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第二巻 第五章 「その異世界人、反攻につき」
第五章 第九節 ~ 魔王の瞳 ~
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「あぐっ⁉」
「リィさん⁉ ちょ、リオナさん何を――」
「動くんじゃねえミラッ‼‼」
リオナが一喝。
それだけで、ミラは心臓を鷲掴みにされたように、足が竦んで動けなくなってしまった。
それはリィも同じで、琥珀色の瞳に戸惑いの色を浮かべながら、今にも泣きそうな顔で彼女は宙吊りにされていた。
リィの怯えた表情に毛程の同情も見せず、リオナはリィを激しく睨みつけた。
「――テメェだな? ドモスファミリーの真のボスは」
「っ⁉」
ミラが反射的にリィの顔を見遣る。
その顔は両親に叱られた子供のようで、とても彼女が極悪な犯罪組織の関係者とは思えなかった。
竦む心を懸命に奮い立たせ、ミラはリオナに異議を唱えた。
「そ、そんなわけないでしょう⁉ リィさんが団長だなんて、一体何を根拠にそんな――」
「最初に見た時に、まず違和感があった。『どうして〝狐人族〟が肉体労働なんかしてんのか』、ってな」
ミラの言葉を遮って、リオナが語り出す。
狐人族は魔法系能力に優れる反面、物理系能力や敏捷性などの身体能力に乏しい。
それは即ち、運び屋のような力仕事にはあまり向いていないということである。
敢えてそれらの能力を強化すれば、できないこともないかもしれないが、元々の数値が低い以上、鍛えたところでその効果など高が知れている。
「……この世界にゃ、貧困だって存在する。飢えを凌ぐ為ってんならそういうこともあるだろうが、コイツはそうじゃない。見るからに健康で、貧困なんて言葉とは無縁の身体をしてやがる。そんな狐人族が、不向きな運び屋をやる必要なんてねえはずだ」
リオナはそこで一旦言葉を区切り、
「百歩譲って、コイツが本当に運び屋だったとしよう。それでも、コイツの実力じゃあ、十分に食っていけるだけの金は稼げねえ。ダンジョンに潜った時に、コイツを観察してたが、運び屋って言うわりには、危機管理は甘えし、動きがトロい。レベルが低いだけかとも思ったが、その尻尾の数からすりゃ、それもねえわな」
狐人族は、レベルに応じて尻尾の数が変化するという特性を持つ。
リィの尻尾の数は三本――それは、最低でもレベル50を超えていることの証だ。
リオナが更に続けた。
「……さて、じゃあコイツのクラスは何なのかって話だが、オレが見た限り、コイツの筋力と敏捷性は、レベル50以上としては最低ランクだ。その分、魔法攻撃力や魔力量といった魔法系能力を強化してるんだろう。狐人族という種族的特徴から見ても、魔法系のクラスに違いねえ」
真剣に、反論すら許さぬ気配で、リオナが推論を展開していく。
その気配に飲まれぬよう、ミラは震える口を開いた。
「で、ですが、一口に魔法系クラスと言っても、魔術師、召喚術士、修道士の三種類が存在します! リィさんが召喚術士と断定することはできませんし、ましてや、ドモスを操っていたことなんて……」
「なら、コレを見てもそれが言えるか?」
そう言って、リオナはリィのローブの胸元をはだけさせる。
そこには、小さな紫色の結晶が埋め込まれた銀色の首飾りがぶら下がっていた。
「それは……召喚のアクセサリー⁉」
「……やっぱり、ここに持ってたか。オマエがモンスターを前にする度、胸元に手を遣ってたことが気になっててな。何か隠し持ってるんじゃねえかって疑ってたのさ」
リィは答えない。
ダランと四肢を脱力させたまま、ぬいぐるみのように黙りこくっている。
そんな彼女に代わって、ミラは必死にリオナの言葉を否定する材料を探した。
「で、でも、召喚術士本人でなくとも召喚のアクセサリーを使うくらいはできますし……」
「だが、テイムの魔法は召喚術士にしか使えない。そして、テイムを成功させるには、自分のレベルが対象モンスターのレベルを上回ってる必要がある。高レベルのモンスターをテイムするには、それ相応のレベルが求められるモンだが、パッと見、ドモスファミリーの連中でボス猿をテイムできそうなレベルの奴はいなかった――この狐ロリを除いてな」
「っ……し、しかし! 召喚術士と言えば、梟のモンスターを操る召喚術士だって……!」
「ウォーリアと戦ってる時にチラっと目にしたが、多分そいつもレベルが足りてねえ。いや、そもそもアイツが召喚術士だったかどうかも怪しい。遠目だったからよくは見てねえが、アイツの足元に、戦士系がよく使う〝スプリントシューズ〟が見えた気もするしな」
「ぅ……」
「今思えば、噴水の広場でオレ達に声をかけたのも、第10層から先へ進もうと言い出したのも、全部計算尽くだったってことか。運び屋を装えば、全てのアイテムを預けてもらえるし、オレ達をこの第20層まで誘い出した後、隙を見て収穫をかっぱらうつもりだったんだろ? 今こうしてオマエが無事なのも、オマエらが最初からグルだったとすれば、全て説明がつく」
「……そん、な……」
ミラが愕然としてリィを見遣る。
琥珀色の瞳は伏せられていて、その表情を読み取ることはできない。
俯き、沈黙を続ける彼女に、リオナは顔を近付けた。
「どうだ? 多分満点の回答だろうが、訂正があるなら聞いてやるぜ?」
「……ぁ」
リィが僅かに口を開く。
続けて紡がれた言葉は、
「……あ……あはははは! すごいね、ライオンのお姉さんは! 全部お見通しだったってわけか!」
乾いた笑い声。
それは諦めであり、自棄であり、彼女が自分の罪を認めた瞬間だった。
ミラは驚愕のあまり、ウサ耳を戦慄かせながら呟いた。
「な……! じ、じゃあ、本当に、リィさんが……!」
「うん、そうだよ。ドモスファミリーを操ってたのはアタイ。表向きはボスが団長ってことにして、アタイはターゲットを見繕ってここまで誘導する餌の役だったのさ!」
「これまでの事件全て……?」
「うーん、それはどうだろうねぇ? アタイも路頭に迷った人達を闇雲に拾ってたら、いつの間にかこーんな大家族になっちゃっててさ! 普段はアタイが指示出してるけど、団員達が勝手に起こした事件もあるんじゃないかな?」
正体を現したリィは、驚く程あっさりと自白した。
他人事のように、自慢話のように、一切言い淀むことなく紡がれる事実の数々。
しかし、大きな琥珀色の瞳は絶望を映し、その表情は何処か荒んでいた。
糸の切れた操り人形のように、ぺたりと座り込むミラ。
ショックのあまり、立ち上がることすらできない。
そんな彼女を余所に、リオナはリィの胸元を掴む手の力を強めた。
「ぅぐ……!」
「まあ、テメェらが何処でどう暴れてようと、オレには関係無え。街の平和とか、世界の平和とか、そういう高尚な動機は持ち合わせてないんでね。オレが叩き潰すのは、オレに手ェ出してきたヤツと――オレの大事な仲間に手ェ出してきたヤツだけだ」
「へ、へえ……ライオンのお姉さんは、随分と優しいんだね……! それで、どうするの? アタイをギルドに突き出すつもりかい……?」
「まさか。そんなつまらねえことはしねえよ」
そう言うと、リオナはリィを掴み上げたまま、先日彼女が飛び降りた内壁の亀裂へと移動した。
掴んだリィをダンジョンの外へ突き出し、じっと睨みつける。
足下の地面が無くなり、リィはそこで初めて狼狽した顔を見せた。
「な、何を……っ⁉」
「この間は、オマエのお陰でヒドイ目に遭ったからなあ。オマエにも、紐無しバンジーの楽しみ方を教えてやろうと思って」
「⁉」
リオナの意図を察し、身体を強張らせるリィ。
見てはいけないと思いつつ、反射的に眼下の景色を見てしまう。
ずっと真下に見える緑の大地に、リィは恐怖した。
「や、やめてよ! こんな高い所から落ちたら死んじゃうよ!」
「ああ、殺すつもりで落とすからな」
「殺……っ⁉」
「まあ、安心しろ。運が良けりゃ、生きて帰って来られる。このオレみたいにな!」
ケラケラと笑うリオナの声は、最早リィのキツネ耳には届いていなかった。
リオナの本気の殺気に当てられ、今正に命の危機を感じている彼女は、必死にリオナの拘束を振り解こうと身をよじりながら、力の限り叫んだ。
「こ、殺すって、自分が何を言ってるのかわかってるのかい⁉ 仮令相手が犯罪者であろうと、殺人は犯罪! ギルドの規約にも書いてあっただろっ⁉ それを破れば、今度はお姉さんが冒険者に追われることに――」
「それがどうした?」
「っ⁉」
リィが思わず口を噤む。
そんな彼女のキツネ耳に言い聞かせるように、
「勘違いすんなよ? オレはただ〝楽しむ〟為だけにここにいる。冒険者だの何だのっつう肩書きは単なる飾りに過ぎない。ギルドも冒険者もクエストもダンジョンもモンスターも獣人も世界も――全てはこのオレを楽しませる為の舞台装置でしかないんだよッ!」
そう言って、リオナがリィのキツネ耳に口を寄せる。
とびきりドスの効いた声で、しかし、実に愉快と言いたげな響きを含みながら、リオナは言った。
「――魔王を舐めんなよ?」
「え……?」
その一言がキツネ耳を撫でた途端、リィは言い様のない恐怖感に襲われ、放心した。
言葉は突然出て来なくなり、爛々と恐ろしげに輝く金眼に睨まれて、意識が飛びそうになる。
それはまるで、一人の獅子人族ではなく、もっと強大な敵に相対しているような――
(……〝魔王〟って、一体……?)
その言葉の意味を考える間もなく、リィは眼下の地面に向けて自由落下を始めた。
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