに行為をやめなかった。唾液を与えられ、舌の裏を舐められるままに嚥下する。食事を取らなかったことの飢えなのか、渇望なのか。判断の出来ない欲が鎌首をもたげ、下手くそに舌が応える。
 大きな手のひらは、弾力を確かめるように裏筋を摩擦した。腰が抜けてしまいそうな感覚に、思わず腰が浮き上がる。性器の先端が、久慈の手のひらで滑った。意図せぬ刺激に小さく悲鳴を漏らすと、嫌味な男は喉奥で笑った。

「ぁ、ぁ、っく」
「声は我慢しなくていい」
「そん、なとこ……ぁっ、」
「自分で育てた場所だろう」

 耳を塞ぎたくなるような水音が響く中、久慈の濡れた舌が、胸の頂を押しつけるように這わされる。唇で挟めるほどに育ててしまった情けないそこを、佐一郎は初めて愛撫されている。

「俺に面影を重ねるな」
「か、さねてな……い……」
「ならいい」

 仄暗い瞳だった。久慈は乱れのない格好のまま佐一郎で遊ぶ。触れられて気がついた。手袋をしていない無骨な手が、骨ばった体を撫でていることに。

 なんで俺なんだ。そんなことを思えば、余計なことは考えるなと言わんばかりに喉仏に噛みつかれる。ぎゅう、と変な声が出て、腹が震えた。暖かなぬめりが尻の間を通り過ぎるのを感じて、己が今ので果てたのだと理解した。

「お前は急所で遂情するのか」
「っはぁ、……は……っ……」

 薄い胸が忙しなく上下する。視界を星が散らばり、頭に血が登って何も考えられない。胸糞悪い匂いの中で、生々しい行為に身を投じている。
 佐一郎の薄い胸を撫でる。先走りと精液がまとわりつくふやけた手のひらで、久慈は佐一郎の頬に触れた。
 白い体は上気して、だらしなく乱された衣服の上で身を投げ出している。
 久慈は、静かに佐一郎の呼吸が整うのを待っているようだった。濡れた性器が、三揃の服を汚すのも厭わぬまま。
 大きな手のひらが、グッと薄い腹を押し込んだ。内臓の内側に鋭い電流が走る。佐一郎は反射のように身を逸らすと、女のような悲鳴を上げた。

「あ、あぁ……っ!!」
「今からお前を抱く」
「ぅ、うそ、だ、だ、抱けるわけ、ない……っ」
「ならそう思っていろ」

 久慈の滑りを纏った指が、口内に押し込まれる。生臭い、己の精液の味にえずきそうになる舌の根を、指で挟むように摩擦された。
 ぐち、ぐぷ、
 粘着質な音と共に、溢れた唾液が口端から溢れる。苦しい、苦しいはずなのに、下腹部奥のうずきは止まらなかった。じくん、じくんと一定の感覚で電流が流れている。腹の奥底に眠る、目覚めさせてはいけない器官へと刺激を送るのだ。

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