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第二巻 第三章 「その異形、最凶につき」
第三章 第八節 ~ 紅に染まる金 ~
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「ゴホッ……ゴホッ……!」
もうもうと巻き上がる土煙の中で、ミラは激しく咳込んだ。
背中をしたたかに打ちつけ、涙で視界が滲む。
結構なダメージだが、それでも立ち上がれない程ではなかった。
(……あんなモンスターの攻撃を耐えられるとは思っていなかったのですが……。運が良かったのでしょうか……?)
自分の防御力では、ウォーリアの攻撃を受け切ることはできない。
正直、あの瞬間に決着がついたと思っていたミラは、予想外の軽傷に訝しみながらも、衣服に付いた埃を叩き、すっくと立ち上が――
「……あ、あれ?」
――立ち上がろうとしたのだが、できなかった。
自分の上に何かがのしかかっていて、ずっしりと押さえつけられるように身体が重かったのだ。
早く立たなければウォーリアが再び襲って来るかもしれない。
そう思い、慌てて自分の上に乗るその何かを押しのけようとして、
「……え?」
触れた瞬間、ぬめりと手が滑った。
それと同時に、生温かい感触が手に伝わって来る。
妙な湿り気が手に付着した。
恐る恐る手のひらを見遣ると――
「……ぁ」
手が真っ赤に染まっていた。
それだけではなく、その何かの乗る太腿から身に付けたシャツからへたり込む地面まで、全てが真紅に染まっている。
鼻をつく鉄のような匂いが辺りに充満し、真紅の正体が大量の血であることを雄弁に物語っていた。
そして、自分の上にのしかかっているモノ。
人型をしていて、柔らかい。
腰の辺りから伸びた金色の尻尾が、力無くだらりと地面に垂れている。
それが自分のよく知る人物であることに遅れながら気付き――
「リ……リオナさんっ‼‼」
必死に身体を揺さぶり、呼びかける。
彼女は酷い有様だった。
眩い程だった金髪も、白磁のような肌も、全てが等しく赤に染められ、その輝きを失っている。
均整の取れたしなやかな肢体は、左腕がひしゃげてボロボロになり、さながら廃棄場に捨てられた哀れな人形のよう。
内臓を潰されているらしく、口元から零れた血が地面に広がる真紅に落ちて行った。
胸を締めつけられる思いになりながら、ミラは考えた。
(……まさか、リオナさんが私を庇って……?)
状況から見て、それ以外に考えられない。だが、事の真偽は後回しだ。
リオナは気を失っているようで、呼びかけてみても返事がない。
息はまだあるが、出血が激しく、このままでは危険だ。
ここから逃げおおせる為にも、どうにかして彼女の意識を呼び覚まさなくては……!
「リオナさん! お願いです起きてください‼‼ リオナさんってば……っ‼‼」
喉を引き攣らせそうになりながら、彼女のネコ耳のそばで繰り返し呼びかける。
暫く反応がなかったが、何度目かの呼びかけで漸く彼女が小さな呻き声を漏らした。
「……ぅ」
「リオナさん……っ!」
「……ッ、あー……そんな大声出さなくても……聞こえてんぞ、駄ウサギ」
そんな憎まれ口を叩きながら、ゆっくりと金眼を開く。
ミラの赤い瞳から溢れた大粒の涙がリオナの頬を濡らした。
それにうっすらと苦笑しつつ、リオナはミラの肩を借りて、どうにか立ち上がった。
「リオナさん、今ポーションで回復を……」
「……いや、そんな暇はねえ」
息も絶え絶えになりながら鋭い視線を向けるリオナの前で、ドモスとウォーリアが佇んでいた。
互いに暫く睨み合っていたが、不意にドモスが口を開いた。
「……意外だな」
「……何がだ?」
「貴様がそこの娘を庇ったことだ。貴様のことだから、弱者など早々に切り捨てるかと思っていた」
「……ッハ! 勘違いすんじゃねえ。オレだって、何でもかんでも救ってやる程お人好しじゃあねえさ」
そこで、込み上げてきた血反吐を吐き捨て、
「……だがまあ、コイツとの間にゃあ、『オレを楽しませなきゃ世界をブッ壊すぜゲーム』の約束があるんでな。今死なれても、つまらねえ結果にしかならねえだろ?」
「フッ……読めんな、貴様は」
鋭い犬歯を剝き出しにして笑ってみせるリオナ。
とてもそんな余裕などないはずだが、彼女の覇気は一向に尽きることを知らない。
それから、一転声を潜めて、ミラにだけ聞こえる声でリオナは言った。
「……ヤツらの攻撃をギリギリまで引きつけてから右に避けろ」
「……え?」
そよ風にすら掻き消されそうな程のその声をウサ耳で捉えつつ、ミラは驚いてリオナの顔を見遣った。
「そんな危険なことを……」と思ったが、彼女の「勝算アリ」とでも言いたげな金色の瞳を見て、ミラは力強く頷いた。
(リオナさんはもう立っているのもやっとの状態……。なら、私が頑張らないと……!)
覚悟を決め、ウォーリア達と真正面から対峙する。
禍々しい風貌、恐ろしい威圧感。
両足が震え、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが、それを懸命に抑えつけて、敵の動きにのみ注目する。
ウォーリアの敏捷性は想像を遥かに超えるものだった。
それは初撃で経験済み。恐らく、目で視認してから避けていたのでは間に合わないだろう。
(……認識するより早く……限界のその先へ……!)
心臓がドクドクと高鳴る。
視界から次第に色が失われ、真っ暗な空間に自分と敵の存在だけが残った。
五感が研ぎ澄まされていく感覚の中で、ふと隣で支えるリオナの体温を感じ、「彼女が見ている世界はこんな感じなのだろうか……?」と思った。
次の瞬間、ウォーリアが攻撃の意思を宿したのを微かに感じた。
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