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第二巻 第二章 「その巨塔、予測不能につき」

第二章 第十節 ~ さらなる奥地を目指して ~

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 嫌な気配の消えたボス部屋で、ミラがホッと息をいた。
 倒れた石柱に割れた地面が、激しい戦いのあったことを物語っている。
 この戦いで誰一人欠けることなく生存できたことを、心の底からうれしく思った。

 武器を収めたリオナが、軽薄な笑みを浮かべて近寄って来た。

「終わったな」

「そうですね……。でも、リオナさん? さっきわざとはさみの間合いで戦っていたでしょう? リオナさんは一撃でも攻撃をらえば致命傷になり得るのですから、ああいう危険なことはもう二度と……」

「別にいいじゃねえか。普通に勝ったってつまらねえだろ? パターンのわかり切ってる相手だったんだし、どうせなら完封勝利して……」

「そういう慢心がダンジョンでの死につながるのです! 私としてはリオナさんを死なせるわけにはいかないのですよ! 世界の命運がかかっているということをお忘れですか⁉」

「勝手にかけたのはオマエだろ」

 そうして言い合う二人の間に、赤褐色の三角耳がぴょこんと生えた。

「まーまー、お姉さん達! ボスは倒せたんだからいいじゃないか! ほら、収穫もこんなにたくさん……‼‼」

 リィがスコーピオンからドロップした大きな魔晶石を両手で抱え上げた。
 僅かな光を反射し、紫色の燐光りんこうを放つ様子は、モンスターから採れたとは思えない美しさだ。

「こんだけ大きければ、換金して10万ロンドくらいにはなるんじゃないかな? 普通なら5~6人のパーティーで山分けするトコだけど、アタイ達はたったの三人! 一人3万ロンド以上のもうけになるよ!」

「オイ、何ナチュラルに三人で山分けしようとしてんだ。オマエ、報酬は無くていいって言ってたろ」

「うぅー、そんな殺生なこと言わないでおくれよー! 確かに、報酬はタダでもいいとは言ったけど、こんだけの収穫があると多少は欲しくなっちゃうんだよー‼‼」

「ふふ、心配しなくても、ちゃんと報酬はお支払いしますよ」

「本当かい⁉ 約束! 約束だからね‼‼」

 ケラケラと笑い合う一同。ボスが倒れ、平和な時間が戻って来た感じだ。

 飛び跳ねて喜んでいたリィは、それから瞳を輝かせて言った。

「……それにしても、お姉さん達すごかったねえ! あのギガスコーピオンをたった二人で倒しちゃうなんてさ! こんなに強い冒険者、アタイ初めて見たよ!」

「どうもありがとうございます! ……実は、こちらのリオナさんはまだ初期レベルで、今日が初めてのダンジョン攻略だったのです。なので、クリアできるかどうか不安だったのですが……。無事ボスのフロアまで辿たどり着けてホッとしているのですよ!」

「……へえ、初期レベル、ね……。それはすごいねえ!」

「何だ? ミラ、オマエ、オレのこと信用してなかったのかよ?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが……!」

「ハン! オレがこの程度のダンジョンでくたばるわけねえだろ? こんなの蠕動ぜんどう運動にもなりゃしねえよ!」

 犬歯を剝き出しにして獰猛どうもうに笑うリオナ。
 いくらレベル1に戻されたとは言え、ゲームをやり込んだ彼女にとって、適正レベル15程度のボスなど相手にならなかった。

 彼女ににらまれそうになったミラは、慌てて話を切り上げた。

「さ、さて! 目的のフロアまではクリアできたわけですし、今日はこの辺りにして帰りましょうか!」

「そうだな。不完全燃焼ではあるが、今日は大した準備をして来てないし、続きはまた今度にするか」

「……おや、もう帰ってしまうのかい?」

「え?」

 リィがミラの瞳を真っ直ぐ見て、言った。

「お姉さん達の実力なら、まだまだ先まで進めるだろう? もっとたくさん稼いで行ったらどうだい?」

「で、ですが、今日は第10層までの予定でしたから……」

勿論もちろん、アタイも全力でサポートするとも! 正直、これ程の実力者に同行できる機会はまれでね。アタイもこの機会に、存分に稼いでおきたいのさ!」

「そんなこと言われましても……」

「大丈夫、お姉さん達なら絶対行ける! 第22層まで行ったことのあるアタイが保証するよ!」

 薄い胸をトンと張り、自信ありげに笑うリィ。
 彼女の期待の視線に、ミラは戸惑った。

(ど、どうしましょう……。第15層までならどうにか行けるかもしれませんが、そこから先は中級者向けのフロアです。レベルはかく、人数が……)

 中級者向けのフロアになると、それまでと比べて出現するモンスターの種類がガラリと変わり、遭遇率も大幅に高くなる。
 適正レベルは20以上となっているが、それよりも、十分なパーティー人数がいなければ、頻繁に襲い来るモンスターを倒し切ることができず、数で押し切られてしまう。
 その危険性を、ミラはよく理解していた。

 安全が第一の彼女は、この先に進むことに断固反対である。
 しかし、それをリィにどう伝えたものか……

 悩んでいるうちに、リオナが口を開いた。

「まあ、いいんじゃねえのか? 道中でドロップアイテムも入手できたし、もうちょい進む分には、問題ねえだろ」

「そ、そんな、危険です! ダンジョンマップすら持って来てないのに……」

「マップならここに入ってるさ」

 トントンと自分の金髪の頭を人差し指でたたくリオナ。
 彼女はこの世界に来たばかりだし、ダンジョン内部のことなど知らないはずだが、どうしてか、彼女がうそを言っているようには見えなかった。

(……考えてみれば、宝箱やトラップの在りを知っていたのも……)

 理屈はわからないが、彼女はダンジョン内の構造を熟知している。
 それを前提に攻略の仕方をシミュレートした結果、第15層――頑張れば、第20層のボスまでは辿り着けるかもしれない、とミラは脳内で結論づけた。

「……はぁ……わかりました。もう少しだけ進んでみましょう」

「やったー‼‼」

「へ、そう来なくちゃあな!」

「ただし! 私が危険だと判断したら、その時点で引き返しますからね! これだけは絶対に守ってください‼」

 渋々といった様子で、第10層から先への進出を決める。
 自分も知らない場所ではないし、何かあってもすぐ逃げればよい。大した問題は起こらないはず――とこの時のミラは思っていた。

 果たして、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた未知のモンスターが飛び出すか。

 一同は秘めたる覚悟を胸に、≪ランブの塔≫第11層へと足を踏み入れた。

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