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第二巻 第一章 「その異世界人、買い物につき」

第一章 第十一節 ~ 煙と共に ~

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「どっせいッ!」

 合流したリオナがダガー使いの脇腹に回し蹴りをたたき込む。
 不意打ちを受けたダガー使いはすべもなく吹き飛ばされ、民家の壁に肩を埋もれさせた。

「よお、ミラ! 死んでるか?」

「……死んでるように見えるなら、今リオナさんの目の前でこうしてしゃべっている私は一体誰なんですか?」

 荒い息を吐き、全身に無数の切り傷を負ってボロボロのミラだったが、大きなダメージはなく、命に別状はないようだった。
 あれだけの猛攻をらっておきながら無事で済んでいるのだから、彼女も間違いなく実力者の一人だ。

 安堵あんどする間もなく、ダガー使いの男がダメージから復帰し、ついでにリオナの後を追って来た手斧ておの使いとナイフ使いも合流した。
 両者の距離は、最初にリオナ達と盗賊達が対峙たいじした時とほぼ同じ。
 しかし、決定的に異なる状況が一つ。

「さ、ここまでお膳立てしてやったんだ。しっかりキメねえと、滅亡行きだぜ?」

「相変わらず物騒ですね……。しかし! 時間稼ぎと敵の誘導、ご苦労様なのですよ!」

 ミラが魔法を発動させる。
 すると、淡い色の魔法陣が盗賊達の足下に現れ、周囲にドーム状の結界が現れた。
 結界は盗賊達をまとめて内部に閉じ込め、彼らの行動を封じ込める。

「≪リバースムーン≫! これであなた達はもう逃げられません! さあ、大人しくギルドで裁きを受けるのですっ‼」

 リオナ戦でも使用した結界魔法≪リバースムーン≫。
 この技を前に、リオナですら手も足も出なかった。
 極めて強力な効果を持つ反面、術式の構成が難しく、ミラはこの魔法を準備する為に、ダガー使いとの戦いで動きが鈍っていたのだ。

 結界の内側から盗賊達のにらむような視線が送られてくる。
 だが、彼らは誰一人として結界の破壊や脱出を試みようとしない。
 物理攻撃では破壊できないその結界から逃げ出すことは不可能だと悟っているようだ。

 彼らに脱出の気がないことを確かめると、ミラは満足そうにうなずいて微笑ほほえんだ。

「ふふ、上手くいったようです!」

 ドヤ顔でたたずむミラに、リオナはやや不機嫌そうになりながら、

「あん? 結界に閉じ込めるだけかよ?」

「そ、そうですが、何か……?」

「いや、自信ありげに何か企んでそうだったから、てっきりもっとすげぇことやるんだと期待してたんだが……。こう、『超巨大ロボを異空間から召喚してミサイルとかビームとかハドロン砲を撃ちまくるッ‼‼』みたいな」

「……よくわかりませんが、そんな現実離れしたものは出せませんよ……。第一、私達の目的は彼らの捕縛であって、討伐じゃないんです。捕縛するのに、その……チョウキョダイロボ? なんてのは役に立たないでしょう」

(『現実離れ』って、オマエらが言うもんかねえ?)

 あきれて溜息ためいきくミラ。
 リオナとの会話を早々に打ち切り、

「何はともあれ、目論見もくろみは成功したのです。捕まえた彼らの身柄をどうするかは後で考えるとして、取りえず、まずは盗んだ物を……」

 回収しようとして、結界にとらわれた盗賊達に近付こうとした――

 その時だった。

「……オイ、待て」

「? 何です、リオナさ……」

「アイツら、何かしようとしているな?」

 真剣な眼差しで盗賊達をじっと睨みつけるリオナ。
 彼女の視線につられて、ミラも慌てて口を閉じ、結界の方を見る。

 丁度、盗賊の一人が薄い紫がかった謎の球体を地面に叩きつけようとしているのが目に入った。

(あれは……?)

 何か嫌な予感を感じて足を止めるリオナ達の前で、盗賊の手を離れた謎の球体が勢いよく地面に投げ出され、着弾した。
 その瞬間、着地の衝撃で楕円だえん形に変化した球体が、弾性によりバウンドする――と見せかけて、球と同じ薄紫色の煙を勢いよく吐き出した。

「なッ⁉」

「きゃっ⁉」

 一瞬にして狭い路地裏に紫煙が満ちる。
 視界が奪われ、盗賊達はおろか、隣にいるミラの存在ですら曖昧になる。
 煙草のような匂いが鼻腔びこうに満ち、嗅覚を狂わせた。

 毒の可能性も考えたリオナは、咄嗟とっさにミラの襟首をつかんで民家の屋根の上へ跳躍し、呼吸を止めて目も閉じた。
 未だ状況の掴めていないミラの頭を右腕でホールドし、自身の豊満な胸部に抑え込んで、彼女の目と鼻と口を塞ぐ。
 その姿勢のまま耳だけで周囲の状況を探り、煙が晴れるのを待った。

 幸い、煙の効果は長くは続かなかった。
 次第に晴れゆく煙幕の中で、リオナはそっと目を開け、周囲に警戒の視線を走らせる。
 襲って来るような気配はなかった。

 結界があった方にも目を向けたが、結界は跡形もなく消え去っていた。
 そして、当然のように、中に閉じ込められていたはずの盗賊達も姿を消していた。

「……まんまと逃げられた、ってわけか」

 舌打ち混じりに吐き捨てるリオナの隣で、彼女の腕から解放され、ようやく落ち着きを取り戻したミラが言った。

「……やられましたね。しかし、どうやって結界を……?」

「あの〝煙玉〟は存在感だけじゃなく、魔力をも霧散させて隠匿することができる。その特性を応用して、結界を構成する魔力を霧散させて、結界を消滅させたんだろうよ」

「そんな使い方が……」

「理論上はな。オレも今の今まで考えつかなかったが」

 苦々しい顔で誰もいなくなった路地裏を見つめる。
 盗品を取り返せなかったことはどうでもいいが、狙った獲物に逃げられたことに、いらちを覚えずにはいられなかった。

「……ん? 何だ、アレ?」

 ふと、盗賊達が立っていた場所に、光る何かが落ちているのを見つけた。

 近付いて拾い上げてみると、

「どうなさいました、リオナさん?」

「こいつは……」

 暗がりで鈍い光を放っていたのは、極めて小さな金属板。
 穴が開けられているところを見るに、首飾りか何かの一部だったのだろう。
 だが、そんな推測はどうでもよく、リオナはそこに彫られた紋様に鋭い視線を向けた。

 拾い上げた金属板をミラが横からひょいとのぞき込む。
 そして、

「こ、この紋章は……!」

「ああ、見たことがある。――〝ドモスファミリー〟とか言う連中のモンだ」

 描かれていたのは、≪サンディ≫の街を脅かす盗賊集団の紋章。
 一対の牛の角の下に、交差した巨大ななたのような刃物が描かれている。
 力の象徴たる牛に、凶器の象徴たる鉈。
 見る者を圧倒するには、十分過ぎると思えた。

「……つまり、先程の盗賊達はドモスファミリーの一員だったのですね……。取り逃がしてしまいましたが、一度隠れられてしまった以上、そう簡単には見つからないでしょう。残念ですが、あとのことはギルドに任せるしか……」

「そうだな」

 拾った紋章をギリと握りしめ、そっときびすを返す。

 何もできない彼らを嘲笑うかのように、空を舞うからすがギャアギャアと鳴いていた。

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