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第二巻 第五章 「その異世界人、反攻につき」
第五章 第三節 ~ 累 ~
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『いいか、ミラ。ヤツらとの戦いが始まったら、テメェは真っ先に距離を取って、魔法の準備に専念しろ。それまでの時間はオレが稼ぐ!』
リオナの言葉に従い、ミラは作戦の要となる魔法の構築を着々と進めていた。
術式の構成は既に済んでいる。
あとは発動のタイミングを見計らうだけ。
そのタイミングも、リオナがドモス達を誘導して、上手い具合に整うよう取り計らっている。
ここまでお膳立てしてもらって、失敗するわけにはいかない。
ここで失敗すれば、いよいよ以て自分はリオナの足手まといでしかなくなる。
そんなのは絶対にイヤだ。
(……リオナさん、私、必ずやってみせます……!)
キッと唇を強く結び、集中を高める。
縦横無尽に駆け回るリオナの動きを赤目で追った。
彼女の戦いは一方的なものだった。
二対一という圧倒的不利な状況をものともせず、何度も彼らからダウンを取っている。
戦いが始まるまで、リオナが心配で堪らないミラだったが、彼女の戦いぶりを見て、すぐにそれは杞憂だとわかった。
リオナが敵を引きつけてくれたお陰で、魔法の準備は滞りなく進んだ。
この好機を無駄にするわけにはいかない。
ミラは拳を握り締めながら、機を待った。
(大丈夫……リオナさんなら……!)
その時、攻撃を捌かれたウォーリアが体勢を崩し、空いた腹部へリオナの渾身の拳が打ち込まれた。
崩れ落ち、肩で息をするウォーリア。完全なダウン状態だ。
(やった……!)
リオナの優勢に、内心で歓声を上げるミラ。
状況は彼女の計画通り、概ね良好に進んでいた。
迫る決着の予感に、ミラは逸る気持ちをどうにか抑え込んだ。
(……あとは、あのドモスさえ所定の位置へ誘い出せれば……!)
そのドモスも今、リオナの拳を受けて大きく後退していた。
残念ながら攻撃は届かなかったようだが、その顔に浮かんだ疲労の色を見て、ダウンするのも時間の問題だろうと思えた。
最悪、ダウン状態でなくとも、隙を見て自分が強引に魔法を発動させればよい。
(……イケる……!)
そう思い、魔法を発動させる構えに入る。
既に満ち足りた杯に最後の一滴を垂らすようなイメージで、魔力を横溢一歩手前のギリギリのラインで維持する。
僅かにでも魔力の蛇口を捻れば、その瞬間に魔法陣は満たされ、魔法を正しく顕現させるだろう。
――そうして魔力の制御に神経を注ぐミラのウサ耳に、驚くべき言葉が飛び込んで来た。
「ウォーリアよっ‼‼ 後ろで控えているあの兎人族を狙えっ‼‼」
「え?」
ウォーリアの劈くような咆哮がウサ耳に届く。
魔法に集中していたミラは、一瞬ドモスの言葉の意味がわからず、呆気に取られてしまった。
時の流れの中で、自分一人が置いてけぼりにされたような、そんな浮遊感。
気付けば、ウォーリアの巨体がすぐ目の前に迫っていた。
「グアアアァァァァッ‼‼」
「ひっ⁉」
漸く状況を理解したミラは慌てて回避行動を取ろうとするが、魔法の構築に脳のキャパシティーを奪われていた彼女は、身体との同調が上手くいかず、足をもつれさせてしまった。
崩れゆく体勢、突き込まれる手刀。
鈍化した世界の中で、ウォーリアの鋭い爪がギラリと光る。
もう何度目かもわからない命の危機に、ミラの思考はあらぬ方向へと向いていた。
「ウォーリアは何故、自分を睨んでいるんだろう」とか、「自分がいなくなったら、作戦はどうなるんだろう」とか、そんな益体の無い疑念が次々と浮かんでは消えていく。
それらの思考も、遅々として迫る手刀と、胸の奥底から沸々と湧き上がる死の香りに掻き消され、そして――
視界に穂波のような金色が舞い込んだ。
「だらあッ‼‼」
正に電光石火の如きスピードで飛び込んで来たリオナは、ミラとウォーリアの間に身を滑り込ませると、ウォーリアの手刀を手拳で跳ね上げた。
そうしてがら空きになった胴体に、武技を利用した強烈な掌打を繰り出す。
「≪累≫ッ‼‼」
「ギアアァッ⁉」
ドドドド、と僅かにズレて重なった鈍い音と共に、ウォーリアは軽々と吹き飛ばされた。
嵐のような展開に赤目を白黒させるミラの前で、リオナがニッと笑った。
「大丈夫か、ミラ? まさか、アオヤギの状態異常回復速度がこんな早いとは思わなかったぜ。ゲームとは違うモンだな!」
「リ、リオナさん……」
揺らめく殺気は遠ざかっている。
死の気配も感じない。
黒く滲むような悪寒は消え、危険は去ったのだと本能が告げていた。
ミラは助かった安堵でへたり込んでしまいそうになったが、リオナに弱い所を見せたくなくて、気丈に振る舞った。
向こうで膝を突くウォーリアを注意深く見遣りながら、ミラはリオナに尋ねた。
「……一体どうやって一瞬にしてここまで……? リオナさんはドモスと戦っていたはずでは……」
敏捷性でリオナはウォーリアに劣っている。彼女の助けはまず間に合わないと思ったのだが、
「ハッ、それを補う為の武術だろ? ≪累≫――体内で作り出した衝撃を幾重にも重ねて放出する技だ。今アオヤギを吹っ飛ばしたのもそうだぜ。オマエにはオレの攻撃は一発に見えただろうが――殴られた側からすりゃあ、何十発もの攻撃が一度に襲って来たように感じたはずだ」
これを応用すれば、一瞬で何度も地面を蹴りつけ、移動エネルギーを累積させることで、爆発的な移動速度を得ることも可能だと言う。
但し、早過ぎるあまり、途中で方向転換することはできないらしい。
「そ、それでも凄い技術なのです! 流石はリオナさんなのですよ!」
「よせやい。自分の技術をひけらかす趣味はねえよ」
ピョンピョンと飛び跳ねながら称賛するミラに、リオナは声を上げて笑った。
「よせ」と言いつつ、満更でもない様子である。
――だが、
(……だが、コイツはそんな便利なモンじゃねえ。反動がデカ過ぎて、レベル50の肉体ですらこの様だ……)
ミラは気付いていなかったが、リオナの手足は細かく痙攣し、まともに力も入らない状態だった。
≪累≫は元々、ゴム並みの柔軟性を持つとある人間と手合わせした時に着想を得て作った技で、生身の人間の身体では、体内で作り出した衝撃を上手く制御することができず、使用に限りがあるのだ。
(≪蝶舞≫みたいに、一発デカい波をドカンと放出するだけの技なら簡単なんだが……と、そんな愚痴叩いてる場合じゃねえな)
リオナが鋭い視線を向ける。
吹き飛ばしたウォーリアが立ち上がり、体勢を立て直しつつあった。
それだけではない。
体色を青から赤へと変え、荒い鼻息を吐き出しながら、禍々しい三つの瞳でこちらを睨んでいる。
恐怖の象徴たるその姿は、忘れるはずもない。
「リ、リオナさん……」
「……今のでレイジ状態に入ったか」
リオナが身構える。
レイジ状態に入ったということは、HPが残り少ないことの証だ。
ステータスは跳ね上がっているが、こちらの準備も整っている。
勝てない戦いではない。
リオナは手足の細かな震えを誤魔化すように獰猛に笑うと、ミラの肩にポンと手を置いてから、ウォーリアと再び向き合った。
「さて、このゲームもそろそろ終わりが近い。バシッと勝利で決めて、そんで以て、次の冒険の計画を立てようぜ!」
「! はいっ!」
戦いは既に佳境。
一瞬でも気を抜けば、その間に戦況は一変しているかもしれない。
自らを奮い立たせるように、ミラは力強く応えた。
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