81 / 112
第二巻 第三章 「その異形、最凶につき」
第三章 第三節 ~ 碧死眼の魔王 ~
しおりを挟む☯
MMORPGシェーンブルンには、俗に〝ルインシリーズ〟と呼ばれるモンスターが何種類か存在する。
その名の通り、冒頭に『ルイン』の名を持つモンスターの総称で、プレイヤー間でも屈指の知名度を誇る。
だが、ルインシリーズが著名な理由は、名前が特徴的で覚えやすいなどという短絡的なものでは決してない。
一度でもルインシリーズと戦ったことのあるプレイヤー達は皆、畏怖と畏敬を以てその名を口にする。
ルインシリーズは、唯の一つの例外もなく、強力なステータスと固有のスキルを持ち、これまで数えきれない程のプレイヤー達を葬ってきた正真正銘の化物なのである。
その中の一体、〝ルイン=コバルト・ウォーリア〟は≪ランブの塔≫第30層に座するボスであり、ある程度ゲームに慣れた中級者が最初に躓く定番のポイントとなっている。
今でこそトッププレイヤーとして名を馳せるリオナだが、彼女もゲーム序盤で、このモンスターに苦戦を強いられた苦い記憶がある。
そんな因縁とも言える強敵を前に、リオナは次の行動を慎重に考えていた。
(……アオヤギの適性レベルは45以上……オレは勿論のこと、ミラですら届いてない可能性が高い。加えて、メンバーもアイテムも体力も、何もかもが不足している。真っ当に戦って勝てる可能性は……まずないな)
隣で震えるミラをチラリと見遣る。
ここまで冒険を共にして、彼女の実力はある程度わかってきた。
推定レベルは40程度。
この世界でレベル40というのはそこそこの実力者らしく、プレイヤースキルは見かけのレベルよりも高い。
兎人族らしい高い敏捷性を活かし、〝潜伏〟や状態変化魔法を多用するサポートキャラだ。
しかし、根本的に臆病な性格で、咄嗟にモンスターに狙われたりすると、恐怖で判断が鈍ってしまう。
いつ敵に襲われるともわからない冒険者にとって、それは致命的な弱点だ。
そんな彼女をウォーリアと戦わせるのは、あまりに危険だった。
特にウォーリアは特殊行動が多く、咄嗟の判断が求められる。
それら全てを伝えている時間は無いし、狙われたが最後、彼女では太刀打ちできない。
(……なら、どうにかして逃げねえとな。ったく、天井をぶち抜いて上層のボスを下層に落とすとか、無茶苦茶過ぎんぞ。運営には大クレームだな)
もっとも、この世界には抗議すべき運営も、コンタクトを取る為のお問い合わせフォームもありはしないのだが。
悪態を吐くリオナの隣で、ミラはじっと目の前のモンスターを凝視していた。
恐ろしい見た目をしているが、目を逸らすわけにはいかない。
(……目を離した瞬間に、殺られる……っ!)
緊張するミラの視界の中で、着地後の硬直から復帰したウォーリアが、ゆっくりと動き出した。
目の前に現れた獲物を認めると、ウサ耳を劈くような咆哮を上げながら、緩慢な動きで体重を前に傾け、右足から順に地面を蹴飛ばして、ゆっくりと目的の獲物目掛けてその手を伸ばし――
ウォーリアの鋭い爪がすぐ目の前まで迫っていた。
「……ぁ」
「ボサッとしてんじゃねえッ‼‼」
怒声を上げたリオナが、タックルでミラの身体を思い切り吹き飛ばした。
二人してもつれるように地面を転がる。
ミラに覆い被さるリオナのネコ耳にウォーリアの手刀が掠った。
そのまま車輪のように転がったリオナとミラは、ウォーリアの間合いから逃れたところで漸く立ち上がった。
パンパンと衣服に付いた砂埃を叩きつつ、リオナが、
「……ミラ、オマエは下がってろ。アレと戦うには分が悪すぎる。オレが足止めしてる間に、どうにか脱出方法を考えろ」
「そ、そんな! リオナさん、またお一人で……」
「平気だ。あんな暴れるしか脳のねえヤツに負けるつもりなんざ、1ミリたりともありゃしねえよ!」
ニヤリと悪戯っぽく笑うリオナ。
勝算はなかったが、それを顔に出す彼女ではない。
ミラは一瞬逡巡したのだが、咆哮を上げるウォーリアの姿を見て、身が竦んでしまった。
恐らく、自分ではアレに勝てない。
それを本能的に悟ってしまった彼女は、震える足で身を翻し、その場を後にした。
(ごめんなさい、リオナさん……! どうかご無事で……っ‼‼)
ヨタヨタと走り去って行くミラの背中を見送りながら、リオナはウォーリアと対峙した。
「……さて、と! テメェにはゲームで随分世話になったからなあ……! あん時の借り、返させてもらうぜッ‼‼」
拳をかち鳴らし、鋭い犬歯を剝き出しにして笑うリオナの金眼は、新しい玩具を前にした子供のように、爛々と輝いていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる