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第二巻 第二章 「その巨塔、予測不能につき」
第二章 第二十節 ~ 空衣 ~
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凡そ大剣とは思えない程の速度で刃が迫る。
その切先を離れた所で観戦していたミラは辛うじて捉えることができた。
恐らく、接近戦を繰り広げているリオナには、目で追うことすら難しいはず。
ギュッと握った両手に力が篭もる。
いくらか装備で防御力を強化しているとは言え、あの大剣の前では焼け石に水もいいところだ。
加えて、彼女は今武器すら持っていない状態。
防ぐことも受け流すことも、今の彼女にはできない。
不吉な想像が頭を過り、世界が暗転した。
「リオナさんっ‼‼」
色を失くした視界で、無骨な刃が彼女の柔肌に触れる。
そのまま腕を斬り飛ばし、胴体を裂き、断面から大量の血と肉と臓腑を撒き散らしながら、彼女の亡骸が血の海に沈んでいく――などという展開にはならなかった。
リオナの身体に触れる直前、ドモスの剣はまるでこんにゃくの表面でも撫でたかのように、つるりと彼女の身体を滑り落ちた。
この不可解な現象に遠目で見ていたミラや団員は驚いたが、一番驚愕したのは剣を振った張本人であるドモスだ。
予想外どころか想像もしなかった手応えに、思わず声が漏れる。
「なぬッ⁉」
確実に仕留めきれると踏んでいたドモスは、剣の勢いを止めることができず、リオナの方へ倒れ込むような形でつんのめった。
すれ違い様、リオナは悪戯が成功した子供のような笑みを作り、冗談めかして言った。
「――≪秘剣の七・空衣≫! 剣を使わないのに〝秘剣〟とはこれ如何に?」
体勢を崩し、隙だらけのドモスの丹田に強烈な膝蹴りを入れる。
急所に的確に埋め込まれた攻撃に、ドモスが苦悶の声を上げた。
「ぐぬぅッ⁉」
巨体が僅かによろめく。
そのまま追撃を仕掛けようとしたが、それはドモスが剣を振り回して防いだ。
大人しく距離を開け、次の攻撃の隙を窺う。
体勢を立て直したドモスが、訝しむような声で言った。
「……貴様、一体どんな絡繰りを使った?」
「別に、大したことはしてないさ。アレは純粋な体術だよ。相手の攻撃を最小限の動きだけで受け流す身躱しの極致――その名も≪空衣≫! 誰にも傷つけられない不可視の衣を着てるように見えることから、そんな名前を付けたらしいぜ?」
ケラケラと笑い、何処か余裕すら感じられる様子で答えるリオナ。
本人はそんな調子だが、それが並々ならぬ努力と研鑽の果てに習得された奇跡の御業であることは、その場にいる全員が理解していた。
見事な体術でドモスの攻撃を凌いだリオナの無事を確認すると、ミラは崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
安心して力が抜けてしまったのだろう。
「はあ……よかった……!」
そんな彼女の心配など何処吹く風で、リオナは攻め手を考えあぐねているドモスに、挑発的に笑いかけた。
「そら、どうした? 呆けてる暇なんてないぜ? そっちが来ねえなら……こっちから行くまでだッ‼‼」
≪朧抜き≫で姿を隠しつつ、一気に巨体の懐に入る。
大剣は脅威だが、相手の懐に入ってしまえば、その威力も発揮できない。
ほんの数分の立ち合いとこれまでの戦いの経験から、リオナは既に敵の弱点を見抜いていた。
「ちぃッ!」
どうにか間合いを引き離そうと、ドモスが闇雲に二振りの大剣を振り回す。
しかし、考えなしの剣がリオナに当たるはずもなく、逆に彼女の打撃を一方的に浴びせられた。
「くおッ⁉」
「オラオラオラァッ‼‼ どうしたデカブツ⁉ まるで引きこもりの亀みてぇだなッ⁉」
前後左右あらゆる方向から、拳やら蹴りやら頭突きやらが飛んで来る。
近くにいるはずなのに、まるでその動きを捉えることができない。
暫く持ち堪えていたドモスだが、とうとう剣を弾き飛ばされた。
「ぬおぉッ‼‼」
徒手空拳となったドモスが、それでも果敢に拳を振り回し、抵抗を図る。
空気を震撼させる振り下ろしが地面を砕き、岩の破片を巻き上げた。が、
「よっ、と」
打ち下ろした腕を踏み台にリオナが跳び上がると、ダイナミックな跳び膝蹴りをドモスの顔面に喰らわせた。
ドモスの巨体がのけ反り、よろめきながら数歩下がる。
頭を振り、どうにかダウンは防いだようだ。
軽薄な笑みを崩さないリオナを前に、ドモスの胸中には次第に焦燥が募っていった。
(なるほど……これが闘技場新王者の力かッ!)
ドモスの背筋に冷や汗が伝う。
命の危機に瀕したことは一度や二度ではないが、ここまで手に負えない者を相手にしたのは生まれて初めてかもしれない。
実力者であるはずの彼がそんな風に思ってしまう程度には、リオナは強敵だった。
だが、彼も筋金入りのお尋ね者として数々の追手を退けてきた。
悪党とは言え、それなりの矜持がある。
どれだけ追い詰められようが、ただで負けるわけにはいかないのだった。
ドモスは覚悟を決め、自身のありったけの力を右手の拳に込めた。
自分に彼女の類稀なる体術を打ち破る技術はない。
ならば、力も知恵も小細工も、全てを真正面から力尽くで捻じ伏せる以外に方法はない。
「いくぞッ‼‼」
雄叫びと共に、リオナに向かって一直線に駆け出す。
腕力、脚力、突進力全てを乗せた全身全霊の拳を彼女に突き出す。
岩盤すら砕く威力を秘めた彼の一撃は、摩擦により空気中の砂埃を灰へと変えながら、闘牛の如き勢いを持って、彼女の身体に届――
「≪逢坂流・虎噛み≫ッ‼‼」
――届く直前、カウンターを狙ったリオナの渾身の拳がドモスの鳩尾を穿った。
拳を突き出した姿勢のまま硬直するドモス。
やがて、全ての力を失った彼は、糸が切れた操り人形のように、リオナの足下に崩れ落ちた。
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