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第一巻 第四章 「その闘技場、激闘につき」
第四章 第二節 ~ リオナ VS ミラ② ~
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リングの上空に謎の黒い球体が現れる。
それが怪しく光ったかと思うと、リオナ達のいるリング全体を暗闇で覆ってしまった。
彼女達の姿が見えなくなり、観客達は慌てた声で騒ぎ立てた。
「な、何だあれッ⁉」
「二人共中に閉じ込められちまったぞ⁉」
「おい! 中の様子はどうなっているんだッ⁉」
観客達が次々と湧き上がる疑問と不安を口にするも、それに答えられる者はいなかった。
戦況は不明。
そもそも、戦いが動いているのかどうか、物音一つ聞こえて来ない。
だが、それでも、この暗闇が晴れた時こそ、この戦いの決着の時になるだろうと誰もが心の奥底で感じ取り、その瞬間を今か今かと待ちわびていた。
その頃、暗闇に呑まれてしまったリオナは、すっぽりと辺りを覆っている暗闇をじっと睨みつけ、警戒の視線を辺りに向けていた。
隣の部屋から聞こえてくるような遠くてくぐもった喧騒を聞きながら、ミラの出方を窺っている。
夜目は効くから、いきなり目の前に接近されてズドン、なんてことはなさそうだ。
しかし、リオナは長年のゲーマーとしての勘が告げるねばつくような嫌な予感を、感じずにはいられなかった。
(……何だ、コレ? オレの知らねえ魔法だな。ゲームには未実装なのか?)
リオナは〝戦士〟でありながら、対魔術師戦の為にありとあらゆる魔法を記憶している。
その彼女が知らないとなると、ゲームでは実装されていなかったか、或いは攻略サイトですら発見できなかった隠し要素である可能性が高い。
いずれにせよ、これから何が起こるのかリオナにも未知数だった。
(……敢えて喰らってやってもいいんだが、耐えきれる保証は無えしな……)
これだけ大規模な術式だ。恐らくミラの奥の手なのだろう。
多分、この自分を確実に仕留められるような。
(……となりゃあ、先にミラをとっ捕まえて、攻撃される前に勝負を決めるしかねえな‼)
≪リバースムーン≫の結界は消えている。
暗闇に足音とハスキーボイスを響かせ、リオナはミラを探して駆け出した。
「おいミラァッ‼ こんな暗がりに隠れてないで、とっとと出て来いよォッ‼」
「……ふふ、そんな焦らないでくださいよ。ここにはもう、私とリオナさんの二人しかいないのですから……」
驚くほどあっさりとミラは姿を現した。
短剣も持たず、悠々とした足取りで暗闇の向こうから歩いて来る。
罠を警戒したリオナは、彼女と十m程距離を取って立ち止まった。
「……随分余裕だな?」
「ええ、勿論。何故なら……ここに来た時点で、私の勝利は確定しているのですから‼‼」
ミラが右手を掲げる。
「ヴヴ……ン」と鈍い重低音が響き、暗闇がそれに呼応するようにして揺らぎ始めた。
貧血にも似た視界の不明瞭さがリオナを襲う。
立つことすら億劫になり、その場に膝を突いてしまった。
「くぅッ⁉ ミラ、テメェ……一体何しやがったッ⁉」
「ふふふ、気になりますか? いいでしょう! 教えて差し上げます!」
ミラが無限に広がる暗闇を両手で指し示し、誇らしげに言った。
「これこそが、私の持つ魔法の中で最も強力な状態変化魔法――≪新月≫っ‼‼ この暗闇の空間に閉じ込められた者は、術者以外、体力・攻撃力・魔力量といったあらゆる能力が1/6にまで減衰されるのですっ! この効果を受けた方々は、普段の自分の能力との差異に上手く順応できず、実際の減少量以上に弱体化してしまうのですよ♪」
「な、に……?」
確かに、身体に上手く力が入らない。
自由を奪われているというより、全力疾走の後で猛烈に疲弊しているというような感覚だった。
能力が落ちているというのは本当らしい。
(だとしても、全パラが元の能力の1/6だとッ⁉ いくら何でも強力過ぎるだろッ⁉)
どれか一つにパラメーターを絞るのであれば、その程度の弱体率は珍しくない。
しかし、あらゆる能力を減少させるとなると、レベル50以下で使える魔法の中では破格の性能だ。
(ハンッ、なるほど! コイツがゲームで未実装だった理由がよくわかったぜ! ゲーム開始一週間もあれば到達できるレベルでこんな強力なデバフが使えるとあっちゃあ、ゲームバランスも何もあったモンじゃねえッ! ゲームだとレベル差やクラスによる有利不利が大きくなり過ぎないよう、調整が施されてたってわけかッ‼)
そう考えると、この世界の住人のレベルが妙に低い理由も考察できる。
運営による調整が無い世界で、死亡した際の救済措置があるとは考えにくい。
恐らく、この異世界で死亡すれば、本当に命を落とす。
そんな世界で、自ら危険に突っ込んでレベルを上げようするのは、余程意志の強い者か命知らずのバカであろう。
反対に、それだけの覚悟を持つ者であれば、死に物狂いでレベルを上げにかかる。
死ねばそこで終わりなのだから、死なないよう最大限の努力をする。
そう言った人間は、レベル以上の実力を伴っているのだ。
ミラやハイドルクセン辺りはこちら側の人間だろう。
結果として、この異世界では低レベルと高レベルの二極化が進み、冒険者の数自体も少なくなっているのだ。
冒険に出ないからレベルが上がらないし、攻略情報も集まらない。
魔王に対する戦力も不足している。
リオナがこの異世界で感じていた疑問、その正体がようやく解けた。
つまるところ、この異世界はあらゆる調整、あらゆる制約、あらゆる救済措置が取り払われた完全なるMMORPGシェーンブルンということだ。
これ以上ない程現実味のあるゲームを作ろうと思ったら、最終的にこの異世界のようなシステムになるに違いない。
しかし、現実味がある=人気のゲームというわけではない。
生まれによる種族間の不平等は改善不可能で、それに対する救済措置も無くて、それでも一生懸命育てたアバターは、死亡によりゲームデータごと初期化されてしまう。
そんなのはゲームでも何でもなく、
(……単なる〝クソゲー〟だッ‼‼)
リオナはここに来て、自分が一体どういう世界にいるのかをようやく理解した。
正しく〝クソゲー〟と呼べる世界で、レベル1から開始して、最終的には魔王を倒さなくてはならない。
そして、その目的に至るまでの間、一度たりとも死ぬことは許されない。
「……ック……クックック……」
「? どうなさいました?」
魔王顔負けの不気味な笑い声を漏らすリオナに、ミラは若干引きながら問いかける。
反撃の可能性は低いが、万が一に備え、警戒は怠らない。
「ククッ……いや、思いの外、絶望的な状況だと思ってな?」
「……それは、〝降参〟ということでよろしいですか?」
「ハッ! バカ言えッ‼ 降参なんて殺されてもしてやらねえさッ‼ どんな絶望的な状況だろうとな……このオレが、全部まとめてぶち壊してやらあッ‼‼」
リオナの金眼がギラリと輝く。
力は大幅に減衰しているというのに、その荒々しい覇気だけは全く衰えていなかった。
ある種狂気とも呼べるような彼女の気迫に、ミラは思わず圧倒されそうになった。
(な、何という方でしょう……! こんな状態にあって、まだ戦意を失わないとは……!)
リオナは突き刺すような視線でミラを睨みながら、ゆっくりと腕を持ち上げて彼女を指差した。
「その為に、ミラ……まずはテメェから倒させてもらうぜ?」
ミラの背筋がぞくりと震える。
リオナの視線が恐ろしかったから、ではない。
彼女は恐怖に身が竦んだのではなかった。
気付けば、ミラは口の端に獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべていた。
自分に真っ向から勝負を挑んでくる強者の気配に、彼女は歓喜していたのだ。
高鳴る鼓動、高揚感……野蛮だと思いながらも、それらの感情は未知の心地良さを植えつけた。
リオナの視線を真っ直ぐ受け止めながら、ミラは胸を張って言った。
「はいっ! 如何なる攻撃を仕掛けようと、全て返り討ちにして差し上げますっ‼‼」
リオナが頷き、ゆっくりと立ち上がる。
拳を握り、次に繰り出すべき技の構えを取る。
足下は覚束ない様子だったが、彼女ならばその状態からでも攻撃をかましてくるだろう。
リオナの動きを予想して、ミラも次の行動を考える。
今のリオナからダメージを受けるとは考えにくいが、対策するに越したことはない。
彼女の一挙手一投足に注目し、彼女が足を踏み出すのを見て、同時にこちらも回避する為の行動を――
「……え?」
ミラの目の前で、リオナが大量の血液を口から吐き散らした。
リングの上空に謎の黒い球体が現れる。
それが怪しく光ったかと思うと、リオナ達のいるリング全体を暗闇で覆ってしまった。
彼女達の姿が見えなくなり、観客達は慌てた声で騒ぎ立てた。
「な、何だあれッ⁉」
「二人共中に閉じ込められちまったぞ⁉」
「おい! 中の様子はどうなっているんだッ⁉」
観客達が次々と湧き上がる疑問と不安を口にするも、それに答えられる者はいなかった。
戦況は不明。
そもそも、戦いが動いているのかどうか、物音一つ聞こえて来ない。
だが、それでも、この暗闇が晴れた時こそ、この戦いの決着の時になるだろうと誰もが心の奥底で感じ取り、その瞬間を今か今かと待ちわびていた。
その頃、暗闇に呑まれてしまったリオナは、すっぽりと辺りを覆っている暗闇をじっと睨みつけ、警戒の視線を辺りに向けていた。
隣の部屋から聞こえてくるような遠くてくぐもった喧騒を聞きながら、ミラの出方を窺っている。
夜目は効くから、いきなり目の前に接近されてズドン、なんてことはなさそうだ。
しかし、リオナは長年のゲーマーとしての勘が告げるねばつくような嫌な予感を、感じずにはいられなかった。
(……何だ、コレ? オレの知らねえ魔法だな。ゲームには未実装なのか?)
リオナは〝戦士〟でありながら、対魔術師戦の為にありとあらゆる魔法を記憶している。
その彼女が知らないとなると、ゲームでは実装されていなかったか、或いは攻略サイトですら発見できなかった隠し要素である可能性が高い。
いずれにせよ、これから何が起こるのかリオナにも未知数だった。
(……敢えて喰らってやってもいいんだが、耐えきれる保証は無えしな……)
これだけ大規模な術式だ。恐らくミラの奥の手なのだろう。
多分、この自分を確実に仕留められるような。
(……となりゃあ、先にミラをとっ捕まえて、攻撃される前に勝負を決めるしかねえな‼)
≪リバースムーン≫の結界は消えている。
暗闇に足音とハスキーボイスを響かせ、リオナはミラを探して駆け出した。
「おいミラァッ‼ こんな暗がりに隠れてないで、とっとと出て来いよォッ‼」
「……ふふ、そんな焦らないでくださいよ。ここにはもう、私とリオナさんの二人しかいないのですから……」
驚くほどあっさりとミラは姿を現した。
短剣も持たず、悠々とした足取りで暗闇の向こうから歩いて来る。
罠を警戒したリオナは、彼女と十m程距離を取って立ち止まった。
「……随分余裕だな?」
「ええ、勿論。何故なら……ここに来た時点で、私の勝利は確定しているのですから‼‼」
ミラが右手を掲げる。
「ヴヴ……ン」と鈍い重低音が響き、暗闇がそれに呼応するようにして揺らぎ始めた。
貧血にも似た視界の不明瞭さがリオナを襲う。
立つことすら億劫になり、その場に膝を突いてしまった。
「くぅッ⁉ ミラ、テメェ……一体何しやがったッ⁉」
「ふふふ、気になりますか? いいでしょう! 教えて差し上げます!」
ミラが無限に広がる暗闇を両手で指し示し、誇らしげに言った。
「これこそが、私の持つ魔法の中で最も強力な状態変化魔法――≪新月≫っ‼‼ この暗闇の空間に閉じ込められた者は、術者以外、体力・攻撃力・魔力量といったあらゆる能力が1/6にまで減衰されるのですっ! この効果を受けた方々は、普段の自分の能力との差異に上手く順応できず、実際の減少量以上に弱体化してしまうのですよ♪」
「な、に……?」
確かに、身体に上手く力が入らない。
自由を奪われているというより、全力疾走の後で猛烈に疲弊しているというような感覚だった。
能力が落ちているというのは本当らしい。
(だとしても、全パラが元の能力の1/6だとッ⁉ いくら何でも強力過ぎるだろッ⁉)
どれか一つにパラメーターを絞るのであれば、その程度の弱体率は珍しくない。
しかし、あらゆる能力を減少させるとなると、レベル50以下で使える魔法の中では破格の性能だ。
(ハンッ、なるほど! コイツがゲームで未実装だった理由がよくわかったぜ! ゲーム開始一週間もあれば到達できるレベルでこんな強力なデバフが使えるとあっちゃあ、ゲームバランスも何もあったモンじゃねえッ! ゲームだとレベル差やクラスによる有利不利が大きくなり過ぎないよう、調整が施されてたってわけかッ‼)
そう考えると、この世界の住人のレベルが妙に低い理由も考察できる。
運営による調整が無い世界で、死亡した際の救済措置があるとは考えにくい。
恐らく、この異世界で死亡すれば、本当に命を落とす。
そんな世界で、自ら危険に突っ込んでレベルを上げようするのは、余程意志の強い者か命知らずのバカであろう。
反対に、それだけの覚悟を持つ者であれば、死に物狂いでレベルを上げにかかる。
死ねばそこで終わりなのだから、死なないよう最大限の努力をする。
そう言った人間は、レベル以上の実力を伴っているのだ。
ミラやハイドルクセン辺りはこちら側の人間だろう。
結果として、この異世界では低レベルと高レベルの二極化が進み、冒険者の数自体も少なくなっているのだ。
冒険に出ないからレベルが上がらないし、攻略情報も集まらない。
魔王に対する戦力も不足している。
リオナがこの異世界で感じていた疑問、その正体がようやく解けた。
つまるところ、この異世界はあらゆる調整、あらゆる制約、あらゆる救済措置が取り払われた完全なるMMORPGシェーンブルンということだ。
これ以上ない程現実味のあるゲームを作ろうと思ったら、最終的にこの異世界のようなシステムになるに違いない。
しかし、現実味がある=人気のゲームというわけではない。
生まれによる種族間の不平等は改善不可能で、それに対する救済措置も無くて、それでも一生懸命育てたアバターは、死亡によりゲームデータごと初期化されてしまう。
そんなのはゲームでも何でもなく、
(……単なる〝クソゲー〟だッ‼‼)
リオナはここに来て、自分が一体どういう世界にいるのかをようやく理解した。
正しく〝クソゲー〟と呼べる世界で、レベル1から開始して、最終的には魔王を倒さなくてはならない。
そして、その目的に至るまでの間、一度たりとも死ぬことは許されない。
「……ック……クックック……」
「? どうなさいました?」
魔王顔負けの不気味な笑い声を漏らすリオナに、ミラは若干引きながら問いかける。
反撃の可能性は低いが、万が一に備え、警戒は怠らない。
「ククッ……いや、思いの外、絶望的な状況だと思ってな?」
「……それは、〝降参〟ということでよろしいですか?」
「ハッ! バカ言えッ‼ 降参なんて殺されてもしてやらねえさッ‼ どんな絶望的な状況だろうとな……このオレが、全部まとめてぶち壊してやらあッ‼‼」
リオナの金眼がギラリと輝く。
力は大幅に減衰しているというのに、その荒々しい覇気だけは全く衰えていなかった。
ある種狂気とも呼べるような彼女の気迫に、ミラは思わず圧倒されそうになった。
(な、何という方でしょう……! こんな状態にあって、まだ戦意を失わないとは……!)
リオナは突き刺すような視線でミラを睨みながら、ゆっくりと腕を持ち上げて彼女を指差した。
「その為に、ミラ……まずはテメェから倒させてもらうぜ?」
ミラの背筋がぞくりと震える。
リオナの視線が恐ろしかったから、ではない。
彼女は恐怖に身が竦んだのではなかった。
気付けば、ミラは口の端に獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべていた。
自分に真っ向から勝負を挑んでくる強者の気配に、彼女は歓喜していたのだ。
高鳴る鼓動、高揚感……野蛮だと思いながらも、それらの感情は未知の心地良さを植えつけた。
リオナの視線を真っ直ぐ受け止めながら、ミラは胸を張って言った。
「はいっ! 如何なる攻撃を仕掛けようと、全て返り討ちにして差し上げますっ‼‼」
リオナが頷き、ゆっくりと立ち上がる。
拳を握り、次に繰り出すべき技の構えを取る。
足下は覚束ない様子だったが、彼女ならばその状態からでも攻撃をかましてくるだろう。
リオナの動きを予想して、ミラも次の行動を考える。
今のリオナからダメージを受けるとは考えにくいが、対策するに越したことはない。
彼女の一挙手一投足に注目し、彼女が足を踏み出すのを見て、同時にこちらも回避する為の行動を――
「……え?」
ミラの目の前で、リオナが大量の血液を口から吐き散らした。
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