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第一巻 第三章 「その異世界人、好戦につき」

第三章 第十三節 ~ リオナ VS ハイドルクセン① ~

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 リオナがハイドルクセン目掛けて突貫する。
 獲物を捕らえる獅子ししの如き速度で、一気に間合いを詰めた。
 全力を込めて握った拳を思い切り振りかぶる。

「まさか、レディーファーストはうそだったなんて言わないよな?」

「当然だとも!」

 リオナの全力の拳を、ハイドルクセンは鳩尾みぞおちらった。
 彼の着けている〝キュリアスのよろい〟は魔法系の能力を伸ばす効果があるが、物理攻撃への耐性は皆無である。
 レベル1とは言え獅子人族ライオネルのクリティカルを喰らい、ハイドルクセンは僅かに顔をしかめた。

「まだまだッ!」

 初撃のヒットを足掛かりに、リオナが流れるようにコンボをつなぐ。
 右フック、左フックの後に右アッパー放ち、牽制けんせいで当身を入れてから、最後に回し蹴りで顎を撃ち抜いた。

「グッ⁉」

 激しい衝撃がハイドルクセンの脳を襲う。
 ダメージ自体はそこまで大きくないが、洗練された技の数々が的確に人体の急所へと打ち込まれ、体勢を崩される。
 実にハイレベルな体術だ、とハイドルクセンは舌を巻いた。

 よろめきながらもリオナと間合いを開け、ハイドルクセンは体勢を整えようとする。
 しかし、リオナがそれを許すはずもない。
 レベル1で遠距離系のスキルを持たない彼女は、相手を自分の間合いに捉え続けなければならないからだ。

 相手が魔術師であるとわかっている以上、接近戦を仕掛けない理由は無い。
 まるで四本足で駆けるかのように、リオナが姿勢を低くしてハイドルクセンに肉薄する。
 拳や蹴りが断続的に繰り出され、ハイドルクセンは下がることもままならなかった。

「くッ⁉ ≪リトルスターシュート≫ッ‼」

 ハイドルクセンが魔法を真上に放つ。
 それらは散弾となって彼の周囲に降り注いだ。
 自身も魔法に巻き込まれてしまうが、彼は装備のお陰でダメージをほぼ受けない。

 そんな彼に対し、魔法防御力の低いリオナは、後退して魔法を避けるしかなかった。
 両者の間合いが開き、ハイドルクセンはようやく一息く。
 それからニカッと笑い、リオナに称賛の拍手を送った。

「うむ! 実に素晴らしいセンスだ! あんなに激しい攻めを受けたのは久々だよ!」

「その程度の相手しかいなかったたあ、さぞつまらねえ試合ばかりだっただろうよ」

「いやいや、そんなことはないとも。だがしかし……私は今、猛烈にワクワクしている。君がどれ程の実力を秘めているのか、何処どこまでの戦いを見せてくれるのか、楽しみで仕方ないッ! こんな高揚感は久しく忘れていたよ!」

「そうか、なら……今度はテメェから仕掛けてみろよ。オレを本気にさせてえってんなら、テメェがその気にさせてみやがれッ‼‼」

 リオナの挑発に、ハイドルクセンは不敵な笑みを浮かべる。
 サーベルを引き抜き、焦点をリオナに定めた。

「女性に手は上げない主義なんだが、そこまで求められては致し方ない。もっと君とわかり合う為にも、私からも少しばかり仕掛けさせてもらおう! ≪ダウンフォーマー≫!」

 現れたのは光の結界だ。
 内部に対象を閉じ込め、動きを封じると共に一定のスリップダメージを与え続ける。
 それがリオナを取り囲むように展開され、徐々に範囲を狭めてきた。

 これに対し、リオナは、

「ハッ! くだらねえッ‼」

 閉じ込められる前に、結界の支柱の一つを破壊する。
 一瞬結界に綻びができ、その合間を縫ってリオナは結界の外へと脱出した。

「≪ホーリーバインド≫!」

 結界を逃れたリオナに、今度は光の鎖が伸びてくる。
 イース戦でも使用した相手をバインド状態にする魔法だ。
 四方八方から伸びてくる鎖を、リオナは転げ回るようにしてかわしていった。

「≪カルムゾーン≫!」

 地面に白い魔法陣が現れる。
 ≪カルムゾーン≫は、上を通った者を一定時間その場に縫いつける魔法だった。
 足を取られ、移動できなくなったリオナに、≪ホーリーバインド≫で作られた鎖が襲い来る。

 一つ一つの魔法はどれも低レベルで覚えられる初級魔法だが、相手の動きの先読み、発動のタイミング、連発の速さなどは、流石さすが実力者といったところか。
 ハイドルクセンと距離を詰めようにも、二重、三重にかけられた魔法がリオナの行く手を邪魔する。
 それどころか、リオナの動きを的確に制限し、彼女を確実に追い詰めていた。

 ≪ホーリーバインド≫でバインド状態にされてしまえば、状態異常を回復する手段を持たないリオナは、そこで敗北が決定してしまう。
 足はその場に縫いつけられているが、上半身はまだ動く。
 リオナはポケットから〝土の結晶〟を取り出した。

「こなクソッ!」

〝土の結晶〟が足元で砕け、地面を砂に変えて巨大な砂地獄を作り出す。
 ≪カルムゾーン≫はフィールド上に設置する魔法なので、地面が崩れれば魔法陣も消え去ってしまう。

 魔法が解け、動けるようになったリオナは、砂地獄から脱出して、光の鎖から辛くも逃げおおせた。

「ふぅ、危ねえ危ねえ」

 衣服に付いたすなぼこりを軽くはたきつつ、リオナはハイドルクセンと対峙たいじした。

「どうした? そんな状態変化魔法だけじゃ、オレは倒せないぜ? 攻撃魔法を使ったらどうだ?」

「ふむ、今のを躱すか。なら……これはどうだい? ≪フッターヘイスト≫!」

 瞬間、リングの上からハイドルクセンの姿が消えた。
 否、消えたように見える程の速度で、リング上を駆け回っているのだ。
 彼の繰り出した大技に、観客達が歓声を上げた。

「おお、出たぞ! 〝幻影〟の得意スキル≪フッターヘイスト≫‼‼」

「くうぅ、やっぱいつ見ても早えぇっ! 全く見えやしないっ‼‼」

「今までこの技を打ち破れた人はいないんだよなー」

 ≪フッターヘイスト≫は、毎ターン自身の敏捷性びんしょうせいを上昇させ続ける魔法だ。
 並みの冒険者なら、最高速度にまで達しても大した値にならないが、狼人族ウルフィーの彼が使うことで、これ以上なくその効果をかすことができる。
 一度トップスピードに乗ってしまえば、常人に見切るのはほぼ不可能だ。

 観客の歓声に混じって、リオナの前後左右あらゆる方向から、土を踏みしめる足音が聞こえてくる。
 しかし、足音の聞こえた方に目を向けてみても、そこに彼の姿は無く、輝かしい鎧のきらめきが僅かに残っているだけだった。

 これでは攻撃を当てるどころではない。
 それどころか、彼は高速移動しながら更に魔法を使って攻撃を仕掛けてきた。

 光の弾やら鎖やらが縦横無尽に飛び回る。
 四方八方から迫り来る魔法の大群を、リオナは勘と経験だけで避け続けていた。
 攻撃に転じたいが、相手の魔法がむ気配はない。
 魔力切れを狙ってみても、〝キュリアスの鎧〟の効果で当分その時は来ないだろう。

 正に変幻自在。
 彼の持つ二つ名の意味が、垣間見えたような気がした。

「フフフ、防戦一方のようではないか。まるでおびえる子猫のようだね」

「ハッ! あんまり油断してると、引っかかれちまうぜ⁉」

 リオナは獰猛どうもうに口角をり上げると、突如足を止め、ポケットから〝火の結晶〟を取り出した。

「吹き飛べッ‼‼」

 手にした結晶を、リオナは無造作に正面に投げる。
 一見適当に投げたようにも見えたが、爆炎の中からハイドルクセンの狼狽ろうばいした声が聞こえた。

「何ッ⁉」

「そこだッ!」

 黒煙に包まれる人影を思い切り蹴りつける。
 咄嗟とっさにサーベルでガードされてしまったが、魔術師として距離を取る癖が付いているハイドルクセンは、そのまま大きく後ろに飛び退すさった。
 その隙に、リオナも体勢と呼吸を整える。

 華麗に着地したハイドルクセンが、あきれたように言った。

「……いやいや、これは私の予想以上だよ。あれだけの魔法の渦の中から、無傷で復帰するなんてね」

 肩をすくめるハイドルクセン。
 その表情を見るに、余程あのコンボに自信があったのだろう。

 確かに、彼のプレイヤースキルはこの闘技場で出会った選手の中でも随一だ。
 魔術師に近付いて来る相手の行動パターンと、それを撃退する魔法の研究。
 魔術師は相手と距離を取って、できるだけ相手を自分に近付かせないという基本をよく押さえている。

 しかし、彼の目の前に立っているのは、そういう基本を無意識にやってのける高レベルプレイヤーと幾度も戦い、圧倒的な力量差で葬り去ってきた無敵の〝獣王〟なのである。
 この程度の読み合いなどお手の物、いや、猫の手の物。
 彼女に勝とうと思ったら、常識にとらわれない柔軟な発想と、人間をやめた反射神経が必要である。

 リオナは身体をポキポキと鳴らし、再び攻めの姿勢を見せた。

「さ、まだまだ楽しもうぜ?」

 二人の強者の戦いは、白熱の一途を辿たどる一方だった。

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