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第一巻 第四章 「その闘技場、激闘につき」
第四章 第十節 ~ その異世界人、超問題児につき ~
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「……ふぅ」
リオナが息を吐く。
淡い光に包まれていた〝ムーンダガー〟が元の長さに戻った。
彼女の後ろから、決着を見守っていたミラ達が駆け寄って来る音が聞こえた。
「た、倒したのですか……?」
「ああ、どうやらそうらしいな」
「おお! 流石は闘技場の新チャンピオンだ! あれ程恐ろしいモンスターに勝ってしまうとはッ‼」
リオナ達が戦勝ムードに浸っているそばで、ガダルスは愕然として座り込んでいた。
「……ウソ、だろ? 最強の召喚獣、なんだぞ……? それが、たかだかレベル1のルーキーなんぞに、やられるわけがねえだろッ⁉ おい、アークデーモンッ‼‼ 命令だ、今すぐコイツらを殺せッ‼ いつまで死んだフリしてやがんだッ⁉ おい……おいッ‼‼」
ガダルスが自棄になったように召喚のアクセサリーに怒鳴り散らす。
しかし、いくら彼が命令しようと、銀色のアクセサリーは何の反応も示さなかった。
召喚獣は一度の戦闘で一回しか喚び出せない。
恐らく、この異世界でも連続して使用はできないという制限が付いているはずだ。
どれ程のクールタイムが必要かはわからないが、少なくとも今すぐ喚び出される心配はないだろう。
狼狽するガダルスに、ハイドルクセンが近付いた。
「ヒッ⁉」と短く悲鳴を上げながら、ガダルスは後ずさった。
彼はもう戦える状態にないと判断したか、ハイドルクセンがサーベルを収めて言った。
「ガダルス君、無駄な抵抗はやめたまえ。先程、私からギルドの方に応援を要請しておいた。恐らく今頃は、この闘技場の周囲一帯に冒険者達が待ち構えていることだろう」
冷静な口調だが、有無を言わせない威圧感があった。
ガダルスが息を呑み、身体を震わせる。
「……さて、君が〝ドモスファミリー〟の一員であると判明した以上、無罪放免というわけにはいかない。≪サンディ≫の〝ギルドマスター〟として、私から君に処分を言い渡そう。
――〝冒険者資格は永久凍結! 即座に身柄を拘束の上、最終処分内容は弾劾裁判にて決定する〟ッ‼‼」
「う、うぅ……うわあああぁぁぁぁああああ――――ッ‼‼」
ガダルスは顔を真っ青にして、闘技場のリングから逃げ出した。
途中で何度も躓きそうになりながら、一目散に出口の方へと駆け出して行く。
その姿からは、かつてギルド一の戦士であった頃の勇ましさなど、欠片も感じられなかった。
ハイドルクセンは溜息を吐き、小さくなっていくガダルスの背中を静かに見つめていた。
「……追わねえのか?」
「さっきも言ったが、ギルドには応援を頼んでおいた。ギルドの冒険者達は、皆優秀なのでね」
「……そうか。てかオマエ、ギルドマスターだったんだな」
「その肩書きは、あまり好きではないのだがね」
そう言って肩を竦めるハイドルクセンの瞳には、少しだけ疲労の色が混じっているように見えた。
普段はバカっぽい言動が目立つ彼だが、実力は確かだし、率先して動こうとする強い意志と行動力がある。
先程のガダルスに対する話し方は、紛れもなく人の上に立つ者の態度だった。
ギルドマスターであるという彼の言葉は、偽りではないだろう。
(……コイツも、まだまだ底が計り知れねえな)
リオナが内心で好奇心を膨らませるそばで、臨戦態勢を解いたミラが、糸の切れた操り人形のようにへたり込んでいた。
自慢のウサ耳を萎れさせ、今にも溶けてなくなってしまいそう。
「はぁ……ようやく終わったのですよ。一時はどうなることかと……。それもこれも全部、リオナさんがあんな悪戯を仕掛けた所為なのですよっ‼‼」
「ああ、楽しいゲームだったな」
「全っっっ然楽しくないのですよーーっ‼‼」
憤慨するミラに対し、リオナはいつものようにケラケラと笑っていた。
それはどうしようもなく普段の彼女達の光景で、二人は一連の騒動が幕を閉じたことを実感した。
そんな二人の様子を見ていたハイドルクセンは、哄笑を上げながら、
「フフ、二人はとても仲が良さそうだね?」
「何処がです⁉ 昨日と今日だけで、私がどれ程胃の痛い思いをさせられたことか……」
「オイオイ、そんな苦労ばっかしてると、早死にしちまうぜ? ただでさえウサギは短命なんだからよ」
「だったらもう少し労わってもらえませんかねえ⁉」
「じゃあ、マッサージでもしてやろうか? 胸揉んでやろうか?」
「どうしてそうなるんですかーーっ‼‼」
ワキワキと手を動かしながら迫って来るリオナ。
ミラは身を翻し、脱兎の如く勢いで逃げ出した。
「うぅ……召喚に成功したと思ったら、こんな苦労ばっかり……。いつもいつも問題ばかり引き起こして……この、異世界人様があーーーーっ‼‼」
そんなミラの怒声だけが平穏を取り戻した闘技場に木霊し、平和を告げる鐘のように、遠く、遠くへと響き渡っていた。
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