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第一巻 第四章 「その闘技場、激闘につき」

第四章 第九節 ~ ルナ・ブレイド ~

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 リオナ達三人がデーモンと対峙たいじする。
 敵から視線を外さないまま、リオナは左右に並ぶミラとハイドルクセンに問いかけた。

「……作戦の概要はわかったな?」

「え、ええ……。でも、上手くできるでしょうか? 私、経験ありませんし……」

「経験済だろうが未経験だろうが、この作戦の鍵はオマエにかかってんだ。弱気になってんじゃねえ」

「は、はい! 精一杯頑張りますっ!」

「ハイドも、覚悟はいいな?」

「ああ、いつでも準備はできているとも!」

 三人が視線を交錯させ、同時にうなずく。
 そして、

「……じゃ、いくぜッ!」

 リオナを先頭に、三人はデーモンに突貫した。
 それに応じて、デーモンも迎撃の魔法を撃ってくる。
 リオナの号令で、三人は別々の方向に散開した。

「まずはヤツの動きを止めるぞッ‼」

「了解ですっ‼ ≪ムーンショット≫!」

 ミラが光の散弾を飛ばす。
 筋肉のよろいに弾かれてデーモンには大したダメージにならないが、これは単なる目眩めくらましだ。
 リオナは光弾の影に隠れながら、一気にデーモンとの間合いを詰めた。

「せいやッ!」

 渾身こんしんの回し蹴りを繰り出す。
 完全な死角から放ったつもりだったが、デーモンは太い腕で咄嗟とっさにガードした。
 反撃とばかりに、強力な右ストレートが飛んで来る。

「させはしないッ! ≪ホーリーバインド≫ッ‼」

 魔法で作られた光の鎖がデーモンの右腕に巻きつく。
 だが、強化されたデーモンの怪力の前では、まるで紙屑かみくずだった。
 それでも、デーモンの動きが一瞬だけ鈍り、リオナが攻撃範囲から逃げ出す時間は稼ぐことができた。

 彼女と入れ替わるようにして、ハイドルクセンがデーモンに肉薄する。
 ≪ホーリーバインド≫は効果が無かった。
 なら、もっと強力な拘束技が必要だ。

「≪ダウンフォーマー≫ッ‼」

 デーモンの四方八方から結界を形作るユニットが迫る。
 内部にデーモンを閉じ込め、その巨体を押し潰すかのように内部の体積を狭めていく。
 デーモンが苦しげな声を上げた。

「ギ、ギギ……」

「フフフ、どうだね? 流石さすがの君でも、これでは身動きが取れないだろう?」

 デーモンの動きが封じられる。
 武技の類はおろか、魔法すら使うことはできない。
 縮こまり、窮屈そうに身をかがめるデーモンの姿は、さながらおりの中の大型獣だった。

 この状態ならば、確実に奴を仕留められる一撃を入れられる。
 そう思ったのも束の間、戦況を俯瞰ふかんしていたガダルスが、デーモンに怒声を浴びせた。

「何やってんだッ‼‼ そんな結界、さっさとぶち壊しちまえッ‼‼」

 ガダルスの声が届くや否や、デーモンが瞳に怪しげな色を宿し、自らの身を抑え込む結界をギリギリと押し返し始めた。
 半透明の平面がきしみ、バリバリと何かが割れるような音がする。
 やがて、デーモンの力に耐え切れなくなった結界が弾け飛び、破片となったそれらが音も無く消滅していった。

「む⁉ これでも抑えきれないのか……⁉」

 驚愕きょうがくに目を見開くハイドルクセンにデーモンが迫る。
 放つ拳を、彼は魔法の障壁を作って防いだ。
 大きく跳躍し、デーモンの間合いから逃れる。

 降り立ったハイドルクセンの元に、リオナとミラが集合した。

「くっ……動きを止めるのもままならない、か……」

「ど、どうしましょう、リオナさん?」

「ふむ……〝バインド〟を狙うのは無理っぽいな」

 ゲームでも、バインドやスタンのような状態異常が効かない相手というのは存在した。
 そのような敵は〝状態異常無効〟というステータスを持っていたのだが、この異世界では、割と力技で防がれることがあるらしい。

「……となりゃあ、後は〝部位破壊〟か」

「部位破壊?」

「ああ。モンスターの中には、特定の部位を攻撃して破壊することで、一定時間ダウンさせられるヤツがいる。例えば、デーモン系の敵は頭の角を二本とも破壊すると、暫く動きを止められるんだ」

「そ、そんな弱点が……!」

 ミラが感心したように声を上げる。
 ハイドルクセンがサーベルを構えた。

「そういうことなら、私に任せてくれ!」

 サーベルの先端で魔法陣を描き始める。
 彼がリオナとの戦いで使った≪ミルキースパーク≫の術式に似ているが、細部が微妙に違う。
 魔法に明るくないリオナだったが、それくらいのことはわかった。

 魔法陣にハイドルクセンの魔力が注がれていく。
 それらが圧縮され、強烈なプレッシャーを生み出した。
 術式の構成に時間がかかっているから、高威力の魔法なのだろう。

 だが、デーモンがそれを黙って見過ごすはずもない。
 モンスターながらハイドルクセンの使う魔法の気配に危険を察知したか、超スピードで突っ込み、剛腕を振るう。
 らえば柔らかな肉の身体など一溜ひとたまりも無いであろう必殺の攻撃の前に、リオナが立ちはだかった。

「≪我流・宿業しゅくごう≫ッ‼」

 リオナが滑らかな所作でデーモンの拳を受け流す。
 と同時に、いつの間にか彼女の右拳がデーモンの脇腹を撃ち抜いていた。
 彼女の攻撃力では大したダメージを与えられないはずだったが、予想に反して、デーモンは大きく吹き飛ばされる。
 吹き飛ぶデーモンが足裏で地面をつかみ、どうにかして勢いを殺した。

「……ったく、こういうの苦手なんだがな」

「え? リオナさん、今どうやって……」

 リオナが使ったのはカウンター技だ。
 相手の攻撃を受けると同時に、その力をそっくりそのまま相手へと返す。
 少しでも力加減を間違えれば、相手から受けた衝撃が自分の身体の内側で爆発し、大ダメージを喰らってしまう。
 そんな神業とも言えるリオナの体術を理解できる者は、残念ながらここにはいなかった。

 リオナがデーモンの攻撃を防いだお陰で、ハイドルクセンの魔法の準備が整った。
 口角を上げ、彼が渾身の魔法の名を叫んだ。

「≪ラストジャッジメント≫ッ‼‼」

 サーベルの先端から、細い光線が放たれる。
 それは一瞬のうちに目標に到達し、デーモンの左角を撃ち抜いた。
 撃ち抜かれた左角は、パキンという弱々しい音を立てて無残に砕け散り、デーモンが苦悶くもんの声を上げた。

「ギイィアアアァァァァァアアアアアアアア――――ッ‼‼‼‼」

 先に失っていた右角と共に、両方の角を失ったデーモンは、頭を抱えながらその場にうずくまった。

「よしッ! 今だ、リオナちゃんにミラちゃんッ‼‼」

 ハイドルクセンが叫ぶ前に、二人は既に駆け出していた。
 ダウンしたデーモンに向かって、一目散に。
 敏捷性びんしょうせいの高いミラが先にデーモンの元に辿たどり着き、魔法を唱えた。

「≪ルナ・ブレイド≫っ!」

 瞬間、ミラの持つ〝ムーンダガー〟が淡い光で包まれる。
 集まった光が刃のような形を形成し、彼女の持つ短剣を身の丈程の長剣へと変えた。
 変形したその剣を、ミラは走って来るリオナに向かって、思い切り放り投げた。

「リオナさんっ‼‼」

「おうッ‼‼」

 くるくると回転しながら飛来する長剣を、リオナは空中で器用にキャッチする。
 輝く光の剣を見つめ、彼女は満足そうに頷いた。

(……初めてだと言っておきながら土壇場で成功させるたあ、なかなか大した腕前じゃねえか!)

 ≪ルナ・ブレイド≫――レベル32以上で覚えられる月属性の魔法だ。
 月の光を集めて刃を作り出し、自己の持つ武器を強化する。
 ミラが使えるかどうかはわからなかったが、彼女の推定レベルからして、使えてもおかしくはないだろうと踏んだ。
 どうやら、リオナの予想は正しかったらしい。

(〝ムーンダガー〟の魔法適性も十分――よし、イケるッ‼‼)

 受け取った長剣を真っ直ぐ正眼に構え、リオナは身体ごと突っ込む勢いで鋭い突きを放った。

「≪けんの五――天衝てんしょう≫ッ‼‼」

 鋼すら貫く最速、最高威力の突きが、デーモンの身体を貫く。
 貫通した剣の先には、デーモンのコアらしき紫色の球体が刺さっていた。
 おどろおどろしく脈打つその球体は、やがて光を失い、風化した石のようにボロボロと崩れていった。

「ギャア……」

 力無く鳴き声を上げたデーモンも、コアが崩れ去るのと同時にその目の光を失い、黒い粒子となって風と共に散っていった。
 冷や汗が流れるような嫌な圧迫感はもう感じられない。
 ドス黒く渦巻く魔力も消え去っている。

 邪悪なモンスターは、完全にこの闘技場から消滅したようだった。

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