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第二巻 第五章 「その異世界人、反攻につき」
第五章 第四節 ~ 痺れの一撃 ~
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「グウウゥゥアアァオオオオォォォォオオオォォォオオオオオオ――――‼‼‼‼」
ウォーリアが興奮し、ダンジョン全体を揺るがすような咆哮を上げる。
その傍らにはドモスが佇み、リオナ達に油断ない視線を向けていた。
積み重なった瓦礫を挟んで、リオナ達とドモス達が互いに睨み合う。
緊迫した空気の中、ウォーリアが四肢を地面に突いて、突撃の構えを見せた。
ドモスもまた二振りの大剣を構え、ウォーリアに続いて攻撃を仕掛けようとしている。
両者の間に最早言葉は無く、ただ相手のHPを削り取ることだけを一心に考えていた。
「……ミラ」
「は、はい! 何でしょう?」
張りつめた空気に飲まれそうになっていたミラは、狼狽しながらリオナの呼びかけに答えた。
そんな彼女に、リオナがうっすらと笑いつつ、
「……あんまり深く考えんなよ? 魔法を発動させたら、あとは全部オレに任せて、大人しく下がってりゃあいい」
「は、はい……。あの、もしかして心配されてます……?」
「さてな?」
ケラケラと笑ってはぐらかしたリオナは、改めて目の前のドモス達を見遣った。
剝き出しの殺気に曝され、身体が熱く燃え上がる。
反面、頭は急速に冷えていく。
世界から不必要な情報が削除され、モノクロな彼女の戦場だけが無機質に広がる。
画面の前では味わえない戦いの臨場感に気持ちを昂らせ、躍動の時を今か今かと待った。
やがて、ウォーリアの四肢の筋肉がボコッと盛り上がったかと思うと、次の瞬間には、弾丸もかくやという速度で突貫し、リオナを間合いに捉えていた。
ウォーリアのひょろ長い腕が鞭のようにしなる。
これに対し、リオナは、
「≪ラピッドパンチ≫ッ!」
レベル15以上で覚えられる初級スキル≪ラピッドパンチ≫で迎え撃つ。
低レベルで覚えられるだけあって、速度はそこそこあるものの、威力はまるで問題外。
到底ウォーリアの強大な攻撃力と打ち合うことなどできず、リオナはウォーリアの腕の餌食となる――
そう思われたのだが、リオナの≪ラピッドパンチ≫がウォーリアの腕を打ち据えた瞬間、ウォーリアはまるで電流でも浴びたかのように動きを止めた。
傍からその様子を見ていたドモスやミラは勿論のこと、ウォーリア自身も何が起きたのかわかっていない様子だ。
そんなウォーリアを睥睨しつつ、
「どうした? 攻撃してこねえのか?」
挑発するように、リオナがニヤリと笑う。
言葉は通じないまでも、侮蔑の感情は悟ったらしい。ウォーリアが雄叫びを上げて、もう一方の腕を振り下ろしてきた。
「ギイイィィィィッ‼‼」
「ほい、≪ラピッドパンチ≫!」
リオナが再び≪ラピッドパンチ≫で迎撃する。
すると、またしても攻撃を受けたウォーリアはそこで動きを止め、攻撃途中の不恰好な姿勢のまま固まってしまった。
何が何やらわからず、狼狽するモンスターの気配がひしひしと感じ取れる。
驚愕のあまり、一旦後ろへ跳躍して距離を開けようとするウォーリア。
今度はその両脚を狙って、鋭い爪先蹴りを打ち込んだ。
無論、大した力は込めていない。
≪累≫で身体を酷使してしまったので、そもそも全快時のような全力の攻撃は行えない。
にも関わらず、リオナの蹴りを打ち込まれたウォーリアの脚は途端に動かなくなり、それどころか、立っていることすらもできなくなってしまった。
四肢の自由を失い、膝を折ったウォーリアに、容赦なく攻撃を加えようとリオナが肉薄する。
しかし、動けないウォーリアの巨体の陰からぬうっとドモスが飛び出し、彼女の前に立ちはだかった。
「ぬうんッ‼‼」
二本の大剣を断続的に振り回し、果敢に攻め込んで来るドモス。
斬撃が絶えず彼の身を守り、リオナに近付く隙すら与えない。
軌道は単純で読みやすく、当たることなど有り得ないが、彼に攻撃の手が届かない。
(……なるほど。自分のダウンを全力で防いで、ウォーリアの復活まで時間を稼ぐ気か)
先程は強制的に一体一の状況に持ち込まれた為に、ドモス達はリオナに手も足も出なかった。
それを踏まえて、彼らは二人がかりでリオナを仕留めようと画策したのだろう。
刻一刻と変化していく戦術と戦況。
その応酬に、リオナは脳髄が痺れるような快感を覚えた。
ドモスの狙いを見抜いた彼女は、更にそれを打ち破るべく行動に出た。
「≪秘剣の七・空衣≫!」
自ら斬撃の支配領域に飛び込み、彼の剣を絶妙な体捌きでいなす。
あの不可思議な感触がドモスを襲い、彼の連撃のペースが僅かに乱れた。
その間隙を縫うように、リオナはドモスの腕のある一点――肘を狙う。
「≪ラピッドパンチ≫!」
「ぬうッ⁉」
突如として走る痺れのような痛み。
それはリオナのパンチが捉えた点から、瞬く間に腕全体に広がり、痺れ以外のあらゆる感覚を遮断する。
握力すらまともに込められず、剣を取り落としてしまった。
「むぅッ⁉ これがウォーリアを襲った攻撃の正体か!」
ドモスが慌てて後退しようとする。
が、彼は攻撃力と耐久力にパラメーターを振り切った重量系ファイターであり、敏捷性に優れるリオナからは逃げられない。
跳ぼうとして、体重をかけた右脚のふくらはぎに、リオナの鋭いローキックが入る。
「ぐう⁉」
瞬間、ドモスもまたウォーリアと同様、右足が痺れて力が入らなくなり、その場で膝を突いてしまった。
ダメージはそれ程でもない。立ち上がる意志もある。
なのに、身体が命令を受け付けない。
まるで、その部分だけ別の意識に乗っ取られてしまったかのよう。
地に這いつくばり、困惑するドモスを見下ろしながら、リオナは呵々と笑った。
「悪いが、その痺れは暫く取れないぜ?」
「……貴様、何をした? 何か特別なスキルを使ったわけでもあるまい?」
リオナが使ったのは、紛れもなく初級スキルの≪ラピッドパンチ≫と、何の変哲もないローキックだ。
技そのものに追加効果の類は一切付加されていない。
付け加えて言うならば、リオナお得意の武技や武術を利用したわけでもない。
リオナの攻撃に麻痺の効果が発生した理由。
それは、彼女が打撃で狙った部位にあった。
ドモスとウォーリアは、共通して肘とふくらはぎに攻撃を受けている。
そこは尺骨神経や腓骨神経といった神経が剝き出しになっている部分であり、そこに強い衝撃が加わると、神経が直接ダメージを受け、一時的に麻痺した状態になるのだ。
机の角に肘をぶつけたり、カーフキックを受けたりした時にビリビリと痺れるのは、その所為である。
「――アカヤギに効くかどうかは微妙だったけどな。まあ、鳩尾喰らって悶絶してたくらいだし、身体の構造は人体とそう変わらねえみたいだな」
悠々とドモス達の目の前で種明かしをするリオナ。
彼らは徐々に身体の自由を取り戻しつつあったが、まだ完全に痺れが取れず、無防備なリオナに攻撃を仕掛けることはできなかった。
麻痺の持続時間は長くても数分。
勝負を決めるには短すぎるが、リオナの目的はそこではない。
後ろのミラに振り返り、リオナは実に愉快そうに言った。
「さあ、この位置なら問題ねえだろ? 時は上々、気分は絶好調ッ! 正真正銘完全無欠に文句無しのパーティーナイトだッ‼‼ テメェのとっておき、今ここでぶちかましてみやがれッ‼‼」
リオナの口上と共に、ミラが制御していた魔力を解き放つ。
彼女の足下に浮かんだ魔法陣が一際眩く輝き、瓦礫ばかりの殺風景な戦場に、一時の幻想的な花が咲いた。
しかし、その花を人目から覆い隠すように、宙に浮いた黒い球体が暗闇を放出し、戦場の一部を飲み込み始める。
やがて、夜闇のように真っ黒なドームが形成されていく中で、ミラは静かにその魔法の名を呟いた。
「――≪新月≫」
ゲームには登場しない強力なデバフスキル≪新月≫。
その暗闇に飲み込まれた者は、術者以外、全てのパラメーターが1/6まで減少する。
これまでリオナが見てきた中で、最も強力で凶悪で驚愕したデバフスキルである。
暗闇のドームは術者のミラを残し、その場にいたドモスとウォーリア、それにリオナまでもを内部に閉じ込めていく。
何かを決意するように、爛々と輝く金眼で佇むリオナ。
暗闇の向こうへと消えていく金髪を見守りながら、ミラは内心で祈った。
(リオナさん……あとはお任せします……! どうか無事に帰って来てください……!)
漆黒のドームが閉塞した。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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