初期レベ廃人ゲーマーと獣人少女の異世界終焉遊戯<ワールズエンド・ゲーム>

安野蘊

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第一巻 第三章 「その異世界人、好戦につき」

第三章 第八節 ~ リオナ VS バキュア② ~

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     ☯

 リオナの雰囲気が変わる。
 いや、雰囲気だけではない。
 構えやステップの踏み方、呼吸法まで変わっていた。
 それらの変化は、遠目から見ている観客達にはわからなかったが、数々の実戦を乗り越えて来たバキュアは、瞳に警戒の色を宿した。

(……何か別の手が来る!)

 ひっそりと緊張を高め、迎撃の構えを取るバキュアに対し、リオナは、

「そんじゃ……いくぜッ⁉」

 彼女の身体から、ブワッ!と風にも似た闘気が吹き上がるのと同時、リオナはバキュアの懐に潜り込んでいた。

「ッ⁉」

 そこから繰り出される強烈なアッパーを、バキュアは背中を反らしてどうにかかわした。
 反撃とばかりに、上から拳を打ち下ろそうとする。が、

「まだまだッ!」

 リオナの攻撃は続き、バキュアは受けに回らざるを得なくなった。
 ジャブ、ジャブ、ジャブ、右フック、左フック――に見せかけて左ボディが飛んで来る。
 既視感のある攻撃に、バキュアが奥歯をんだ。

(ま、まさか……!)

 次に繰り出される攻撃は予想がついている。
 バキュアは大きく身をのけ反らせ……

「残念、そうはいかないんだな!」

「なんッ⁉」

 バキュアの予想では、次は渾身こんしんの右キックのはずだった。
 しかし、リオナが繰り出してきたのは、左肩によるタックルだった。

 いくら小柄で女性で初期レベルとは言え、リオナは獅子人族ライオネルだ。
 頑強な肉体から発揮される怪力は、体勢の崩れた猫人族ケット・シー如きに受け止められるものではない。
 バキュアは2、3m程ノックバックした。

 追撃を恐れたバキュアは、そのまま後ろに跳んで大きく距離を開ける。
 ダメージは大したことないが、それよりも内心の動揺が激しかった。

 仕切り直し後からのリオナの動き――あれは間違いなく……

「……まさか、貴様も〝ガロ流拳術〟の使い手だったとは」

「あん? オレはそんな格闘術知らねえぜ? 今日初めて見た」

「何だとッ⁉ 先程の連続攻撃、あれはまさしく我が流派直伝≪崩城ほうじょう≫ではないかッ⁉」

「ほう、そんな大層な名前付いてたのか、あの技」

 リオナはケラケラと笑いつつ、

「安心しろ。アレはテメェの技を見て自分なりに改良しただけで、テメェの技そのものじゃねえ。敵の技を盗んでそっくりそのまま使うなんて、芸が無いにも程があるからな」

「改良……だと?」

 バキュアが首を振る。

「有り得ん……ガロ流拳術は、歴代の師範達が数百年の年月を重ね、改良に改良を重ねてきた由緒正しき古武術だ。それが、ガロ流の〝ガ〟の字も知らぬ若造に、たった数度の立ち合いで洗練されるなど……」

「だから、自分なりにって言ったろ? オレが使えばまあまあ強えが、他のヤツには使い辛い。そういうハンパな改造しか、オレにはできねえよ」

 肩をすくめて言うリオナに対して、バキュアはまだ信じられないとでも言いたげだ。
 自分が何年、何十年と人生を賭けて修練してきた武術が、こうもあっさり使いこなされるなんて……

(……ま、今回は既に似た格闘技を体得していた、ってのも理由の一つなんだがな)

 ガロ流拳術は、現実世界で言うボクシングに近い動きだった。
 ボクシングその物とは若干違っていたが、身体の使い方はそう大きく変わらない。
 基本となる土台があれば、見様見真似まねでもどうにかなるものだ。

 再びリオナが攻め込む。
 既にバキュアの動きを見切っているリオナは、彼がどういうガードをするのか、どういうカウンターを狙ってくるのか、手に取るようにわかる。
 彼と同じ呼吸、彼と同じ歩法、彼と同じたいさばきで、着実に体勢を崩しにかかる。

 目に見えて形勢が逆転し始めた。
 レベル1のルーキーが、一道場の達人を圧倒するという有り得ない展開に、観客は我が目を疑った。
 呼吸すらも止めて、彼らは二人の戦いに見入っていた。

「な、なあ……あの子、バキュアを押してないか⁉」

「いいぞー‼‼ もっと攻めろーーっ‼‼」

「……くっ! あまり、調子に乗るなよ‼」

 バキュアが崩れた体勢から、右によるブローを繰り出す。
 型には無い、彼独自の反撃技だったが、それすらもあっさりリオナに読み切られた。

「そいつは悪手だな。その体勢からじゃ、もう回避もできねえだろ?」

 リオナの右ストレートがバキュアの鳩尾みぞおちに吸い込まれる。
 彼女の言った通り、バキュアはもう回避も防御もできる体勢にない。
 この一撃はらうしかなかった。

(だが、所詮はレベル1の攻撃だ! そんな致命傷には……)

 ならないはず――
 バキュアのその希望は、次の瞬間には絶望へと変わっていた。

「ごはあッ⁉」

 重い衝撃と共に胃液が逆流して来そうになるのを必死にこらえる。
 どうにか間合いを開けて二撃目は避けたものの、受けたダメージが予想以上に大きい。
 呼吸が詰まり、バキュアは思わず膝を突いてしまった。

「ぐぅ、馬鹿な……たかが初期レベルのレベル1に、ここまでの攻撃力があるはずが……」

「ふむ……」

 それは敵を打ち据えたリオナ自身も疑問に思っていた。

 リオナのレベルは冒険開始直後のレベル1。
 あれからレベル50の冒険者を一人倒したりもしたが、流石さすがにその程度でレベルが上がったり、ポイントを得たりはしていないだろう。
 加えて言えば、今回はあの犬人族クー・シーに使ったような特別な武術も使っていない。
 にも関わらず、拳に返って来た感触は、確かに敵を倒したと感じられるものだった。

 攻撃力が低いのに、敵に大ダメージを与えることができた理由。
 それは――

(……〝クリティカルヒット〟ってヤツかな。本来は確率で発生する運要素だが、どうやらこめかみとか鳩尾とか、人体の急所を狙うことで確実に発生させられるらしい。流石は異世界。ファンタジーでも現実ってか)

 クリティカルヒットになると、相手の防御力強化を無視して大ダメージを与えることができる。
 つまり、レベルの低い今のリオナでも、相手にダメージを与えることができるということだ。

 段々この異世界での戦い方がわかってきたことに満足しつつ、リオナは肩で息をするバキュアに向かって言った。

「ほら、どうした? まだ戦えるだろ? 出し惜しみしてねえで、さっさとテメェの全力を見せてみろよ」

 リオナの挑発的な態度に、バキュアが歯噛みする。
 しかし、高貴な武人だけあって、感情を表に出すようなことはしなかった。
 代わりに、バキュアはダメージを受けた身体をかばいながらゆっくりと立ち上がり、鋭い視線でリオナを見った。

「……そこまで言うなら、見せてやろう。我が流派に伝わる奥義……その真髄をなッ‼‼ 死んでも恨むなよ、娘ッ‼‼」

 バキュアの気配が変わった。
 瞳を閉じて息を長く吐き、心と身体を落ち着かせる。
 元々冷静沈着な戦士だったが、凡そ戦闘中とは思えない程の平静さだ。
 彼が極限まで集中力を高めているのがわかる。

 チャージ中の隙を突くということもできたが、リオナはそんな無粋な真似はしない。
 折角奥義を見せてくれると言ったのだから、最後まで楽しまなくては損だ。

 観客達も、集中力を高めるバキュアの姿を、固唾を飲んで見守った。
 バキュアの全身から陽炎かげろうのような闘気がゆらゆらと立ち昇り、燐光りんこうを放ち始める。
 やがて、彼の精神は限界まで研ぎ澄まされ、山奥の秘境を思わせるような静寂が訪れた。

 バキュアは右手に全ての力を集中させ、腰を使って思い切り引き絞った。

「――奥義≪徹甲てっこう≫ッ‼‼」

 バキュアが一瞬にして距離を詰める。
 〝甲羅を徹す〟――その名の通り貫通の意志を宿した拳が、一切のよどみなくリオナに突き出された。
 これだけ力のめられた一撃を喰らえば、リオナのような華奢きゃしゃな肉体など、跡形もなく千切れ飛ぶに違いない。

 当たれば即死。
 そんな一撃必殺の技を前に、リオナは豪快に笑ってみせた。

「ハッ! くだらねえッ‼」

 バキュアの拳がリオナに届く。
 息もできない程の風圧が、リオナの金髪を巻き上げる。
 鈍化した世界で、観客達の息をむ音が聞こえた。



 派手な爆音と凄まじい激震が、闘技場を包み込んだ。


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