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第二巻 第三章 「その異形、最凶につき」

第三章 第一節 ~ 天衝く笑声 ~

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     ☯

「や……やった! やったのですよーーっ‼‼ リオナさんの勝利ですーーっ‼‼」

 満面の笑みで、ピョンピョンと飛び跳ねるように走り寄って来るミラに、リオナは、

「そい」

「フギャアっ⁉」

 ミラが飛びついて来る直前、彼女の顔面に反射的にアイアンクローを繰り出していた。
 獅子人族ライオネルの怪力が彼女の頭をギリギリと締め上げ、ギリギリギリギリギリギリと……

「い、いだだだだだっ⁉ ちょ、リオナさんっ‼‼ 本気で痛いですから離し――」

「ああ」

 ふと我に返ったリオナがフッと右手の力を抜く。
 突然の解放に不意を突かれたミラは、着地に失敗して思い切り尻餅を突いた。

「あうっ⁉ うぅ、痛いのです……というか‼‼ 乙女の顔にいきなりアイアンクローを決めるとはどういう了見ですかっ⁉」

「すまん、無意識だった」

「あ、そうですか。無意識なら仕方ない……ってなるかアァァァーーーーっ‼‼」

 ビシビシビシビシと両ウサ耳による往復ビンタが飛んで来る。
 それらをひょいひょいとかわしつつ、リオナは悪びれなく笑った。

「まあ、落ち着けよ! 減るモンじゃねえんだし!」

「いいえ減りました‼‼ 体感2ミリくらい頭蓋骨がヘコみましたっ‼‼」

「……小顔効果?」

「やかましいっ‼‼」

 フィニッシュと言わんばかりに渾身こんしんのウサ耳がたたきつけられる。
 聞き慣れた快音を響かせる彼女達の下へ、リィがおずおずと近付いて来た。

「ア、アタイ、夢でも見てるのかい……? あのボスが地に倒れ伏しているなんて……」

「どうした、きつねロリ? そんな狐につままれたような顔して?」

「……い、いや、ちょっと信じられないな、って……。だって、あのボスだよ? メチャクチャ強いんだよ?」

「なら、オレはハチャメチャに強かったってことだな!」

「……殺しちゃったの?」

 リィの声に含まれる緊張が増した。
 努めて感情を押し殺しているようだが、心の底から湧き上がる不安を抑えきれず、大きな琥珀こはく色の目が泳いでいる。

 リオナはいつもと何ら変わらぬ飄々ひょうひょうとした調子で、

「いんや、命までは奪ってねえよ。アイツは悪党かもしれんが、そいつを裁くのはオレの仕事じゃねえからな」

「……そ、そう」

 リィはホッとしたように息をいた。
 ミラは何も言わなかったが、内心では、大事な仲間が人殺しにならずに済んだことに安堵あんどしていた。

「……とは言え、彼らは間違いなく罪人です。今この場で全員を捕らえて、ギルドまで連行します!」

 安堵したのは一瞬。ミラはすぐに気持ちを切り替え、他の団員達を捕らえるべく、ダガーを引き抜いた。

 見た目は可愛らしいものの、彼女とて熟練の冒険者である。
 そんな彼女の殺気を向けられ、団員達は警戒心をあらわにして臨戦態勢を作った。
 が、ドモスに対して全面的な信頼を寄せていた団員達は、彼が倒されたことに動揺を隠しきれず、武器を持った手を震わせたり、身を強張こわばらせたりしていた。

 ダガーを構えたミラがじり……と団員達に詰め寄る。
 団員達がたじろぎ、脂汗をにじませながら半歩下がった。
 両者の距離は十間程。ミラの魔法なら一網打尽にできる。

 そうして、ミラが得意の結界魔法を発動させようと身構えた――その時だった。

 ボス部屋の一角から、低く、野太い笑声が一同の鼓膜を震わせた。



「……フ、フクク……ハッハハハハハハハハハハッ‼‼」

「⁉」



 広間にいた全員が笑い声の出所に目を向ける。

 笑っていたのは、地に倒れ伏したままのドモスだった。
 仰向けに寝そべり、天井に吐き捨てるように、高らかな哄笑こうしょうを上げる。
 気でも触れたのではないかと思える程高笑いする彼に、ミラは怪訝けげんな視線を送った。

「……何が可笑おかしいのです?」

「フ、ハハ……! いや傑作だ! たかが冒険者になって一週間程度の小娘が、タイマンでこの俺に勝つかよ……ッ! ハッハハハ!」

「リオナさんはいずれ魔王をお倒しになるお方です。あなたのような盗賊風情が敵う相手ではありません!」

 鋭い視線でにらむミラの前で、ドモスがようやく起き上がる。
 足を投げ出した姿勢のまま、

「フ……そうか、魔王を、か……。それなら、まあ負けたのにも納得がいく」

「でしたら、無駄な抵抗はやめて、大人しくギルドまで――」

 そこで、ドモスが不敵な笑みを浮かべた。
 さっきまで何処どこか清々しい雰囲気であったのが一転、くらい光を瞳に宿して、ミラ達を睨み返す。
 腹を据えたような気配に、ミラは何か嫌な予感がした。

 立ち上がったドモスは、天を見上げながら、静かに言った。

「……だがな、俺は――俺達は、絶対に負けることは許されねえ! そうでなきゃ……強さを証明していかなきゃ、このくそまりみてえな世界で生きていくことはできねえ……! だから、俺達を倒したお前達には何としても――ここで消えてもらうぞ……ッ‼‼」

「っ⁉」

 魔力が満ちると同時、ミラがひそかに準備していた魔法を瞬時に発動させる。
 淡い半透明の結界がドモスを中心に形成され、盗賊達を一まとめに内部に閉じ込める。
 しかし、その行動は僅かに遅かった。

 元々、第20層はドモスファミリーが獲物を誘い出し、仕留める為の狩場だ。
 ボス戦を終え、疲弊した冒険者に、団員総出で襲いかかる。
 それ以外にも、様々な状況を想定して仕掛けられた細工がいくつも隠されている。

 結界が完全に閉じ切る直前、ドモスが何かの物体を天高く放り投げた。
 赤いきらめきを持ったその物体は、ホームランボールの如き勢いで高く高く舞い上がり、彼らの頭上、第29層の天井に着弾する。
 そして――



 ダンジョン全体を揺るがす大爆発が一同の獣の耳を襲い、上空から暴雨の如き瓦礫がれきと、それらを覆う巨大な何かの影が落下して来た。


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